第七十四話 信頼関係
ぱちりと、目が開く。最近慣れた、異世界の天井が智也に映像として飛び込んできた。
同時に、情けない自分に苛立ちを覚えた。
「過去に。ミルティアが死ぬ前の過去には……戻れないのかよ」
智也はむしゃくしゃした気持ちを枕にたたきつける。
あの出来事は、現実にあった。
まるで、すべてが夢だったように体はベッドで横になっていた。
それでも、五十階層の先であった出来事――ミルティアの死も夢だったのか?
違うに決まっている。智也の両手には戦いの後、記憶にはミルティアの涙が残っている。
あれが、すべて夢なわけがない。寝ていたにもかかわらず、体には疲労も残っている。
脱力しきった体に鞭を打つように立ち上がる。
何もしたくないようなだるさがありながらも、何とか扉を開けて部屋を出る。
ちょうど、階段下から上がってきたクリュがこちらに気づいて、小さく笑みをこぼす。
「トモヤ、早く来なさいよ。朝ごはん先に食べちゃうわよ?」
「もう、そんな時間なのか」
クリュは、じっと目を細めて、
「どうしたの?」
「何がだ?」
「隠しても無駄よ。何かあったの?」
「いや、別に……」
そういうと、クリュは不満そうに頬を膨らませたが、すぐにそれは治まった。
「あたしはずっと見てきているんだから、分かるわよ。まあ、別に話したくないならいいわよ。ほら、さっさと飯たべるわよ」
「そう、だな」
「でも、後で話したくなったらいいなさいよ。あたしは、あんたのことを知りたいし、あんたのこと、心配してるんだからね」
「……ああ、分かった。ありがとな」
「別に、感謝なんていらないわよ」
ニコリと微笑んでいるクリュを見て、智也は動揺している心を必死に落ち着かせている。
食事が喉を通るかは分からないが、今は体を落ち着かせるためにも、なるべく普段どおりに行動しよう。
あれから三日が経った。ひとまずは何も起きていない。もう、智也が出来る範囲での情報はあらかた集め終わってしまった。
何度も過去に戻ろうとするがそれは叶わず、苛立ちが募る日々。
いつも通りの朝食を終えた智也は、それから家を出た。
クリュたちに合わせていたが、さっきまでのことを思い出してしまう。考えを切り替えられない。
身近な人間の死がここまで自分に影響を与えるとは思っていなかった。
(あれは、魔王が原因なのか?)
魔王について考え出したところで、耳長族の里で戦った ブラックオークのことを思い出した。
(確か塔迷宮で死んだみたいなことを言ってたよな。そこで、死に、魔王に力をもらった)
偶然とは考えられない出来事だ。二つから導きがされる答えに、智也は頭を押さえる。
(……魔王は塔迷宮に封印されている? それとも、塔迷宮に逃げ込んだ? どちらにしろ、塔迷宮の最上階に上った人間は願いが叶うってのは嘘だったってことか?)
魔王が流した嘘なのかもしれない。そんな嘘をつくメリットがあるのか、それも分からない。
智也は今まで魔王かもしれないと考えていたリリムさんを思い出す。
(リリムさんはどうなるんだ? あの人が過去にいたのは、なぜだ? 長い命……)
魔王の寿命がないことを考えると……やはり、リリムさんが一番関係するだろう。智也はそこでふと、そういえば、リリムさんに対して調査を発動したことがないことに気づく。
調査を使ったところで何が分かるかは不明だ。ただ、現在五十階層に行っても危険なのは分かっている。
出来れば、塔迷宮には入るのは最後の手段にしたい。
魔王が復活するのなら、どうにかして倒さなければならない。クリュたち巫女を危険な目に合わせたくない。プラムとの約束もある。クリュがせっかく掴んだ幸せをここでやすやすと潰されてほしくない。
もしも、リリムさんだとしたら、どうするか。
不意打ちで殺すのが、一番可能性が高いが、決定的な証拠を掴むまでは、何もしないほうがいいかもしれない。リリムさんでない可能性もあるのだ。
後手に回ることに対して智也は歯噛みしながら、教会に向かう。
リリムさんに会って、調査を使ってみる。
教会の中に入ると、あまり人はいない。レベルアップに来る人たちの主な時間帯は、塔迷宮から帰る午後が多いから当然である。
教会を見回しながら、歩いていると、なにやら真剣な表情で話をしているリリムさんを見つけた。直接話すつもりはないので、見つかる前に適当な神官の元に行って、レベルアップを頼む。
レベルは36のまま変わっていない。
ステータスのすべては100を越えていて、この世界でもトップレベルではあるが――。
「あの、すみません。ステータスが分からないのでレベルアップしたか分からないのですが……」
「そうですか。今日は調子が悪いのかもしれませんね。出直してきますね」
調査はレベル差がありすぎると発動しないのか、最近の智也はいつもこんな対応をさせられる。
智也はリリムさんをさっと見る。調査を発動して、彼女の正体を暴こうとするが。
