一話目
『「VRでも生身の人間?」世界』
作者…子猫夏(子虎冬)
原作…『ORIGIN TALE ONLINE』
原作者…零零機工斗
目が覚めた。やっぱり僕は、世界崩壊の危機とか世界移動とか関係なく、寝たい時には寝てしまうらしい。
まあ、いっか。
大概、その一言で済ませてしまう僕は、今日もまた、「まあいっか」で再び目を閉じる。
なんか外が騒がしいけど。
「もふもふ触らせてぇぇぇええええ!」と悲痛な叫びが聞こえてくるけれど。
何かが飛び交って、爆発する音が聞こえるけれど。
ふわふわした毛玉が、腹に当たって跳ね返ったけれど。
まあ、いっか。
二度目の目覚めは、苦しさからのものだった。
重い。なんか、息が苦しい。
「んー……なんだよ、避けろよ……」
僕の安眠を妨害するものは、敵である。一気に腕でなぎ払おうとしたのだが、腹に乗っているその「何か」に手が触れた途端、つい手が止まった。
ふわふわだった。
どうやら、寝る前に腹に跳ね返った毛玉。これがたくさんあるらしい。
仕方ない。なんか得体が知れないし、目を開けてどかすとするか……。
「えっこらせー、って、猫?」
ふわふわの毛玉は、全て猫だった。
黒猫だの三毛猫だの、模様や耳の形は違えど、全て猫。僕の体に身を寄せて、何故か猫がたくさんいる。
もしかすると、この世界は猫の世界なのかもしれない。猫が人間の言葉をしゃべったりしちゃうかもしれない。そうすると、僕は異端者だ。攻撃されないといいけど。
それにしても、と考える。なんで猫がふるふる震えながら、僕のところに集まっているのだろう。もっと気ままに動くやつではないだろうか、こやつらは。
答えはすぐに出た。
「えぇー……何、これ」
怪物がたくさんいた。時々、こちらをじっと見てきて、その度に猫達がビクっと振るえるのだが、何故か僕を見るとモンスターはすっと目を逸らすのだ。
何、僕はモンスターよりもグロテスク外見だっていうのか。手を見てみたけれど、いたって普通の人間だった。
「……うん」
考えて、僕は一つのことを思いついた。
そうだ、寝よう。
え? 甲高い女の子の叫びが聞こえるって? たぶん気のせいだと思う。
まあ、いいじゃない。
三度目の目覚め。
人に起こされた。
「あのー、ここで寝てたら、いつか殺されますけど……? それとも平気なのかな? っていうかバグ? なんでカーソルが出ないんだろう」
目を開けると、視界いっぱいに空が広がっていた。
手を伸ばすと、その空は細かく揺れた。どうやら髪の毛らしい。目の前の女の子の。
「っ!?」
女の子はビックリしたようで、僕から飛んで逃げた。そんなに驚かなくても。
女の子の赤い目が、目いっぱいに開かれている。
「あの……」
遠慮がちに声をかけられた。
「あなたは、NPCですか?」
「えぬぴーしー?」
ゲームとかのNPCのことか。分からん。なんで生身の人間がそんなこと聞かれなきゃいけないんだ。
「……やっぱり、NPCなの……? でもおかしいな……」
「ちょちょちょ」
待ってほしい。自分の世界に入る前に、僕に説明をください。説明の間に寝たりしないから。
女の子の袖をクイクイ引っ張り、「何考えているのか説明プリーズ?」と言ってみる。もしかすると電波ッ子かもしれない。
女の子の目が、さらに大きくなった。
「NPCじゃ、なさげ?」
「よく分からないけど、なさげ」
こちとらゲームデータではなく、生身の人間さんである。それは自信を持って言えるよ、僕。
女の子は不安げな顔をしながらも、なんとか頷いてくれた。
「うん、じゃあ君は一応……プレイヤーだと思う事にするね」
「……うん」
突っ込んでいたらキリがなくなる気がしたので、僕はスルーした。たぶんNPCよりか、プレイヤーの方が近いはずだ。
それに、いちいち細かく訂正していたら面倒だし。
女の子が、手のひらを差し出す。
「ボクはアス。基本的に機械をいろいろ開発してるよ」
アス、って名前は珍しい気がした。
どうしよう、なんか、名前をそれっぽくした方がいいのか。ナガレ……? アマ……尼さんか。クモ……足はちゃんと二本です。
目が覚めた時に目に映った、空色を思い出す。天と、空。関係なくもないかな。
「僕は、ソラ」
「ソラ?」
「うん。よろしく」
アスは僕の体を一目見、うんと一つ頷いた。
「……あれだね、僕が言えることじゃないんだけど……武器、持ってないね」
「え?」
武器って、何だ。よく見ると、アスの上着からちらりと見えるそれは、ドラマで見た拳銃な気がしてならない。怖い。
ナイフとかみんな持ってるんだろうか。この世界怖い。
「やっぱり君は、バグ、なのかなあ……?」
「え? なんか言った?」
アスが何かを言いかけたのだが、全く聞こえなかった。何でもないよ、と返され、多少気になりはするものの。
まあ、いっか。
別に大したことでもないだろう。
「……だからね、ここは剣も魔法も科学も自由自在な世界、ってわけ」
もふもふ。
「へーえ」
