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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第二章 アリス
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第四十一話 悪化

 智也は北地区から、東地区へと移動する。

 こういう時にワープのスキルがあるとラクでいいのにと、ないモノねだりをしながら、智也はリートさんの家までやってきてドアをノックする。


「なんだ? トモヤか」


 ラフな格好のリートさんは「中に上がっていいぞ」と言うが智也は首を振る。


「緊急の用事があるので着いてきてくれませんか?」

「急ぎ……? わかった、戦い関係か?」


 リートさんは目をきつくしながら玄関においてある、大剣を背中に装備する。こういうときに深く聞かずに動いてくれる彼に、感謝の気持ちを抱く。


「リナ、ちょっと外出てくる。戸締りちゃんとして寝ておくんだぞ!」

「わかりました。鍵は持ってますよね?」

「ああ、大丈夫だ」

「トモヤさん、兄さんをよろしくお願いしますね」


 事情を理解してくれたリートさんと一緒に夜の街を駆ける。


 北地区に向かいながら、簡単に説明をする。

 あまり好ましく思われないかもしれないので、智也は自分たちが賞金首を探していたことは言わないでおいた。偶然仲間が襲われていたからという理由にしておいた。

 リートさんは足が速く、あわせるのが精一杯だ。


 街灯を頼りに、北地区のアジトまで戻る。


「クリュ、無事か?」

「何も問題ない。あんた、心配しすぎね」

「いいだろ、別に」


 クリュは片方の膝を両手で抱えるような姿勢で机に座っていた。

 はじき出すように机から下り、近寄ってくる。


「こいつらは……。とりあえず、北地区の見回りをしてる騎士を呼んでくるから二人でちょっと見張っててくれ」

「わかりました、リートさんも気をつけてください」

「分かってる」


 クリュと二人で適当に話をして、時間を潰す。

 騎士を連れたリートさんが戻ってきた。

 智也が「時間かかりましたね」と訊くと、


「いや、中々見つからなかったんだ、すまない」


 リートさんたちが細かい作業に入ったのと同時に、アリスが小さな声をあげて目を開ける。

 一瞬瞳を震えさせるが、智也の顔を見てすぐに安堵の息に変わった。


「トモヤ、さんが助けてくれたんですか?」

「助けた……っていうか偶然追っていた賞金首のところにアリスがいたって感じだな」


 智也がそういうと、アリスはぎゅっと抱きついてくる。

 戸惑いながら、アリスの震える肩を見て智也はまだ怖いのだろうと思う。

 背中を撫でてやると、抱きつくアリスの腕の力がさらに強まる。

 さすがに骨がいかれそうな力に智也は顔を青くして声を絞り出す。


「悪い、す、少し離れてくれないか?」


 智也の意見にアリスは弱々しく首を振る。なのに腕の力は強いままだ。


「離れないでください。もう、一人は嫌です」

「別にどこかに行くわけじゃないんだ。その骨がきしむんだ」


 それでもアリスは離れてくれない。

 智也がアリスを離そうと彼女の肩を掴み力を入れる。


「嫌、嫌っ!」


 頑なに首を振りアリスの腕がいっそう強く締め付けられる。

 アリスの悲痛な声と表情に智也は痛みを感じながらも、眉根を寄せる。


「アリス……、もしかして、また」

「トモヤさん……私、男の人が怖いです。駄目です、トモヤさん以外は……」


 アリスは智也にすがりついたまま動こうとしない。


(また逆戻りか……)


