に
僕のいた世界では、よく一定料金支払えば「○○時間食べ放題」という、俗に言う食べ放題のお店というのがあった。しゃぶしゃぶとか。
それと同じで「○○円で、好きな女使い放題」という、なんと言えばいいのか? 家出少女を金で捕まえて性欲処理をする、みたいな風習もあった。
つまり、この世界では金さえあれば欲求は解消できるのだ。
食欲も、性欲も、金を出せば満たせる。
それと同じで、「金さえあれば好きなだけ寝れる!」「好きな夢を見れる!」「最高の眠りを提供できる!」とかそういうシステムも導入して欲しいと思う。
そういうのが出来れば、眠るの大好きな僕も真面目に働くと思う。
ついでに幼馴染の小林君も「美少女フィギュアを買うためにバイトする!」と言っていた。欲しい物のためなら労働は惜しまないのが人間だ。
働いた対価を睡眠として貰う。最高ではないか。
そんな訳で、僕が一体何を言いたいのか言えば、金さえあれば大抵のことは出来るということだ。
確かに金が全てじゃない! という薄っぺらい言葉を子供に言う大人はいるが、金は大切だ。金は全てではない。しかし僕はあえてこう言いたい。「金は殆どだ」と。
そんな訳で適当なビジネスホテルを探して眠ろうと思った。
『おい、結局寝るのか』
「寝る……」
ベンチの上で寝るのは少し飽きた。そろそろベッドが恋しい。
そんな訳でホテルを探していた。
ポケットの中を探すと、びっくりするくらいお札が出て来た。
「学問のすすめ」で有名な福沢諭吉氏である。どうやらこの世界は、僕のいた世界と同じお金を使っているらしい。ほぼ同じ世界と思っていいだろう。
さっきからずっとこの世界を歩いて町並みを観察しているが、全くと言っていい程同じ作りをしている。言語も日本語という所から、ほぼ同じ世界の日本で間違いないと思われる。
で、手の中にいっぱいにあるお札を見る。
「なにこれ?」
『見て分からないか。この世界の共通通貨だ』
「それは知ってる」
『金さえあれば困らないからな。お前にはスムーズに光珠を探してもらいたい。だからそのためのサポートに神の力で出来ることならなんでもしよう』
「だからこれだけのお金を……」
神の力があれば、お金はいくらでも作り出せるらしい。
「つまり何? 神の力なら、物の複製程度ならなんでもできるの?」
『不可能ではない』
「じゃあ羽毛布団出してよ」
羽毛布団と言えば、肉で言えばステーキレベルの代物だ。
『ここで出したらお前路上で布団敷いて寝るだろ!?』
神はそういうので「まぁ、寝るよ」と正直に答える。
『ダメに決まっている』
「ケチ」
『ケチではない。早く光珠を探してくれ』
「はいはい」
羽毛布団は出してくれなかったが、お札が沢山あるのは嬉しい。
これでホテルに泊まる金が手に入る。
町を歩いていくと、日が沈んできた。
「そろそろ夜か。早い所寝床探さないとな」
『一日中眠っておいて、夜になったから眠るという常識的な発言をするとはな』
「いいじゃんか。光珠探すのは明日から。今日は寝る。どうせタイムリミットとかないだろ?」
『まぁ、ない』
「ほら」
『でも出来る限り早く頼む!』という神の言葉をスルーして僕は偶然見つけた宿泊施設だと思われるビルに入る。看板に千円ぽっきりと書いてあったから、多分ホテルだ。
ビルに入ると、薄暗いフロントになっていて、カウンターの向こうにいるサングラスをかけた男性が「いらっしゃいませ」と僕に頭を下げてくる。整髪料をふんだんに使って髪の毛をオールバックにしている。顔が細くてサングラスを取るとイケメンだと思われる。
「あの、客で、とりあえず部屋借りたいのですが」
「はい、当店の利用は初めてでしょうか?」
サングラスのイケメンは、はきはきとした聞き取りやすい口調でそう言ってくる。
「初めてです」
「その場合、まず会員カードを作っていただきます」
「いくら……?」
「五千円です」
「そうですか、では一万円で」
ポケットの中に入っている一万円札をカウンター越しに渡すと、サングラスのイケメンはにやりといい笑顔で「ありがとうございます」。そして五千円のお釣が返ってくる。
