終話目
マグナでの逃避、二度目。また違うエリアにやってきた。人もいないので、ちょうどいいだろう。僕は強張った肩や腰を、ぐいっと伸ばしたり回したりした。
「お疲れ、ソラ」
「うん」
流石にマシンガンとレーザービームを同時に持つのは、体に良くなかったみたいだ。やってる間は楽しくて気付かなかったが、間違ったら、肩が外れてたんじゃないだろうか。
僕が満足するまで肩を回し、軽く跳ね、そしてごろりと横になるまで、アスは黙って傍にいた。
「……ありがとう」
「え?」
アスが急にお礼をしてきた。
「いっつもさ、工房に籠もっている時以外はああやって追いかけられてるんだよね。ゲームだから、まあ、楽しいこともあったりするけど、時々は外で羽を伸ばしたいし……って、現実じゃ普通に外行けるけどね?」
「いつもなのか……」
「うん。ギルドにいても、時々ミラがやってくるからねえ」
だから、ありがとう。アスは深々と頭を下げる。
「別に……」
僕はそっと視線を逸らした。
「別にいいよ。あのままだといつまでもうるさかったし……そしたら寝れないからね」
「っはは。ソラって寝てばっかりだね」
「寝るのは人類の幸せだもの」
アスはくすくすと笑いながら、「それ、『どういたしまして』って言葉だって受け取っておくよ」と言った。
だから、別にいいっていうのに。勝手に僕が暴れただけだ。
そういえば。
「あのさ、アス?」
「うん」
「あんな風に追いかけられたり、鼻息荒くされたりして、嫌だとは思わない? 気持ち悪いとか。もうゲームやめたいとか」
女の子がそういう目に遭って、こうして普通にゲームを続けているのが少し不思議だ。機械オタクとはいえ。
アスは目を見開き、そのまま顔を伏せた。
考え事をしているらしく、話しかけても返事がない。
「ただのしかばねのようだ……」
「死んでないって」
呟きを拾われてしまった。アスは考え事を終えた様で、何かを決心した顔をしている。
「あのね、ソラ」
「うん」
「ミラとか、他の人には言ってないし。知ってるのは家族だけなんだけど」
「うん」
「実はね、ボク……」
男、なんだ。
「はい?」
「男。ゲームだと女だけど、男」
空色の髪の毛を揺らしながら、目の前の女の子——違った男の子? はそんなことを言う。
「で、でもさ……ここって性別変えれないんじゃ」
「そう。現実の性別と同じだし、背格好とか顔とかもあまりいじれない」
じゃあ、なんで女なのだろうか。
顔にありありとその疑問が浮かんでいたのか、アスは苦笑して、
「今から話すから、いいかな」
「あ……うん」
「自分で言うのも悲しいんだけど、ボクって所謂女顔なんだ。で、まぁ家族がいろいろとやらかしてくれて、顔認証で女として通っちゃったらしい」
どれだけ女っぽい顔しているんだ。背格好とか顔がいじれないってことは、ゲームでなくてもこの顔か……苦労しそうだな。
「それ、運営に言ってなんとかならないの?」
「GMがGOサイン出しちゃったから……」
はぁ、と誰かに呆れた顔をするアス。GMも相当の面白がり屋だなあ。
ところで、
「アス、あのさ……」
「何?」
「俺に、言って良かったの?」
他の世界から来た、と言い張る不審者っぽいやつに。家族以外知らないことなのに。
そう尋ねると、アスは笑った。
「まあ、確かにソラのことを信用し切ってはいなかったけどさ」
「ですよね」
「それはソラもでしょ?」
図星。実際、アスたちが生身の人間か、ちょっと疑った。
「でも、ソラとはしばらく一緒にいちゃったわけだし。悪い人では、なさそうだし。ソラが一体何者なのかって、いちいち考えるのが面倒になった」
面倒って言葉は、投げやりな言葉。でも、アスの言った「面倒」には、温かさを感じた。
「僕も——」
「うん?」
「……僕も、アスが何なのかって、考えるのは面倒だ」
「うん」
二人で、顔を見合わせて笑った。
そうだ、「まあいっか」だの「もう面倒」だのと言っていた僕が、うだうだ悩んでも仕方ない。アスのことは勝手に友達だと思い始めているし、変な人は多いけど、まあいっか。面倒だ、考えるのは。
「それじゃ」
「タッグ戦、いきますか!」
