三話目
ゆっくりと目を開ける。視界に映ったのは、見慣れた天井。
ゆるゆると息を吐き、吸い、そして重い手つきでリンクギアを外した。
起き上がる。手もとのリンクギアを眺めやる。
「LINK・GEAR」。ボクの父さんである、光崎蓮真が初期システムを作り上げた家庭用VR機だ。このリンクギアを使って、今しがたログインしていた「オリジンテイル・オンライン」を遊ぶことができる。
オリジンテイルは、魔法も武器も科学もオリジナル。それぞれが個性あふれる戦い方をする。プレイヤーもたくさんいる。
プレイヤーだけじゃない、物を売っていたり、話しかけると大事なことを教えてくれたり、そんなNPCもいる。
モンスターもいる。とはいえ、ボクがちゃんと戦ったことがあるのは、レベル1のスライムだけだけれども。
じゃあ——
プレイヤーでもNPCでも、ましてやモンスターでもない彼は、一体?
リンクギアを枕元にそっと置き、ボクは昼食の準備を始めた。
聞いた。他の世界から来た人だと。ログアウトはできなさそうだった。まず、プレイヤーができるはずのメニューを開く行為。それができない。
NPCにしてはちょこまか動くし、感情豊かだし、普通に人間なのでモンスターじゃない。
でも、他の世界って?
少し考え難い。果たして他の世界から来て、電子の中にだけいるってどういうことだろう。もしかして他のゲームとリンクして、どこかの主要NPCでもやってきたのかと思ったけれど、それは父さんが否定した。
手っ取り早く、サーバのところで調べようと思ったら、オリジンテイルのどこにも、彼を示す物はない。
「なのに……」
何故、彼はタッグ戦に参加できるんだろう。
鼻が焦げたにおいをとらえた。
「あ、まずい」
トースターに入れていたパンが焦げてしまったらしい。慌てて取り出し、コゲを包丁で削ぐ。
——考えても、仕方のないことなのだろうか。
彼の目は、何かを疑っている。たぶんそれは、オリジンテイルという世界を。
ボクら、プレイヤーたちを。
「同じなのかな」
ボクが、彼が何者なのか、疑っているのと同じように。
彼も、ボクが何者なのか、疑っているのかもしれない。
本当に、生身の人間ですか?
ゲームの登場人物ですか?
「ふう……」
いつの間にか詰まっていた息を、ため息として吐き出す。
とりあえず、ご飯を食べよう。架菜と藤矢を起こしに行かないとな。
しゅわっと音がした気がする。
「ただいまー」
光の粒が散らされて、空色の髪が揺れた。
「おかえり、アス」
「うん。何もなかった?」
「寝てたから分からない」
僕の返事を聞いて、アスは「それは何もなかったってことだね」と笑った。
眠い。時々、視界がざらつく。ノイズが走ったみたいに。
「それは、眠いせいじゃないと思うよ?」
「じゃあ、ノイズは何なの」
「たぶん、人が増えたから処理が遅いんじゃないかな」
なるほど。
「で、この先どうする?」
僕が尋ねると、アスはうーんと首を捻った。
「このままのんびりしていたいな……でも、何もしなかったらタッグ戦の戦績下がるしね」
「一応、やる気があるんだ?」
「それはね……入賞景品が素敵だからね!」
ぺらぺらぺら。
アスのテンションが高い。要約すると、レア度の高い素材が手に入るそうだ。GMの計らいらしい。
「前回、酷い目にあったから詫び、らしいんだよ。だから頑張らないと」
「前回?」
「あ、もふもふイベントってのがあってね……猫耳絶対、だったんだよ……」
もしや、僕の周りに集まっていた猫たちのことか。あれはイベントのための猫たちだったらしい。それは、猫好きの夜斗が相当喜んだんだろうな。
「夜斗はもちろん喜んでたよ……」
遠い目。
「ああ、そっか」
アスの遠い目の意味が、分かった。猫耳を付けていたんだ、そりゃあアス厨とかが大変興奮したに違いない。
このまま話すと、アスの精神がガリガリと削られていく気がする。話を逸らすか。
「あのさ、アスが作った武器見せてくれない?」
きっと、マグナと小銃以外にもあるだろう。僕は少し興味があった。
案の定、アスはさっきまでの話題を忘れて、目を輝かせて紹介してくれた。
「これは?」
「銃型爆弾! 引き金引くと爆発するから、気を付けてね」
「マジか……」
変なものから、
「これ、でかいな」