「それでは、当店のシステムの説明をさせていただきます」
「はい」
いいから早く部屋を貸してくれ。寝たい。
「当店は、この写真の中の女性から、お好きな方を一名指名していただき、好きなプレイを選んでもらいます。料金は選んだ女性とプレイによって異なります」
「ほぇー」
そろそろ眠気が強くなってきて、イケメン店員の言葉が入ってこなくなる。
『おい青年』
そんな時、頭の中に直接入り込んでくる神の声。
『この店、多分だがお前が行こうとしていたホテルという宿泊施設ではないぞ』
「マジでか?」
「マジです」
「マジでか?」と神に言ったのだが、サングラス店員に言った言葉と思われたようで、そんな回答をされてしまった。
『ここは恐らく娼婦、遊女と呼ばれる女性と戯れる……つまり風俗店だ!』
「寝れればなんだっていいじゃん」
『確かにそうだけど!』
「そうですか、寝れれば誰でも構いませんか」
だからあなたに言ったんじゃないんですよ、お兄さん。
『そしてこの店員、寝るを勘違いしておる』
とにかく眠りたかったので、じゃあ、一番寝心地いいのでお願いします。と言った。
「一番、ですね……?」
サングラスの奥の目がきらりと光る。
『おい、やはりこの店員寝心地も勘違いしておるぞ』
この際眠れればなんでもいい。
風俗でもなんでも、ベッドがあるには変わりないのだから。
「では、彼女はどうでしょうか? 木風ちゃんで、当店のトップ店員です」
「それでいいです」
僕は適当に返事する。
『おい、やはり引き返せ。このままではR指定に引っかかる』
神が何か言っているが、無視。
「コースはどれにします?」
「最後まで寝たいです」
「なるほど、最後まで……つまりCまでと」
「時間は?」
「朝まで」
「フリータイムでいいですね? そうなりますと、かなりの料金が発生しますが大丈夫ですか?」
「問題ありません」
『おい、問題ありまくりだぞ青年!? それにお前まだこのようないかがわしい店に入れる年齢ではないだろ!?』
コースとか色々と、面倒だなぁと思いながら、適当に答えていると、どうやら決まったらしく、店員はサングラスの奥を光らせ嬉しそうに笑いながら電卓をたたいて、画面を僕に見せて来た。
「合計で十五万円になります」
『おい、ぼったくりだここは! 引き返せ! 看板の千円ぽっきりはどうなっている!?』
「ここに金あるんで、ちょっと数えてください」
ポケットの中にある大量のお札をカウンターの上に乗せ、イケメン店員はそれを一枚一枚数えていく。
『人の話を聞け! いや、神の話を聞け! 聞くんだ!』
「確かに十五万。それでは今、こちらの男性が部屋まで案内いたします」
『おーい! 青年! やばいぞ! これ以上はやばい! 分かった、光珠を探すのはゆっくりでいいから、規制に引っ掛かる行為をやめてくれ!』
無視である。僕は今、寝たいのである。
こうなってしまえばもう僕の眠りを妨げることは誰にも出来ないのだ。
戦争のど真ん中でも眠れる自信がある。
カウンターの奥のイケメン店員とは別の、またサングラスをかけた屈強な筋肉ムキムキな男性が「こちらですお客様」と案内してくれる。
『引き返せー、帰れー!』という神の言葉を無視し、僕は男の後ろをついていく。
別に娼婦とか遊女とか、性的な奉仕をする女性がいても僕は行為に及ぶつもりはない。眠れればどこでもいいのだ。
「こちらです」
一番奥のドアを男は開け「お楽しみください」と言って僕を部屋の中に入れる。
そしてドアが閉まる。
さぁ、寝よう。と目の前のベッドで眠ろうと思ったその時――
「あ、あの……初めまして。私、木風と申します。ご指名ありがとうございます。精一杯ご奉仕させていただきますので……よろしくお願いします」
――そのベッドの上には、天使と形容しても差し支えない美少女がいた。
でも、
「あ、すいません。そういうのいいんで、ちょっとどいてください。寝ます」
僕には関係ない。
性欲も食欲も、睡眠欲の前には無意味だ。
僕は少女を押しのけ、電池の切れたロボットのように意識を手放そうとした。