二人揃って腰を上げる。体は、さっきまでと違って軽かった。
タッグ戦は、順調というべきだろう。
たくさんやってきたら、マグナで一掃する。強い敵が来たら、アスが結界で防衛し、僕が殴り込む。まあ、銃を乱射するだけなんだけど。
アスがふざけ半分で作った「剣型の銃」は、かなり効果的だった。相手が「近接なのか」と油断してくれる。
「あらかた殺りつくしたかな」
「だねえ」
後残るのは、ミラとか、そこらへんの人たちだよ。とアスは息を切らして言う。
「つまり、面倒な人たちばっかってことか」
ついでに変人。
「そうなる、ね」
「うへえ」
勝手にお互い潰しあってくれるといいんだけど。どうやら、全員そうなってくれるわけでもないらしい。
「お兄ちゃーん!」
「兄さん……ごめんね!」
「アスたぁんやっと会えたね!」
声を聞いた途端、アスの顔つきが「げっ」というものになった。そのくらい嫌なタイプってことか。もちろん一人はそうだって分かってたけど。アス厨は動きが気持ち悪い。
「カナもか……!」
「あ、もしかしてあれ、妹さん?」
「うん……カナ、と夜斗、妹と弟だよ。二人とも強いんだ」
強いのか。これは困った。
「逃げる?」
「捕まると思うよ」
こっちは二人。敵はカナのタッグも含め四人だ。四方を塞がれたら逃げられないだろう。マグナに乗り込んでも危ないと思う。
一応アスに聞いてみると、「……マグナを斬られる」とのことだ。
「んじゃあ、正面から行きますか」
「うん」
僕は銃剣を持って。アスは結界を張る準備をして、四人を迎え撃つ。初心者同然の力しか持たない僕、というかアスが、果たしてどれだけできるか。
やってみようじゃないか。
「さっさとやられろよ! 俺の睡眠時間のために!」
「残念な言葉吐かないでよ!」
アスががっくりしているけれど、気にする余裕はない。正面、まっすぐ前に走り出す。
気付けば、夜斗の目の前だ。
「わざわざ近づいてくるとはな……! 自殺願望者かっての」
「君、もう少し優しい人じゃなかったっけ」
僕はゆるりと銃を持つ手を上げ——その暇も与えず、夜斗の剣が空気を裂いた。
そう、空気だけを。
「は!?」
「残念、こっちでした!」
魔法ってのも、使い様だね。それにしても、本当に自分で好きな魔法を作れるんだな。
幻惑魔法的なもの。夜斗が剣を向けたのは、僕の幻だ。
夜斗は舌打ちをしてから、こちらへ突進してくる。一瞬で体を貫かれる——が。
「残念! さらに移動してました!」
「何なんだよお前!?」
「さぁて、なんでしょう?」
ビックリして、警戒心がお留守だよ? などと、教えてやる義理もない。
次の瞬間、夜斗を覆う様に影が通り過ぎ、夜斗は消えていた。
「ナイス、アス!」
視界の隅でサムズアップをするアスを捕え、僕は次の対象へ。
たぶん、カナさんだ。
「夜斗は警戒しなさすぎだけど、私はそうもいかないもんねー!」
んべっと舌を出された。それ、イラっとするからやめてほしい。
カナが手を突き上げ、そして光の花火が炸裂する。
「それ、『味方殺しの大魔法』だから! ソラ、動かないでね!」
アスの叫びが届くと共に、結界が張られた。光の弾丸が当たると、すぐに結界が割れてしまうが、アスが何重にも結界を張ってくれたので問題はない。
僕はその間に、懐に手を入れ、
「うぉ!?」
「魔法撃つ間、立ちっぱはつまらないよね」
たくさんあったはずの結界が、一気に破られる。目の前にはにたりと笑った黒髪の悪魔。
すんでのところで、しゃがんで死を回避する。真上で風切音がした。
「危な……」
「ソラ! しゃがんだままでいてね!」
びくっと首を竦めると、さらに頭の上でレーザーが通過した。
これ、危ない。僕がすぐに死んでしまう。
「流石お兄ちゃんの作った兵器だね」
「それでも避けちゃうのか……」
「まあ、ね? それにしても、一人忘れてない?」
あ。
と思う間もなく、僕の背後に降り立つは、
「……遺言は何がいい?」
恐ろしい事を囁くミラ。あ、目がイってる。
これは、まともにどんぱちやってたら死ぬ。ガチで死ぬ。
思ったんだけれど。
僕にとってこの世界が現実なら——死んだら、ガチで死なないか?
