#009 バイト経験が活きないことは無いのでできるのなら経験しておいた方が良い
0
「え……どちら様……」
青年が帰還した時、ピラミッド世界の内部にいたのは一人の少女であった。
右手に握った光珠の存在もすっかり忘れて、青年は入口で棒立ちになる。
「私だ、絶対神だ。青年が光珠を集めてくれたおかげで、やっと本来の姿に戻れる程度に力が戻ってきたのだ」
「えっと……その、なにか着たら?」
青年は目を逸らしながら言った。
「なぜだ?」
絶対神は、青年の右手から光珠をもぎ取りつつ、返した。
「なぜって、その、ほら」
「なぜだ」
口籠る青年に、再び詰め寄る絶対神。
その身長差は頭一つ分くらいだろうか。絶対神が少し小さい。
「この世界の中であれば、青年の世界の様に服を着ないからと風邪をひくこともないし、私は代謝をしないので体が汚れることも無い。それならわざわざ服を着る必要もないと思うのだが、違うだろうか」
「二ノ宮くーん! ツッコミの出番だぞー!」
「二ノ宮? 人か、それは」
青年はとりあえずと、アイマスクを下ろした。
そうだ、最初からこうしておけばよかったのだ。「寝たまま働くアイマスク」の名は伊達ではない――一日の大半を寝られるだけ寝て過ごす青年にとって、アイマスクをつけたまま日常生活を送るくらい、それこそ朝飯前である。
ただ、それはあくまで自分の家、つまりは完全に構造を理解している「世界」での話であり――逆にピラミッド世界の様に何もない空間や、初めて行く空間ではさすがにアイマスクを外すように心がけていたのだが。
「これで大丈夫だ!」
「お、おい、危ないぞ」
「いや、コンビニでバイトした経験が――僕を、さらなる高みへ導いたのだ! つまり――アイマスクを付けたままでも、生活できる!」
「おお! ――おお? それは、元からできていなかったか?」
「違う! 元からできていたなら、四六時中つけっぱなしに決まっているだろ? そもそも外す必要なんてないし。僕はきっと、そんな能力を身に付けられたのなら一生目を開かない自信があるね!」
「嫌な自信だな!」
「はあ、甲乙くんみたいな人に一生世話されたい……」
「待て、お前はいつからショタコンに目覚めた!?」
絶対神のツッコミに対し、あはは、二ノ宮くんみたい、と言って、青年はベッドに体を預けた。
外の世界へは興味が無いと言っていたはずの絶対神が、どうして先程まで青年がいた世界のことを知っていたのか、という点に言及するには、青年は疲れていたのだ。送別会が効いたのかもしれない。
とにかく絶対神はもう、取り繕うことをしなくなっていた。




