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後編

 二週間後、相変わらず夏の暑さは厳しい。公園のベンチに座る沙希の額から、腕から汗が流れている。うっとうしいと思っていた髪は束ねることもなく乱れている。

 沙希は俯いている。見えるのは自分の太ももと影ぐらいだ。

 人形を持つ男に出会った翌日、優香は彼女の住むアパートの下で死体となって発見された。それは飛び降りだったらしく、近くには遺書があった。後から聞いた話だが、彼女の左腕には無数の切り傷があったという。

「どうして、なのかな」

 彼女が自殺をするなんて思ってもいなかった。だけど今思うと、公園での彼女は元気がなかったのは事実だ。あの時は暑さにやられていただけだと思っていたが、本当は違ったのかもしれない。

 優香に対しておかしいと言った時、彼女は泣き出した。沙希自身は優香の瞳には人形がぼろぼろに見えるということへの驚きから出た言葉だったが、優香にはどう捉えられたのだろう。

 自殺の前日、優香から電話があった。普段の彼女からは想像もできないような、感情の感じられない声だった。何を言っているのかよく聞き取れなかったが、最後は泣いていたように思える。

「こんにちは」

「……何?」

 どこからともなく一人の男が現れた。真っ黒なコートを身にまとい、まるで赤子を抱えるかのように人形を抱いている。この前と同じ男の姿だが、明らかに異なる点が1つだけあった。

「今日は本当にボロボロなんだね」

「何のことだい?」

「その人形。この前は綺麗なやつをボロボロだと言い張ってたけど。今日は……」

 腕は破れて中から綿がはみだしている。また髪の毛は無理やり引きちぎったのか長さがばらばら。お世辞にも綺麗とは言えない人形がそこにはあった。

「この前とは別の人形なの?」

 この前の人形を乱暴に扱ったらこうなりそうだと思いながら、沙希は弱々しく尋ねた。

 男は悲しげな瞳で告げる。

「何を言ってるんだい? この人形はこの前からこうだったじゃないか」

「まだそんなこと言ってるの?」

「ずっと前から、この子は傷ついていたよ。ぼろぼろに、壊れそうなほどに」

 その途端、人形の頭が転がり落ちた。思わず背を後ろへ逸らす沙希の目の前で、次は両腕が、両足がぽろぽろと落ちていく。

「え? 何……」

「二週間ほど前、完全に壊れてしまったんだ。傷つき、苦しんだ彼女は」

 男は悲しげに人形の欠片を集めると、コートを袋のようにしてその中に入れた。

「……この子の顔、見てみるかい?」

 沙希は身体を動かすことができなかった。恐ろしい、だけが理由ではない。見てはいけない、と自身の何かが訴えている。

 男はため息をつくと、頭を取り出して彼女の眼前に近づけた。作りものであるはずの瞳から、液体が流れていた。その顔が二週間前に泣きだした優香の顔とダブって見え、沙希は全身を震わせた。

「な、何なの?」

「この子は一番親しい友人に相談することが出来なかった。そして友人も彼女の苦しみに全く気づかなかったんだ。この子はずっと前から、傷ついていたよ。だけど君は気づかなかった。何も知らなければ彼女はきれいに見えるよね。だけど苦しみを知っていた僕には、彼女が壊れてしまうのではないかという不安でいっぱいだった」

 男は震え続けている沙希の横に座ると、人形の欠片を愛おしげに撫で始める。

「何も知らない人間には元気に見えても、真実を知っている僕には本当の心が見える。僕と君の間で食い違っていた優香に対する認識は、自殺を機に統一された。本当に、ボロボロに傷ついているんだ、この子は」

「なんで……」

 彼は何者なのだろうか。なぜ優香の死を知っているのか。沙希はますます震えが止まらなくなる。夏なのに、寒気を感じる。

 男は曖昧に微笑んだ。

「今の君には分かるだろ? 彼女が苦しんでいたことに。だけど今までの君は気づいていなかった。僕は知っていた。だから、見え方が違ったんだ。本当はずっと前から、ぼろぼろだったのに」

「……」

 やっとの思いで顔を彼の方向に向ける沙希。しかしいつの間にか彼の姿は消えていた。先程までいたはずなのに、その形跡すら残っていなかった。

 もちろん、人形もなかった。

読んでいただきありがとうございました。

ちょっと精神的に苦しい時期に書いたものを修正したものが、この作品です。


この話では優香に何があったのかは明らかにしてません。むしろ自分でもわかってない部分だったりします。

だけど何かが起こるまでわからない、そういうこともありますよね。



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