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黒鎧の救世主  作者: 木嶋隆太
第一章 北の国
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第二十話 賞金首

 足音がして、智也はゆっくりと目を覚ます。最近では誰かが近づくと気づけるくらいにはなってきた。この足音はたぶんクリュだ。

 目を開けるとナイフが近づいているのが見えたので、慌てて押さえる。ひやっとしたがいつものことだ。


「多少はなれたわね。いつもは首元にナイフをつけるまで起きなかったのに」

「それでも、眠いんだけど……何か用か?」

「これから賞金首殺しに行ってくるけど、あんたもどう?」


 クリュは一枚の紙を取り出し、ぺらぺらと振るう。クリュは笑顔で、誘っている内容がおかしいことに気づいていない。


「俺はいいって。それより、プラムはまだ戻ってないのか?」

「プラムに何か用でもあるの?」

「いや、別にないがな。すぐに戻るって言っていたからクリュより先に戻ってると思っただけだ」

「ふぅん。じゃあ、さっさと行ってくるわ」

「ああ、行ってらっしゃい」

(珍しいな。わざわざ俺に一言残していくなんて)


 いつもは好き勝手にどこかに行って、好きな時間に戻ってくる。プラムがもっと早く帰ってきなさいと怒ってる場面を見かけたことがある。

 智也はまだ眠気が残っていたので、そのまま横になる。それから少し経ってまた足音が響く。今度のはプラムだろう。歩幅があまり大きくないのが特徴だ。

 部屋の中を駆け回っているような気がする。歩く速度がいつもよりも速い。

 そして、智也の近くまでくるとぺしっと頬を叩いてきた。


「起きてっ」


 声に焦りが混じっているように感じた。


「ど、どうした?」


 目を開けるとプラムの顔はいつもの冷たい表情ではなかったので、智也は二度見してしまった。


「クリュが、いないっ」

「いや、さっき賞金首を狩りに行くって」


 たぶん夢じゃなかったはずだと記憶を頼りに話すと、プラムが力強く引っ張ってくる。


「その賞金首は、相手が悪い」

「……強いってことか?」

「そう」


 プラムは唇をかむようにして、うつむかせる。確かにそれが本当なら大変だ。智也はプラムに比べて冷静な表情で、


「でもなんでそれがわかるんだ。クリュが誰を狩りに行くかはわからないだろ?」

「私はあの賞金首の紙の中から一人の人物を隠しておいたの」

「そういえば、何かしてたな」


 戻ってすぐにプラムが紙を一枚引っ張りだしていのを思い出す。


「ナイジュルガ。あの男はかなり危険。今の私やクリュでは敵わない。だからこそ私はすぐにその紙を隠した」

「もしかして、戻ってきてその紙がなかったとか?」


 その時にクリュはいなかったが、クリュは勘が凄いからわりと見つけてしまいそうだった。


「最悪なことに、エフルバーグさんが会いにでも行く予定があったのか、どこにいるのかまで書かれていた」

「つまり、クリュはそこに向かったと。確かに、やばいな」

(クリュやプラムが敵わない相手……会いたくねえ)


 つまりは智也では歯が立たないということだ。行ったところでどうにもならない。それでも、プラムが見せる珍しい表情に疑問を投げかけずにいはいられなかった。


「心配なのか?」 

「心配? ……心配なのかもしれない。なんだかんだで付き合いは長いから。勝手に死なれるのは、困る」

「俺は……」

(どうでも、よくはないか)


 プラムと意見は同じだった。クリュが死んだとわかれば、多少は悲しむ心も持っている。初めてあったときとは違い、クリュに対しての感情も多少は友好的なほうへと傾いている。


「場所はどこなんだ? すぐに向かえばクリュを止められるかもしれない」


 会っていたとしても、戦うのはやめて交渉はできるかもしれない。警戒されるような人間ならば、ただ暴れるだけの男でもないはずだ。有名になるにはある程度の知能もなければ不可能だ。


(話の通じる相手でいてくれよ)


 プラム先導のもと走り出す。夜の街は危険だ。活動的な猛獣があちこちにいる。昼間と違いこちらを睨む視線がいくつもある。だが、プラムを見て攻撃をためらっている。智也一人では絶対に出歩きたくないと改めて思う。

 しばらく走ると一つのビルの前で止まった。ここが敵の根城らしい。途中クリュの姿はなく、智也は歯噛みする。


「どうする?」


 プラムが質問してくるなんて珍しい。普段ならば、智也が聞きまくっているのに。


「奇襲して勝てる相手じゃないんだろ? 戦う意志は見せないで、交渉するしかないだろ」


 ボロボロの階段を上っていき、部屋に入る。明かりはないが、中には人の気配がある。

 今にも崩れそうなドアをゆっくり押し――瞳に飛び込んできた景色は赤だった。

 血の海で横になり腕を踏まれているクリュがいた。足や腕はありえない方向へ曲がり、クリュの周囲には首がもげている男がいた。


 クリュは悲鳴なんてあげていない。腕が変な方向に曲がっても調子外れの狂った笑い声を上げ続けていた。

 敵は十人ほど。ステータスをざっと見たが、クリュを踏んでいる男以外は大したことはない。


 ナイジュルガ、獣人の男だ。猫耳があり、人間が本来持つ耳はない。窓から差し込む月明かりにより、顔が照らされていて、美男子であることがわかる。身体が大きく、エフルバーグといい勝負をしそうだ。


 Lv26 ナイジュルガ MP158 特殊技 なし

 腕力57 体力51 魔力31 速さ49 才能6

 スキル 格闘Lv3 呪いLv2

 儀式スキル 両手剣Lv2


 クリュを踏む男が、この中で一番やばいナイジュルガだ。才能こそないが、リートさんに近いレベル。自分のステータスと比べてみても、ナイジュルガのほうが高い。


「何のようだ?」

 