アスがさらりと教えてくれたことには、ここは「ORIZINE TALE ONLINE」というVRゲームの中だそうな。
ゲームの遊び方も凄く自由。好きな形に武器を作れ、好きな魔法を作り出せ、科学を元に好きに研究できる——アスは科学の面をかなり力説していた——。
もふもふ。
そして、言いにくそうに遠回しに言ってきたことには。
僕、という存在がよく分からないのだ、ということ。始めにいろいろ質問してきたのにも、意味があったらしい。
NPCなら、そういう風にカーソルがでてくる。プレイヤーも然り。でも、僕に視線を合わせても、特に何も出てこない。果たして、僕とは何なのだろうか、と。
知らない。僕は、気がついたら神様に「光珠を集めろ、そこな少年」などと言われて、追い出されちゃった系男子である。どうして今回突然「ゲームの中」にいるのか、さっぱり分からない。
もふもふ。
まあ、い——くもないかぁ。
面倒だなあ。でも、ここでどうすればいいか、だよなあ。
この、オリジンテイルというゲーム世界。僕はこの世界がゲームとしてある世界、つまりアスとかが普段暮らしている世界に飛ばされたのか、それとも。
よく分からない。
「何で僕、ここにいるんだろうねえ」
「いや、ボクは知らないよ?」
もふ。
アスには聞いていない。誰か教えてくれないか。
と思ったら、アスがしばらくしてから、目をキラッキラに輝かせ始めた。
「そうだ!」
「なんだいアスくん」
「君が何者なのか分からないなら——」
僕の方を振り返って、決めポーズ。
「分解してみよう!」
もふも、ふ。
「はい?」
「いや、だから分解! 分解すれば分かるよ、きっと!」
身の危険を感じた。
「待って何で逃げるのソラくん!?」
「逃げるでしょ!? 人体解剖願望ある女の子とか、望んでないからね!」
今までもふり続けた猫をたくさん抱えて、僕はアスから遠ざかった。まさか、猫の解剖も始めてしまうのではないだろうか。
僕と猫たちの怯え様を見て、アスが慌てて言葉を付けたす。
「ち、違う! 分解ってのは、この『オリジンテイル』のサーバーのことだよ! もしくはボク自身が付けているリンクギアとか!」
もふ。
「ホント?」
「そうだよ! 何が悲しくて、可愛い生き物と知ったばかりの人を解剖するのさ!?」
それは確かに。
「じゃあアスくん、頼んだよ」
僕は猫を抱きかかえ、ごろりと横になった。
アイマスク、装着完了。よし、寝れる。
「え、寝ちゃうのソラくん……? ここ、フィールドなんだけど……?」
おやすみなさーい。
「にゃーん」
「ああ、夜斗が喜びそうな光景……って、早く分解できるか聞いてみよう」
「父さん、オリジンテイル分解したい」
「え゛っ」
「やっぱダメかー……ちぇっ。じゃあ、中の確認だけでいいや。やっていい?」
「あ、おう、いいぞ」
四度目の目覚め。
今度は、アスとは違う人の声。
「よーしよしよしよしよしよし……」
あ、ひたすら猫をなでている人がいる。無視しよう。
「よしよしよし……」
無視……
「よしよし……」
むし……
「よしよしよしよしよし……」
「ってうるさいです黙ってください安眠妨害かお前」
飛び起きた。
僕を見たら、目の前の狼男は不思議そうな顔をした。たぶん、アスと同じプレイヤーってやつだろう。
「あ、すまない……つい猫が可愛くて」
「相当な猫好きだな」
五分間くらい、「よしよし」言い続けていた気がする。
まあいいや。黙って撫でるようになったので、僕は安らかに眠れる。
そういえば。
「なあ、そこの狼男」
「おおかみっ……ぅん、何だよ」
「アスって子、知ってる?」
ぴくっと肩が震える。知り合いらしい。
「アスが、どうかしたのか」
「んー、頼みごとしてんだけど、戻ってこないんだよねえ」
そろそろ戻って来てほしい。
しばらくして、遠くからロボットが見えた。
「何だあれ」
「あー、アスだな」
あれがですか。超巨大ロボなんですが。流石、機械いじり大好き人間(自称)。自称ではなさそうだ。
ロボが着陸すると、隣の狼男と、僕の髪がぶわぁっと揺れた。
ロボの足の辺りから、うにょっとアスが出てくる。
「ソラ、……と、夜斗? お待たせ」
「いーえー、ちょうどそろそろ戻ってこないかと待ちわびたところだった」
ちょこちょこ寄ってくるアスに、声をかけた。
やはり、アスと狼男は知り合いらしい。
夜斗に「どうしてここに?」と聞きかけた口が、ああ、と納得し、呆れたように歪んだ。アスに猫好きなのはバレているってことなんだろう。
「サーバー調べてみたよ」
「どうだった?」
アスの顔が曇った。
うん、嫌な予感。
「ゲームのデータで、ソラがいるっていう印は無かった。もちろん、バグでもない」
「あらー」
「僕」はどこにいることになるんだろうか。もしかして、何か間違えて、ここに入ってしまったのだろうか。本当は、アスたちの本当の世界に行くはずだった、とか。
夜斗が首を傾げながら、
「ソラは、一体何なんだ?」
と尋ねてくる。
「単なる一人の人間のはず」
肩を竦めて答える他、ない。




