弐話
「ねぇ、きみ聞いてる?」
フヒトが俺の肩を突いたことで、いつの間にかどっかの建物の扉の前に付いたことに気が付いた
華美な装飾のされた扉に一瞬見惚れる。派手といっても過言じゃない装飾なのに派手な装飾ゆえのいやらしさを感じさせない。コレが“扉”だという事を一番に考えてそれを如何に美しくするのか、扉である事を尊重し扉というための役割を邪魔しないための、むしろソレを助けるような、だけど装飾は決して質素とはいえない。「綺麗だ」と思わず言いかけたのを飲み込み「すまない」と謝る
「ぼんやりしていて聞いていなかった。もう一度言って貰えないか?」
「何を言われても話さないで。特にアリス、きみがいると話がややこしくなるから」
何も話さない、か。諸手を挙げてソレを歓迎したい。俺には此処で何がアウトなのか知らない。同じセカイに住む生命体でも宗教、人種、国、その他諸々の他人から見ればくだらないのに譲れないそんなちんけな思想ゆえに殺しあう。それを知っているのに多分所詮異セカイだと思われる場所でその国の宗教観、国柄、禁忌を知らずに口を開けるほど俺は勇者じゃない
「質問は?」
「俺に答えよ、と言明された場合どうしたらいい」
「その場合答えて。出来るだけ僕が答えるけど――じゃあいくよ」
心の準備なんてそんな優しい時間なんてなく、開かれた扉から入り示された椅子に腰を下ろす
「また来訪者か?」
呆れたように口を開く少女。外見は俺よりずっと幼い可憐な少女であるというのに、老獪な大狸を想像してしまう。少女の纏う紅を鮮血のように感じてしまうのは何故だろうか。悠然とした態度ゆえか、それとも鷹揚な口調ゆえか――――否、どちらも違う
こいつは、曲者だと俺の警報が脳内に鳴り響く。ヒトの命なんて自分の掌の上だと考える強者ゆえの驕りの余波を俺は感じているのか
「おそらく、彼者も『来訪者』でございます」
それにしても、気になる点がある。『また』とは何だ。『彼者も』とは何だ。俺のほかに他から来たヒトがいるのか。疑問が沸くが今尋ねられる空気じゃない。
「おそらく? そんな曖昧なことは答えにならぬぞ」
「まだ[参照]をしていませんが、この学都のモノでは在りません」
言い直したフヒトを満足そうに眺め俺にとって問題発言をした
「ならば、即座に【参照】をせよ――と思うたが【自己参照】は危険なのだろう? 折角口があるのだ。自らに説明してもらおうか。お主が此処に学都にいる理由を」
断る事なんてできない。恐怖が心を支配する
「俺は、」
息が詰まる。俺は何も知らない。名前さえもわからない。だけど解らないと告げて許してもらえるわけじゃない。[参照]という言葉が何を指しているのか解らないわけじゃないけど、わずかに恐怖があるのは止められない。答えるしか道は無い
「俺は、さしずめ“セカイを壊した[探索者]”ですよ」
虚勢を張って笑う
「“セカイを壊した[探索者]”? 大それた事を言うじゃないか」
少女は無力な俺を嘲るように威圧する
「セカイを維持する“光珠”というモノを無意識に壊しまい、それを集める旅をすることになった愚か者。それが俺です。
光珠を手に次第学園から直ぐさま出ていくと誓いますので、俺に此処を自由に歩く許可をください。勿論、見張りでも何でも着けてくださって結構ですから」
何も出来ない俺の精一杯の虚勢
顔に必死に張り付けた愛想笑いは、少女の鋭い目線で砕けちって。少女が如何に俺よりも強いのか思い知った。だけど意地で目線を下げない
「出ていくか。それがお主に本当に出来るのか? 『壁』を知らぬわけでは有るまい?」
「お言葉ですが、俺はその『壁』のなかに外から入ってきたのですよ。出られない筈はないでしょう?」
売り言葉に買い言葉。なぁんて、弱者がやっていいことじゃない。弱者は暴言に耐え続けなければならない。そんなことは当たり前だ
だけど、虚勢を張り続ける
「そうか。だが、もしも、『出ていけなかったとき』はどうする」
あぁ、意地が悪い。
そんなこと、俺が一番考えたくないのに。
「その時は―――生きるために足掻きますよ」
死にたくない。誰にでも生きる権利があるなんてそんな甘いことなんて言える立場じゃない。わかってるつもりだ。だけど、死ぬなんてしたくないんだから、足掻きたい。
「そうか」
赤い髪の少女が俺に嘲笑を浮かべた。




