#006 案外目の前にあることっていうのは気付けそうで気付けないが、苦労してから気付いた後は凄くスッとする
絶対神は気を揉んでいた。
青年を送り出してもうそろそろ半年が経とうとしている。ちなみにこの半年と言うのはあくまで青年の元々いた時間軸での半年であり、このピラミッド――のようだと青年が形容する――世界での時間の事ではない。というかそもそも、この世界では時間の流れと言うものが存在しない。だからこの世界を「拠点」とする以上、青年は不老なのだが――それはさておき。
とにかく、青年のせいで自分の支配下にあった神々の創りだしたいわば子世界すべての舫い綱が外れ、世界はバラバラになってしまった。
だから、責任を取って青年に、世界をつなぎとめるための楔――絶対神が創ったこの世界である杭に引っ掛けるためのロープを取りに行かせたまでは良かったのだが。
自分がしたことはと言えば、「お前のせいで世界がバラバラになり、その結果、すべての世界が崩壊しようとしている」ということを捲し立て、そして何の事情も理解していない――実際には理解しようとしていない――青年を、手始めに一番近くにあった世界に放り込んだことだけだ。もっといろいろ準備をさせた方が良かったのではあるまいか。
一か月もあれば返ってくるのではなかろうかと、絶対神はそう思っていたのだが、しかし青年が返ってくる様子は一向に無い。もしかしたらあの青年は、送った先のその世界でも眠り呆けているのかもしれない。
実際それは事実であったが、しかし絶対神がそのことを知ることは無く、そしてそのせいで帰還が遅れているわけでも無かったので。
彼――あるいは彼女――は、ここで初めて、知ることになった。
この世界に、時が流れていないことを。
今まで外と交流したことなんて一切なかったのだ。一体いつになるのかもわからない、それは百億年前かもしれないし、そのさらにもっと前かもしれないし、なんなら五秒前かもしれないが――繰り返すが、この世界には時間と言う概念が存在しない――とにかく絶対神は、己が存在していることを知覚したその瞬間から、この空間から出たことが無いのである。必要に迫られて青年と精神接続したときに、ある程度彼の時間という概念を理解はしたものの、しかし自分の「もの」にはしていなかった。
もし絶対神が、青年と出会う前の状態であったのなら、半年などというごくごくわずかな時間を気に揉む必要も無かったのかもしれない。ただ、彼は、青年と知り合ってしまった、接触してしまったのだ。
今まで欠けていたがゆえに動いていなかった歯車が、青年というピースを得て、動き出してしまったのだ。
「えーっと、光珠? 取ってきたよ。これで家に帰してくれるんだよね? 思う存分寝ても良いんだよね……?」
言いながら、青年がピラミッドに入ってくる。
絶対神は、彼に対して少しだけ声を荒げて言った。
――――一つくらいで何を言っている! 光珠は、まだまだたくさんあるのだぞ……
青年は、罪を犯した。
確かに、世界をばらばらにしてしまったことも罪ではあったが――
「そんなことよりも聞いてよ、戦科っていうのがある世界だったんだけどさあ――」
――――待て! そこはもっとゴネるべきところではないのか!? そんなにあっさりと変えて良い話題ではないだろう!? もっとほら、こう、家に帰りたいとか……
「だって、言っても無駄なんでしょ?」
――――いや、そうではあるが……
「それなら、楽しい話をしよう。心二君って言うんだけどね――」
青年の犯した罪は、何も一つではない。
神に「心」を、「時間という感覚」を。
ひいては「人間らしい思考」を。
「気持ち」を。
与えてしまったことが、一番大きな罪であったが――
「平凡最強説の――」
そのことに気付く者は、いない。




