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紅蓮の騎士



「この様な時に、言うのも難なのですが……」


 ガタガタと砂利道を走る装甲板のついた重武装の馬車の中、ダルコはフランチェスカのご機嫌を見ながら口を開く。


「なんだ?」


「あの、先月お話させて頂いたお見合の話でして」


 その言葉を聞いた瞬間に、フランチェスカは大きく落胆の溜息をついていた。


「また、それか……。ダルコ……。ハーフナー家の世継ぎを残さねばならないのは私も重々承知している。だが、今は領内の治安・経済も不安定、何よりハサン軍との戦いが日々激化しているのだ。そんな中、見合いなどする時間はない」


 フランチェスカの言葉を聞いたダルコは、それでも引き下がらなかった。


「はい。私めもその事は踏まえております。しかしですぞ、そう言っていると、良き婚姻話もどこかに行ってしまうというもの」


 ダルコの口調が少しだけ軽いことに気づき、フランチェスカは頬に腕をついて興味なさげにだが聞いていた。


「では、何か。いい婚姻話でもあったというのか?」


「は、はい。レーゼ領のゲルベン公伯の次男、シュトラウザー殿との婚姻話が上がってきているのです」


 ダルコの言葉を聞いたフランチェスカは、思い出したかのように言う。


「ああ、シュトラウザーか。ハサン軍の首級を次々と討ち取るあの武勇、聞いていて爽快であったな」


 少しだけ口調が軽いことに、ダルコは表情を明るくしていた。


「で、では、婚姻話を進めても?」


 だが、無情にもフランチェスカはすぐに彼を否定していた。


「それとこれとは別だ。かの武勇、確かに勇ましくはあるが、どことなく綺麗すぎるのだ。敵の首級と一騎打ちし、馬上よりランスで一突きで敵を討ち取るとかな。聞いていてスッキリはするのだが、何かアレだ。雄々しさが足りない。第一に見た目は如何にも二枚目な騎士だろう? 我が領地では、あまり気に入られるスタイルではない」


 ハーフナー家の治める領地オストンブルカには、有名な武人を多く輩出してきている地でもある。だが、その殆どの武人が泥臭い戦歴と、雄々しい戦い方で名を馳せている。

 それを領民は誇りとしているのだ。首級を一撃で倒すにしても、綺麗すぎる戦い方をあまり好まないのがオストンブルカっ子だ。

 二枚目のスタイルのいい騎士などが領地の長ともなれば、それこそ、領民は貧弱な領主がきたと鼻で笑うだろう。

 オストンブルカでは見た目も武勇も、男臭い者が受け入れられやすいのだ。

 ダルコは小さく溜息をつくと、次の候補の名を出していた。


「で、では、ホルメ領のカルバン子爵の三男坊、エルガ殿などは?」


「エルガと言えば、大きな鉄球で敵の鎧ごと叩き潰す武勇の男か。確かに雄々しいが、些か礼儀に欠けると聞いている。却下だ。ハーフナー家は武人の家、礼節を知らぬ者は、どんなに私好みの男でも、ダメなものはダメだ」


 ダルコの婿選びはかなりシビアなものだ。何せ、フランチェスカと領民の両方を納得させるような相手を探さなければならないのだ。

 婚姻話は寝ていても来るのだが、いざ、中身を見てみれば、ハーフナー家の名誉を目当てとした政略結婚の話が殆どだ。それでいて、温室育ちの次男坊や三男坊と来ては、話にもならない。そういう話はフランチェスカに言う前に、断っている。


「で、では、中央のアストール家のエスティオ・アストール殿はどうでしょうか?」


 以前中央から派遣されてきた近衛騎士だ。中央の武家の名門アストール家ならば、問題はないはずだ。


「確かに武勇、外見、共に不服はない。近衛騎士でありながら、この東方で妖魔退治を父上と共にこなした事も、私の中では大きい。武人の名門で、ある程度の教養や礼節もあるだろうから文句もない。だが、アストール家は一人息子のはずだ。婚姻話など進められぬはずではないのか?」


