#007 そもそも暗示というものにはかかりやすい人とかかりづらい人とがいる
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青年が帰還するよりも先に、光珠だけが絶対神の元へ到達することがある。それはバラバラになった世界の性質ゆえであった。
例えばAという世界の光珠は絶対神世界への帰還を望んでいるが、Bという世界の光珠は帰還ではなく独立を望んでいたとしよう。その場合、前者は青年によって光珠が回収され次第、青年を絶対神世界と子世界を繋ぐ回廊として、一瞬で帰ってくるのだが、後者は青年が持ち帰らなければこの絶対神世界へ帰ってくることは無い。
彼――あるいは彼女――からすれば、それはどうでも良い事であった。
手元に光珠さえ集まれば、それでいいのである。青年を「わざわざ眠らせる」必要性が無いため、どちらかといえば前者の方が好都合ではあったが――否、帰還するなりすぐに送り出せるので、よくよく考えてみれば前者の方が後者より圧倒的に好都合かもしれない。
青年を眠らせるのは実に簡単なことであるが、しかしほんの五分程度の睡眠暗示をかけただけで軽く十五時間ほど眠りこけてしまうのはどうにも時間のロスになるのだ。一回二回ならまだしも、百回なら百五十時間。千回なら千五百時間だ。
そして、世界が前者、絶対神世界への帰還を望んでいる世界か、後者、絶対神世界からの独立を望んでいるかの確率はほとんど半分半分である。
今回で一体、青年の帰還は何千、何億回目になるのだろう。少なくとも青年の元いた世界にある数字の桁数では言い表す事ができない数の世界を、青年は回っている。しかし青年の言葉を借りれば言い表す事ができた――「砂漠の砂粒と同じくらい」、だ。どこの国の、どころかどこの星の、とも言わないし言えない、曖昧な定義であるからこそ、ここまでぴったりの比喩も存在しないに違いない。
ようやくあと数個の世界、というところまできた。
絶対神は、己の力の充実を感じていた。
――青年が帰還した。
「ただいすみ」
――――ついにただいまとおやすみが合体しただと!?
「昨日……寝そびれたんだ。六時間しか寝てない……」
――――待て、寝るな! あと数個で光珠は集まるんだから、先に集めてくれ
「無理不可能寝る」
――――あと「一か月で世界は完全に崩壊する」んだぞ!
「……初耳だけど?」
――――さ、さっきわかったことだからな。そりゃ言ってないのも仕方が無かろう?
青年は、しぶしぶ、といった調子でアイマスクを持ち上げたが――その眼はいかにも眠そうに、ほとんど閉じられており、糸のようになっている。
「それじゃあ僕は次の世界に行くけど」
――――む、なんだ、やけに聞き分けが良いな。それはそれで不気味だが……
「僕と睡眠は生き別れることになった。でも、決して出会えないわけじゃない。この道が続いている限り、絶対にいつかまた出会える――つまり、そういうことだよ」
――――全然わからんぞ
異世界に送り出した青年をモニタリングすることをやめてしまったため、外の様子に疎い神が呆れたようにそう言ったが、しかし青年は軽い笑みを浮かべただけであった。