結果は何も分からない。調査のスキルや、神の力と思われるスキル。レベルこそ27と高いが、それ以外はすべてが平均的であった。
やはり、リリムさんは関係ないのだ。
ほっとしながらも、これで塔迷宮以外に今すぐ手に入れられる情報がなくなってしまい、どくりと心臓がはねる。
こうなれば塔迷宮だ。行きたくない気持ちもあるが、それでも、確かめるしかない。危険が迫っているなら、どうにか、その前に排除したい。
この世界でお世話になった、身近な人たちだけでも守りたい。
智也は一人で、塔迷宮に向かう。
「今攻略が進んでいる階層はいくつですか?」
入り口にいたジャンプ男に声をかける。
「現在は四十六階層です」
相手は目つきの悪い表情で事務的に発し、智也はそこに跳んでもらおうと金を用意する。帰りに迎えに来てもらいたいので、その分として彼を一時的に雇うことも考えて、多めに金を用意しようとして――。
だが、その動きは止められる。
「トモヤさん、どこに行くつもりですかっ!?」
突然現れたのはクリュとアリスだ。心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。ジャンプ男が驚いてこちらを見た後に舌打ちして、「見せつけんなよ」とぼそりと呟いた。
智也はその場にいづらくなったので、事情を聞く前に塔迷宮の中に入った。
「どうして、二人がここにいるんだ?」
智也の感知能力はクリュとほぼ同等だ。クリュだけなら姿を隠されたら、意識しなければ見つけられないがアリスならすぐに分かる
「あんたの最近の調子が悪かったからつけてたの。アリスのワープを使いながらね」
なるべく顔には出さないようにしていたが、過ごす時間が多いとばれてしまうようだ。
調査を使うとMPが減っていた。確かにクリュが遠くから見張り、アリスが適宜ワープを使っていれば智也も気づけない。
してやられたと智也は頭をかきむしっていると、がしっ。
「トモヤさん、何か隠していませんか?」
ジーとアリスが頬をむくれさせ目を細めながら腕を掴んでくる。逃れようと体を捻るが、笑顔のクリュが左腕に抱きつき、動きを阻害する。
「あんた、隠し事あるの?」
「……別に隠してなんかいないぞ」
「……そうですか? 本当に?」
アリスが底冷えするような低音を発して、にこりと微笑んでいる。威圧感は魔物と対峙するとき以上だ。
智也は助けを求めるようにクリュに顔を向ける。
クリュは心配そうに瞳を揺らし、
「あたしも、あんたが困ってるなら助けたい。だから、教えなさいよ。嫌よ、あんたが急にいなくなっちゃうとか」
クリュの見慣れない表情に智也はうっとうめき声をあげる。それから、二人の視線から、黙っているだけ精神が磨り減りそうだと、あきらめたように肩をおろす。
「……分かった。隠してることは話す。だけど、話すだけだ」
智也はそれから過去にあったこと。今までに集めた情報から、魔王の復活の可能性を説明した。
アリスとクリュは予想以上に大きな話だったから、二人とも目を見開いている。それでも、真剣にそれぞれが意見を出してくる。
「確かに、魔王の可能性もありますね……塔迷宮は、魔王の隠れ蓑ってことですか?」
「ただ、塔迷宮を作ったのは勇者らしいんだ」
「勇者が魔王を助けたんじゃないの? トモヤもやりそうじゃない」
「そこまでのお人よしじゃないぞ」
「あたしに関わってる時点で……なんでもない」
(お前、自分の性格分かってるんじゃねえか)
言いかけた言葉を忘れなさいとクリュは歯を見せるように睨んでくる。
クリュの発言も参考にはする。お人よしな勇者ならありえるかもしれないが、智也が自由に過去に戻れない以上、性格まではわからない。
ただ、倒した相手にそこまでやる可能性は限りなくゼロだ。本人も魔王を倒すために色々と書き残しをしていた。
クリュはごほんと咳で誤魔化し、
「それで? やるなら早いほうがいいでしょ」
クリュは両手を前に出して体を伸ばしている。智也はやる気になっているクリュを見て焦りの汗が浮かぶ。
この前のミルティアの姿が思い出され、智也は絶対に死なせたない思いで二人を止める。
「お前らを連れて行くつもりはないって」
「なんでよ」
「二人を巻き込んで……死なれたら嫌だ」
智也はミルティアを一度死なせてしまい、身近な人の死は二度と体験したくなかった。
クリュはむっと頬を膨らませ、智也の頬を引っ張る。
「あたしもあんたのことが心配。一人で挑んで、勝手に死なれたら嫌よ」
「……そう言ってくれるのはありがたいんだが」
「私も守られているだけじゃありません。もしものときは、私の能力を使ってすぐに逃げましょう」
過去にそれで失敗をしてしまっている智也は二人を連れて行きたくはない。
だが、仲間を頼らなければ、一人でこの問題を解決できるほど智也は強くないと自覚している。
一瞬迷うが、
「ごめん。二人とも、力を貸してくれ」
智也は一人じゃ何も出来ない自分に情けなさを感じながらも助けを求めた。
 




