二話目
アスと夜斗の提案——「ギルドにでも行ってみる?」——に乗っかって、僕はフィールドから街に入った。街の中にはモンスターはいないらしい、良かった。
「失礼しまーす……ぅお!?」
「……アスたん……私のアスたんを返せっ! この汚れ狼めッ! 男がアスたんを独占するなど許せないっ」
ギルドに入った途端、殺気と共にナイフが飛んできました。
え。
夜斗が避けるのはいいのだが、いかんせん後ろに人がいた。僕である。
もしや、ナイフに顔をざっくりされてお陀仏なんだろうか。やだなあ——と思ったところ、ナイフはぐさりとは突き刺さらず、僕を吹き飛ばすくらいしかしなかった。
「ライフは減らないけど、ノックバックは起きるからね……」
後ろで僕を支えてくれたアスが、小声で教えてくれた。一応覚えておこう。
と。
「アスたんアスたんアスたん」
「何怖い」
たぶん、さっきナイフを投げてきた人だろう、女の人が髪の毛をだらりと下げて、ドアを薄く開いている。
「アスたんなんてこと。男に、触っている……! むしろ私を支えて、いっそ私が支えてあげる。ああ、アスたんくぁいい」
何怖い。
確実に僕の睡眠時間を脅かすやつだ。寝ようとすると、「今までの恨み、晴らさでおくものか」とか言って殺そうとしてくるような人だ。怖い。
「この人、これが平常運転なんだよ。気にしないでね」
そんな風に言ってくるアスが、一番気にしているような気がする。
まあ、いっか。
「おやすみ……」
ギルド、この建物の中に、ソファかベッドはあるだろうか。待っていてくれ、僕の天国よ。
後ろから「また寝るの!?」というユニゾンと、「憎き男め、ちっくしょう」という地獄の底から響く声が聞こえた。
気にしない。アイマスクを装着し、さあベッドダイブ!
「ねえ、どうしよう」
「俺に聞かないでよ、兄さん……こういう人の寝起きって、機嫌悪いんだよ……しかも、たっぷり寝れてないんだよ」
「こんな猿は機嫌悪いまま、放っておけばいいのだ……!」
「嫌いになりますよミラさん」
「もともと嫌いじゃねえの」
「アスたんごめんね嫌いにならないで」
僕の機嫌が、すこぶる悪い。寝ていないからだ。あの後、とっても怖い「アスたん厨」もといミラに追いかけ回され、気がついたら朝だった。もう滅びればいいのに、朝。
しかも。
『これより、タッグ戦を始めます!』
「うぉおおおおおおおおお!」
GMのアナウンスと、町中から響く鬨の声。昼寝もできそうにない。
「本当にごめんね、ソラくん」
「……別に」
アスが悪いわけじゃないと思う。
ただ、機嫌が悪いのはどうしようもないから、見逃して欲しい。
タッグ戦に、どうやら僕も参加するらしい。
というのも、アスのタッグが決まらなかったためである。アスとタッグを組みたいと、喧嘩を始める馬鹿がたくさんいたのだが、一人が抜け駆けすると、それはもう凄まじい殺気を感じる。
お互いけん制し合った結果、アスにタッグができないという状況にあった。そこで僕が現れた、ということだ。
「僕、初心者っていうか何も持ってないけど平気?」
「平気平気。基本的にマグナ……でっかいロボ使うし。大体の相手はすぐに蒸発すると思うんだ」
「何その殺戮兵器」
「うん、ボクも正直引いてる」
即刻封印すべきだと思う。
僕がアスからおすそ分けしてもらった銃も、きっと封印級のオゾマシイ武器なんだろうな、と思った。まあ、自分の身が大事だから、捨てたりしないけど。
「じゃあ——、」
アスが、巨大ロボ「マグナ」の操縦席を開き、振り返る。
「ソラくんはここに乗って。ボク、憑依するから」
「憑依?」
アスには「見てれば分かるよ」と言われたので、素直に従うことにする。僕が乗り込むと、アスはすぅっと消えた。
と同時に、マグナがゆっくりと動き出し、ついに空へと飛んでいく。
「すげえ」
飛行機ではアイマスク常備だし、空の旅で窓の外を見たことはなかった。以外と綺麗で、爽快感があるものだな、と思う。
いっそこのキレイな景色を瞼に焼き付け、そして寝たい。いい夢が見られそうだ。
『ボクはマグナの進行方向見てるから、できたらソラくんは後ろの方を見張っていてね』
そんな声がどこかしらから聞こえて、はっとする。そうだ、今は一応「戦争」なんだっけ。
後ろを振り返って目を細めると、何かが見える。まだ遠いが、どこかの飛行物らしい。
そのことを伝えると、マグナは急旋回した。
『目標確認! そげーき!』
胡麻粒ほどに見えた影が、撃ち落とされるのを見た。マグナ、やばい。
そして思ったのだが、どうやらアスがマグナに「憑依」しているらしい。自分自身がマグナになった感じなんだろうか。
「しばらくこんな感じですか、アスさん」
『そうですね、暇ですよソラさん』
いまさら丁寧な口調の自分達を、ついつい笑ってしまった。
大体の敵をマグナで一層しつつ、僕とアスはのんびりと話をしていた。
「…………つまり、ソラは他の世界から来た、ってこと?」
「たぶんねー。でも、もしかすると、今までの全部、VRだったのかも」
そうは考えたくなかったが。一応、これまでの世界で出会った人々は、皆いい人達で、なんというか……一時の友達?になれた気がする。だから、全部架空のものだったとは思いたくない。
アスは、この世界にログインしている生身の人間。でも、そう設定されたゲーム上の人だったら……?