「うっわマジかやばい」
本当に僕を殺すかもしれない刃を、必死に避ける。隙を突いて、ミラの腹を思い切り蹴る。勢いで後方へ飛んだ。
アスに目をやると、何かを決意した顔をしていた。
「どうしたんだ、アス……」
「あのさ、ソラ」
僕の心配の声を遮り、アスは据わった目でこうのたまった。
「僕が隙を作るから、どうにかして二人とも同時にKOして」
「えっ!?」
アスは、飛んで行ったミラと、カナの方へ走り出す。メニューを操作しながら。
何をするのか分からないが、僕は一発でミラとカナを吹き飛ばす方法を見つけなければ。
近づくアスを目に、ミラとカナの剣線が鈍る。確かに、無防備な状態で突っ込んでいるようにしか見えない。
何をする気か、と見ていると、アスの体をエフェクトが包み込んだ。全体で装備変更をしているかのように。
「変身っ……なんちゃって」
ように、ではなく。アスは実際、装備を変えていた。
フリフリのスカートに、露出の多い上半身(※アバターは女)。髪の毛のセットまで変わっている。
それを見た百合組二人は、呆然としていた。片方は鼻を押さえていた。
——僕が隙を作る
そういうことか。それにしても、隙の作り方……。
「全く、捨て身で潔いな、アス!」
迷彩布を取り払い、そこにあるのは対ギルド用ミサイル。
背中に担いだ大砲を構え、小銃を構え。
僕は、それらを同時に——たった二人の敵に向けて、撃ち放つ。
「アス、服がもうボロボロ」
「いーよ、今日以外着ないし」
「それは言えてる!」
ミサイルの風圧で、どこかに飛ばされてしまった。しかも木に引っ掛かったため、僕もアスも逆さまだ。
でも、楽しい。
『ご連絡いたします、タッグ戦終了です! 参加者の方を、会場の中心に集めますね!』
「……あ、逆さま状態がそろそろ終わるよ」
「僕も転送されるといいなあ」
僕の不安は杞憂に終わり、そろって転送された。転送先には人がごった返している。参加者がみんな集まっていたら、こうなってしまうんだろうな、とあらためて思った。
熱気が凄い。
『タッグリーダー、アスさん! とタッグの方、こちらへ来て下さい!』
司会っぽい人に呼ばれ、僕とアスは壇上へ向かう。
『初期のマグナ無双、そして最後の大立ち回り! 文句なしの優勝、おめでとうございます!』
「「ありがとうございます」」
『それでは優勝景品を……どうぞ!』
僕とアスの目の前に、それぞれメニューが表示された。
「アス、何もらえた?」
「すごいよ。ミスリルがこんなにたくさん……! それに知らない素材もたくさん。また研究が続くなあ」
「良かったじゃん」
「うん! まさか、優勝できると思ってなかったから」
アスの笑顔は、今までで一番晴れやかだった。
「ソラは? 何かもらえたの?」
「……うん」
僕の返事を不安に思ったのか、「何もらった?」と聞いてくる。
「そうだな、友情と信頼……なんて?」
アスがメニューを覗きこみ、驚きに目を見開いた。
「……そうだね、信頼、だね!」
「嬉しそうだね」
「だってそうじゃない?」
僕がもらった景品の説明書きは、「その世界を認め、その世界の人々を認め、信頼と友情を勝ち取った証」とあった。
「ソラも嬉しいでしょ?」
「……まあ、ね」
「あ、また微妙な顔して!」
僕とアスが小さな言いあいをして。
右上の×ボタンをタップしない限り、消えないはずのメニューが、さらりと消えたのには、気付かなかった。
でも、僕のふところにしっかりとした存在感がある。それはいつまでも消えないまま——
そうして、光珠は僕の世界を救う、一歩の一つとなる。
名前:零零機工斗
作品提供:《ORIGIN TALE ONLINE》
不和世界に参加して、その他感想や一言:
『ホントはライター参加したいけど余裕がないので提供のみで参加させていただきました。もふ。なろう作品の二次創作、楽しみです。もふもふ。』
名前:子猫夏@虚虎冬
不和世界に参加して、その他感想や一言:零零機工斗さんの作品、「ORIZINE TALE ONLINE」を元に書かせていただきました。しばしば思うことですが、他の方のキャラクターによって物語を紡ぐのは、難しいですね。キャラ崩壊があったら、確実に私の力不足ですorz
原作の方、ぜひお読みください。
(懺悔タイム)〆切ギリギリに出してしまってすみませんでした……本当にすみません……執筆してなかった時間長すぎて、もはやブランクのあるなしも分からない……




