さん
絹のようにサラサラした銀色の髪の毛は腰まで伸びており手入れが整っていて美しい。
瞳はまるで宝石を埋め込んだような光り輝く碧眼で、スラリと伸びた足に、丁度いい大きさの胸。
真っ白な処女雪のように美しい肌。
誰が見ても美少女と口を揃えていうような、人間離れした少女がいた。
ギャグ漫画なら鼻血を吹き出し、シリアス漫画なら赤面し、エロ漫画なら確実にHするであろう美少女。そんな美少女が僕の隣にいる。
そしてここは俗に言えば風俗店。
簡単に言えば女の子とエッチ出来る店だ。
つまりぼくはその美し過ぎる、天使と言っても過言ではない美少女と行為に及べるという訳だ。
だが、しない――
「ええと……お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
するりと、耳に心地よく入るソプラノボイス。
その声を聞くだけで男の本能が刺激されそうである。
スケスケのネグリジェに、挑発的なパンティー、その官能的な服装に発情しない男はまずいないだろう。僕を除いて。
僕――雨雲流には性欲という概念が殆ど存在しない。
人間の三大欲求、「食欲」「性欲」「睡眠欲」を分配するとしたら、僕はその殆どを睡眠欲に振り分けているからだ。
眠れればそれでいい、眠れさえすれば文句はいわない。眠れなかったら文句をいう。
それが僕という存在である。
だから僕はここが風俗店だろうが何だろうが、眠ることだけを考える。
『少年……起きろ』
「うっせぇ……寝る」
何度も言っている通り、眠ろうとしたのだが、あいも変わらず神が僕の睡眠を妨げる。
『とんでもないことになった』
「お前の頭皮がか?」
『私の頭皮は関係ない! てかハゲてないわいっ!』
神の髪が。なんちゃって。
古今東西神様という存在は禿げているものなのだ。
いや、全てがそれに当てはまる訳ではないが、僕の中の神様というのは老人でたいていが禿だ。
「なんだよ……」
『光珠が見つかった』
いつもより、トーンを一段下げた音程で、神が僕にそう言った。
神の声は僕にしか聞こえないので、銀髪の美少女は「?」と首を傾げている。
僕が独り言を呟いている変人に見えているのであろう。
「本当?」
『本当だ』
「どこ?」
僕は、重たい体をむくりと持ち上げる。
このまま寝てしまいたいのが本音だが、すぐそこに光珠があるなら話は変わる。
さっさと光珠を集めて元の世界に戻りたい。戻って自分の家のベッドね好きなだけ眠りたい。もう神に耳元でビービー騒がれ眠りを妨げられる生活はごめんなのだ。
アイマスクを持ち上げキョロキョロと見渡すが、光珠だと思われるものは見つからない。
光珠は一般的に宙に浮かんでいる光る玉という認識で間違っていない。
それを見つけて回収すればいい。だが見つからない。
「こどだよ?」
『忘れたか青年よ。光珠とは特異点である人間に宿っている』
「そうだっけ?」
『そうだ』
……思い出した。
僕が謎の遺跡で壊してしまった元いた世界。
世界が形を保っていたコアのような物を僕は壊してしまったのだ。
そしてそのコアは散り散りになって異世界に飛んでいってしまった。
それを回収するのが、壊してしまった僕の責任であって役目なのだが、その散り散りになったパーツ、光珠とはその世界の特異点に選ばれた人間に宿るという。
特異点、というのは僕にもよくわからない。
ただ神が特異点と呼んでいるので僕もそう呼んでいるだけだ。
まぁ、それはいいとして。
特異点に選ばれた人間に、僕のいた世界を構築する光珠が入り込んでいる。
それを全て取り出せば任務は完了する。
そして、一番重要なのがその取り出し方。
それは……。
「あの……さっきから、誰とお話しているのでしょうか?」
再び耳に入ってくる、心地いい高音。
それは銀髪の美少女が発した言葉であることは容易に分かった。
「ああ、いえ……こっちの話です。ちょっと黙っててください」
「あ、はい……」
彼女は、しゅんと小さく縮こまり、どうしよう? と不安そうな顔をする。
恐らく自分の仕事である客を奉仕するという役割をしようとしたのだが、その客が奉仕されるつもりが一切なく、マニュアルで対応できなくて困っているのだろう。
まぁ、知ったことではないが。
「そんで、特異点は誰よ? 近くにいるんでしょ?」
『分かれ、すぐ隣にいるだろ』
「隣……?」
首を動かす。
するとそこには、銀髪の水商売をしている売婦がいた。
『彼女だ』
「彼女か」
神はそう言った。
