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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第三章 クリュ
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第五十七話 弱み

 智也はあくびを手で隠しながら、パラさんの背中を追いかける。

 たどり着いた教室に入ると、ぺテルブラさんが机に足をかけるようにして一枚の紙を掲げていた。ああ、いつも通りのおかしい行動だなと智也は特に気にしていなかったが、ぺテルブラさんが紙をこちらに見せるようにひらひら動かしている。


 それに反応した他の生徒が珍しくぺテルブラさんの近くに集まっている。


「ぺテルブラ、いいなぁ……たいした実力なさそうなくせに、案外やるんだな」

「テメェ、ざっけんなよっ! オレはAランク騎士の家に生まれたんだから、強いに決まってんだろうが」

「家の力を使ったと」

「使ってねぇよ! テメェ、ぶっつぶすぞ!」


 クラスメイトにからかわれ、ぺテルブラさんは顔を赤くするようにして怒鳴り散らす。

 意外とクラスメイトとの仲は悪くないようだ。確かに弄ってやると、ころころ表情を変えて面白いやつだ。

 

「ぺテルブラさん、天破騎士と一緒に依頼に行くんですね」


 ぺテルブラさんの手にある紙を遠くから見ただけなので、詳しい内容は把握できなかったが、合格通知のようだった。

 昨日のムロリエさんとの会話を思い出し、そこから連想して智也は小さくため息をついた。

 ぺテルブラさんが一緒に同行することを考えただけで、気分が下がった。

 ぺテルブラさんはちらとパラさんを見て、駆け寄ってくる。智也と目が合うと、あからさまに不機嫌になる。


「パラ先生っ、オレ受かりましたよ!」

「そうかそうか、よかったな。普段どおり一生懸命にやるんだぞ。ただし、調子には乗るなよ」

「わかってますよっ」


 ぺテルブラさんは嬉しそうに頬を緩め、それから、自慢するように紙を智也の眼前に差し出す。


「おら、見てみろよ副教師」

「詳しい試験内容は知りませんが、何人が合格できるんですか?」

「三人だけだぜ」


 それは凄い。この学園の全生徒は千人近くいるかもしれない。その中で依頼に応募した人間は半分はいるだろうと考えると、ぺテルブラさんが口だけの人間ではないことがわかる。智也が手放しで拍手をしてやると、


「まあ、これで、この前テメェに助けられた分のかっこ悪さは取り返したな」


 ふふんと鼻の下を掻くようにして、ぺテルブラさんはスキップ混じりに席へ戻った。


(これ、先に言っておいたほうがいいよな。切り出しにくいな……)


 後で話題になったらさりげなく教えようと決意した。

 授業開始数分前に、教室が開き、金髪を風にふわりと乗せるようにしてヘレンさんがオジムーンさんと共に登校して、


「それでは授業を始める」


 パラさんの掛け声とともに、授業が開始された。




 学園の食堂に来たのは初めてだと、智也は人の多い食堂を見てため息を吐く。多くの学生がいて、お盆を持って席を確保している。

 ヘレンさんたちと共に長い列に並ぶ。


「トモヤさんは何にしますの? おすすめはトカゲカレーがいいですわよ」

(……全く食べる気が起きないんだが)

「ええと、それほどお腹もすいていないので、簡単な食べ物でいいです」

「なら、トカゲカレーでいいですわね! 本当においしいですから、騙されたと思って食べてみてくださいな!」

「……分かりました」


 前には虫も食べたことがあるから、トカゲくらいどうにかなるだろう。肩を落としたところで、背後にいるパラさんに背中をつつかれる。

 

「それにしても、珍しいメンバーでの食事だね。周りの視線が気になるのはキミのせいかな?」

「は、はは。そうかもしれませんね」


 乾いた笑いを浮かべて顔をあげた智也と一人の男子生徒と目が合う。キラキラと輝く瞳には、尊敬の念が込められている。

 この前の事件なのは分かっている。近づいてきた男子生徒に手を掴まれる。

 

