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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第二章 アリス
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第三十九話 危機


 アリスは嬉しそうにお金を持っている。


 ギルドでアイテムをすべて売り払った結果、六万リアムほどだった。いくつか宝箱から手に入った装備の石からいいアイテムが鑑定され、これだけの額になった。

 

 一人二万リアムとしてもかなりの稼ぎだとアリスは思った。

 アリスはトモヤさんたちに四万リアムを渡してから、この後どうするのか訊ねてみた。


「その、少し街を見て回ろうと思ってる」


 トモヤさんは言葉を詰まらせながらクリュのほうを見る。


(クリュさんとデート、かな?)


 だったら邪魔するわけにはいかない。

 アリスにとって二人は大切な仲間だ。

 クリュさんがどこか強気に笑っているように見えて、アリスはむぅっと頬を膨らませる。


「わかりました。あの、また明日宿まで迎えに行ってもいいですか?」

「アリスの家は宿とギルドどっちに近いんだ?」

「えーっと、ギルド、ですか?」


 本当は宿に迎えに行きたかったが、嘘をつける自信はなかった。


「なんで疑問系なんだよ。だったら、ギルドに朝八時頃の集合でいいんじゃないか?」

「そう、ですね。また、あしたです」

「うん、またあした」


 トモヤさんが言うと、クリュさんは顔をそっぽに向けてぽつりと呟く。


「……じゃあね」

「はいっ、またあしたです」


 クリュさんは変に恥ずかしがりで、だけど、自信に満ち溢れている。

 戦い好きの面を除けば、クリュさんはアリスの理想の冒険者に近い。

 ギルドから出て行った二人の背中が見えなくなるまで見送ってからギルド員――ナナフィさんの元に向かう。

 トモヤさんもよく話をしているギルド員だ。


「ナナフィさーん!」


 手を大きく振りながら声をあげる。

 資料に目を通していたナナフィさんがこちらに気づき、柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「アリスさん。先ほどトモヤさんと一緒にいましたね。調子はどうですか?」

「はい! 最高ですっ。トモヤさんたちすっごく強くて……ついていくので精一杯です」


 基本的にギルド員しか入れないカウンターの中に入れてもらい、奥にある休憩室に通される。

 最初のうちは報告だけのつもりだったが、いつの間にかこんな扱いにされるようになった。

 ここまでしてもらわなくてもいいのにと何度か言ったが、面倒見のいいナナフィさんはここまでしてくれる。


 休憩室には冒険者のいでたちをした綺麗な女性が休憩室にいた。六人用のテーブルがあり、近くには小さなキッチンもあり、女性はテーブルを占領していた。

 テーブルの上で寝るように、一人の女性が腹を出していびきをかいていた。


「パニアさん、さっさと起きてください」


 ナナフィさんが口元の涎を拭いながら、目をぱちぱちと動かす。


「こ、こんばんはです」


 目の前にいる女性はアリスも知っているのでぺこりと頭を下げる。

 アリスは彼女が苦手だ。

 声に反応したパニアさんは、テーブルを破壊するように起き上がりアリスがひっと肩を震わす。

 パニアさんは一気に覚醒したのか、「ちっちゃくて、持ち帰りたいよー!」と奇声をあげた。


「パニアさん、アリスさんはあなたが苦手なんですからすぐに消えてください」

「ナナフィちゃん酷いよー! 姉妹なんだから、いいじゃんよーぶうぶう」

「ぶうぶうじゃないですよ、姉さ――パニアさん。もうすぐ三十歳になるんですからもっと落ち着いてください」

「私たちの種族は、若い期間が長いんだからいいんだよーだ。アリスちゃん、なんか欲しいものとかある? お姉ちゃんアリスちゃんのためなら、なんでもするからね! えっ、このうるさいナナフィちゃんをエロイ格好で縛り付けてほしいって?」


 アリスはぶるぶると両手と首を振りまくる。


「そそそそんなこと頼んでいません!」

「じゃあ、アリスちゃんを縛ってあげようか? 優しくしてあげるよ!」


 手を気持ち悪く動かし、アリスはナナフィさんの後ろに隠れる。

 今までたくさん迷惑をかけてきたので、あまり頼りたくはなかったがパニアさんの相手だけは無理だった。


「パニアさん、仕事があるんですよね? さっさと消えてください」


 ナナフィさんの冷え切った目つきにアリスも体を竦ませる。

 パニアさんもあははっ、と冷や汗を拭いながら片手を振る。ゆっくりと部屋の外に繋がる扉へと歩きながら、片手をあげる。


「夜の仕事だけど、エッチなことじゃないからね! この体はアリスちゃんのために綺麗なままだから、じゃねー!」


 休憩室の扉を破壊しそうな勢いで開け放ち、外に向かった。


(相変わらず、ぶっ飛んだ人です……)

