下
その後、一週間が過ぎて、今では俺も『寝たまま働くアイマスク』なんて呼ばれて起きているときに出会うとラッキーなんて噂と共に客寄せに貢献している。
「寝ながらなのに仕事がだいぶ様になってきたなー」
本日のシフトは午前は俺一人、午後である今二ノ宮くんと甲乙くんがやって来た所だ。
「それはいいんですけど、先輩僕の頬っぺた触りながら言うことじゃ無いですよね?」
「はっ、手が勝手に甲くんのほっぺを求めてしまう!」
「最早中毒!?」
こんな二人のやりとりも既に見慣れた光景である。
「二人は仲が良いんだな」
と言うと甲乙くんは照れ臭そうにしていう
「まあ、良い先輩に出会えたとは思ってます」
「甲くん!やっぱり大好きだ、結婚しよう!」
「このセクハラさえなければなお良いんですけどね」
言うやいなや持っていた防犯ブザーを鳴らすと、大体2秒くらいで店長代理がやって来て
「ゴルァ!二ノ宮ぁ!また私の甲きゅんに手ぇ出しやがって!」
と物凄い勢いでドロップキックをぶちかました。
「うるせぇ小娘!てめえも似たようなもんだろうが!」
しかし、二ノ宮くんも負けじと反論する(反撃はしない)
「ところで天雲さん」
そんな光景を軽く無視して甲乙くんが話しかけてくる。
「ん?どうした?」
「探し物があるんですよね、見つかりそうですか?」
「うーん、まだ見つかりそうにないかなー」
「そうですか、早く見つかるといいですね」
そう言う甲乙くんは、どこか安心したような、寂しいようなどっち付かずな表情だった。
そんな会話をしてる目の前で、店長代理と二ノ宮くん(ショタコン)は、元気に戦っていた。
ーーーー
それから更に二週間がたった頃、未だに光珠についての情報は無い。けど、もうここでずっと働くのも良いかもしれない。睡眠時間はバッチリとれてるし、衣食住も完備だし。
そんな感じで今は珍しく甲乙くんと二人きりだ。なんでも二ノ宮くんがファミチキを買って襲われたらしい、この辺物騒なのか?
「あー、やっと休憩だ。疲れたー」
「天雲さんほとんど寝てましたけどね!?」
何のことやら分からんが、ようやく昼休憩である。
「なんか珍しいよな、俺と甲乙くんだけって」
「そうですね、いつもは必ず先輩がいましたからね」
お昼を食べたあと、沈黙するのもあれなので話題を振ってみる。
今までは、新人である甲乙くんに合わせて二ノ宮くんのシフトを組んでもらっていたのだ。え、俺?ほら、そこはきっと人員が足りないからだよ。決して俺がハブられてるとかじゃないから。
「あの、天雲さん」
「ん?なんだ甲乙くん、二ノ宮くんがいなくて寂しいか?」
「いや、まあ否定はしませんけどそうではなくて」
寂しいのは否定しないのか、二ノ宮くんが聞いたら嬉しさで暴走しそうだな。
「天雲さんは、探し物が終わったらバイト辞めるんですよね?」
「まあ、そうだな」
自分でも信じられないことに俺はこの世界の人間じゃないしな。
「別に、ここにいても良いじゃないですか。無理に出ていかなくても……」
「いや、確かに今人が減るのは厳しいかもしれないけどね?」
「否定はしません」
……そこは少しくらい抵抗して欲しかった。
「と、とにかく!俺にも一応帰る場所があるの。そこに帰るためにだな」
「帰る場所、ですか」
その時甲乙くんの表情が少し暗くなった気がするが、生憎それについて何かいう前に短いお昼休憩が終わってしまった。
本当短いよね、30分とか。
「もう時間か、残り半分頑張りますか」
「そうですね」
その後、ふとした瞬間に甲乙くんが見せる陰のある表情が気になったので、店長代理に無理を言って今日は甲乙くんと同じ時間に上がらせてもらった。
「甲乙くん!」
俺が声をかけると驚いたように振り替える。
「天雲さん、今日は早いんですね」
「おう、店長代理に言って上がらせてもらった」
代わりに明日の労働時間増えたけどな。
「そう、ですか」
「そんなことよりどうした、仕事中も暗い顔して」