 フランチェスカの問いかけに、ダルコは押し黙っていた。そう、これはただ、ダルコが勝手に思いついただけの話だ。向こうからの婚姻話など、来るわけがないのだ。


「申し訳ありませぬ。思いつきで口走ってしまいました。しかし、その他の相手と言えば、我がハーフナー家の地位と名誉のみを目的とした様な若輩者共ばかりでして……」


「で、あろうな……。私とてハーフナー家の嫡子、ある程度は調べている」


 二人の間に暫しの沈黙が現れる。

 ハーフナー家に見合う家の息子など、中々見当たらないのが現実だ。

 今時、泥臭い武勇を持ち、尚且つ見た目もそれに相応しい様な出で立ちの男などいない。

 それに加えて、ヴェルムンティア王国の貴族の半数は腐敗している。自らの私腹を肥やすような輩さえいる始末だ。その現実が、婚姻という形で二人に痛く突き刺さる。


「そういえば、あのエスティオに双子の妹が居たらしいではないか」


 話題を変えるために、フランチェスカは明るい表情を浮かべていた。


「え、ええ。現在、彼は行方不明ですが、その行方を追って、妹君が必死で捜索しているとか。その妹君も大層な武勇をお持ちらしいですぞ」


「ああ。知っている。確か、北方の港街のガリアールで、あのオーガを倒して、オーガキラーと呼ばれているらしいではないか」


「よく、ご存知で」


「辺境とは言え、そのくらいは知っている。なんと言ってもエスティオの妹だぞ? 知っていて当たり前だ」


 少しばかりか嬉しそうな笑みを浮かべるフランチェスカを見て、ダルコは柔和な笑みを浮かべて言う。


「エスティオ殿のお話をする時は、少しだけ嬉しそうに見えますな」


「それは気のせいだな。別にあいつに好意を抱いているわけではないからな」


 フランチェスカは即座にきっぱりと答える。ここで少しでも頬を染めて、おどけつつも否定さえしてくれれば、年相応の娘の反応と言えるのだが、彼女は違っていた。

 それにダルコは嘆息していた。


「何も、そこまできっぱりと申されなくても」


「事実だ。仕方なかろう」


 彼女の平然と言ってのける態度を見て、ダルコは思う。


(婿探しは、苦労しそうですな……)


 そんな会話をしている内に馬車が止まり、それと同時に二人の表情が一気に引き締まる。


「さて、陣についた。ダルコ。初陣は華々しい勝利で飾るぞ」


 フランチェスカは傍らに置いている紅い毛のついた兜を持つと、立ち上がる。

 その表情には緊張よりも、待ちわびた戦場に歓喜している武人を感じた。

 ダルコはそれに対して、やはり彼女はハーフナー家の嫡子だと思う。


「は! 死の淵までお供いたしましょう」


 ダルコの忠臣ぶりにフランチェスカは苦笑する。


「縁起でもないことを言うな。まだ、死地とも言えぬ小競り合いだ」


「それは失礼致しました」


 そんな二人は重武装の馬車より、ゆっくりと外に歩み出ていた。

 陣幕が張られ、その前を多くの兵士が行き交う。

 鎖帷子に身を包んで槍と盾を持って走る兵卒や、それを指揮する甲冑を来た騎士、弩に矢を込める革鎧を着た弓兵に、中央では老兵が剣の指南を兵卒に施している。


「やはり皆表情が硬いですな」


「仕方あるまい。実戦なのだからな」


 二人は陣の中を見回した後、陣中央のテントに向かって歩みだす。そこで全ての指揮を彼女が採るのだ。そんな二人の元に、一人の若い騎士が駆けてきていた。


「フランチェスカ侯! よくぞお出でになられました。私はダルコ騎士団長の副官を努めておりますギリアム・マクドガーです」


 銀色に輝く甲冑に身を包んだギリアムは、フランチェスカよりも2、3年上と言ったところだろう。フランチェスカは小柄故に、青年を見上げる形で彼と目を合わせる。


「ふむ。出迎えご苦労。陣地内の陣容、兵員数、士気はどうか」


 真っ直ぐと向けられた瞳に、ギリアムも期待に応えるかのごとく言う。


「は! 現在、弓兵200に加え、槍歩兵300 騎兵200の計700名が集結しております。いずれも我が領内兵士及び騎士です。フランチェスカ様の下で戦えることもあってか、どの兵士も士気は高く、三倍の敵が襲いかかってきても、跳ね返す勢いです」


 ギリアムの報告に対して、フランチェスカは満足げに笑みを浮かべる。


「ふむ。たかだか一小部隊を迎え撃つには些か、大袈裟すぎたか?」


「いえ、その様なことはありませぬ。大きな戦が控えているやもしれぬのですから、一人でも多くの兵に実戦を経験させて、練度を上げておくのは大変重要なことですぞ」


 ダルコはフランチェスカに言い聞かせると、彼女も納得していた。

 ハサン・タイの主力の軍隊は国境を越えては来ないものの、向こう側には20万人の敵兵力が控えているという。

 到底、一領主程度では対応はできない数だ。東方の諸侯が力を合わせて馳せ参じたとしても、兵士の数は3万人を越える程度しか集まらないだろう。

 だからこそ、量より質で上回らなければならない。今回の戦はその為のいい糧となるだろう。


「それもそうだな。よし。では、作戦を立てに向かうか」


 フランチェスカはそう言って陣地中央のテントに向かって歩きだしていた。


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