第三話 儀式
男が手を貸してくれて、智也は先ほどの光景が思い出され一瞬ためらったが、手を取って立ち上がる。服についた汚れも気にならないほどに、疲労してしまった。
「キミは、どうしたんだ?」
「あ、えと……無理やりあいつらに連れて行かれそうだったんです」
今はこっちのほうが信憑性があるだろうと思い、嘘を変える。ここまでに手に入れた情報から、智也は新たな嘘を思いつく。
「冒険者になるために、その、この街にやってきたんですけど……」
(……ナイス俺)
「冒険者、ですか?」
騎士に守られていた女性が、頭を隠すフードをとりながら、こちらに近づいてくる。
銀髪のツインテール、ローブにはフリフリがついていて、どこかゴスロリ服に似ている。一度見れば二度と忘れないほどの美貌を持った女性に、智也はしばらく認めていた。
「あなたは……。儀式は受けていないんですね」
「あ、と……」
(儀式って、ミルティアさんも言ってたな)
冒険者には絶対条件なのかもと予想し、それに対する返事を早急に考える。
「街に来てすぐにあの男たちに誘われて、ここまで来たら、その」
「武器も持っていないんですね」
(あ……)
嘘をつくことばかりに集中していた。まずいと思ったが、何か言い訳をする前に相手が「拳で戦うのは珍しいですね」と勝手に納得してくれた。
「とにかく、キミはすぐに迷宮を出たほうがいい」
「あの、外まで案内してくれませんか?」
「……そうだな。だが、少し仕事があるからそれまで待っていてくれるか?」
「は、はい」
智也は内心ガッツポーズを作り、地面にぺたりと座り込む。ようやく、安全を確保できたようだ。
ローブの女性は辺りを動き回り、地面などを触っている。何をしているのかさっぱりわからないが、自分に危害を加えなければ、奇声をあげようが、裸で踊ろうがどうでもいい。
「どうにもこの辺りだけバランスがおかしいですね」
その後ローブの女性が何かを呟くと、身体が光りに包まれる。周囲に波動のような力が流れ、彼女の光も治まった。
(なんだ、発光したぞ、あの人)
気にはなったが、この世界の常識だったとしたら、訊ねるのはバカを露呈するだけだ。
「これで迷宮の異常は取り除けたはずです。それで、そちらの方はどうされますか?」
キレイな女性に見つめられ、恥ずかしさと緊張が重なる。人と話すのは得意ではないし、女性と話すのはさらに苦手だ。
「えと……どうって?」
「儀式、しますか? これでも私は一官ですので、教会まで戻ったらすぐに儀式にうつれますが」
「は、はい」
(守備位置?)
ファーストの意味が分からず、首を捻るが聞くわけにもいかない。ひとまずは冒険者を目指すと嘘をついたこともあり、従っておく。
「私はリリムです。よろしくお願いしますね」
「えと、俺は智也です。よ、よろしくお願いします」
早口で伝えると騎士とリリムさんが歩き出した。
その背を追いかける。
すぐに塔迷宮の外についた。ミルティアさんに案内されて見た景色と、大差ないがところどころ違っている。
キレイになった場所や逆に全く違う建物があったり、古くなっていたり。城はさっきに比べて汚くなったように見える。
相変わらずオレンジに近い明かりが、街を包み、夜にもかかわらず明るい。
よく見れば、一部の明かりはぷかぷかと浮いている。近くまでいくと、ホタルのような生き物であるのが分かる
(さっきのは、なんだったんだろ)
夢、だったのかもしれない。夢ならばこの世界すべてがそうであってほしい。リリムさんの後ろをついていくと、リリムさんは色々な人に声をかけられている。
リリムさんはこの世界では有名らしい。声をかけられるたびに、可愛らしい笑顔を浮かべて、手を振っている。
芸能人みたいなものだろうかと智也は思った。そんな人の後ろをついているのだから、智也も視線にさらされて恥ずかしい。
途中建物の看板を見る。
(なぜか、読めるな)
明らかに文字は違うのに、日本語に変換されスラスラと理解できていく。よく考えれば言葉が通じるだけでもおかしい。
(気持ち悪いな……)
ロクに勉強していないにも関わらず異国の言葉がわかる。言葉が分かるだけだが、かなり気味の悪い出来事だ。深く考えると、嫌なことばかりが頭の中を巡っていくので、この辺りで思考放棄。
「着きましたよ」
心を踏みつけられるような息苦しい時間からようやく解放された。白い建物の看板のようなものには教会と書かれており、そこには多くの黒いローブに身を包んだ人たちがいる。
「それではすぐに儀式に移りましょうか」
教会の中に入ると少し想像していた物とは違った。机などが並び、中にいる人が像に祈りでも捧げているのだと思っていた。
隅に僅かに椅子が置かれているが、後は地面に魔法陣が書かれていて、冒険者と思われる人たちが魔法陣に並んでいるだけだ。
智也の疑問が顔に出ていたのか、リリムさんは柔らかく微笑んだ。
