4 どうかな、それは
シャルのいなくなった八百屋はどこか気まずかった。シャルに連れられて八百屋にやってきたナガレだが、ティリーとアシュリーの仲もそこまで良いものではないことがわかる。言うならば久しぶりに会った、大して仲良くなかったクラスメイトのような感じだ。
「シャルは、昔からあんな感じなのですか?」
最初に沈黙を破ったのはアシュリーだった。問いかけた相手はもちろんティリーだ。
「うん、まあね。誰が相手でも優しかったな……ここにお医者様がいなかった頃にやってきたってこともあるだろうけど、やっぱり優しいから気に入られたんだろうね」
そう言うティリーは、血の繋がった兄弟でもないにも関わらず、誇らしげに語った。へへ、と笑うティリーを見て、アシュリーもまた笑う。
「彼はそうですよね。私のときも……気づけば、彼に隣に居て欲しいと思って……」
「お姉ちゃんは、シャルが大好きなんだな」
「え、ええっ!?」
ティリーにそう言われて驚くアシュリーの顔は、出来ればシャルに見せてやりたいほどだった。頬を真っ赤に染めてそっぽを向く彼女は、ちょっと幼く見える。こうしたところもシャルがアシュリーを好きな理由なのかもしれない。
だが、ナガレにはどこかズレて見えた。致命的なミスをしているような、そんな感覚。しかしその正体がわからない。
「おい、てめえ、どういうことだ、ああ!?」
叫ぶ声が聞こえた。男の声で、荒い声音だった。
八百屋を出て見渡すと、荒くれ者と一目でわかる者たちと、一組の男女が揉めているようだった。できれば関わり合いたくはない。
そう思ったが、その矢先、アシュリーが揉めている方へと駆け寄ってしまう。ナガレはティリーと顔を合わせると互いに頷いて、アシュリーのあとを追った。
「はっ、これだからインフェルシアの人間は!」
荒くれ者の一人がそう言った。言い返す人間はその場にはいない。しかし全員がその様子を、睨むようにして見ている。荒くれ者たちはそれを意に介す様子は見せていなかった。
前へ前へと行こうとするアシュリーの腕をナガレは掴んだ。キッとした目で見てくるアシュリーの顔は鬼気があり、恐かった。だがこのまま飛び出させるのも不安だ。例え元軍人であっても。それにシャルがどんな顔をするかわかったものではない。
「何があったんだ?」
近くにいる人に尋ねると、その人はバツの悪そうな顔をする。
「あいつらがツケで支払うとか言ってな……どうせ払いもせずにどっか消えるのがわかったから、店主が止めたら、奥さんごと店から引きずりだされたらしい」
なるほど、とナガレは頷く。ツケというのは、よっぽどの信頼がないとできない……と聞いた事がある。
荒くれ者はきっと傭兵か何かだと見当をつけていたが、それは当たりのようだ。
「インフェルシアって国はみみっちくて仕方ねえな。そんなだから女に騙されるんだ」
その罵詈雑言を聞いた瞬間、アシュリーは耳飾りに手を伸ばしていた。
ああ、やっぱり。何となく、ナガレはわかった気がした。アシュリーのことをすべてわかったわけではないが、いまの言葉が琴線に触れたのは確かだ。
「待てよ」
馬鹿だな、と思いながらも声をかけずにはいられなかった。
でも、恩人が傷ついた。助けてくれた人が傷ついた。理由なんてそれだけだ。
「この国のことはよく知らないけどさ、そういう言い草はどうかと思う」
ナガレは人だかりから一歩、飛び出した。そのあとを追うように、アシュリーが後ろにいた。
荒くれ者たちがこちらを振り向く。不思議と恐くはなかった。いや、こんなの恐いにも入らない。
「ああ? この国はな……ずっと馬鹿なお姫様に騙されてたのさ。男の振りをして臣民を騙し、戦争の最中に父である王様を捨てて逃げ出し、国内を上手くまとめられず、挙げ句にティグリアとアジールの侵攻を許した。そんで姿を消した。とんだお転婆だと思わないか? しかもこの民はそれを認めたって聞いたぜ?」
「……どうかな、それは」
言葉を聞いて、違和感があった。だがそれを無視して、ナガレは言った。
「今のこの国は……女王様が築いたこの国は、そんなに悪いもんかな」
「んだと?」
「この国は、あんたが言ういろんなことがあってもインフェルシアなんだ。みんな笑ってる国。そうだろう?」
男女が平等ではない。歴史の授業で聞いたが、実感のない言葉。それが現実にある世界。
きっと、ナガレが暮らしていた時代よりもずっと生きにくい世界なのだろう。だけど、だからと言って彼女たちの思いを否定していいわけではない。
なによりこの男たちの言葉は、意図的なものを感じる。あえて表面的なことしか言っていない。言葉を選び、巧みに人の心を操ろうとしている。
「それに、それはそれ、これはこれ、だ。今は国のことなんて良いから、金を払えよ。それは常識ってやつだ」
ナガレが言ったとき、誰かが「そうだ!」と叫んだ。後ろを見るとティリーが手を挙げていた。その言葉は波となって周りの人間にも広がる。
ついには集まっているその場の人間のほぼ全員が、ナガレの言葉に同意した。傭兵たちはたじろいだのち、腰にある金をその場に置いて走り去った。
狭いフォロッドの中にはもういられないだろうな、とその背中を見送った。
★☆
その後、村の人たちにナガレはもみくちゃにされた。何をされているかわからないところへ、治療を終えて騒ぎを聞きつけたシャルがやってきて、何とか解放してもらえた次第だった。
「ったく、何してんだ」
そしていま、アシュリーと共にお説教を受けている。仁王立ちのシャルの前にナガレとアシュリーが座らせられていた。
「あんまり目立つことはするなよ。変に目をつけられると後々面倒だ」
「面目ないです……」
ナガレは深々と頭を下げた。「まあ」とシャルはそれを見ながら続けた。
「よくやった、とは思う。それに、話しを聞く限り不思議なこともある」
「私も気になってました」
シャルの言葉にアシュリーは同意した。ナガレも政治だとかは詳しくはないが、言葉が違うところへ向けられていた気はしたのだ。
「どうも臭う……そいつら、本当に傭兵か?」
「私もそれが気になりました。あまりにも弁が立ち過ぎます。それだけの学を傭兵が持っているとは思えません」
「……つまり、どこかの国の諜報員が傭兵に扮してインフェルシアに入ってるってことか。ありえなくはない。いや、むしろ常套手段だろうな」
二人が話し込んでいるのを見て、ティリーが首を傾げていた。言葉の意味がわかるナガレは、二人が何を話しているのかある程度わかるが、ティリーにはいくつかの言葉の意味がわからないのだろう。
「失礼しま〜す」
四者四様に悩み込んでいると、変わったイントネーションの声が店先から聞こえた。ティリーが接客に向かう。
「はい、いらっしゃいませ」
「ティリーちゃん、ごめんなさいね。用事があるのはさっきの騒ぎの男の子なのよ」
どうやらナガレに用があるようだ。めんどくさいことをしてしまったな、と思いながらナガレは立ち上がって、来客の元に向かう。
「えっと、俺に用か……って、え?」
そこにいるのは、男なのに異様に濃い化粧をしている人物。真っ白にされた顔に真っ赤な口紅、青いアイライン。服装も男物なのに少女趣味が入っている。腰はくねくねしている。が、体格が如何せん立派なので、それが気持ち悪いほど似合わない。
端的に言って、オカマだった。




