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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第一章 北の国
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第七話 甘さ

 朝起きると、体の調子も昨日に比べてマシだ。教会に行くとレベル4になっていた。

 レベルの仕組みもいまいちわからないが、高レベルになればなるほど経験値が多く必要になると予想している。今はまだ上がりやすくていいが、この先は厳しくなっていく可能性もある。


 スライム狩りの利点は経験値が多いことだろうか。スライムとはいえ、塔迷宮でいう10階層レベルの魔物だ。

 経験値が見えているわけではないので断言はできない。よく勝てたなと智也は無謀なことをしていたと反省する。金に余裕がないからといって、命の危険を冒してまでやる必要はない。


 教会からギルドに向かい、エアストのギルドへ飛んでもらった。久しぶりのエアストに、どこか安心する心を認めながら、道具屋による。水筒に入っている水魔石への書き込みと、新たな道具袋を購入した。それだけで五百リアムと財布を圧迫したが、今後必要になるだろうから我慢する。


 塔迷宮に戻ってきた。ダンジョンに比べて、戦う場所が広いので安全ではあるが、警戒する範囲も広がり危険も増える。ここでは効率が悪い。

 さらに深い階層に戻るのも考えたが、今の自分のレベルでそれは自殺行為だろう。行っても三階層までが限界だ。

 塔迷宮の二階層で狩りを行う。地球では考えられないサイズのカニ。横歩きしかしないくせに回り込むように動くので、中々うざったい。


 両手の爪が鋭く、叩きつけられる。地面に埋まり、土が弾け飛び智也の足に僅かにかかる。爪の攻撃さえ注意していれば問題はない。もう一度放たれ爪をよけて、お返しに片目を棒で潰す。

 棒を持った両手に、芋虫を潰したような感触が伝わるが、もう気にしない。


 生きるために他の命を奪う。それは真理だと思う。カニの頭を潰すとカニは力を失ったように倒れ、すぐに塔迷宮に吸収される。あとに残ったのはカニの身だ。

 今回は迷宮内での狩りの時間を増やすために、背中に巻きつけるタイプの袋も追加しておいた。一度外して、アイテムをそこに入れていく。外す動作に時間がかかってしまうが、移動しながらやれば問題ない。


 カニをどんどん狩りながら、出来るならばと三階層への階段を探す。地図があれば、早いかもしれないが買う金はない。

 一通り迷宮を歩き回り、袋が一杯になるまで狩りを続ける。三階層への階段は見つけられなかったが、思っていたよりもカニとの遭遇が多かった。


 カニの素材のほうが高く売れるので、智也としては嬉しい限りだ。魔物ともよく遭遇できたので、袋はすぐに一杯になった。一度ギルドに戻る。


 ギルドについて、素材を売り飛ばしてから依頼を眺める。

 金を稼ぐ方法は迷宮以外にもある。ギルドにはいくつかの依頼が張り出されていて、達成すれば金が手に入る。

 試しに見てみると、荷物運びなどがある。一回の依頼成功で3000リアムなどちょっと心引かれる。ギルドに張ってある地図を見てみると、遠くから運んだりと大変そうだ。依頼の日付も結構ぎりぎりだ。


 ギルドに張ってあるカレンダーを見てみると、今日はR0780の5月22日、氷の日だ。R0780は今の年代らしい。後はわかりやすい。氷というのは地球でいう月曜日みたいなものだ。

 依頼は明日までしか受けられない。ギルドは国が運営しているので、受けなければ騎士が処理するはずだ。


 他にも賞金首を殺すなど金を稼ぐ手段があるが、智也はそんなの真っ平ごめんだと見る気もおきない。他人を殺して金を稼ぐなんて、将来やることはないだろう。


 一通り見てから、智也はもう一度迷宮へ。二階層を巡る。

 カニがやってくれば、目を潰してからの攻撃。サルは敵の動きに注意をしながら倒す。リンゴはごり押しで、あっさり潰せる。

 さすがにこの辺りになるとほとんど一撃だ。そうなってくると調子もあがってくるもの。

 いけいけとばかりに魔物と戦う。


 迷宮は広い。そのせいで魔物と遭遇することが少ない場合もある。今日は運がいいのか、行く先々で魔物を討伐する。さすがに負けることもない。アイテム袋はすぐに膨れ上がっていく。


(ふふん、ようやく運が味方してきたな)


 新たに袋も買ったので、たくさんアイテムも入れられる。智也は木々に覆われた、部分を歩きながら魔物を探していると、


「やったっ!」


 苔がついて寂れた様子の宝箱が、木々に隠されるように置かれている。智也は小さくガッツポーズを作る。

 宝箱とは迷宮内に生み出されるものだ。魔物と同じような扱いだが、その中には冒険者を喜ばせるものがある。

 図書館で調べて知ったが、稀に、ランクの低いダンジョンの宝箱からレアな魔石が手に入ることもあるらしい。ランク付けできないようなほど大きな魔石を売り飛ばせば、数年は遊んで暮らせるような金が手に入るらしい――宝くじみたいなものだろう。


