7 俺は、御免だよ
アシュリーとティリーは、山小屋の中と思われる場所にいた。腕は縄で縛られている。身動きはできない。
何が起こっているのか、アシュリーはおおよそ整理していた。自分たちはマクドネル商会に誘拐されたのだ。鮮やかな動きだったと思う。
二人になった瞬間に、踏み込んできた男たち。どうやってあの狭い街中に潜んでいたか不思議であったが、商隊の全員が相応の戦闘力を持っているとは予想外だった。だが、そうでもないとこんなメチャクチャなことはできない。
「お姉ちゃん……」
ティリーが震えている声で呼ぶ。元気の良さは失われている。アシュリーは微笑んで、安心させようとした。
「大丈夫。まだあっちは手出しできないみたいだから」
アシュリーは自分の価値を認めている。かつては王太子である、国からの価値は重いと考えるのが当たり前だ。
けれども、それは見当違いだろう。自分の妹や友は……自分を切り捨ててく・れ・る・はずだから。国を捨てて出て行った小娘の命を優先するほど、彼らは単純ではない。
「落ち着いてるんだね」
ティリーに言われて、アシュリーも自分が思っているほど焦ってはいないことに気づいた。しかし、その理由もすぐに思いついた。
それは自身の家族を信じているからでも、自分の体術に自信があるからでもなかった。
「慣れてるからかな」
「慣れてるって……」
「それにね、いつも助けてくれる人がいたから」
昔から、誘拐される度に自分を助けてくれた人がいた。
最初は誰だかわからなかった。気づけば助けられていた。一人の英雄が散り、後に新たな英雄が生まれた。
二回目は、わかった。私のピンチに必ず助けてくれる彼が、血まみれになりながらも目の前にいてくれたことを覚えている。
「だから、信じてる。だから来て、シャル――――――!」
「おう、待たせたな」
その声と共に、扉が開いた。肩に鷹を乗せ、不敵な笑みを浮かべるその人は間違いなく、アシュリーが待ち望んでいた人だった。
☆★
嵐のような連撃をナガレは捌いていく。ジリアンの二つの剣は踊るようにして迫る。ナガレは何とかそれを目で追い、致命傷にならないように逸らすので精一杯だった。
「ほらほらほら! その程度じゃアタシを満足させられないわよ!」
余裕の笑みを浮かべるジリアン。ナガレはこの強敵の剣より、笑みの方が恐怖であった。
ナガレ自身、いまの自分の実力に異常を感じている。武術の心得がないにも関わらず、ここまで戦えているのだから、異常としか呼び様がない。
だがまあ足りない。何かが足りない。自分の奥底にあるそれを引き出さないと、ジリアンには勝てない。
「て、めえ……!」
「もう、貴方のせいでアシュリーちゃんとシャルちゃんを待たせてるのよ。だからとっとと逝きなさい!」
「逝くのはてめえだ、オカマ野郎!」
縦の一撃を避け、続く二撃目を剣で去いなす。ぎりぎりの攻防が続く。
ジリアンはその見た目に反し、圧倒的な力で押してくる。速さももちろんあるが、それ以上に力があった。鍔迫り合いになれば負けてしまう。
だから極力、ナガレは足を止めず、絶えず動き回り相手と正面から迎えないようにしていた。
しかしその戦いはお互いに決定打を持たない。相手の隙を見極められるほどナガレは場数を踏んでいない。そしてジリアンも自分の隙を巧妙に隠していた。
ナガレの剣が跳ね上がる。その隙を狙ってジリアンの剣が伸びた。急所であるはずの腹部ではなく、あえて外して足元への斬撃。ナガレは反射的に跳び、それを避けた。
「ふっ、はぁっ……くそ」
ナガレの口から漏れる言葉。体力的には余裕はあるが、どうにもジリアンを倒す手立てが思いつかない。
「いいわあ、いい! ナガレちゃん、貴方最高よ! あと少し顔が良かったらお持ち帰りしてたところ!」
「気色悪いこと言うな……!」
