3 頼りにしてるぞ
「くっ〜……」
ナガレは身体を伸ばした。寝たままであったために凝り固まった身体はあちこちで悲鳴を上げていた。いくら寝るのが好きとは言え、寝過ぎた感は否めない。これはいけないことだ。良き睡眠を得るためには。
「どうだ、久々の外は?」
後ろから茶髪の男、シャルが声をかけてくる。その隣にはアシュリーが寄り添うようにして歩いていた。
それにナガレは笑顔で答える。
「ああ、今日もよく寝れそうだ」
「お前は寝ることしか考えられないのかよ」
口をへの字に曲げるシャルと、困ったような笑みを浮かべるアシュリー。ナガレは二人にもっと睡眠の良さを説こうとしたが、睡眠とは自らの意志でとらなければ意味のあるものではない。
そんなことより、とシャルは前置きをして言った。
「俺たちと一緒にフォロッドへ行くってことで良いんだよな?」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
この日、ナガレは二人と共に、シャルの持つ家の近くにある村、フォロッドに向かうことにしていた。二人の用事に付き添ってその村に入り、この世界の情勢を伺うつもりでいた。
”光珠”はこの世界で重要な役割を果たしている人間に宿っているらしい。ならばこの世界の有名な人を探すのが手っ取り早い。そのためには、少しでも多くの人間に接触する必要がある。幸い言葉は通じるし、シャルという心強い案内役も手に入れた。
話を聞く限り、シャルはフォロッドに昔、世話になっていたようだ。その分顔が利くだろう。
「頼りにしてるぞ、シャル」
「お、おう、任せろ」
理由を理解できないシャルはどうコメントしようかわからず、頬を掻いていた。
* * *
フォロッドの街はあまり大きくはない。村落のレベルであるのは間違いないだろう。
だが、どこか活気が溢れている。人々は笑顔を浮かべていて、みな幸せそうだった。
貧しくとも幸せ、と言ってしまえばそれは簡単なのだろうが、どうも理由はそれだけではないようだ。
「戦争が終わって、交易が盛んになったんですよ」
そう自慢気に言ったのはアシュリーだった。アシュリーは日焼けが気になるのかわからないが、農家の人がつけるような白い頭巾を被っている。そのせいで美しい金髪が隠れてしまっていて、ナガレにはもったいなく感じた。
「条約が結ばれ国交が回復して、お互いに求める物資が行き交うようになったんです。女王様の功績です」
「へえ……」
確かにこの時代……中世を思わせるこの世界では、交易の問題は大きいのかもしれない。
「……戦争、か」
ナガレが本来暮らしていた世界にも戦争はあった。日夜紛争、内戦のニュースを聞いていただけであまり実感はできなかった。だからいま「戦争」と言われてもピンとは来ないが、その影響の大きさは感じていた。
結局のところ、どの世界だろうと悩みの種は変わらない。そして、何が喜びなのかも、変わる事はないのだろう。
「おちおち寝てもいられないしな」
「また寝ることか。お前にはそれしかないのかよ」
シャルが呆れた声で言った。
それしかないわけじゃない、それが一番なんだ。ナガレとしては、これ以上に重要な事項は存在しない。
「おっと、ここだ」
シャルがそう言って立ち止まったのは一軒の八百屋の前だ。色とりどりの野菜が揃っているが、妙な偏りがあるように感じる。それが季節の旬の野菜のみが並んでいるからだと気づいたのはすぐだった。
「ここは?」
「昔世話になった人がいるんだ」
「女か」
「違う!」
「…………」
アシュリーの睨みが恐いので、ナガレはこの話題はやめようと思った。あの視線は命に関わってくる。
シャルとそう話していると八百屋の奥から一人の少年が現れる。その少年はシャルを見ると、目を見張り、すぐに笑顔になった。
「シャル!」
「ティリー、久しぶりだな!」
ティリーと呼ばれた男の子は、シャルに勢い良く抱きついた。見た感じ十代半ばであるが、その笑顔は晴れやかなもので、幼さを感じさせた。
どうやらこの八百屋の子どもであるらしい。シャルの世話になった人というには若い気もするが、そういうこともあるかとナガレは納得することにした。
「背が伸びたな」
「へへ、シャルと違って若いからね!」
「言ったな!」
そんなじゃれ合いをする二人はまるで兄弟のようであった。
アシュリーはその光景を眩しそうに見ている。ナガレにはそれは笑っているようで、泣いているようにも見えた。
さっきの戦争の話しを考えるに、しばらく会えなかった間柄なのだろうなと予想できた。
「あれ、そっちのお姉ちゃんとお兄ちゃんは?」
ティリーは遅れてアシュリーとナガレのことに気づいたようで、そう尋ねてくる。
「お久しぶりです、アシュリーと申します。アレックスって言った方がいいですね」
「え、ええっ!?」
ティリーはどうしてか驚いている。ナガレも少し混乱してしまい、どういう反応をすればいいかわからなくなってしまった。
「ってことは、もしかして騎士のお兄ちゃん!? 女の人だったの!?」
ティリーの叫びは、通り一帯に響いた。
☆★☆★
相も変わらず混乱するナガレとティリーにシャルとアシュリーは事情を説明した。
二人はかつてこの国、インフェルシアの陸軍に所属しており、士官として働いていたこと。そしてシャルはフォロッドで隠遁生活をしていたが、アシュリーと出会ったことで再び軍人になったこと。当時は訳あってアシュリーは男として生活していたこと。
理由はわからないが、そうした事情があったということだけ二人は教えてくれた。
八百屋の奥で四人で座っている。話を聞いて、ナガレはなるほどな、と納得した。
それなら何となく、二人の行動の意味がわかる気がした。身を隠して行動しなければいけない事情があるということも何となしにわかっていたことだから、事情があるなら納得もいった。
そしてティリーは今度は、ナガレの方を見た。今度はナガレが自己紹介をする番らしい。
「それで、お兄ちゃんは?」
「俺は……旅人だよ。遠くから来て、ちょっとした探し物をしている」
そう言って、探し物が具体的に何なのかを説明しようとした。しようとしたが、具合的に探し物を言うことはできない。果たして”光珠”がどのような形であるのか検討もつかないからだ。
「って、あれ、シャルかい?」
「ん、ああ、久しぶりだな」
現れたのは一人の女性だ。ティリーと顔が少し似ており、どうやらティリーの母親のようだ。
「帰ってくるなら手紙でも寄越しなさい。びっくりするじゃない」
「悪い悪い」
悪びれた様子も見せずに謝るシャルに、ティリーの母親は溜め息をついた。それを見てナガレは思わず和んで、笑ってしまった。
「ああ、そうだ。裏通りの鍛冶屋のおじいちゃん、覚えてる? ちょっと腰をやっちゃってね。実はお医者様は他所に買い物に行ってていないんだ。診てやってくれないかい?」
「なんだ、まだ引退してなかったのか。いい加減歳なんだから、息子に譲ってもいいだろうに」
「前から『若いもんには任せられん』が口癖だったじゃない」
ははは、と二人は笑う。そして、シャルはアシュリーの方を見た。
「悪いな。行ってくる」
「え?」
アシュリーが答える間もなく、シャルは立ち上がって八百屋を出て行く。お節介な彼らしい、とナガレは思った。




