よん
彼女の平凡な人生に亀裂が生まれたのは半年前。
両親が悪徳企業に騙されて多額の借金を負った。
それを返済する見立てもなく両親、そして木風ちゃんの姉妹も自殺。
取り残された木風ちゃんは借金返済のために悪徳企業に連れていかれ、彼らが経営するぼったくりの風俗店で強制労働されている訳だ。
「木風ちゃんは、いったいいくら借金を返せばここから解放されるの?」
甘い匂いがするベッドの上で、横になりながらそういうと、僕をひざまくらしている木風ちゃんは答える。
「いくら、とかではないです。一生ここで働き続けるんです」
彼女に膝枕してもらっているのは、なんとなくだ。
ここの枕は枕仕事店だけにいい物だったのだが、超絶美少女の木風ちゃんの膝枕の方が気持ちいい。ふにふにと後頭部に柔らかく生温かい物が当たる。
ちょっと手を伸ばしでお腹を触ると、痩せているのだが女の子の体付きは男と違って柔らかいので、とても心地よい感触。
「ふぁ……お、お腹触らないで……」
「あ、ごめん」
水商売をしているのだから、お腹触られる以上のことをされていると思うのだが。
まぁ、色々と事情があるのだろう。
「で、借金の話だけど、本当?」
「はい、本当です」
彼女は寂しそうな顔をして、そういう。
「私は、一生この檻の中に居続けるんです。お客さんの相手をしながら、使い物にならなくなるまで」
「辛い?」
僕は尋ねる。
「辛いです」
彼女は答える。
「助けて欲しい?」
「……助けて、くれるんですか?」
彼女がそれを望むのであれば、僕はそれに答えよう。
別に、同情しただとか、彼女の美貌に惚れたとかではない。
ただ単に、ビジネスだ。
世界の破壊者となってしまった僕が、神と交わした仕事をこなすために過ぎない。
『淡泊だな……』
「淡泊だよ。僕が求めているのは性的な快楽でも、満足できる美味しい食事でも、遊んで暮らせる富でもない」
僕の神のへ返事に、木風ちゃんは再び不思議そうな顔をする。
「僕が求めているのは、ただ一つ――ゆっくり眠れればいい」
それさえあれば、それ以外は何も望まない。
そのためならば、僕はなんだってする。
「さぁ、行こうか」
僕は立ち上がり、ベッドから降りて、彼女に手を指しのばす。
木風ちゃんはその行動に、困惑するような顔をする。
「え……?」
「行くんだよ。外の世界に。逃げ出したいんだろう?」
「でも……無理です」
「無理じゃないよ。僕が……連れてってあげるよ」
「……はい」
木風ちゃんは、僕の手を取った。
涙目だった。
全く、愛を忘れてしまった人間はチョロいな、少し優しくしただけで心を許すのだから。
僕は、手を伸ばし彼女の涙を拭う。
「泣くなよ。嬉し泣きなら、ここから逃げ切った時にしな。可愛い顔が台無しだよ」
「いや、逃げ切れる訳ないでしょう?」
「……!?」
「……店長」
突如、ドアが開く。
まだ時間になっていないのに、店の人間が部屋に勝手に入ってくるだなんて、それはお店としてルール違反ではないだろうか?