相手のペースに飲み込まれるな。そう自分に言い聞かせる。
二刀流、それは攻防一体の術であるはずだ。しかしジリアンは徹底的に攻め続ける。二つの剣を使うという手数の多さを活かしているのだ。そして膂力の強さもあり、隙も見せない。
いまのナガレでは弱点を見つけることはできない。シャルならどうしただろうか。あるいはアシュリーならどうやったのか。彼らの姿を思い出すも、たかが数日の付き合いでそれがわかるわけがない。
そもそも、どうしてこんな戦いに興じているのだろうか。どうして自分の命を賭けているのだ。
助けてくれた相手への恩返し、というにはやりすぎでもある。「”光珠”を集める」という本来の目的から逸脱もしている。
けど、ああ、それが何だと言うんだ。
目の前にある大切な人の命も繋げずに――
「……そうだよな」
――世界を繋げることなんてできるかよ。
ナガレは剣を構えた。それは刃を隠す構えかた。腰を低く溜めて、弓を引き絞るようにぎりぎりと力を込める。
「あらあ、何をする気なのかしら」
「さあな」
わからない。だけど、わかる。おかしな言い方だが、この一撃に総てを賭ける覚悟は出来ていた。
不思議だ。どうしても自分の目の前のやつを許す事はできない。怒りで頭が沸騰しそうだ。
だが同時に思い出すのは、シャルとアシュリーの楽しそうに話す顔だった。二人に並んでいてほしいと思う。ティリーと兄弟のように振る舞うシャルがいてほしい。それを笑って眺めるアシュリーがいたって良い。
国のことを真剣に考える王子様とその騎士でもいい。放浪している薬師の夫婦でも構いやしない。
そんな二人の幸せに水を差そうだなんて、許せるわけがない。
結局、誰かの笑顔を守りたいだけなんだ。いいじゃないか、単純だって。
「はあっ……!」
裂帛の気合いと共に、息を吐き出す。同時に地面を強く蹴り上げた。
あっという間に詰まる間合い。ジリアンが嗤い、剣を振り下ろそうとした。
だがナガレは完全にその動きを読んでいた。振り下ろされる前に相手の肘を掴む。ジリアンの息が詰まったのを感じた。
もう一方の腕は、背中で止める。ナガレの腰で止められたジリアンの手首は、すぐに返すことはできない。
肩を入れての突撃。それはジリアンの胸板を強く打った。
二人はもつれながら地面を転がる。斜面へ飛び出し、ジリアンを組み敷いて滑り降りた。
ようやく止まったのは、坂を滑り切ったところだった。ナガレは体のあちこちを痛めていたが、ジリアンの方はもはや動くこともできないらしい。
「どう、だ……」
息切れしながらも、どうにか声を絞り上げる。ナガレはジリアンに馬乗りになり、どうにか握りしめていた剣を首に当てた。
「参ったわね……」
ジリアンは目も開けていなかった。しかしすでに虫の息であることはわかった。
「おい、言ってくれ。まだわかんねえこともあるんだ」
「……何よ」
「傭兵騒ぎは何だったんだ。二人を狙うだけなら、逸れた瞬間を狙うとか、いろいろ出来ただろう」
「……ふふ、そんなこと」
呆れたようにジリアンは言った。その言い方がどうにも引っ掛かった。
「冥土の土産に教えてあげるわ。アタシとあいつらは無関係。あいつらが何をしようとしてたかは知ってるけどね……。ふふ、頭が良すぎる人は勝手に疑うんだから。アタシはね、やりたいようにやるだけよ」
それが真実なら、滑稽なことだ。
国に揺さぶりをかけようとする人間が、別にいる。それがわかっただけ、良しとするだろう。
「……ジリアン、てめえは……警備隊へ突き出す」
「何よ、それ。とどめ刺さないの?」
「はっ……俺は、御免だよ」
それに眠いし。ナガレはそう呟く。ジリアンの上からどいて、近くの木に腰掛ける。アイマスクをそっとおろして、視界を真っ暗にする。
もう疲れた。ナガレは睡魔に、自分の身をゆだねた。