「あそこにいる人たちはレベルアップに来た人たちです」
「そう、なんですか」
(ゲームみたいだ)
「こちらは新たに儀式をされる方です」
そう言うと他に比べて大きく描かれた魔法陣の上に移動する。
智也は人に何かを訊くのに慣れていないが、それでも大切なことなので、勇気を振り絞った。
「儀式って、なんでしたっけ?」
知っている、という体で訊いておく。ぴくりとリリムの眉尻が動いて、智也はひやっとするが、「そうですね」と話は進む。
「レベルがあがりやすくなったり、新たなスキルを入手したり、ですかね。儀式はその人に眠る力を神の力によって目覚めさせてくれるんですよ」
「そう、ですか」
レベルというものがどんなものなのかはわからない。それは地球の人間である自分にもあるのだろうか。
ここで儀式を受けて、もしも受けられなかったらどうなるのだろう。色々な疑問が渦巻く。
(そうだよ、失敗したらどうするんだろう)
気にはなったが、怖くて聞けない。こちらの世界の神が、異世界の人間を許容してくれる心の広い神であるのを願うばかりだ。
そうこうしているうちに準備が整ったようで、リリムが手招きをする。
「準備はいいですか?」
「は、はい」
いまさらだ。ここまで来たのだから、もう成功することを祈るしかない。
「はい、終わりました。これで儀式は終了です」
「……」
(うん、緊張してたのがバカみたいだ)
あっさりと終わって、ホッとする反面、本当に終わったのか不安も少しある。
「それではステータスと言う、または強く思ってください」
「……ステータス」
恥ずかしさがあったが、唱える。
Lv1 トモヤ MP51 特殊技 調査
腕力4 体力5 魔力1 速さ4 才能10
スキル スピードLv1 習得Lv1 武具精製Lv1
儀式スキル なし
「何か浮かび上がりませんか?」
「ステータス、と思われるものがあります」
これは驚きだ。長年生きてきて、自分にゲームのようなステータスがあったとは思わなかった。これが神の力なのかと智也は体を弄繰り回されたような気分になり、若干嫌悪する。
「そうですね。私も調査という特殊技をもっているので簡単に説明しますね。調査は他人のステータスを覗くことができます。あなたも他の人に使ってみればわかると思います。このスキルをもつ人は教会に就職する人が多いですね。就職します?」
「い、いえ……その、遠慮しておきます」
どんな場所か知らない内に答えを出すのは危険だ。
「冗談です。スキルについては、スピードは時間を操る能力です。武具精製は武器や防具を生み出すスキルです。習得は……。習得は、私はあまり知りませんが、まあ、大丈夫ですよね?」
「は、ははは」
愛想笑いで対応しておく。
「儀式スキルで何も会得できなかったのは運がなかったですね。ただ、調査は少し変ですね」
「変?」
「特殊技で調査を持っている人は私以外で……初めて見ましたよ」
リリムの笑みにあわせるように笑っておき、内心ため息を吐く。
(儀式で何が変わったんだろ。意味ないんじゃない、これって)
儀式スキルがないのはなんとなく寂しいと思った。でも、ステータスを見る方法を教えてもらったので文句はやめる。
「それではこれで終わりです。これは私からの贈り物です」
そういって、リリムは財布を渡してくる。まさに財布だ。折りたたみ式の少し薄汚れたものだ。智也はそれを受け取り、中身を見る前に返そうとする。
「そんな、お金なんてもらえませんよ」
ここまで丁寧にしてもらっているのだから、これ以上施しを受けるのは気が引ける。
「構いませんよ。そこに入っているのは三日過ごせるくらいのお金しか入っていません。それに、私って給料いいですから」
「でも……」
「ならあなたが安定して働けるようになったら、返してくれればいいですから」
ここまで言われると力づくで返すにも行かない。そもそも自分は今あてもない。金を受け取らなかったら今日一日をどうやって過ごせばいいのかもわからない。
「わかりました。後で必ず返しに来ます」
「そんなに気張らなくても大丈夫ですよ。私高給取りですから」
「そ、そうなんですか?」
「はい、そうなんです。だから、お金に困ったらまた、来てください。あなたには、冒険者として成功してもらいたいので」
(さすがに、そこまでお世話にはなれないよな)
リリムにとっては笑い事なのかもしれないが、お金のやり取りは後々面倒になる危険もあるので、早急に返そうと思う。
「あの……本がおいてある場所って、どこにあるかわかりますか」
この世界の知識をある程度つけておきたい。自分はこの世界の人間ではない。だから、嘘をついた場合にボロが出る危険が多い。質の高い嘘をつきたい。
「図書館のことですか。それなら教会を出て――」
簡単に教えてもらって、智也は礼をしてから教会を後にした。