中に入って来たのは、長い黒髪を整髪料でオールバックにし、サングラスをかけた細い顔の男だった。
フロントで受付をしていたイケメン店員だった。
「悪いが、彼女はうちの稼ぎ頭だ。そう簡単に手放す訳にはいなかい。というか……これは、うちの、物だ。お引き取り願おうか」
サングラスを人差し指で持ち上げ、店長と呼ばれたそのイケメンは言った。
木風ちゃんは、その男に怯えるようにきゅ、と袖を握った。
なるほど、彼がこの子をこんな目に遭わせたのか。
「悪いが、この国では奴隷販売は禁止されている」
少なくとも、僕がいた世界ではそうだった。
僕のいた世界と酷似しているこの世界なら、法律も同じはずだ。
「悪いが、うちはそういう法律をくぐり抜ける商売でね」
「ヤクザか」
「そうとも言うな」
パチン――店長が指を鳴らす。
店長が部屋から出ていくと、中に数人のスーツを着た男が出てくる。
全員サングラスをかけていて、無表情。
その男達は僕に向かって襲い掛かる。
木風ちゃんを僕から取り返すためだろう。
「おい神」
『なんだ青年』
「力を貸せ」
『ったく、やり方が荒いな……』
「いいから早く!」
神の持っている力は、無から物体を構築することが出来る。
こいつのせいで、この世界の通貨を僕は大量に持っているし、大抵のものは作れる。
つまりこいつらから逃げ切る道具を出してくれるという訳だ。
出てきたのは一丁の拳銃だった。
「……マジ?」
おい、まさか逃げるんじゃなくて、闘う系かよ。
『ここは展開的に闘う場面じゃろ?』
ここで神に抗議する時間は僕にはなかった。
僕は咄嗟に襲い掛かる男に向かって拳銃を向け引き金を放つ。
ダァァン――という弾音が響き、男の脳天を貫き、弾丸は貫通しその後ろにいる男の眼球に刺さる。
「木風ちゃん、僕から離れないようにしっかりと捕まっておきな」
「は、はい……!」
木風ちゃんは僕の腰にきゅ、と捕まる。
男達は、僕が銃器を持っていることが分かるとうかつに動けずに硬直する。
しかし僕は問答無用でその男達の脳天に拳銃を撃ち続ける。
ダァァン、ダァァン――と銃声が連続で鳴り響き、死体が出来上がり、部屋は血でべちょべちょになる。
至って普通の感性を持つ少女にとって、この光景はトラウマになってしまうほど残酷なものだろう。木風ちゃんの目を手で隠して部屋の外に出る。
「動くな」
だが、部屋から出ると、すぐそこに店長と呼ばれるオールバックのイケメンがいた。
そいつは僕の頭に拳銃を向けている。
少しでも動けば打たれることは目に見えている。
僕は拳銃の使い方は知っているが、早打ちのスキルはない。
今から拳銃を奴に向け、引き金を引く余裕はない。
だが僕はひるまない。
「ごめん木風ちゃん」
「え……!?」
奴が引き金を引く前に、僕が抱えている木風ちゃんを盾にする。
奴は自分の商売道具である木風ちゃんを打てる訳もなく、「ぐ……っ!」と声を漏らすだけだった。
奴が躊躇したその時、僕は拳銃を向け引き金を引く。
――ダァァン
「くそがっ……!?」
銃弾は奴の顔面に直進する、だが避けられる。頬をかするだけで終わってしまった。
「貴様ぁぁ! 俺達から逃げられると思うなよぉぉ!」
逆上するサングラス。だが僕は二発目の弾丸を奴の腹に打つ。
そして入り口に向かって走り出す。
急所ではないにせよ、腹に一発ぶちこんだのだ。追ってはこれないだろう。
「なんでハリウッドみてぇなアクションシーンをやっているんだ僕は……!」
木風ちゃんは、ずっとこの施設にいて、運動は愚か走ることさえしないので体力は落ちていて、仕方ないので僕が担ぐことにした。
だが、入り口の前に立ちふさがるスーツの男。
「またスーツか……ヤクザはスーツ率十割なのか、おい」
その男は筋肉もりもりの大男で、僕を木風ちゃんの元へ案内した屈強な男だった。
急所に当てないと弾丸が通らなそうだ。
「ターミネーターみてぇな面してんじゃねぇぞ。殺すぞ」
拳銃を向ける。打つ。
しかし、打ち出された拳銃は奴に太い腕に遮られ急所に届かない。
やはりあの筋肉は銃弾を通さない程分厚いのか!?
