第十六話 嫌な予感
ワイルドベアー戦以降、平和な日々が続いている。いい調子だ。
朝起きて、軽い食事を取り、昼までプラムに剣の稽古をしてもらったり、クリュに殺されかけたりして、夜は迷宮に行く。
これで平和だと思えてしまうのだから、最近自分は狂い始めてると智也は苦笑する。
現在は、北の国ノーシスにある公園のような扱いを受けている広場にいる。瓦礫などはあるが、すべて端に寄せられているので運動をするのにぴったりだ。
近くにある建物はボロボロで、衝撃を与えれば崩れてしまいそうではあるが。智也はこの景色にも慣れていた。
今の時間帯には子どもが遊んでいたり、大人たちが喧嘩をしていたり。そこでプラムと智也は剣を向け合っていた。
「やる気ある? この前みたいな素早い動きは?」
「うるさい、な……こっちは本気なんだ、よっ!」
右手に持った剣を突き刺す。プラムは体を僅かに動かし、智也の攻撃は外れる。
「動きが単調、予想しやすい」
剣を弾かれ、がら空きの腹部を殴られる。痛みに後退しながらすぐに睨む。睨んだ瞬間に剣の鞘がぶつけられる。
狙うは肩。本気で剣を振るうが、あっさり避けられる。
「攻撃する場所を見続けてる。視野が狭い」
「がっ!?」
頭の横を剣で叩かれる。接近しすぎて、見えなかった。叩かれた場所を押さえていると、蹴りとばされる。
「……あなた、まだまだ弱すぎ。今まで戦ってこなかったの?」
「当たり前だ。俺の故郷は平和だったんだ」
「平和って壊れるためにあるようなもの」
「物騒なこと言うなよ」
あまり地球の話題を出したくはなかったが、疲れてへとへとだった智也はそこまで思考を回せない。どっちにしろ、北の国の人間にばれたとしても、外に情報は流れないだろう。例え流れても、誰も信じないはずだ。
「この前の動きは達人みたいだった」
「あれは知らねぇよ。剣を握って一週間くらいか? とにかく俺は戦いだって最近始めたんだよ」
プラムは剣の達人だ。こちらを見る両目は何を考えているのかわからない。元々はっきり分かるわけではないが、多少はうっすらと分かるものだ。まっすぐに剣を構える姿が美しく、様になっている。
智也は剣から棒へと変化させる。棒による広範囲攻撃でプラムに攻撃を当ててやる。視線で攻撃箇所を見破られないように、全体を見渡しながら駆け寄り、棒をなぎ払う。
足を狙った一撃だが、
「遅いっ」
プラムは片足で棒を踏みつけて、智也の頭に鞘をぶつける。
「あいだっ!?」
ジャンプで避けたところに突きでも叩き込んでやろうと思っていたのに、その前に止められてしまった。
「……あなた、ふざけてるの?」
最近ずっと言われている。智也はなるべく使いたくなかったが、慣れ始めたこの力を発動させる。
「本気でやってやるよ!」
気合を右腕に集める。黒い渦が腕を包み、右腕には黒い鎧が生まれる。最近、ようやくこの力を発動できるようになった。
ワイルドベアー戦では両腕だったが、自力で発動できるのはまだ右腕だけだ。右手に持った剣を操り、プラムに切りかかる。
「……やる」
この状態になると、不思議と武器の扱いがいつもの数倍よくなる。
プラムとの力勝負なら智也にも分はある。ぎりぎりと力で押し切ろうとするが、プラムは力の方向を変え、剣を滑らせるように智也へ叩きつける。
智也は剣を手放し、右腕の鎧で受ける。衝撃が襲うが、皮膚まで刃は届かない。
左手で空中の剣を掴み、プラムの首元に振るう。
「――俺の勝ちだ」
もちろん当たる前に止めるつもりだ。少し早い勝利宣言に、プラムの口元が緩む。
「残念」
油断しきった智也の攻撃をしゃがんで回避。プラムは足払いし――転んだ智也の顔の横に剣を突き刺し、智也はプラムの靴に顔面を踏みつけられる。
「……うぐ」
「詰めが甘い」
そこで右腕の鎧が消える。同時に疲労が襲い、智也は息を切らせる。石にでもなったように身体が動かない。黒の鎧は疲れるからあまり使いたくはないのだ。
「……はぁ……はぁ、はぁ」
「……踏まれて、興奮してる?」
「そんな変態じゃねえよ」
「冗談」
プラムは足をどけ、智也に手を貸す。多少深呼吸をすれば、ある程度平常時に近づく。
「あなたは、私を殺すつもりでかかってこない」
「もしも、殺したらどうするんだよ」
クリュにも同じ注意を受け、つまらないと言われた。
「それは絶対ムリ。例え殺されたとしても、文句は言わない」
「だとしても、無理だな」
「どうして、魔物は殺せるでしょう」
「あいつらに思考や感情はない。だけど、人は喋るだろ。それだけで、俺には難しいな」
魔物だって初めは殺すのに僅かなためらいはあった。
(人を殺すのも、一度でも経験すれば慣れるモノなのか?)