 前は男が苦手だったのに、今回智也は大丈夫なようだ。それが唯一の救いだ。

 ひとまずアリスはくっつけたまま、こちらに向かってきたリートさんと話をする。


「一応、全員調べたら賞金首だった。ほら、賞金と一人一人の金額がかかれた紙だ」


 リートさんから大きな袋を受け取る。だいぶ賞金首がいたようで、紙の合計金額を計算すると十万五千リアム。

 袋の中も恐らくそのくらいあるので、騙されてはいないだろう。ばーさんに払った金額は問題なく取り返した。


「アリスちゃん!」


 金をもらってから、見たことない女が飛びかかってくる。悪魔のような尻尾を生やした、女性だ。


「おい、パニア、なにやってんだよっ」


 リートさんの脇から飛び込んできた女性。智也がステータスを見ると名前はパニアで、レベルは高い。リートさんに負けず劣らずの能力の高さだ。


「うるさい一生独身真面目、アホ人間!」

「余計なお世話だ」


 リートさんが捕まえようと手を伸ばすが、叩き落とされる。


「パニア、さん?」


 アリスは智也にくっついたまま、顔だけを向ける。どうやら知り合いのようだ。


「アリスちゃん大丈夫!? なんで、私はこの地区の警備してたのに気づけなかったのよ、全く! あの男たち全員殺してやるっ!」


 パニアと呼ばれた女性が、生きている何人かの賞金首を睨みつけて犬歯をむき出しにしている。

 リートさんが今にも向かいそうなパニアさんを押さえつける。


「あの、パニアさんってなんですか?」

「天破騎士の一人だ。とはいえ、最近なったばかりの見習いで……とにかく面倒な人間だ」

「大変そうですね」


 厄介な人間の面倒を見るのがどれだけ大変なのか智也は知っている。


「アリスちゃん……って、その人だれ!? まさかの彼氏!? うわぁーん! パニアショックッッ!」


 頭を抱えてパニアさんは暴れだした。


(あ、関わっちゃいけない人だ)

「あなただれ? だれ? パニアに教えて欲しいんだけどなー」


 笑顔が怖い。


「一緒にパーティーを組んでる人間です。偶然アリスが捕まってるところに出くわしたものです」

「じゃ、じゃあ、アリスちゃんのカレスィってわけじゃないんだよね? だよね?」


 期待するように揺れる両目。この人なぜこんなに必死なんだ。

 彼女のアリスに向けられている好意に、智也は恐怖を感じる。


「全然違いますよ。あなたは、アリスの彼女ですか?」

「あ、わかる?」

「違いますっ」


 アリスが声を大きくして否定すると、パニアさんが落ち込んだ。


「知らなかったんですか?」

「自己紹介はしなかったな」

「でも、結構話してましたよね」


 そう言われると答えに困る。

 だが、智也は確信に近い感情を口にする。


「なんていうか、あまり関わるようなこともないと思っていたので。それにこれからもそこまで関わるとは思わないですね」

「そうなんですか?」


 そこでリートさんたちと別れる。リートさんたちはこれから仕事だと忙しそうだ。智也たちはこれ以上やることもないので、宿への道を歩く。

 先ほどから黙りっぱなしのクリュの顔を覗くと、こちらに気づいたクリュがぽつりと言葉を漏らした。


「……なんか、つまらないわね。しばらくは、無理に殺しはなくていいわよ」

「……マジで?」


 願ってもいない答えだ。


「それでも、一緒に塔迷宮には入ってくれるよな?」

「別に、いいわよ」


 クリュは殺しを始める前は狂った笑みを浮かべ、目を血走らせていたのに、今はつまらなそうに髪をいじくっている。

 

 色々な事件が重なる一日だった。だが、智也としては、結果的に最高の結果となった。

 宿の中に入ると、クックさんが机に座って遅めの夕食をとっていた。

 こちらに気づくと片手をあげ、アリスで視線が止まる。


「トモヤ、その子はどうしたんだ?」


 アリスはすっかり男が苦手になってしまったのか、智也の後ろから顔を出さない。


「あっと、ちょっと事件に巻き込まれてしまって。怖くて、一人で家にいたくないってことなので、宿に連れてきたんですけど。あ、部屋は今のままでいいのでお代をこれ」


 財布から取り出そうとするがクックさんは真剣な目つきで手を止めてきた。


「……いや、今日はいいだろ。それより、さっき三人部屋が一つ空いたんだ。今から準備するよ」


 クックさんが二階に向かおうとしたので智也は慌てて止める。


「そんな、こっちの理由でクックさんを働かせるわけには行きませんよ。もう、今日は仕事も終わってるんでしょう?」

「お客さんは神様ってな。せっかく泊まってくれてるお客がいるんだから、どうにかするのが店の人間なんだよ」

「だからって、これから用意してたらいい時間になってしまいます。だから、やめてください。俺がそんな待遇に耐えられません」


 それでも、まだクックさんは引き下がらない。半ば強引に智也は何度も言い聞かせると、ようやくクックさんは首を縦に振る。


「……わかった。明日の朝には用意しておくから、そっちに移ってくれ」

「別に、無理しなくてもいいですよ……」

「いや、無理じゃねぇな。それより、お前のその性格はちょっと変だぞ。もっと人に頼ってもいいんじゃないか?」

「十分頼ってますよ。だから、これ以上迷惑をかけたくないんです」

「子どもらしくねぇなぁ……」

(他人に頼るって、それは少し違うか。俺は他人を利用してるだけだよな)


 自分のためとはいえ、智也ははぁとため息をつく。この世界に来てから、機械のように他人を活用している。

 冷めていく自分を意識するとむなしくなるだけなので、智也は忘れるように頭を振る。


 クックさんに一度礼をしてから、部屋に戻る。

 クリュにアリスを任せて、智也は簡単にシャワーを浴びる。部屋に戻ると誰もいなかったので、しばらく外の景色を見て今日あった事件を思い出す。


(簡単に人を殺せたな)


 まるで何度も殺しているかのような、そんな錯覚を覚えた。

 

(一度殺すと、慣れてしまうのか? それって、俺がどんどん人間じゃなくなっていくみたいだ)


 智也はエフルバーグを思い出す。いつかはああなってしまうのか?