丸太のように太い腕が僕に向かって飛んでくる。
木風ちゃんを後ろに投げ、僕は上に飛ぶ。
二メートル程飛ぶと、奴の背後に着地し、足払いをかける。
「筋肉ダルマがぁ!」
だが、鉄柱の如く分厚い奴の足は、やはり鉄柱の如く固く、僕の足払いをもろともしなかった。そしてそのダルマは僕に向かって再度拳を振り下ろしてくる。
「っ……!?」
横に飛んで逃げる。
奴の拳は、店の床を貫いていた。
高級感のある大理石のような床がバリバリと割れて穴が空く。
「おい神! 拳銃もう銃弾ねぇ! 他の武器!」
『口が悪いな青年』
「うっせぇ! 眠気飛んだわ!」
眠気が飛ぶと、案外こんな性格なのである僕は。
神は再び物体を構築する。今度は鞘に納められていない日本刀だった。
僕は迷うことなく、その日本刀で足払いするように太ももに向かって横なぎにする。
すると銃弾を通さなかった奴の筋肉を、日本刀の刃は通り、すっぱりと足を切断する。
血がぶしゃぁと噴き出る。再び飛んで、今度は脳天に向かって日本刀を突き刺す。
グサリ――これで流石のターミネーターも死んだであろう。
「はぁ……はぁ……」
らしくなく、素を出してしまった。
立ち上がり、汗を拭う。
「大丈夫か? 木風ちゃん?」
「大丈夫じゃないです! 流さん!」
「木風ちゃん!?」
木風ちゃんは、僕が彼女を投げ出した時に、さっきのサングラスの店長に捕まっていた。
店長は撃ち抜かれた腹から血を流しながらも、木風ちゃんを拘束し、木風ちゃんの頭に拳銃を当てている。
「……悪いが、チェックメイトだ」
店長は辛そうに顔を歪め、整髪料で整えたオールバックも乱れているが、それでも小風ちゃんを力強く拘束していた。そして拳銃を木風ちゃんの脳天に当てている。
「お前に木風ちゃんを殺せるの?」
僕は彼に問う。
木風ちゃんはこの店の商売道具だ。
殺せる訳がない。
「黙れ。これだけ店を荒らされ仲間を殺されたんだ。今更言ってられるかそんなこと」
「ちっ……」
僕は日本刀を捨てる。
武器を捨て、フリーハンドにし、抵抗の意思がないということを相手に伝える。
「ったく……ありえねぇ、いきなりやって来たと思ったら、従業員を拳銃でぶっ殺すだと? ヤクザでもしねぇよそんなこと」
「悪いね、僕はヤクザじゃないんで」
「何者だ? てめぇ?」
オールバックのヤクザは、拳銃を木風ちゃんから僕に対象を変える。
「何者だろうね? 僕の名前は雨雲流……ただの世界の破壊者だよ」
「破壊者か……意味わかんねぇが、もういい、死ね」
奴は、僕に向かって引き金を引く。
本当、どいつもこいつも躊躇と言うものがない。
拳銃から放たれる銃弾。
僕は神経を集中させ、打ち出された銃弾を凝視する。
「見えるもんだな、銃弾も」
最小限の動きで、銃弾をかわわす。
『いや、一般人は普通銃弾を認識してかわせないから』
「僕は……一般人じゃなくて、破壊者だぜ!」
そう神に告げると、僕は全力で彼女の元に走る。
奴が二発目を打つ前にたどり着き、みぞおちに蹴りを入れる。
「ぐえっ……!?」
既に拳銃で負傷しているのもあって、奴はカエルが潰れるような声を出し、サングラスが吹き飛び地面に倒れた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「流さん!? 大丈夫ですかっ!?」
流石に体力的に疲れ乱れ息を整える。
木風ちゃんは、僕を労わるように僕の元に駆けつける。
「大丈夫だよ……つぅか、木風ちゃんこそ大丈夫かい?」
「私は大丈夫ですっ!」
僕も、肉体を酷使し過ぎたが、外傷はない。
そして辺りを見渡すと、屍の山が出来ていたが、生きている人間は僕と木風ちゃんしかいない。どうやら奴らを全員始末することに成功したらしい。
「でも、やばいね」
「やばい、とは?」
ここは間違いなく、ヤクザが経営している風俗店。
遅かれ早かれ、奴らの本部が動いて僕を探しに来るだろう。
この店には監視カメラが多すぎる。もう既に本部にばれているかもしれない。
木風ちゃんとの会話中に店の人間が部屋に入って来たのも、監視カメラで盗聴されていたからだろう。
「逃げるよ」
「逃げるって……どこに?」
「何処でもいい、とにかく遠くへ」
そう言い、僕は木風ちゃんを抱き寄せる。
『おい! 青年!』
そんな時だった。
「なんだ、神」
『やばい! 上だ!』
「上がどうした?」
そんな時だった。
何の前触れもなく、奴らが現れたのは。
この可憐な少女に歪んだ運命を与えた、神の使いが現れたのは。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――地響きに似た音が聞こえる。上から。
それは、俗にいうレーザーと言えばいいのか?