「トモヤ先生! この前の戦いでは大活躍でしたね! 俺もう、憧れてますっ」

「そ、そうですか。あれは、偶然相性がよかっただけですから。その、そんなに言われても困るだけなんですけど……」

「いえいえ、謙遜はいいんですよ! 今度稽古つけてください!」

「あまり暇はないんで、すみません」


 以前の戦いで、智也はやはり多くの人間に目をつけられていたようだ。自分の心のために、戦い、守りたいものを守っただけだ。

 それだけなのだから、褒められるようなことは何一つない。

 智也は周囲と自分との考え方の違いに辟易していた。このまま叫び声でも上げたい気分だ。


 なるべく顔を合わせないように下を向くと、


「チッ、いい気になるなよ副教師。いつか、テメェをぎゃふんと言わせてやるからな」


 隣から、舌打ちとともに苛立った声を浴びせられる――交代してほしいよ。

 今いるのは食堂だ。


 一度くらい昼飯にも言ったほうがいいかもしれないと考えた智也は、ヘレンさんと同行することにした。もちろん、オジムーンさんもいる。そしたら、パラさんが来て、いつの間にかぺテルブラさんも参加することになり。


 謎の五人メンバーで食堂に来た次第だ。

 トカゲカレーを受け取ると、緑色をした肉が入っていて智也の顔が引きつる。これ、食べるのと慌てた表情をヘレンさんに向ける。


「わたくし、見た目にこだわった料理は嫌いですわ。見た目が汚くても、おいしいものはありますし、むしろ汚いほうがおいしかったときの感動はいつもの三倍くらいになりますわ!」

「汚いのは認めるんですね」

(見た目が綺麗でおいしいほうが何倍も上手いだろ)

「必要なことですのよ」

「絶対違うと思います」


 ヘレンさんは自身も頼んだトカゲカレーを慈しむように見て、席を確保する。ほとんどの席が埋まっているにも関わらず、四人用の席が埋まっている。

 ただ、座れるのは四人だけだ。他の場所から椅子を持ってくることも考えたが、そうなると四人用のテーブルでは少し狭い。


「副教師、お前は立って食えよ」

「頑張ってください、ぺテルブラさん」

「副教師じゃねえよ! ……副教師、ゴクリ」


 ぺテルブラさんはデレッとした表情で、パラさんのほうを見る。とはいえ、この状況ならば智也は真っ先に申し出る予定だ。


「ぺテルブラさんの言うとおり、俺は一人で食べますよ」


 扱いにくい四人の中で食事を取れる気がしないので、控えめに申し出るとオジムーンさんが柔らかく目を緩める。


「いえいえ、おじさんは他の場所で食べますね」

「いや、でも」

「こんな若い人たちに混じって元気にお話する余裕がないんですよ。何かあったら、トモヤさん。よろしく頼みますよ」

(あんたが一番いきいきしている気がするんだが)

「……分かりました」


 ここまで言われると、押しの弱い智也は引き下がるしかない。オジムーンさんは生徒に人気があるのか、他の一人用の席に移動して生徒たちと楽しそうに談笑していた。

 多少難しい話もしていて、食事をしている生徒たちの手が止まっている。

 智也たちも四人用の席について、


「そういえば、なんでここだけ空いていたんでしょうね?」

「だって、わたくしの特等席ですもの。いつもわたくしはここで食べていましたわ」

「それって、決まってるってことですか」

「わたくしが決めましたの」


 勝手な人ではあるが、ヘレンさんの家は勇者の巫女の家系としてこの国でも上位に食い込む権力を持っている。

 ヘレンさんに逆らえば、力のない家は家ごと消されかねないのでこういった横暴もある程度通用してしまうのだろう。


 食事を持って座ったが、ぺテルブラさんだけは食堂で買っていない。


「ぺテルブラさんは買わないんですか?」

「オレは自分で弁当持ってきてるんだよ」


 ぺテルブラは右手に持っている鞄を持ち上げる。


「えええ!?」

「テメッ、なんでそんなに驚くんだよ! うっせー!」


 ぺテルブラさんの鞄には、てっきり金でも入っているのだと思っていた。智也は未だに恐怖が拭えなかった。青い弁当箱を取り出し、ぺテルブラさんは思い出したように立ち上がる。


「水持って来るけど飲みヤツいるかよ? 今なら特別に持ってきてやる」

「いえ、俺が行きますよ」

 

 こういう仕事は自分の専門だ。智也が立ち上がろうとすると、ぺテルブラさんが睨んでくる。


「テメェにいいところは見せねぇ。んじゃ、全員持ってくるけどいいな?」

「お願いしますわ」

「ああ、ありがとう」

「いえ、パラ先生! オレにとってこんなのは日常茶飯事ですからっ」


 ぺテルブラさんは満開の笑みを浮かべてうきうきと去っていく。


(……あいつ、パラさんに弱みでも握られているのか?)


