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不和世界 ―「埠」頭に繋ぐ、「わ」れらが世界の物語―  作者: ワタシイロReVo制作委員会
「不遜な騎士と仮面の王子」世界
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6  俺も行こう

「どういうことだ……!?」


 シャルが悪態をつく。この状況で、アシュリーたちが動くとは思えない。

 それにこの足跡。何者かが踏み込んだ証拠だ。


「わからないが……誘拐か。まさか俺たちは上手い事誘導されたのか?」

「始めからあいつらの目的は俺とアシュリーを離す事だったのか……」


 それにしては雑な作戦だ。穴が多い。防ぐ手だてはいくらでもあるような。

 もしアシュリーが離れず一緒に行動するとしたらどうだ。もしナガレが残っていたらどうだ。


「いや、俺とアシュリーが一緒だったら、次はお前かティリーを狙っただろうな」


 ナガレが考えてることがわかったのか、シャルは先回りしてそう言った。

 確かに、そうかもしれない。あくまでアシュリー個人が狙いでなければ、だが。


「恨まれてるのかな、俺は」


 シャルから自嘲的な声が漏れる。それは軍人時代のことを思い出しての事だろう。


「そうだとしても、やっていいことと悪い事があるだろう」

「ナガレ……そうは言うが、世の中どうしようもないやつってのはいるんだ。手段を選ばず、目的を達成しようとするやつがな」

「それは……」


 どんな人間を見てきたのだろう。シャルの瞳には、暗い炎があった。彼がどんな人生を歩み、誰を殺してきたのか。言葉にそれだけの重みがあった。

 そういう世界なのだ、と納得はできない。できるわけがない。

 大切なものが傷つくかもしれないと怯えるなんて、御免だ。そのためには、守らないといけない。


「……いまヴェルメが探してくれている。見つけたら、俺が行こう」


 シャルが言った。ヴェルメ、という鷹はとても優秀だ。主が呼べば文字通り飛んできて、その命に従って今はアシュリーとティリーを探している。

 ナガレは唇をくっと噛む。そして開いた。


「俺も行く」

「お前……」

「足手まといかもしれない。けど、連れていってほしい」


 何ができるかはわからない。けれども、じっとしてなんかいられない。

 少なくとも、俺は恩のある人間を危機に晒して平気な顔をしていられるほど、出来た人間じゃない。


「……わかった」


 シャルが腰に剣を帯びる。それは無駄な装飾もないが、壮麗なものだった。刻まれた紋章は気高さを称えている。シャルの顔も、いつもに増して引き締まっていた。


「だけど、無茶だけはするな」

「……さあな」


 そう言って、ナガレも立ち上がった。


「できることを、するだけだ」



☆★



 ヴェルメが低く飛ぶ。それに従ってナガレとシャルは走った。

 アシュリーとティリーを攫った者たちは、森の中へと入っていったらしい。フォロッドに隠れることのできる場所はまったくと言っていいほどない。逃げられるとしたら山の中に決まっている。

 商隊が向かっていった方向を追うのは罠だと判断した。それは分かりやすすぎる。いくらなんでもそんな安易なことはしないだろう。

 シャルは圧倒的なペースで森の中を走る。山間部で複雑な森でさえも意に介することなく走り抜けていた。

 ナガレもまた、自分がかなりの速度を出していることを自覚していた。息も切れていない。訓練もしていない自分が、元軍人のシャルに敵うわけがない。だがいまは彼に追いすがることができている。

