◆二日目◆ 前編
「……おお、ちゃんと来たのか」
「お前は寝過ぎだ!」
もう一度目覚めアイマスクを上げれば、明るく柔らかい光と人工的で冷たい光が混ざり合って目を射る。
「ところで、昨日聞きそびれたんだけどさ、誰?」
今回隣にいたのは平凡な容姿の方一人。このくらいの方が見てて疲れないし気も張らなくて良いしずっと良い。
「オレが聞きたいよ!」
「あー、そっか。えとー、……言わなきゃ駄目?」
「男が駄目?なんて言っても可愛くないぞ」
知ってるよ。
可愛さを求めたわけじゃねぇよ。
「あー、えとー、改めましてハジメマシテ?天雲です?」
「はじめまして、天条です。……で、お前は何であんなところに?」
「どんなところに?……それにしても初対面の相手に対してお前とか、礼儀はどこへ?」
母親の腹の中かな?なんて言外に失礼なことを仄めかしてみる。
いや、実際そんなこと欠片も思っていないが。
なんとなくまじまじと天条君とやらを無遠慮に眺める。
どこからどう見ても少し苛ついた普通の高校生程度にしか見えない。
「……お前がいきなりオレらの戦科試合に割り込んで来たんじゃねぇか」
「……センカ試合?なんだそりゃ」
「は?お前戦科知らないのか?」
聞いたこともない。
戦果や戦火などと言った言葉は聞くがなんとなくニュアンスが違う気もする。しかも後に試合が付くようなセンカなんてものは知らない。
流行語とか言うものだろうか。
彼が訝しげな顔をする。
「お前、どこの田舎から来たんだ?戦科ないとか……いつの時代だよ」
「俺の記憶が正しければ今は20**年だろ?」
「……は?今は20XX年だぞ?何十年前で止まってるんだよ」
目の前の彼は何を言っているのだろうか。
「あー、えとー……此処は日本で合ってるか?」
無言で頷く彼。
「今は平成**年だよな?」
「平成はずっと前に終わってるぞ?」
驚愕の事実。
目覚めたら異世界にトリップとか言うのはなかったらしいが目覚めたら何十年も時間が経ってたとか……SFかよ。
「心二、そいつ起きたか?……っと、なんだ?どう言う状況?」
「頼む、助けてくれこいつ駄目だ話が通じねぇ!」
空気を読まずに突入して来たらしい昨日の金髪。
彼の言葉を聞いた天条少年は金髪君の胸倉を掴んで揺さぶる。
それにしても酷い。話が通じないのはお前の方じゃないか。
「あー、えっとー、天条心二君?あのさぁ、質問なんだけどね」
けれどどうやらここでの異端者は自分らしい。ならば、少しは馴染む努力をしなければ睡眠時間が減るに違いない。
問い掛けた声に彼らは動きを止めて、こちらを見る。
「改めて、センカって、何?」
しょっぱなから何かを間違えた気も、するけれど。
ーーー
説明するより先に現在の体調について問われ、そして連れ出される。
なんとなく彼らの会話を繋ぎ合わせたりしてみたところ、どうやらここは学校の医務室だったらしい。扉の向こうには無機質なリノリウムの床が伸び、同じ規格の扉が寂しく続いている。
ぺたんぺたんと安っぽいスリッパの足音を響かせながらどこかに向かう彼らの後ろを着いて行く。
どこに向かっているのだろうか。
「ここだ」
隣の扉となにが違うのかわからないが、彼らには分かるらしい。
一つの扉の前で止まり、扉を開ける。
「お邪魔しまーす」
そこは恐らく教室だった。
机と椅子がセットで幾つも並んでいる。
けれど黒板がない。
黒板があるべき場所には巨大な画面が据えられている。アナログの分厚いテレビでは無く、薄っぺらなタブレットのようなものと思われる。
それとも今は画面が点いていないので黒いから黒板であっているの、か?
どうにもここは随分と資金が潤沢らしい。そうでもないと黒板が画面になってたりするものか。
黒板とチョークが廃れていないのはその異常な安さによるものなのだから。
ふと、そんな学校における生徒事情が気になった。
何気無く、手近にあった机の中を覗く。
空だった。
「何してんだ?」
「置き勉チェック。教科書ノート、どっちも置きっぱの奴がいなくて大変結構」
俺の言葉に、天条少年はまた、金髪君は普通に初めて訝しげな顔をする。
「教科書?ノート?そんなの都市伝説だろ?今時誰がそんなもの使ってるんだっての」
「そんなもんか」
そんなもんであられても困るだけだが余計な波風は立たせないに越したことはない。
適当な椅子を引き、座る。
「で?こんなとこまで連れて来て何が聞きたいんだ?あそこじゃ聞けないようなことなんだろ?」
「わかってるなら早い。オレらが聞きたいのはなんでここに来たのか。と、どうやって来たのか。どうやって戦科試合に割り込んで来たのか。それからお前が誰なのか、だ」
「いや、それより先にセンカとやらについて詳しく教えてくれないか?生憎俺は無学なようで。センカとやらがなんだかちっともわからない」
腑に落ちないような顔をした彼らは顔を見合わせる。
どうやらココではセンカとやらは知らない方が可笑しいくらいに有名で当たり前でありきたりで、そう言うものらしい。それも、無学で済ませられる問題でもなかった程度には。
表情は全く変えてない自信はあるものの、内心はそんなに平静でいられるわけでもない。ここを切り抜けられるかで何かが大きく変わってしまうような気も、した。
顔を見合わせた彼らは一つ、溜息を吐き、そしてこちらに向き直って口を開いた。
曰く、センカ即ち戦科とは授業の一つである。
何十年か昔、デジタル化が進みゆく中若者の運動不足等がついに無視出来ない程に進行してしまったらしく、それを憂えたお偉い様方が考えついた素晴らしき解決策がそれらしい。
俺の知る限りまだ空想のものでしかなかったソレ。擬似戦闘を可能にした、まるで小説に出てくるようなゲームを模したかのようなソレ。
つまり、生徒同士のバーチャル体が戦い合うと言う、ゲーム、だそうだ。
……何それ、授業でゲームとか羨ましい。
「へぇー、面白そうなことやってるなー」
「こっちは結構切実なんだがな。面白そうだなんて言葉で片付けられるようなものでもねぇよ。成績もつくしな」
少しだけ疲れたように金髪の方が言う。
「さて、それじゃあこちらは質問に答えたぜ?今度はお前が答える番だ」
……どこまで話すべきか。
話を聞く限りどうにもここは俺の知っている俺のいつも生きている世界とは違う場所のような気がしてならない。
すると、なんだか頭の中にはピカピカ光った偉そうな奴が浮かぶ。
そう、確か。
光の球を集めて来い的な。
え、あれ夢じゃなかったのか。
つまり、見つけたらいつもの自分の部屋に帰れるのか?寧ろ見つけないと帰れない、と言うかこれが夢だとしても覚めない?
……うん、夢だとしても探そう。
早く帰りたい。ここにいても睡眠時間が減るだけみたいだから。