「ミサイル? ギルド戦争用に作ったんだけど、いつ使うかなあ」
ガチの戦争用まで、様々だ。
「へえ……面白いな」
「でしょ? こんなの現実じゃできないから、楽しいんだよねえ」
うきうきとしているアス。本当に楽しそうだな、と少し羨ましく思った。
別に、自分の趣味が寝ることばっかりなのは、寂しくないけれど。
アスが、はっと目を開く。その視線につられて後ろを振り返ると——
「ソラ、どこに行こうと」
「何も見てない」
「たぶん意味ないよ」
「何も見てない」
人の群れなんて、見てない。まったく、これっぽっちも、視界に映ってはいない。
「なんであんなにいるんだよ……気持ち悪い、人がゴミのようだ」
「うん……考えたくないけど、先頭がミラなんだよなあ……」
雄叫びがここまで届いてくるのだ。みんな叫んでいるけれど、まあ大概「アス」って言っているから、お察し。
ミラの様なアス厨が、ここにはたくさんいるらしい。アイドルか。
アスはすでに諦め顔で、「またいじられてお終いなのか……」と言っているが。
なんか、腹が立つ。
犯罪者かお前らは。と言いたい。可愛い女の子を集団で追いかけ回すとか、普通警察に捕まるだろ。ゲームならやってもいいのか、アホか。
空を見上げて「晴れてるなー」と呟くアスの肩を、くいっと引っ張った。
「ソラ? どうしたの、怖い顔して……」
「武器」
「え?」
さっきまで広げて見ていた武器を指差し、僕は言う。
「武器、使ってもいい?」
アスは「あの人数と戦うつもりなの」と言いたいばかりの顔をしていたが、僕が小銃を構えると、
「……使っても、いいよ」
ふっと笑った。
「開発者の許可も得ましたし……行きますか」
武器は幸い大量にある。一つ一つの威力は凄まじく、一度に使えばフィールド一体不毛の地になるだろう。
問題は、一人が一気に使う事など、できないということだけれど。アス曰く、ゲームでよくある重量制限で、持てる武器も限られるということ。
まあ、僕には関係ないけれど。
「え!? ソラ、本当にそれで戦うの!?」
「うん」
「重いよ?」
重いのが何だと言うのか。確かに、歩くのもつらいけれど。
どうせ、あの人達がキチガイ染みた動きをするから、動けても動けなくても関係ない。
「アスたんっっ!!」
ようやく、顔の表情も見えるくらいのところまで、犯罪者どもはやってきた。
「この間のロリ天使!」
「猫耳天使!」
口々に叫ぶ言葉が、もう、本当。
アスが嫌そうにしてるって、分からないのか。
「黙れこのキチガイ変態犯罪者ども! その口を閉じろ舌引っこ抜くぞ! 安眠妨害なんだよ!」
僕は手に持つ銃を、相手の方へ投げた。変態たちは一瞬困惑するが、はっとなってそれを避けようとする。
が、もう手遅れだ。
銃は弾を打ち出すこともなく、爆発した。その威力たるや、そこから逃げかけていた者を全て撒き込むほど。
僕はその間に、対ギルド用だというミサイルを設置し、後ろの方で未だ雄叫びを上げるやつらに撃ち放った。
瞬間。
まだ間もあるし平気かと思ったのだが、ミサイルが爆発した風圧で、僕とアスは吹き飛ばされる。まあちょうどいいか、あいつらから離れられるし。
「ソラ、戦い方乱暴じゃない!?」
「そうかな!?」
「うん!」
ミサイルの爆発はまだ続いていて、そのせいで耳がキーンとする。アスと僕は大声で叫び合った。
「でも、見ててスッキリするよ!」
アスはとびきりの笑顔で笑った。
そっか、ならもっとスッキリしよう。銃祭りだ。
次に、背中に背負ったマシンガンを構え、乱射する。肩かけの様にぶら下がるレーザーガンも常時発射。
ついでに、設置型結界を五重に張る。
「あっはっは! さっさといなくなれ騒音ども!」
「ソラ、ちょっとはっちゃけすぎだよ!」
「なかなかにない体験で、つい」
気がつけば、ほとんどの人の体力が切れていた。アス厨ミラも虫の息である。
僕は容赦なくミラの腹に銃弾を撃ち込み——そうでもしなければ復活して追ってくる——、ついにマグナに乗り込んだ。
「脱出二回目っと」
「……夜斗もカナも来なかったな……」
確かに夜斗はいなかった。まあ、こんな闘争に巻き込まれたくなかったんだろう。その判断は正しいと思う。
カナ、とはきっと、妹さんのことなのだろうな、と思った。




