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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第三章 クリュ
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第五十六話 打ち合わせ

 智也はクックさんの宿の入り口で、外衣を脱ぎながら夜の空を見上げる。

 多少は雨も弱まり、明日は外衣もいらないなと思いながら、水を落として折りたたむ。

 クックさんの宿は相変わらずにぎやかで、店員が忙しそうに駆け回っている。智也はきょろきょろと首を振ると、リートさんが片手をあげる。

 まだ時間は早いがすでにいたようだ。待たせてしまって申し訳ないという思いを、


「リートさん、この前は家ありがとうございました。クリュもアリスもいい家だって喜んでますよ」

「そうか、よかったな。何度もお礼は言わなくてもいい、照れくさい」


 リートさんは食事を注文するために、店員へ声をかける。智也はリートさんの横に座る中性的な顔たちをした男へ視線をずらす。

 見覚えのある顔だ。


「あなたは……ムロリエさんですか?」


 アリスがダンジョンで心に傷を負ったときに守ってくれていたという変態野朗だ。


「そうだけど、うーんキミは確か……アリス? ああ! そうだ。あの時の僕を殴ってくれた可愛いアリスちゃんと一緒にいた子だね! 名前はパンプキン」

「トモヤです」


 彼は耳長族であり、恐らくパラさんの知り合いというのはムロリエだろう。


(ちょっと待て)


 智也は額に手を当てて、悩む仕草を見せ、


「もしかして、ムロリエさんは……天破騎士ですか?」

「僕が天破騎士に見えないってことかな? 酷いね、心外だね」

「あ、すいません」


 するとリートさんが、肩を竦めるように言った。


「仕方ないだろ。筆記試験はいつもビリのほうだったんだ。世の中の人間の多くが思ってることだろう」

「僕のテストだけきっと難しかったんだよ! ていうか、今ここで言う必要ないよね!?」


 ムロリエさんが横にいるリートさんの胸倉を掴みあげるが、リートさんは済ました表情で僅かに口角をあげるだけだ。


「って、今日は殴り合いをしにきたわけじゃないんだったね。改めてよろしく、トモヤくん」

「はい、よろしくお願いします、ムロリエさん」


 席についただけで、周囲からの視線が凄い。天破騎士は国最強の人間に与えられる称号みたいなもの。一緒にいる自分も化け物認定されているかもしれない。

 三人分の食事を注文してから、本題に移る。


「トモヤくんは、里にある巨大樹から手に入る朝露が欲しいんだよね?」

「えっと、ホムンクルスの治療に必要なヤツです」


 正確なことは知らなかったので、笑って誤魔化すように言う。ムロリエは、そうだねと顎に手を当てる。


「うん、合ってるよ。巨大樹の朝露は廃人族の治療にもよく使われたよね」

「まあな」


 リートさんが相槌を打ち、そういえば、廃人族だったことを智也は思い出す。


「リートさんって廃人族かかる病気にはなったことあるんですか?」

「ああ、魔力が乱れるヤツか。かかったことはあるな」

「薬で治るんですか?」

「まあ、一週間もしないうちに治ったな」


 これで、ミルティアさんの弟が助かる見込みがあるのがわかり、智也はホッとする。薬で治るといわれても、実際に治った人間を見るまでどこか疑っていた。

 食事が運ばれてきて、それぞれが食べ始める。


「それで、トモヤくん。どれぐらい戦えるのかな?」


 ムロリエさんが瞳の奥を光らせる。


「ええと、なんていえばいいんですかね……」


 自分の強さを表現することは難しい。そもそも、自分がどれくらい強いのか分からない。困っていると、ムロリエさんはもぐもぐと口に食事を入れながら、


「オジムーンさんから聞いてるよ。青服兵士を圧倒したっていう話じゃないか」

「はい、一応そうですね。だいたい、そのくらいですかね」

「なら、一般騎士程度の力はあると思って計算するからね」


 細かく戦闘能力を聞かれ、智也はまさかと顔を顰める。


「戦闘を行うんですか?」


 ムロリエさんは驚くように目を丸くする。


「あれ、聞いてない? 耳長族の里周辺で、ゴブリンが大量発生しているっていうのでその依頼を受けるために、僕は行くんだよ」


 智也が首を捻ると、リートさんが料理を飲み込み細く説明をする。


「一応、トモヤの学園の生徒も何人か行くはずだ。天破騎士と一緒に依頼を受けられるってことでかなり参加したい人間も多かったと聞いている」

「ああ、なんか選考試験みたいなのがありましたね」


 ぺテルブラはそれで今日授業は受けていなかったはずだ。天破騎士と依頼を受けられることは、かなり珍しいことらしい。


「当日は、一人で来るの? パーティーを組んでる人がいたら連れてきてもいいよ。さっき、アリスちゃんと一緒に住んでるみたいなことも言ってたし、僕は期待してるよ」

(連れてきたくないな)