この建物を丸ごと包み込むような、巨大なレーザー光線が、振ってきたのだ。
レーザーの定義をここでは、近未来SFに登場する粒子砲のようなものとしよう。
この建物を飲み込むような超巨大なレーザーが、落ちてきたのだ。
建物が崩れる。
僕は、咄嗟に木風ちゃんを抱きしめクッションになる。
床、壁、天井、全ては崩れてぐちゃぐちゃになり、風俗店は崩れ落ちる。
僕が木風ちゃんを抱きしめていたので、彼女に外傷はないはずだ。
「げほっ……げほっ……。だ、大丈夫……? 木風ちゃん?」
上から降ってきた鉄筋に押しつぶされたが、それをどけ、懐に抱きしめている木風ちゃんに声をかける。
「はい、おかげ様で」
木風ちゃんは幸いなことに無傷で、僕に返事をする。
「おい、なんだこれは?」
『やばいことになった……』
神に状況説明を頼むと、神はらしくなく、そんなことを吐き捨てる。
「どうなっている神。突如空からレーザーが降って来たぞ? この世界の技術はヤクザがレーザー使えるほど発達してるのか?」
『いや、違う。青年が殺した人間たちにそんな技術力はない。そもそもこの世界は青年がいた世界に限りなく近い。つまりレーザーなどというこの世界では近未来的な武器は存在しない』
「じゃあ、これはなんだ? 神の裁き的な何かか? つぅか、神はお前だろ」
パラパラと落ちてくる砕けたコンクリートから木風ちゃんを守りながら、神に正体不明の攻撃の解析を頼む。
『これは……この世界の神からの、攻撃だ』
「この世界の、神?」
言っている意味がよく分からず、復唱してしまう。
いや、よく分からなかったのではなく、分かりたくなかったのだと思う。
『お主のいた世界の神が、我だ。世界は無数に存在する。それは青年も十分知っているはずだ』
「ああ、短期間に異世界はしごしては光珠集めてるからな」
僕のいた世界とは別に、平行世界というべきか、様々な次元があり、様々な世界がある。
分かりやすく説明すれば、本棚のようなもの。
一冊の本が、僕の世界。その隣の本は別の世界、といえばいいのか?
学園ラブコメの小説の隣に、スペースオペラがある可能性もある。
まぁ、分かりやすく言えば異世界は存在し、それは大量にあるということだ。
僕と神はその本と本――つまり世界と世界と渡り歩いている訳。
これもまた本で説明すると、僕の世界――つまり僕の本はページがびりびりになって色んな本の間に挟まってしまった。その破れたページを回収するのが僕の役目ということだ。
で、だ。
神は世界ごとに存在する。
つまり、この木風ちゃんが特異点であるこの世界にも、神は存在するということなのだ。
「だが、何でわざわざこの世界の神が僕を狙ってレーザーを打ったんだ?」
『そこまでは分からん。恐らく、勝手に自分の世界に入って自分の世界の人間を殺されたことに怒っているのだろう』
「なるほど、人んちの庭に侵入して荒らしたら、大抵の家主は怒るもんな」
納得する。
「……ん」
手元にある木風ちゃんを確認すると、頭の上に羽が乗っていた。
「木風ちゃん、頭に何か乗ってる」
「ふぇ?」
それと取ると、それはやはり鳥の羽だった。白い羽。
『青年、それは鳥の羽ではない』
「違うの?」
『これは――天使の羽だ』
「てん、し……?」
突如、上空に影が出来る。
僕と木風ちゃんは、同時に上を向く。
そこには――
「やぁ、楓――久しぶり」
「もうお前と会うことは絶対にないと思っていたんだけど――また会えて嬉しいよ」
「……楓は、私達を恨んでいるかもしれないけれどね」
――三人の、天使がいた。
「おい……神、どうなっている……」
天使という生物を見るのは初めてだったので、あまりの神々しさに思わず喉が震える。
『だから、この世界の神が動いた。天界から使いを送り出してきたのだろう』
冷静に答える神。
「いや、いや……おかしい」
喉が渇いて上手く声が発せない。
何の前触れもなくレーザーを叩きこんできた、チート級の生物が三人同時にやってきただと?