 ナイジュルガがこちらに厳しい視線を向ける。体がびくつくが、エフルバーグに比べれば可愛いものだ。智也はすぅと深呼吸をして、落ち着く。


「エフルバーグの使いで来た。ナイジュルガさん、その女は俺たちの仲間なんだ」

「エフルバーグ? ああ、そんなヤツもいたな」


 ナイジュルガは踏みつけていた足を外し、こちらを向く。


「その女性を解放してくれないか?」

「なるほど、な」

「あ、ああ。こっちの非礼は詫びる。金ならいくらでも払う。だからクリュを解放してくれ」


 たぶん、金程度では無理だ。それでも、こちらが交渉する気持ちがあるのだと伝える。


「そういうわけにはいかないな。その女は俺の仲間を二人、二人殺したんだ。これをどう責任とってくれるんだ?」

「責任、何をすればいいんだ?」

 

 殺した人間を生き返らせるのは無理だ。もしも、ナイジュルガが以前の智也と同じ発言をすれば、戦うしか選択肢は残らない。

 ナイジュルガはゆっくりと指をこちらへ、それからプラムにずらす。


「そこの女だ」


 発言の意図がわからない。智也が首を捻ると、


「クリュというのか。細い腕、くびれ、柔らかい太股、特にこの手はいい。ずっと触っていても飽きない、冷たさの中にあるほのかな暖かさ。小ぶりだが形のいい胸。そして、強気な瞳。確かにこの女はイイ。俺はこの女に惚れた。そう思っていた。だがな、よく見れば、さらに俺を興奮させる女がお前の隣にいる」


 ナイジュルガは薄く微笑む。中々整った顔をしているので発言を除けばさわやかに笑ってるようにも感じる。


「小さな身体に強気な瞳。クリュのすべてを持ちながら、さらに小柄な身体。お前だ、お前こそ俺の求めていた存在なのだ」

 

 ナイジュルガの発言で、わかってしまう。危険だ、ナイジュルガは危険すぎる。


(こいつっ……ロリコン、かよっ)


 ならばプラムが危険だ。智也はくっと表情を固めて、隣にいるプラムを見る。プラムもナイジュルガの言いたいことは理解しているのだろう。


「私が、犠牲になれば、助かるのなら……」

「それは――」

(たぶん、それがこの場を抑えるのには一番いい手、なのだろう)


 逆にこれほど破格の条件はない。一人の子どもを犠牲にすれば助かる。ナイジュルガは左手をわきわきとさせながら、クリュを右手で持ち上げる。


「その女と交換だ。なに逆らわなければ肉体的に傷つけはしない。俺は俺の息子をその子の可愛らしい手で触ってほしいだけだ。さあどうする、王子様」


 変態――ナイジュルガがこちらに左手を向ける。交換、するのかどうか。


「……トモヤ、クリュをお願い」

「おい、いいのか?」

「構わない、私の身体は……どうなっても、いい」


 プラムの瞳は揺れている――いや、ダメに決まってるだろ。


「わかった。プラムは渡す、クリュを渡してくれ」


 智也はプラムの背中を三回叩いてから、腕を締め上げる。


「私は……」


 プラムは今にも泣き出しそうに顔を顰める。


「こちらとしても、理解のある男で助かったよ。怪我については心配ないさ」


 ナイジュルガがクリュをぶらぶらと揺らす。智也はプラムの背中を押しながら、なるべく怒りを見せないようにする。

 ナイジュルガの手前まで行き――。


「クリュを返せっ!」


 プラムの腕を解放すると同時に黒い鎧を発動させる。右腕が黒い力に覆われるのを見届け、一気にナイジュルガに突撃。

 スピードを使い一気に懐に入り、剣を突き入れる。だが、両手剣に阻まれる。


(スピードを使って……くそ!)


 スピードを使って仕留められなかった。ナイジュルガは、攻撃されるのを予想していたようで。


「おもしろいっ」

「くっ!」

 

 この奇襲で殺そうとしていた智也は顔を顰めながら、両手に剣を生み出す。左、右の休みのない連続攻撃を放つ。

 スピードを発動して、攻め込もうとするが身体の前面は完全に守られており、一切の隙がない。それに、動きが速くなろうともナイジュルガを仕留めるほどではない。

 剣による攻撃をナイジュルガはこともなげに防ぐ。対して、智也の攻撃には隙が多い。そして、ナイジュルガがその隙を見逃すわけがない。


「はっ!」


 ナイジュルガの放った剣は智也が攻撃から攻撃に移る僅かな隙。智也の振るった剣は避けられ、眼前にはナイジュルガの両手剣が迫る。


(スピード!)


 ゆっくりと迫るナイジュルガの剣を後退して避ける。ぎりぎり頬をかする程度だった。


「はぁ、はぁ……」


 やはり強い。黒い鎧を発動してどうにか足元にたどり着けたくらいだろうか。


「契約違反。奇襲としてはなかなかよかったけど敵意が隠し切れてなかったな。いや、隠そうと必死な気持ちが伝わってきたというのが正しいか」


 先の攻防によりクリュを手放したので、取り返すことには成功した。腕の中にいるクリュは苦しそうに呼吸をしている。意識ははっきりしていないようではあるが、生きている。

 傷は酷く痛そうであるが心配している余裕はない。

 全員を殺したプラムが智也の隣に戻ってくる。いつにもまして動きにキレがある。


「なのに仲間がやられてたんだな」

「プラムちゃんが優秀すぎるのさ。ますますほしくなった」


 舌なめずりをするナイジュルガに智也は額に浮かぶ汗を隠せない――二人がかりなら、やれるか?

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