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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第三章 クリュ
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第五十一話 薬


 荒れた校庭を視界の端に映しながら、実験室がある別校舎へ入る。そのまま実験室まで向かったが、パラさんはいない。

 テーブルに投げ置かれた『勇者の巫女』の本があるのを確認し、ほっと息をついてから、近くの椅子に腰を落とす。

 先に帰っていいのか、訪ねるのを忘れていた。パラさんはまだ教師たちの会議に参加しているだろうし――。

 今日の事件のこともあり、智也が熟考していると、 


「バウワ!」

「はぁ!?」


 突然背後からしがみつかれる。びくんと肩をはねさせ、智也は首を回す。腕を押さえつけられるようにして抱きしめられているので、首しか動かせない。敵ならば暴れて、攻撃でもするが敵意は感じられなかった。

 変わりに柔らかな感触が背中を暖めている。

 上目遣いの女性はその整った顔にニタニタと笑みを張り付かせ、


「驚いた?」

「心臓の鼓動が早まる程度には……」


 気配もほとんどなく、後ろから抱きつかれて驚かない人間がいるのなら見てみたい。智也はため息を吐いて肩を上下させると、


(胸、か?)


 背中にあたる感触は、心を落ち着ける安心さと柔らかさを持っている。智也の頬にみるみる熱が集まっていき、それを見られるのが恥ずかしかった智也は、ばっと前を向いた。


「私はサードといいます。ホムンクルスですので、よろしくトモヤ様。パラ様から、話は聞いていますよ」


 サードさんは背中に熱を残して、体を離した。智也は深呼吸して、動揺を治してから振り返る。

 困った性格の奴だなと智也は嘆息する。


「サードさん、体調は大丈夫なんですか?」

「軽く動くくらいなら。ですが、そろそろ限界の時間です。くっ」


 サードさんはその場で苦しそうに呻き、しゃがみこむ。智也は慌てて顔を近づける。オジムーンさんと違い本当に苦しそうだ。


「大丈夫ですか?」

「出来れば、肩を貸してくれませんか?」


 立つのも苦しそうだったので、智也は恥ずかしかったが彼女を抱きあげた。いわゆるお姫様抱っこだ。サードさんの荒い息遣いを聞きながら、智也は彼女が眠っていたベッドまで歩いていく。


「すみません。ちょっと無理しすぎました」

「病人なんですから、無理しないでください」


 サードさんの体は軽い。子どもでも持ち上げるようなものだ。


「軽いですね」

「私はトモヤ様たちと違って、食事がいりませんから。魔力さえあれば、動くことが出来ます」

「そうなんですか」


 苦しそうにしながらもしっかりと返事をしてくれた。わざわざ今聞く必要もなかったなと智也は空気を読めない自分を注意する。

 ベッドへ寝かせて、サードさんの体に布団をかける。


「何していたんですか?」

「薬を取りに起きたら、からかいがいのある背中がありまして。てへ」

「……何をしてるんですか」


 智也は額を押さえるようにしてため息をついた。それから、腰に手を当て、


「薬はどこにあるんですか?」

「取ってきてくれるんですか? 入り口から二つ目の棚です。二段目にある、魔力安定剤を持ってくれると嬉しいです」

「分かりました」

「その隣にはパラ先生が暇つぶしで作った媚薬があるので、よかったら家にもって帰れば? ゴフゥっ」

「無理して喋らなくていいですからっ」


 サードさんは口から血を吐き出して、笑みを浮かべながら手の甲で拭う。血ではないのか、サードさんの手の甲へ吸い込まれるように血は、消えていく。

 疑問は後で聞こうと思い、急いで棚に向かって錠剤を探す。人間用の棚にある魔力安定剤と書かれた瓶を掴んで、実験室にある水道から水を出しコップに用意する。

 サードさんの元に戻ってきて、それらを手渡す。


「水は使いますか?」

「ありがとうございます」


 サードさんは薬を二粒ほど取り出して、口に放り水を流し込む。喉がこくりと音をあげると、サードさんはいくらか元気な顔になる。


「ふぅ、ありがとうございます。まさか、悪戯をしようとしたら死にかけるとは……」


 震え上がるように目を見開き、体を震わせる。智也が呆れたような目を向けると、サードさんはニコリと笑い、水が少し残ったコップをこちらに向ける。


「飲む? この辺口つけましたよ?」

「間接キスでもしろって言いたいんですか?」

「いやいや、ご褒美?」

「いりませんよ」


 智也は疲れるので、さっさと実験室に戻ろうと出口へ向かうが、ガシッ。しっかり手首を掴まれてしまう。


「パラ様が話があるから、トモヤ様を足止めしろって言ってましたので。ささ、そこの椅子にでも腰掛けて話でもしましょう。暇です」

「……そうっすか」


 智也は疲れで表情を暗くしながらも、近くの椅子を引っ張ってきて腰掛ける。サードさんはベッドに横になったままで、体調もまだよくはなさそうだ。


「さっき、血出してましたけど、大丈夫ですか?」

「あれは、体内にある固まった魔力みたいなものですね。まあ、私にとっては毒みたいなものです。私の体って繊細なんですよ。体調が悪くなったときはこうして一度外に出します」

「……そうなんですか」


 智也の表情が僅かに暗くなると、サードさんは体を起こしてベッドの背もたれによりかかる。体を起こしても大丈夫なのか心配していると、サードさんの目がからかうように細められる。