つまり、この天使のように美しい少女から光珠を抉りだせばこの世界でのミッションは完遂するという訳だ。抉りだす、と言ったが腕をずぶずぶと肉体に差し込んで引き抜く訳ではない。それで出てくるのは心臓であって光珠ではない。
さっき言いそびれたが、特異点から光珠を引き出す方法は――
――その人間に心を開かせることだ。
簡単に言えば仲良くなればいい。
ギャルゲで言えば落とせばいい。
たったそれだけで光珠は手に入る。
いや、たったそれだけ、とは言えないな。
一日の半分以上を睡眠で過ごす僕にとって、他人とコミュケーションを取るということは結構な難易度を持っている。そもそも他人と関わらなくても生きている人種である僕にとって、コミュニケーション能力と言うのは必要ではないのだ。
そんなことにパラメーターを割いている余裕があれば、何処でも眠ることが出来る図太さに能力値を振るうだろう。
だがしかし、世界の破壊者である僕は、破壊した世界を再構築するためにコミュニケーション能力が必要になってくる。眠れれば幸せである僕にコミュニケーション能力を必要とする時がくるだなんて思ってもいなかった。
そんな訳で、僕は彼女の心を開かなくてはいけない。
心を開き――扉を開け――取り出すのだ。
物理的にこじ開けても出てくるのは心臓くらい。
精神的に彼女の外壁をこじ開けなければ光珠は出てこないのだ。
何とも面倒だろうか?
いやまぁ、殺せば光珠が手に入ると言われてもそれはそれで実践しにくいのだけれど。
見ず知らずの人間といきなり仲良くなれと言われるのは難しいが、見ず知らずの人間をいきなり殺せと言うのもそれはそれで難しい。
いや、そうとも限らないか。元の世界に戻るためなら僕は人だって殺そう。
でも、彼女は殺してはいけない。ただそれだけだ。
『なんでもいい、彼女の心を開け。つーか落とせ』
「無茶ブリだよなー」
まぁ、文句は言えない。
今までだって僕はこうやって光珠を取り出してきたし、これからもこの行為を繰り返し光珠を回収しなければならない。
それが僕に出来る唯一の償いなのだから。
「じゃ、遅くなったけど、自己紹介しますか。僕の名前は雨雲流。君は?」
「あ、はい……先ほども申し上げましたが、私は木風といいます。本日はご指名ありがとうございます」
「そっか、木風ちゃんか。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします、流様」
「ああ、いやいや、様とかいらないから。あのね僕がここに来たのは君と友達になるためなんだ。だから敬語はいらない。友達と話すような砕けた口調でいいよ」
それは嘘だ。
偶然発見した宿泊施設(本当は風俗だったけど)に、偶然光珠を持った人間がいただけだ。
でももしかすると、異世界から僕を、この世界が僕に光珠を取り出されるために必然的に彼女との出会いを結びつけたのかもしれない。
だからこそ僕はこの店に入るのに躊躇しなかったのだろう。
「そ、そうは言われましても……流様はお客様であって」
「じゃあ、このお店恋人ムードになるオプションとかついてないの? ちょっと様付けされると萎えるんだよね」
それも嘘だ。
というか、最初から彼女と戯れるつもりなどない。
「じゃ、お客様からの命令。敬語いらないし、僕のことは流と呼んで」
命令と言われたら逆らえないようで、彼女は大人しく「はい……じゃない、分かった、流」と言った。
「僕はね、君と個人的に友達になりたいんだよ。だからエッチなことするつもりはない」
「そうなんですか?」
「うん。でもお金は払ってるから、でも、君は時間が終わるまで何もしなくていい。少なくともこの仕事場で教えられた行為は一切しなくていい、僕とお話さえしてくれれば」
「分かりました」
木風は順応にこくりと首を縦に振った。
人形のように整った容姿故、本物の人形のように見える。
抱き枕にしたら気持ちよさそうだ。
「早速だけどさ、僕は君と個人的な友達になりたいんだ。会ったばかりで悪いけど……電話番号やメールアドレスを教えてくれないかな?」
その僕の純粋な質問に、彼女は――僕の予想を上回る回答をした。
「ごめんなさい……私は、この店の奴隷……つまり、人権が存在しない、道具の存在なので、プライベートなどありませんし、そのような物も持っておりません」
本当に申し訳なさそうに、そして悲しそうに、木風は言った。
どうやら、この世界は僕のいた世界とほぼ同じの平和な世界だと思っていたが、彼女には随分と訳ありな事情があるみたいだ。
少なくとも、こんな美しい少女が売婦などという水商売をしなくてはいけない裏の事情と言うものが。