甲乙くんは暫く黙っていたが、不意に少し話を聞いてもらって良いですか、と聞いてくる。
「元からそのつもりだって、良いから話してみろ。気になっておちおち眠れやしねえ」
「ありがとう、ございます」
それから甲乙くんは、自分について話始めた。自分が親戚に預けられたことや、両親の顔を見たことがないこと、家ではあまり居場所が無いことなど。
「そっか……甲乙くんも色々とあったんだな」
「そんな言われるほどでも無いですけど、何だか話したらだいぶスッキリしました」
「それは良かった、これでも甲乙くんのことは弟みたいに思ってるんだ。元気がないと心配するからな、特にあのショタコン2名が」
そう言って笑うと、ありそうですねといってつられた甲乙くんが笑う。
「……天雲さん」
「ん?」
「家族って、何なんでしょうね」
それは悲しそうでも苦しそうでもなく、何とも不思議な無表情だった。
「そうだなぁ、絆じゃないか?」
「絆、ですか?」
「そう、絆。俺はさっきも言ったけど甲乙くんのこと弟みたいに思ってるし、まあ二ノ宮くんとか店長代理はその辺すっ飛ばしてるけど、甲乙くんを大事にしてるのには変わりない。そういう絆とか繋がりが家族ってことかなって、そこに血が繋がってるとか繋がってないとかは関係ないよ」
「絆、繋がり……か」
うまく伝わったかは分からないけれど、今の甲乙くんの表情を見る限りでは大丈夫そうだ。
「あ、そうそう甲乙くん、これ」
「え、何ですか?」
そういって俺が手渡したのは肉まんである。
「ほら、11月で冷え込むだろ。ちょっと早いけど俺からのクリスマスプレゼントってことで」
「……まだまだ先じゃないですか、全く」
そう言いながらも受け取って美味しそうに肉まんを頬張る甲乙くんは、可愛らしかった。
と思っていたら、急に甲乙くんの胸辺りが光って何か出てきた。
「うぉ!」
「ひゃっ!」
悲鳴まで可愛らしい甲乙くんである。じゃなくて、まさか。
「これ、光珠……?」
「え、それって天雲さんの探し物?でも、今僕の服から、え!?」
「あー、その、なんだ、話すと長くなるんだがな」
今度は俺が話す番だった。
俺がこの世界の人間じゃないことや探し物の正体に始まり、神様についてなどわかる限りで出来るだけ分かりやすく話したつもりだ。
「別の世界って、いやでも、今の見たら」
「ま、信じてくれなくても構わないよ」
「……今の話が本当なら、天雲さんは元の世界に帰っちゃうんですよね?」
「まあ、そういうことになるな」
そこで甲乙くんの表情が暗くなる。
「まあ、直ぐにって訳でも無いし二ノ宮くんが戻ってくるまではあそこで働かせてもらうよ」
「そう、ですね」
「おいおい、泣きそうな顔するなよ。大丈夫、出来たらまた顔見せに来るから」
「本当、ですか?」
「おう、職に困ったりしたらいっそあそこに定住することにするよ」
「……はいっ!先輩とか店長さんと一緒に待ってますね!」
そんな会話をして、俺達は帰路についた。
それから、店長代理に探し物が見つかった事と二ノ宮くんが戻るまでは働かせてもらいたいことを伝えると
「探し物見つけたのか、あれだけ自由な時間が少なければ今年中は見つからないと思ってたんだけどな……」
と言ったあと、許可してくれた。あれ確信犯かよ……。
それから二ノ宮くんが帰ってくる12月まで働いたあと、俺の借りてる部屋でささやかな送別会が開かれた。
それは酷い有り様で、未成年ばかりでお酒さえ出なかったものの、夜中遅くまで騒いでいたため甲乙くんが泊まることになり、添い寝をしようと店長代理と二ノ宮くんの壮絶なバトルが繰り広げられたり、その騒ぎで周りの部屋から苦情が飛んできたりと賑やかで騒がしい送別会となったのであった。
名前:新谷鈴
不和世界に参加して、その他感想や一言:他の人の文章ということで、その方が書いてきた下地がある分書きやすかったのかなと思います。でも、提示された作品やキャラをまだまだ生かしきれて無かったかなと反省中です。