「ふふーん。私は意志一つで血の色を青にも、緑にも、なんと、紫にも変えられるのですよ! 凄いでしょう」

「いらない力ですね」

「この力の凄さが分からないとは……。例えば、魔物の血と同じ色にして、街中に吐き出せば……?」

「住民を驚かせるだけでしょうね」

「それを見れる私ははっぴぃ」

「最悪ですね」


 智也が額に手をやると、サードさんはニヤリと微笑んだ。


「他にも色々な楽しみ方もできますよ。例えば、トモヤ様に魔力血を吐きかけます」

「その時点で俺は切れてもいいと思うんですけど」

「その後、私がトモヤ様に付着した血をすべて舐め取るというエッチな行為なども……!」

「特殊すぎですよ」


 智也が苦笑いさえ浮かべるのもつらい――なんでこう、おかしな性格の人間に絡まれるのか。誰か助けてと心で悲鳴をあげていると、


「なにやら楽しい声が聞こえるね。サード、調子はいいのかい?」


 パラさんが入り口に手をかけるようにして、立っていた。援軍の到着に智也は安堵の息を漏らす。つかつかと室内に入り、智也は席を譲る。

 パラさんはお礼の言葉を口にしてから、智也のいた場所に座り、サードの額に手をあてる。


「熱は……ないようだね。魔力のバランスは?」

「今は問題ありません。まだ、仕事に戻れるほどじゃありませんけど」

「わかっているよ」


 確認は終わり、椅子に座ったパラさんは足を組んでこちらを見る。


「面倒見てもらって悪いね」

(……本当に疲れましたよ)

「別にいいですよ。それより、明日の授業はあるんですか?」

「ああ、それはいつも通りあるよ。ただ、ヘレンとプラムは来れないだろうね」


 騎士学園だけあり、あの程度の事件では中止にならないのかもしれない。

 敵はまだどこにいるか分からない。敵の目的である、巫女である二人は、厳重に守られるのだろう――本をいつ返そうか。当分、返す機会がないかもしれない。

 思考にふけっていると、つんつんとパラさんの足で脛をつつかれる。パラさんが瓶を片手に左右へ揺らしている。


「薬、取ってくれてありがとう。彼女無茶するからね」

「いえ。彼女すでに無茶してました」

「……はぁ、もっと自分の体を労ってほしいよ」


 パラさんがサードさんに苛立ちを向けると、サードさんはぺろっと舌を出し、パラさんに背中を向けるように横になる。


「ホムンクルスって、人間の病気にかかったりするんですか?」


 薬は人間用の棚に置いてあった。ホムンクルスは人間に近い存在であるのは、サードさんを見ていれば簡単に分かるが、病気にまでかかるとは思っていなかった。

 智也の予想に対して、パラさんは首を振った。


「いや、違うよ。単純に、サードの限界が近づいてしまっただけだ。この薬は元々廃人族の病気を治すためのものを少し改良したものでね」

「廃人族の、病気?」

「ああ。キミも聞いたことがあるんじゃないかな? 廃人族がかかる、体内の魔力バランスが乱れてしまう特殊な病気だ。昔は治らなかったらしいが、今は一週間程度この薬を飲めば治るよ」

(ミルティアの弟――ライルくんの弟もこの薬を使えば治るんじゃないのか?)


 過去に戻り、この薬を届ければ、もしかしたら治るかもしれない。


(歴史を歪める可能性も、ある、よな)


 それでも、治す方法があるのなら……。それに、ミルティアさんには世話にもなっている。智也は拳に力を入れて、パラさんに問いかける。

 タイミング的に少し変かもしれないが、ここで聞いておきたかった。


「あの、その薬を一週間分用意できませんか?」

「うん? 別に構わないが、病気を持っているのなら、ちゃんと医者に行ったほうがいいよ。キミの友達かい?」

「はい……。でも、その子には色々と複雑な事情がありまして」


 パラさんは自分の表情から悟ってくれたのか、ぱちんと手を打って頷く。


「わかった、いいよ。その代わり、こちらも一つ頼みごとをしたいんだけど、いいかい?」


 理解の早いパラさんで助かる。


「俺に出来る範囲なら、お願いします」

「サードを治すための薬を取りに行ってもらいたいんだ」

「そのぐらい、やりますよ。どこで手に入れるんですか?」

「場所は私の故郷の耳長族の里だ。耳長族の人間とでなければ入ることは出来ない」

「なら、パラさんも行くって事ですか?」


 パラさんはいやぁと頬をかきながら、誤魔化すように笑う。


「私は学園を離れるわけにいかないんだ。知り合いの耳長族にすでに頼んである。何かと仕事で忙しいらしい。細かいことは決まっていないが、向こうの予定がつきしだい、キミに詳しい話をするよ」

「わかりました」

「私の話したかったことは、これで終わりだよ。これからどうするんだい?」


 智也は個室の扉に片手をつけ、


「そろそろ家に帰ろうと思います。予定よりも大分遅れてしまったので」

「ああ、気をつけてね。敵の生き残りがキミを恨んでいるかもしれないからね」


 パラさんの笑い混じりの言い方から冗談ではあるのは分かるが、気を引き締めておく。敵は調査を使わないと、姿が見えない。奇襲されれば、簡単に殺される。

 実験室のテーブルに放置されていた『勇者の巫女』の、味気ない表紙を一つ撫でてから、帰路についた。

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