それは、わからない。プラムは腰に手を当てて、じっとこちらを見てくる。
「情けない理由。そんな甘い考えじゃいつか死ぬ」
「……かもな。だけど、簡単に死ぬつもりはもうねぇよ」
だから、もしも自分や、知り合いが死ぬような状況に陥れば殺すかもしれない。ワイルドベアーの時だってそうだ。
(俺は死にたくない。例え、他の人間を犠牲にしてでも……たぶん、俺は生きたい)
人間として当たり前の感情だ。だが、この世界に自分が染まっていくようだ。
(嫌だなそれって)
他人を犠牲にする必要があるこの世界に智也は辟易する。広場を離れ、家に戻るのかと思いきや店が並ぶ通りに連れて行かれる。
怪しい店だ。何も並べられていないのを見るに、売り物はないようだ。
「あなた、最近一度もレベルアップしていない」
「この国でレベルアップできるのか?」
「お金さえ払えば。一回千リアム」
「……そりゃまたぼったくりな」
とはいえ、ここ最近はレベルアップが出来ていない。だが、迷宮に入ったときに金は稼いでいるので余裕はある。
「迷宮のあとに教会に行く手段もあるけど、あなたを迷宮以外に連れて行くなと言われている」
「縛られる生活ってのは嫌だな」
智也は頭上を見上げ、空を飛ぶ鳥を眺める。すぐに誰かが魔法で打ち落としてしまった。今日の食料なのだろう。
「私はステータスが嫌い。けど、魔物相手だとステータスも関係ある」
「ステータスなんて見ないほうがいいんじゃないか?」
最近も人を見ればステータスは見る。やはり、数字として能力がわかると多少なりとも安心できる。
「絶対じゃない。あなたは、ステータスを過信していたから多少強く否定しておいただけ」
バツが悪そうに智也は頬をかく。
「そう、だな。確かに感謝はしてる」
おかげで、最近はステータスを見ても怯えることはなくなった。
「あなたがしたいのならあそこで出来る。でも、忘れないで」
「ステータスは絶対じゃないんだろ。わかってるよ、もう頼らない」
「なら、いい。私は先に戻る。寄り道しないで戻るように」
(まるで、母親だな)
プラムの年齢、身長からはギャップがありすぎて思わず笑ってしまう。だが、いい母親にはなりそうだ。すぐに剣を取り出す部分を除けば。
頭までを隠す黒いローブの男に近づく。
「……レベルアップしたいんだが」
「ヒッヒッヒッ、レベルアップかい? 一回千リアムだぜ」
智也はエフルバーグに返してもらった財布を取り出し、一枚の札束を取り出す。
「ちゃんとやれよ? 俺は調査のスキルを持ってるからな」
この街の人間を信用してはならない。智也はここ最近なれてきた強い自分を演じて、黒い男に言う。
「ヒヒヒ、俺はそんなせこい真似はしないさ。このスキルがあるだけで、金になるんだ。下手な真似をして追い出されたらたまんねーからな」
男がこちらに手を向けると、教会以外でのレベルアップは初めてだ。身体が僅かに光、暖かくなる。どうにも気分は悪いままだ。
「ヒッヒッヒッ、終わりだぜ。兄ちゃんまた、レベルアップしたかったら来るんだな」
「ああ、またそのうち、な」
智也は自分に調査を使う。
Lv13 トモヤ MP208 特殊技 調査