「どうぞ、お茶です」

「あっ、いつもいつもありがとうございます」


 コップを両手で持ち、アリスはゆっくりと飲んでいく。 


「それで、迷宮はどうでしたか?」


 眼鏡の奥で光る瞳は、心配そうに揺れている。この質問をされるのはわかっていた。だから、アリスはふうと気づかれないように小さく深呼吸。

 たくさん迷惑をかけてしまった。だから、アリスは出来る限り精一杯の笑顔で言い放つ。


「全然問題なかったです! 近づいてくる魔物はトモヤさんが片付けてくれましたし、私は時々援護をするだけで後はアイテムを回収するだけです」

「トモヤさんってそんなに強かったのですか? バイスコーピオン、でしたか。それと戦って生き残ったのは知っていましたけど、レベル的にはそれほど高くはないと言っていた気がしますが……」


 アリスはナナフィさんの言葉に首を捻る。

 ……レベルはどう考えても、二十は超えているような実力だったような。アリスはそこまで考え、視線を斜め上にずらしながら、はっと気づく。


 だが、トモヤさんが色々と隠し事をしているので、これ以上話さないほうがいいかもしれないと判断する。

 アリスは話しに区切りをつけてから話題を変えた。


「バイスコーピオンって見つかったんですか?」

「まだ見つかっていないんですよね。あなたたち三人の話を聞く限り、大きいので見つからないわけがないのですが……」


 「被害が出ていないのもおかしいですね」とナナフィさんは付け足す。

 アリスもあの時の絶望に近い感情は二度と味わいたくない。他の誰かにも味わってほしくないと思っている。

 アリスの表情がどんどん暗くなっていく。


 ナナフィさんが「この話はやめましょうか」と苦笑し、テーブルに肘を乗せる。アリスは表情に出してしまっていたのだと視線を下げた。


「一緒の仲間にクリュさんがいるんですけど。クリュさんって子どもっぽいんです! 本当に、私のことをバカにして、もうムカつきます!」


 とはいうもののアリスの表情は悪口を言うようなものではなく、笑顔だ。

 本気で言っているわけではない。


(スキル、とかトモヤさんが話さないほうがいいみたいなこと言ってましたよね)


 恐らくは、トモヤさん自身が能力の奥底まで見えることをばれたくないのだろう。アリスも荷物持ちのスキルで、しつこいパーティーに絡まれたことがある。

 アリスはトモヤさんを追い込む気などないので、ナナフィさんにも言いたくはなかった。


「そうなんですか。なんだか友達が出来たみたいでよかったですね」


 ナナフィさんが柔らかく微笑み、アリスはあっと小さく声を出す。


「友達……? そうなんですか?」


 以前一緒に住んでいた冒険者の二人は男で、幼馴染だった。だが、アリスの住んでいた村には同い年の女性が少なく、さらには二人の男と仲がよかったので仲のいい女性はいなかった。