 やけにパラさんに対して献身的に動く。パラさんは箸を手にとって、それから手を見て、眉を顰める。


「手を洗ってくる。先に食べててもいいからね」


 パラさんはとてとてと歩いていく。白衣がなければ、学園の生徒と思われてもおかしくない背丈だ。

 智也はふうと息を吐き出し、決意を固めながらスプーンを手にとる。すでに、食べていたヘレンさんがこちらに顔を向ける。


「どう思います、トモヤさん?」

「まだ食べてませんが、結構精神に来ますね」


 トカゲの手のようなものがカレーの中に入っている。今にも動き出して自分の首を絞めてきそうで恐ろしい。額に浮かぶ水滴を拭い、智也はごくりと唾を飲み込む。


「料理の感想じゃないですわよ。ぺテルブラのことですわ」

「ぺテルブラさんがどうかしたんですか?」


 興奮した様子のヘレンさんは鼻息荒く言い切った。


「ぺテルブラはパラ先生に恋してますのよっ」

「ええ!?」


 智也の反応が予想外だったのか、パラさんは目をぱちくりとさせる。先ほどの熱気が感じられない。


「なんですの? その新鮮な驚きは」

「いや、てっきり弱みでも握られているのかと思ってまして」


 好きだから、パラさんにいいところを見せたかったのか。そう考えると初日に突っかかられたことや、ことあるごとに自慢してくる点も理解できる。

 ヘレンさんがジト目になり、


「……弱み握られて喜んで頼まれごとをするのって変態だと思いますわ」

「案外そういう人も結構いるんじゃないですか?」

「トモヤさんもそうですの?」

「必要があれば」


 自分にとって都合がよければそうする。喜んで、ではないが。


「なるほど、面白いですわね。それで、ぺテルブラとパラ先生をどうやってくっつけるか、トモヤさんも考えてくださいまし!」

(だるっ……)

「そもそも、教師と生徒っていいんですか?」

「卒業すれば問題ないですわよ。第一、ぺテルブラはへタレですから今以上の関係になることは絶対にないですわ」


 好き勝手言われていたぺテルブラが四つのコップを持って戻ってくる。智也は少々同情の視線を投げてしまった。


「あれ、パラ先生は?」


 分かりやすいくらいしょんぼりとしている。背がかなりでかいのに、乙女のように落ち込んでいる。


「手を洗いに行きましたわよ。ていうか、あなた、好きならもっとアピールすればいいんですわよ」

「ば、ババババカじゃねーの! 好きじゃねえ! ていうか、副教師の前で何を言ってんだ、殺すぞヘレン!」

「わたくしは、退屈が大嫌いですのよ! あなたというおもちゃで遊びたいんですのっ」

「人をおもちゃにするなっ!」


 屈辱と言った様子に唇を噛み、ぺテルブラさんは真っ赤な顔でこちらを睨んでくる。智也も楽しそうだったので、話の乗ることにした。


「じゃあ、好きじゃないんですか?」

「あ、当たり前だろ! あんな小さい体の、全部がいい! じゃなくて……いいところなんてねぇんだからな。オレは胸がないほうが大好き、じゃなくてボインボインの子がいいんだよっ」


 否定したことにより、白い目が向けられる。


「あっ、パラさんが服を脱いで、少し下着が見えた」

「どこだ、副教師! ていうか、テメェは見るな!」


 智也が言った方角を見るが、誰もいない。ぺテルブラさんははっとして、智也はニヤニヤと口元を緩める。


「大好きなんですね」

「嵌、め、やがったな!」


 ぺテルブラさんが胸倉を掴んでくるが、すぐに手を離す。あきらめたように深く椅子に腰掛けて、


「だから、テメェには負けねぇ! わかったなっ?」

「あー、はい、分かりました」

 

 元々パラさんにそういった感情はないので、勝ち負け以前の問題だ。ぺテルブラさんの誤解を解きたくても、より面倒な方向に話が加速していくだろう。

 智也にパラさんに感謝はあるが、恋愛的な感情は一切ない。

 自分に彼女でもいれば、ぺテルブラさんとの衝突を避けるためにも教えてやりたいがそんな人間はいない。


 これからまだまだ当分面倒は続くのだろう。


(こういう関係って……少し楽しいな)


 智也は顔を真っ赤にしているぺテルブラさんへ悪い笑みを向けていた。

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