そして、奴らの目を確認する限り、僕は歓迎されているとはいいがたい。
というか、敵視丸出しである。
「お前か、異世界の破壊者は」
宙に浮かび、僕を見下ろしながら真ん中にいる天使が僕に声をかける。
「まぁね、破壊者だよ。雨雲流って言うんだ」
中央にいる天使は、他の二人よりも羽が若干大きい。
多分リーダーだろう。神ではないらしい。
上級天使というべきか。
長身で筋肉質。精悍な顔立ちに短く切りそろえられた黒髪。
服装は何故か、一般人と同じ様なもの――ジーンズにシャツ、その上にジャケットを着ている。
だがしかし、背中についている羽が、あれを人間ではないと言っている。
「いきなりこの世界にやってきてさ、人間殺すわ好き放題するわ、挙句の果てに楓を連れ去ろうとするなんて、ありえないだろ破壊者」
隣にいる別の天使もまた口を開く。
ブラウンの髪に、知的さを漂わせるメガネ。痩躯で整った顔。天使というのはやはり美形が多いらしい。
「悪いけど……あなたにはここで死んでもらう」
最後の天使も口を開く。
三人の天使の中で紅一点、
金色の髪に、碧い瞳。
これもまた、木風ちゃんに負けないくらい美少女だった。
「おいおいおい……これやばいだろ。だってこっちから攻撃しかけられないし、向こうはレーザー使ってくるし、絶対無理っしょ?」
『そうだな、どうやら我々は随分派手に暴れすぎた。歓迎されていないぞ』
この圧倒的にやばい状況下だが、更にもう一つ不可解な点がある。
それは天使たちのいう「楓」という名前。
それは木風ちゃんのことを指しているようだが、彼女の名前は木風のはず。
苗字と名前だろうか? 木風楓。楓木風。どっちだろうか?
「なぁ、木風ちゃん。あの天使たちと知り合いなの?」
きゅ、と所々やぶれた僕のシャツの袖を掴んでいる木風ちゃんい尋ねる。
すると彼女は知っているようで、「はい」と答えた。
「あれは……私を不幸にした、悪魔です」
「悪魔? まぁ、そう言われても仕方がないかもしれない。でも、仕方なかった。俺だって辛かったんだ」
中央のリーダー格の天使が、弁解するように言い訳をする。
やはり、木風ちゃんはこの天使たちと面識があるようだ。
天使と面識がある少女。
なるほど、彼女に特異点が宿ったのも、それが原因かもしれない。
「まぁいい。破壊者。悪いが――楓は返してもらう」
返してもらう?
何を言っているんだ?
楓を風俗店で働かせる、などという行為も、この天使が原因だとするのなら、それは許せることではない。
お前らはこの世界を管理する側の存在かもしれないが、生憎僕はこの世界の住人ではないので、彼らのいうことを聞く義理はないのだ。
「逃げるよ」
僕は、木風ちゃんをお姫様だっこで抱えては、走り出す。
「無理だろ! あれは勝てないだろ!?」
走りながら神に文句を言う。
『まぁな、向こうは天使だ。人間が勝てる相手ではない』
「ちょっと、お前神だろ! 神パワーでなんとかしてくれ!」
『無理だな。我はお主の世界では絶対神をやっていたが、生憎今は光珠を失い、更には異世界におる。神の力などないに等しい』
「使えない神だな!? 髪引っこ抜くぞ! いや、もう抜く毛がねぇか!」
『ハゲてないわ! 文句を言うな。我が使える力と言ったら、想像の範囲内で物質を作り出す能力と、異世界を横断する力だけだ』
「それだ!」
神のその一言に、ひらめきを感じる。
ついでに、この会話は木風ちゃんをだっこしながら全速力で走りながら行っている。
死ぬほどつらい。
「その異世界を横断する力で別世界に飛んでくれ! とりあえず安全な場所に逃げるんだよ!」
『それは出来ない』
「なぜだ! お前トイレに流すぞ!」
『神に向かって酷い言いぐさだな……』
呆れる神。
『異世界横断は力を使う。今までは、手に入れた光珠の力を借りて横断していた。つまり、光珠を新しく手に入れないとこの力は使えない』
神の説明を聞き、僕は手元に抱きかかえている木風ちゃんを見る。
今この場で彼女から光珠を抜き出すことが出来れば、異世界に移動できる。
だが、彼女から光珠が出てくる気配は今の所ない。
つまり異世界に逃げるという作戦は使えないということだ。
「いつまで――逃げているつもりだ」
そんな時だった。上空からそんな声がしたのは。
黒と赤を混ぜたような、どす黒く光ったレーザー状の物が落ちてきた。
僕の十メートル前に落下してきたそれは、紫黒色の電気を纏っており、バチバチと放電している。
さっきの眩しいレーザーとは違う、まるで悪魔が使うようなそれは、ガリガリガリとコンクリートをえぐりながら前進して僕を飲み込もうとする。
「あぶねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
僕はそれを紙一重で回避。
レーザーはそれでもなお、地面をえぐりながら直進しビルにぶち辺り、建物は崩壊した。
「勝てない。無理」
僕はそう、断言した。