「……本人に聞いてからですね」

「一方的は駄目だよね。女の子からなら大歓迎だけど。当日は、キミも知ってる騎士学園に朝七時集合だから」


 ムロリエさんと行くのは少々気が重い。智也にとって安心できる存在であるリートさんに顔を向ける。冷静の色が濃い表情には、呆れたようにも見える。


「リートさんは来るんですか?」

「オレはその日、違う仕事が入っているから行くことはないが、ムロリエ一人で十分だろう」


 今の状況を見ているととてもそうは思えないが、これでも天破騎士だ。

 智也はそれなりに実力があるのだとわかっている。


「最低限の常識は持っているし、頭の回転は早い。ただ、勉強嫌いなだけだ」


 心外とばかりに頬を膨らませて、ムロリエさんはリートさんに文句を並べる。


「生きるうえで、細かい魔法理論なんていらないんだよ。リートだって、時計の読み方は覚えても、古代語は必要ないって授業取ってなかったじゃん」

「オレは魔法の才能がないからだ。それに、受けた授業はどれも最高の成績で卒業したぞ」


 胸を張るようにして、ムロリエさんを馬鹿にした後、思い出したように指を立てる。

 二人の話を聞いていると、この世界のことについて多少は知れるので面白い。智也は食事のおかずとして、話に耳を傾ける。


「一つだけ、成績がよかったな。魔力の乱れに関する問題は完璧だったなお前は。それ以外の教科は、生きるのに必要ないと言って授業を全く受けない問題児だったが」

「だって、魔力乱れさえ知ってれば、魔法を使うのに苦労はしないからね。それよりも、校内にいる女子生徒の調査をするほうが大事だったんだよ」

「いや、魔力乱れだけでは、生きていけないがな」

「僕が興味を持ったのがそれだけだったんだよ。学園の授業は無駄が多いんだよ」


 将来生きるのに必要ないんじゃないの? というのには智也も同意だ。地球で試験前なんかはずっとそんなことを考えていた気がする。現実逃避とも言う。

 ムロリエさんとの意外な共通点を見つけてしまった。


「そういえば、二人は同級生なんですか?」

「そうだ」


 二人が頷き、智也は少し驚いたように目を開く。リートさんはどちらかというと、年をとっている気がする。逆にムロリエさんの見た目は十代後半と言われてもおかしくないほどだ。

 種族の差がモロに出ている。智也の表情から、ムロリエさんがニヤニヤと目を細める。


「ああ、リート老け顔だもんね」

「……男らしいとせめて言ってくれ」

「気にしてたっけ、ごめんねー」


 ムロリエさんはやり返せたことが嬉しいようで、けらけら笑って食事を平らげる。


「こいつ、学生時代は今の数倍無口でさ。無駄なおしゃべりは一切しなかったくらいなんだよ」

「へぇ」

「逆にお前は、話すぎて女子にも引かれてたな」

「少しは丸くなったけど、まだまだ暗いよね」

「……ええと」


 どうにも答えづらい質問だ。リートさんはちらちらとこちらの様子を窺うように食事をしている。


「リートさんとムロリエさんは仲いいですね」


 リートさんとムロリエさんは嫌そうに顔を見合わせたあと、ムロリエさんが苦笑しながら言った。


「まあね。色々あったから、口喧嘩はしても信頼はしてるさ」

「そうだな。普段はアホだが、事件が起きればそれなりに頼りにはなるな」

「……そうですか」


 二人はなんだかんだ言っても仲がよさそうに罵り合っている。悪口を言い合えるような仲の人間なんて智也にはいなかったので、羨ましいとも思った。

 こっちの世界に来てから、クリュとはそれなりに本音をぶつけているかもしれないが、自分が異世界の人間である最大の秘密は話していない。

 クリュも何かを隠している気がする。


 難しいなと智也は二人を見ながら思った。

 二人の会話に相槌を打ち、時々笑い声をあげる。智也も一緒に笑いながら、詳しい打ち合わせをした。

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