 滅多に手に入らないし、たぶん自分は一生手に入れることもないだろうが、期待はしてしまう。


 宝箱に近づくと、妨害するようにカニが転がり込んできた。木々を切り倒して入ってきたので、智也はすぐに反応する。

 おまけに人面リンゴもつれている。楽しみは後に取っておき、魔物に集中する。


(かかってこいよっ)


 近づいた人面リンゴの頭に棒を突き刺す。転がってすぐに、消滅したのを確認して、カニの攻撃を何とか避ける。今の攻撃は危なかった。

 油断せずに敵の隙を見つけて、棒を横へなぎ払う。カニは一撃を爪で受けるが、体をよろめかせる。智也は隙だらけの体に棒を突き刺した。残った素材を回収してから、興奮を潜ませた表情で宝箱に近づく。


(何が入っているんだろう)


 中身が何かはわからないが、期待が高まる。智也が手をかけて、ギギギと上に引っ張る。宝箱は開き、中には魔石が入っている。

 ただ、輝きがランク魔石に比べると強く。大きいし。

 調査を使ってみる。


 Dランク魔石


 これは少し嬉しい。Dランクといえばそこそこの値段になりそうだ。サイズも他のものよりも大きいので、価値も上がるはずだ。


「ははっ、はははっ」


 今日は最高だなと智也は疲労に包まれていた顔を崩すように笑い一色にする。思わず周囲を気にしないで大声を上げてしまいそうだ。


 だがすぐに正気に戻り、誰も自分を見ていないか確認する。見られたら恥ずかしくて死にたくなる。木々に隠されているので、ばれてはいないはずだ。


 魔石を腰につけた袋に入れて、ぱんぱんになったのを確認してそろそろ戻ろうかと考える。

 一度に確保できる量が増え、ギルドと迷宮の往復も少なくなる。今日はもしかしたら初めて黒字になるかもしれない。

 ただ道具袋が増えたのは、単純な体力の消費も上がってしまう。今の自分では一日フルに稼ぐことは出来ないだろう。

 それでもこの調子ならすぐに利益も出るはずだ。


(これでやっと……迷宮攻略に力を注げるな)


 やる気が充電されていく。明日からまた頑張ろうと素直に思える。二層から一層へ下りる。道も覚えているので迷う心配はない。


 早くギルドに戻って、今日の稼ぎを知りたい。わくわくと言った様子で一層を歩いていると、


「ぐぁぁああっ!」


 智也の耳に聞きたくない悲鳴が届いた。方角は北西のほう。


(嫌な、予感がする)


 悲鳴がしたということは誰かが危険に陥ってるのだろう。智也は聞こえないと拒否するように首を振る。


(関係ない、俺には関係ない)


 さらに悲鳴が響き、嫌でも智也の耳に入ってしまう。さっきとは違う、声だ。誰か様子を見に行く人はいないのか。辺りを見回すが運悪く誰もいない。 

 この悲鳴を聞いているのは自分だけ。


(見に行くの、か)


 だがすぐに首を振る。聞かなかったことにしようと自分に言いつける。

 ちょっと気になる部分がある自分を殴りたくなる。


(行ってどうする。この前のような化け物がいて、俺に何ができるんだ?)


 レベルが上がったからといって敵うとは思えない。それだけあの化け物の持つ威圧感は強烈に体に焼き付いている。思い出しただけで体が僅かに震えてしまっている。


(だけど、自分は助けてもらったとき、嬉しかった)


 もうダメかと思ったときに、助けてもらえた。あれを自分も他の誰かに出来るのか。今度は違う自分が罵倒してくる。


(助けたところで何になる。お礼を言われて、それで満足なのか)


 だからといって金銭を要求するつもりもない。それにこの世界で色々な人と関わったが、すべての人間が悪い人でないのはわかっている――無視しろ、無視するんだ。

 自分に何度も言うが体は動いてくれない。さっさと塔迷宮の外に出ればいい、なのに……。


「だ、誰かっ! 助けてくれ!」


 さらに声がして、悲鳴の方角へと身体が動いてしまう。他人を見捨てられない。


「やめろ、やめろよ……見に行ってもいいことなんてないんだぞ」


 体はゆっくりと声の方角へ向かう。


(だけど、どこかで、命が奪われている)


 本当に自分の知らない場所。それこそ他国で誰かが死ぬのはどうでもいい。

 だが、悲鳴が聞こえるような場所。


 そして、聞いてしまった。助けを呼ぶ声を。


(クソッ。もっと非情になるんだ、じゃなきゃ、この先また利用されるかもしれないんだぞっ)


 わかっている、わかっている。

 だが、体のどこかがこのまま逃げるのを否定する。

 甘さを捨てきれない。そう簡単に割り切れない。


「クソッ!」


 声のする方向へ走り出す。もうやけだ。

 何もできないかもしれない。だけど、ここで逃げて、宿であれこれ考えて落ち込むのなら行動したほうがマシだ。

 走ってすぐに森の中へ入る。一階層のこの辺りは、周りを見渡すのが困難なので入るのは初めてだ。

 木の終わりが見え、一部切り開かれたような場所で、足が止まる。智也は息を切らしながらも、気づかれないように口を閉じ、その両目に一人の女性を映す。

 金色の長髪を優雅に揺らす女性が、男の首を片手で締め上げながら、狂ったように笑みを浮かべていた。

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