なんてね。まさか、そんな訳、ないよね。
結局僕は、未だにこの異常事態を受け入れていないのだろうか。時々、これが夢なんじゃないかって、もしくはゲームなんじゃないかって、思ってしまう。実は本当の僕は寝ていて、いつも通り人に起こされては機嫌が悪くなるんじゃないかって。
「ソラ?」
「……あ、ごめん」
まあ、いいんだ。夢なら、これは成すべきことを終わらせるまで、覚めない夢だ。ゲームなら、クリアまで終わらないゲームだ。
痛覚がある。腹も減る。自分にとって、これは現実。
憑依を一旦解いて、僕の隣にいるアス。アスの訝しげな目線を避けて、僕は外に目をやった。
「アス! 敵、来てるよ」
「あ、了解」
マグナの腕が、振り下ろされた。
マグナの無双を目にして、これはマグナがいれば優勝確実じゃないか、なんて思ったわけだけれど。強いものにも、弱点はあるらしい。
「補給しなきゃなんだねー」
「魔法じゃないしね。燃料が切れたらおしまい」
魔法も、使っている本人の燃料切れで終わってしまうし。とアスは言った。
「まあ、この世には魔法や科学より怖いものがあるよ……」
ついで、アスの目はどこか遠いところを見た。魔法や科学より怖いもの?
「って、何?」
「もう、ソラも見たじゃないか……」
「は?」
僕が見たもの。マグナ、自分が貸してもらっている銃……
「アスたぁぁあああああああああああああああああん!!」
——そして、ミラと呼ばれるアス厨。
ドゴォン! と地面が爆発し、土煙の中から現れたのは、ついさっき空から落ちてきたミラだった。
「アスたん、なんでこんな得体のしれない男とタッグを組んでいるの……!? 脅されたの!? ああアスたんアスたん可愛い」
「……来ちゃったか」
「途中から単なる愛撫に変わっている」
アスを撫でまわしている。一つ言いたいんだけども、
「アスって女の子じゃ……」
アスの顔が一瞬、ひくりと引き攣った。アスが何も言わない代わりに、ミラが興奮気味に話しだす。
「可愛い女の子は正義。男? 知らん。女の子を愛でていた方が人生幸せ、天国行けるよ? アスたん、結婚しよ」
そうですか。
何この人怖い。関わるとロクなことがなさそう。
そうだ、逃げよう。
アスを抱きかかえてでれでれしているミラの傍に、それとなく寄っていき。
アスをしゅばっと奪う。
「あ!」
「失礼します……」
ダッシュ。
「待ちなさ……待ちやがれこのォ!」
せっかくミラ、美人なのに。変人変態とは台無しだ。しかも口調も悪いときた。
僕は、燃料を詰めかけていたマグナに乗り込み、無理やり発進させる。ミラのスピードが何故かマグナより早かったので、僕の持っている銃を一発。
目がくらくらするような、眩しい光。
そして、次の瞬間には炸裂音。何これ、小銃の持ってるエネルギーじゃないでしょ。科学とアスの成せる業らしい。
これで、何とかミラを撒けるといいけれど……果たして、あれから逃げ切れるんだろうか。僕は不安だ。
「何も考えず突っ込んでいくのやめろよ……」
「うるさいわね。アスくんがいるところ以外に、何か価値があるとでもいうの」
「いや、知らねえよ。兄さんの武器は全部強いんだから……コンビに死なれると俺が困るんだけど」
「夜斗なんて物とコンビを組むのなんて、私は嫌だったの。ただアスたんのためだけに、私はコンビを組んだんだから!」
「……はぁ」
しばらく飛んでも、後ろに人影は見えない。良かった。
隣で固まっているアスの目の前で、手をひらひらと翳す。焦点が合っていない目が、だんだん光を灯してきた。
「……あれ、ここどこ?」
「マグナの中。ごめん、無理やり発進させた」
「あ、いや……こっちこそ、ごめんね」
ゆっくりとマグナを降下させていく。
マグナが地面に足をつけ、僕らはふう、と一息。
「……ボク、いったんログアウトするね」
「いなくなる、ってこと?」
「うん。タッグ戦は長いから。妹と弟も、そろそろご飯食べさせないとまずいんだ」
「ゲーム、姉弟でやってるの?」
「うん。夜斗はボクの妹」
夜斗って、あのすばしっこい人か。ミラといい、アスの周りは変人ばかりらしい。
夜斗は、みんなの視界から外れたところで、ひたすら猫を愛でていたからな。まったく、よくこんな環境でアスはゲームを続けているもんだ。優しいんだな。
……まあ、常軌を逸した武器を作ってるから……アスも、変人の一種だろうけど。
「それじゃ」
アスは手をひらりと振って、ログアウトボタンを押し……
「あ、待って待って!」
「へ?」
良かった、ギリギリ間に合った。
「あのさ、飯くれない?」
ここはゲームらしいけれど、僕はここで腹が減るのだ。何か食べるものはないだろうか。
「飯……って、食べ物系のオブジェクト、ってことで合ってる?」
「うん」
たぶん合ってる。
アスは持ち物メニューとにらめっこをして、一つオブジェクトを出した。サンドイッチだ。
「もらっていい?」
「いいよ」
アスはにこりと笑い、そして今度こそログアウトした。
「いただきます」
美味そうなサンドイッチだ。僕はがぶりとかぶりつき、一瞬にして食べ終わる。
「寝るか……」
額の上まで上げていたアイマスクを、ぐいっと下げ、僕は寝始めた。