(……嫌だな)


 今日は、どうにもマイナス思考ばかりだ。智也は首を左右に振ったところで、部屋の扉が開けられる。

 アリスだ。シャワーを浴びたからか、髪が湿っていて頬は上気している。


「どうだった?」

「気持ちよかったです。その、トモヤさん」


 アリスが名前を呼んだと思ったら


「トモヤさん、一緒に寝てくれませんか……?」


 不安そうにこちらを見てくる。もしも断れば壊れてしまいそうだ。

 智也は戸惑うが、アリスくらいの女に欲情はしない。年齢は上らしいが体つきはどう見ても小学生だ。


「別にいいけど、一人だと怖い?」

「はい……その、すみません」

「気にしなくていい。あんなことがあれば、誰だって怖いはずだ」


 ぬるりと、あんな事件の後でも平気そうなクリュが部屋に入ってきた。

 その表情はあからさまな嫌悪に満ちている。


「あんた、こいつの何なの? 親?」


 クリュはアリスが変わってしまった明確な理由を知らない。


「ああっと、ちょっと待ってくれ。後で説明する」


 ひとまず、アリスをベッドに入れて寝かしつける。

 ベッドの中でアリスが手を掴んでくる。恐怖を紛らわせるために智也も握り返すと、アリスは落ち着いた表情で目を閉じる。

 しばらくすると、寝息があがったので智也はベッドから抜けてクリュの待つテーブルに向かう。


 自分がアリスと知り合った過程などを話し、不安しかないがクリュにも相談する。


「殴ればいいんじゃない? 情けないヤツね」

「そんなことしてみろ。今度は俺たちまでまともに話せなくなるだろ」

「その程度なんじゃない? そんな弱いヤツ、相手にしなければいいだけよ。時間の無駄」

「……誰だってお前みたいに強くはなれないだろ」


 智也は自分のことを言われているようで虫唾が走った。

 クリュは腕を組み、鋭く睨む。


「強くなれないのは、弱い人間の言い訳よ。弱いままでいれば、ラクだから。そうやって、惨めな負け犬のままでいいなら、弱くてもいいんじゃない」

「どういう意味だよ」


 クリュは智也の問いに対して目を閉じる。

 テーブルから立ち上がり、クリュはベッドへ向かう。


「これ以上、あんたとあの子が弱いままでいるなら私はあんたとのパーティーは解消させてもらうわ。あんたを殺してね」

「……お前は、俺に何かを伝えたいのか? 単純にバカにしているのか?」

「どっちでも、あんたの好きにとらえなさいよ。それより、あんたはどこで寝るのよ?」

「あ……」


 アリスが寝ている以上智也がそこで寝ることはできない。

 智也は困ったように頬を掻いていると、クリュが挑発的な笑みを浮かべる。


「あたしのベッドで一緒に寝る?」

「それだけは遠慮させてもらう」

「あっそ」


 智也は結局椅子で寝ることにした。

 地球にいた頃も授業中寝ていたときもあったので、一日くらいならどうにかなる。


(クリュ、アリス。クリュは考えなしだけど、何かを言おうとしていた)


 先ほどの言葉を思い出して、智也はアリスをどう扱うべきなのか、どうするのか。

 懸命に答えを導き出そうとした。


(弱い……。確かに俺は弱いな。自分にとって都合のいい人間を手元に置いて、戦いのときもクリュにすべてを任せてアリスを守るという口実でアリスから離れないようにした)


 分からない。眠気なんて全くこない。


(こっちに来てから、誰も答えを教えてくれない。異世界での生き方なんて、教科書にはないし……どうすればいいんだよ。疲れるな)


 とはいえ、弱気なことばかりを考えるつもりもない。


(まあ、どうにか頑張っていくしかないのかもな)


 気分は晴れないが、今は一人じゃない。どうにかできると自分に言い聞かせながら、智也は眠りについた。

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