 初めての女の子の友達に嬉しくなり、アリスは赤らんだ頬に手を当てる。


「軽口を言ったり、馬鹿にしたりって友達じゃなかったら無理だと思いますよ。私だって家族ですけど、姉以外にはあんなに強気に言えませんしね」

「友達、ですか……なんだか嬉しいです」

「私も、あなたがちゃんと出来ているようなのでよかったですよ」


 アリスは自分を気にかけているナナフィさんに改めて頭を下げる。

 ナナフィさんは「仕事の延長みたいなものですから」と苦笑しているが、ここまでしてくれる人なんて滅多にいない。

 そうなると、ナナフィさんはどうなのだろうかとアリスは視線を斜め上に向ける。


「あ、でもナナフィさんは友達ですか? だけど、私はお母さんみたいに感じます」

「お母さん……そんなに年とっていると見えますか?」


 ナナフィさんが机に顔をぶつけんばかりに落とし、それから落ち込んだ顔を上げる。

 アリスはあわあわと両手を振る。


「ち、違います! なんだか母性に満ち溢れているなって思ったんです! 老けていませんから!」

「強調されると、余計に怪しいですね。う、う……悲しいですねぇ」


 口元が僅かにつりあがっている……演技だったみたいだ。妙に上手かったので、劇団にでも入ればいいのにとアリスは頬を染めながら睨む。

 「すみませんね」とナナフィさんが大きく笑って、アリスもつられるように笑みをこぼす。


 それから人気の武器や魔物などについて話をする。どれも貴重な情報で、アリスは脳内にメモしていく。

 時間を忘れてしまうほどにナナフィさんとの会話が弾み、仕事が終わったナナフィさんとともにギルドを出る。


「それでは、また明日」

「はい! またあしたです!」


 家は違う方向にある。前に一度送りましょうか? と言われたが、ナナフィさんにも危険があるのでアリスは断っている。

 一人になったアリスは、すっかり闇に包まれた道を見てため息に近い呼吸を漏らす。


 夜の道は好きじゃない。

 アリスは目を瞑るように借りている部屋まで一気に向かう。途中、それほど人もいなく、街灯を頼りにアリスは怖さを吹き飛ばすように笑顔で鼻歌交じりで歩いていた。

 向かいからやってきた人にアリスは顔を赤くする。


 あと少しで着くというときにわき道から二人の男が出てくる。一人はさわやかな見た目だが、もう一人は顔に傷がある強面だ。

 少し体が震えたが、普通の人なのだから気にすることはない。


 アリスは声にならないうめき声を口の中であげ、それからさささと距離をとる。

 まだまだ慣れないが、話すわけではない。

 だが、二人の男が自分を見た気がする。わざわざ距離を開けたにも関わらずこちらにどんどん近づいてきた。

 相手に気づかれないよう、「私は壁、私は壁」と呪詛のように心の中で呟き、歩くスピードをあげる。


「なあ、穣ちゃんお金に困ってない?」

「俺たちいい仕事を紹介できるんだ。可愛い子なら稼ぎ放題の仕事なんだけどさ~」


 いかがわしい店で働かせるつもりなんだとアリスは瞬時に判断する。アリスは自分の見た目はそれほど、整っているとは思えないが、今はそんなことはどうでもいいと体を強張らせる。

 男の手が近くに来て、アリスは確実に動悸が速くなっていく。


「べ、別に、お金には困って、いません」


 もう少しで家に着く。この時間になるとあまり人通りがないこの通路は本当に好きじゃない。

 何とか逃げようと考えるが、目の前を塞ぐ男二人に隙はない。実力はアリスよりも上だ。

 大声をあげれば誰かに気づいてもらえるかもしれない。だが、かたかたと歯と歯がぶつかりあい、うまく喋ることができない。

 男たちは少しずつ体を近づけてくる。それが、威圧するようである。


「でも、あっても困ることはないっしょ?」


 男が気持ちの悪い笑みを浮かべて近づいてくる。

 怖い……震えを押さえながらアリスは後ろに下がっていく。

 アリスが一歩下がれば、遊ぶように男も下がる。

 やがて背中が壁にあたってしまう。


「あれ? もう下がらないのかな?」


 男が肩に手を触れ、そこから不快感が広がる。

 じわりと、麻痺するように恐怖で顔を白くしたアリスは、


「嫌、です! 離れてください!」


 男を突き飛ばす。大げさに男は倒れ、もう一人の男がニヤニヤとこっちを見てくる。


「何してくれるのかなぁ? 大事な仲間が大怪我負っちまったよ。ちょっと来てくれるかなー?」


 どんどん状況が悪くなっていく。

 アリスはすぐに壁から背中を離して、駆け出しただが、背後が素早く動く。逃げ切れる自信はない。

 だから捕まえる前に大声をあげて――!


「誰か――!?」


 背後から口を押さえつけられる。

 わき道から飛び出してきた男――まだ仲間がいた。

 アリスは暴れるが、相手にがっちりと押さえつけられてしまう。


「ふいっひっ! この子俺の好みだぜ」


 アリスを抱える男はかなり大きく、醜く出っ張った腹が背中にあたる。

 口元を覆う手は臭く、それだけで気絶しそうだ。

 嫌悪感を抱きながらも、男の手から逃げることは出来ない。腕を何度も叩くが、ダメージはない。


「やるのはアジトに戻ってからだ。いやぁ、何日か見張ってたが一人暮らしでこのレベルの女はなかなか珍しいよな」

「一回やってもいいか?」


 やる。この状況からアリスは最悪な状態を想像する。

 肌があわ立ち、アリスは目をきつく縛り、出そうになる涙を必死に押さえつける。

 噛み付いてやりたいが、顎から押さえられてしまって全く動かない。


「駄目だ。殺すぞ」


 先ほどまでアリスの相手をしていた男が強く睨む。

 殺気……アリスとアリスの背後にいる男は身を震わせる。


(トモヤ、さん……!)


 口がもごもごと動くだけで、助けの悲鳴は外に出ない。

 アリスは、絶望の奥底へと意識を突き落とされた。


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