8 この道が切れてなかったらな
その後、ナガレは無事にシャルに発見された。満身創痍になりやがって、と毒づかれたが、その笑顔はとても気持ちいいものだった。
ティリーを送り届けたとき、街のみんなは泣いて喜んでいた。二人の誘拐は、思いも寄らぬ大胆さで行われたために、逆に怪しまれることがなかったそうだ。フォロッド全体の空気が変わったのはいいことか悪い事か、と話している。
ジリアンは無事に、警備隊に引き渡された。話しを聞く限り、彼はアシュリーとシャルが城から抜け出したということを知っていて、ならばフォロッドに向かうだろうと目星をつけ、私兵と共に居たらしい。
一方、不安な要素も多くある。傭兵騒ぎと似たようなことが、国のあちこちで起こってるらしい。他国からの刺客というのが濃厚な線だ。と、シャルとアシュリーの友人が手紙を寄越したらしい。
怪我もすぐに治り、ナガレはシャルとアシュリーと別れることにした。
これ以上、ここに留まっている理由もない。それは三人が同じことを考えていた。
「というか、いい加減二人きりにしてあげたい」
ナガレがそう言うと、シャルとアシュリーは恥ずかしそうに頬を赤くしている。
いまいる場所はフォロッドから外れしばらく行ったところにある分かれ道。シャルとアシュリーは、今度は馬車ではなく徒歩で移動することにしたらしい。大きな荷物を二人で背負っている。
「ナガレはどうするんだ、これから。探し物をしてるんだろう?」
シャルがそう尋ねてくる。ナガレはちょっと首を捻った。探し物がどこにあるのかわからないのだから。
ついここまで付き合ってしまったが、結局”光珠”については捗らなかった。
「気ままに探すよ。何ならインフェルシアの王都に向かうのもいいし」
「そうですね……それが良いと思います。我がインフェルシアが誇る王都を、ぜひ見てください」
アシュリーが笑顔で言った。赤い耳飾りが揺れる。
ああ、とナガレは頷く。それはそれで楽しみである。
「そうだな……」
別れるのは惜しくもあるけど、かと言って別れないわけにはいかないだろう。
これから二人は、二人の生き方をするのだから。王族と騎士ではなく、一組の男女として。
でもきっと、思い出すように国のことを考えるようになるだろう。知っている、持っているといのはそういうことだ。
「……自由は難しい。けど、そうやって責任を持つことで、ようやく自由なんだろう」
何となく口に出してしまった。二人は驚いた顔をしたけど、頷いてくれた。
そろそろ行かないと、とナガレは言った。するとシャルは、手を差し出した。ナガレはそれを見て少し笑う。
そして自身も手を差し出し、握手をした。
「もうアシュリーから目を離すなよ」
「そっちこそ、寝てばっかいるなよ」
そんな憎まれ口を叩きながら、笑う。
短い時間だったが、会えてよかった。そう心から思うことができた。短い間に助けられ、生死を賭けて共に戦った。これ以上に濃厚な時間を過ごすことはできないだろう。
ちら、と。握っていた手が輝く。それは光だった。シャルと繋いだ手から溢れ出したそれは、大きな球となって空へ上がっていく。
思わず手を離して、その光が空へと昇って行くのを眺めた。引いて行く光の尾は鎖のようにも見える。そして光は青空に溶けていくように消えていった。
思わぬ出来事に、余韻に浸ってしまう。最初に口を開いたのはアシュリーだった。
「いまのは一体……?」
その問いの答えを、ナガレは知っている。けれど、言わないでおく方がきっと美しいこともある。だから黙っておこうと、そう思った。
「じゃあ、俺はあっち行くから」
ナガレは分かれ道の一方を指差した。シャルたちとは別の方向だ。
「探し物、見つかるといいな」
「うん、そうだな」
もう見つけた、けれども。まだまだ見つけていきたいものでもある。そして、きっと二人もこれからたくさんのもを見つけるだろうから。
「また会えますよね」
「この道が切れてなかったらな」
アシュリーの言葉に、ナガレはそう言った。ははは、と三人で笑う。笑ったまま、ナガレは走り出した。
目指すは次の世界。いいじゃないか、明るい別れがあったって。
願わくば、二人の未来に幸多からんことを。
ナガレは大きく、一歩を踏んだ。
☆★
「不思議なやつだったな」
シャルはそう言った。ナガレと別れてからそれなりに進んだだろうか。
「そうですね……何だか、近くにいても違和感がありませんでした」
アシュリーもまた、シャルに同意した。ナガレという存在は、二人からすれば目新しく映ったのだった。
「なあ、アシュリー。これからどうする?」
「そうですね……」
考えることはいっぱいあった。この国から危機がなくなることはない。傭兵騒ぎもそうだし、いつ戦争が再び起こるかもわからない。
平和をいつまでも享受してるわけにもいかないだろう。いつかは国に戻るかもしれない。そういう選択肢だってある。
あるいは、世界を行脚し流れの薬師として活動するのもありだ。
そうやって選べる。それが何よりの自由なのだと、知ることができた。
「次の街に着くまで、二人で考えましょう」
「そうだな。それがいい」
二人はそっと肩を近づけた。時間ならまだたくさんある。いくらでも考えればいい。先延ばしとは違う、二人で考える時間は、きっと楽しいものに違いない。
「ところでシャル」
「何だ?」
アシュリーが何かを思い出したように言った。
「あんなところに、分かれ道ってありましたっけ?」
名前:狼花
作品提供:不遜な騎士と仮面の王子
不和世界に参加して、その他感想や一言:
『狼花と申します。この度はこのような企画に参加させて頂けたことを光栄に思います。私が創った世界に、別の誰かが触れてくれる。そのことがとても嬉しかったです。胸躍る企画を立ち上げてくださった企画主様に、そして拙作の世界に飛び込んでくれたジョシュア様に感謝を込めて。』
名前:ジョシュア
不和世界に参加して、その他感想や一言:『私は狼花ワールドが大好きである。それはもう、このサイトを好きな理由の一つに挙げていいほどに。個人的にもたくさん話したりして感じたのは、彼女の筆がとても素直で、綺麗だということ。彼女の文章に憧れて、自分も書いているんだなと。
そして今回書かせてもらったのは『不遜な騎士と仮面の王子』の、その後の物語。私の解釈した、私のシャルとアシュリー、インフェルシア王国。どうかみなさまに届けばいいなと思ってます。そして、作品を託してくださった狼花さんに最大の感謝を!』