 恐らく、これも”補正”というやつなのだろう。今だけは神様に感謝しなくもない。


「ここの先には、狩りの拠点があったはずだ!」


 シャルが言った。確かにそれは隠れるにはもってこいだろう。


「相手はそれなりの手練れが……少なくて五人! 加えてあのオカマがいるかもしれない! 手は出さなくていいからな!」


 現状から冷静にそういった判断ができるのはさすがだろう。ナガレは頷いて、先を急いだ。

 駆ける足に、さらに力が入る。アシュリー、ティリーの二人を守りたい。会ったばかりの二人は、失うのは辛い。


「っ!? 上だ!」


 シャルが金属の鋭い音と共に抜刀する。銀色に閃いくそれは宙へと跳ね上がる。シャルが大きく跳躍したのだ。

 短い悲鳴が聞こえる。次いで生々しい落下する音。その情景は口にするのも憚られた。


「シャル!」

「問題ない! ……囲まれてるな」


 足を止めてしまったことは失態だった。気づけば周りに人影がいくつかある。

 その数は四つ。うち一つは、見覚えがあった。


「あらあ、思ってたより早いのねえ」

「ジリアン……!」

「覚えてくれたのね。嬉しいわん」


 特徴的な気持ち悪い話し方。暗い森の中でも映える、真っ白な化粧。ジリアンに他ならない。

 ナガレは、シャルが切り落とした人が持っていた剣を拾い上げる。思っていたよりも短いそれだが、それだけに普通のものより扱いやすいだろう。


「シャル、先に行ってくれ」

「どうするつもりだ!?」

「いいから行ってくれ! シャルには何より優先するものがあるだろう! 見失うな、シャル!」


 そう言うと、シャルは唇に力を入れて、ゆっくり頷くと駆け出した。ジリアン以外の人影はシャルを追っていった。それを止められない自分が歯がゆいが、今は目の前のジリアンの相手だ。


「残念ねえ、貴方程度じゃ相手にならないと思うのだけれど」

「どうかな、俺はお前の足止めができれば十分だと思うぜ」


 ナガレのその言葉に、ジリアンは明らかに性質の違う笑みを浮かべた。それはさながら獰猛な獣のようだった。

 足が震える。恐いのだ。

 目の前にいるそれは悪だ。そう思わせるだけの凄絶なものを感じた。


「見る目はあるようねん……まあ、シャル・ハールディンがどれだけ優れた戦士だろうと、あれだけの数を相手にできるかは知らないわ」

「この足止めは無駄じゃないさ」


 言ってしまえば、これはハッタリだ。ジリアンの実力なんて知らない。武道を嗜んだわけでもないし、ましてやこのオカマが実力者だとは思えない。


「お前の目的は何だ。また戦争とやらを起こそうという算段か」


 ナガレがそう言うと、ジリアンは吹き出した。そして高笑いを上げる。


「おほほほほほ! 愉快な冗談ねえ。戦争っていうのは手段よ、手段。戦争を起こすためだなんて、そんな馬鹿げたこと、よっぽどの馬鹿じゃなきゃしないわ」

「なら、何が目的だ」

「もう、そういうのはダメダメ。レディを待たせるのも男の器よ」


 それに、とジリアンは続けた。


「ダメよぉ、斬ると決めたなら……とっとと来なくちゃあねぇっ!」


 金属の擦れる音。それが響くと同時にナガレは手に持った剣を縦に振るった。

 甲高い音が響いた。二本……いや、三本の剣が交差していた。暗がりでよく見えなかったが、ジリアンは二刀流らしい。


「くっ」

「あらあら、防いだの? これは貴方の評価を上げないと」


 力任せに押し出され、ナガレは後退した。左右の剣を払ったジリアンは、目を細めている。


「目的ね、いいわ、教えてあげる。それは”美”よ。美しいものよ」

「……なに?」

「それでね……アタシはそんな美しいものが壊れる瞬間に快感を感じるの」


 あくまで楽しそうに、ジリアンは言う。舌なめずりをして、ナガレの顔を見た。

 ナガレはこれほどまでに不愉快な気持ちになったのは、初めてだった。


「ねえ、聞いていいかしら。目の前でアシュリーが汚されたら、【ローデルの英雄】はどんな顔をするかしら。どんな乞いの言葉を言うのかしら。みっともなく頭を地面に擦り付けるのかしら! ああん、楽しくて仕方ないわ!」

「てめえ……! それ以上、きたねえ口を開くな!」


 ナガレは剣を腰に構えて、地面を強く蹴った。

 憤怒の一撃が、一直線に飛んだ。



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