腕力42 体力40 魔力30 速さ40 才能10
スキル スピードLv2 習得Lv1 武具精製Lv2
おかしな場所はない。スキルのレベルもあがり、順調だ。
プラムに言われたとおり余計な場所にはいかない。逃げ出したいが、どこで誰に見張られているか分からない。それに、すぐに逃げる必要も出なくなった。エフルバーグは、自分を鍛えてくれている。戦い方もロクに知らない智也はいい機会だと存分に利用させてもらうつもりだ。力がつき、エフルバーグの力の限界を知ってから、逃げ出せばいい。
この街で外に長くいれば、それだけ危険もつきまとう。さっさと安全な家に戻るに限る。
プラムはリンゴが好きなのか、部屋に戻ってリンゴを食べまくっていた。迷宮で手に入る小さなヤツ。芯だけが残ったリンゴが十個近く一箇所にまとまっている。
智也をちらと見て、それからプラムはリスのようにまたリンゴを食べ始めた。智也も自分の部屋に行く。
こんな場所でも迷宮で集めた食材があればそれなりに豪華な食事になる。一、二階層でリンゴ、バナナ、カニ。
八階層でウッシーから肉――恐らく牛肉――十階層で醤油なども手に入った。本当に面白い世界だ。
それらを用意して、一日の食事にする。
足りなくなれば迷宮に行くか、クリュは他の人間を殺して食事を得ているようだ。部屋においてある食材を持って外に出る。
肉が焼けるまでの時間は、口が暇していたのでリンゴをかじり腹に軽く入れる。
頃合を見て、醤油を取り出す。醤油もおかしなものだ。液体のままで丸くなっており、手でふれてもゼリーのように震えるだけ。
これを醤油として使うには刃物で斬るしかない。手で握りつぶそうとしても不可能だ。短めのナイフ――クリュが使っていたものを思い出したら作れた。すぐに壊れてしまうが――で醤油ゼリーに突き刺す。
ぶしゅっと醤油が匂いをあげ、焼いている肉に味をつける。
特に皿はない。ボロボロのフライパンに乗った牛肉を剣で刺して空中に振る。
手で触ってみてもてるようになったら剣を消して食べる。
一口噛むと肉汁があふれ出し、醤油と混ざり合う。柔らかい、口に入った瞬間にとろけてあっという間に食べ終えてしまう。
他の調味料などがあればもっとうまくなったかもしれない。
(白米が欲しいな)
ないものねだりはやめよう。水筒を取り出す。とうに魔法の効果はないが、迷宮内で水を入れてきた。
軽く飲んでから、近くの水溜りで手を洗い部屋に戻り後は暇。
プラムは定期的に外に行き、何かをしているようだが智也は軽い昼寝を取るぐらいだ。目を覚ましたのは夜だった。嫌な単語を聞いてしまったので眠りが妨害されたのだ。
「エフルバーグさん、お久しぶりです」
帰ってきてしまったようだ。
プラムが挨拶するとエフルバーグはちらと見て頷く。
ここ数日エフルバーグはこの家を空けていた。智也も逃げるチャンスかもと思ったが、その分プラムの警戒が強まったので脱出はできなかった。
「夕食は?」
「まだです、これから食べる予定です」
「そうか」
エフルバーグの両目が智也を射抜く。
「これからこの街にいる賞金首を殺しに行く。用意しておくんだな」
(嫌な予感……)
これから訪れるであろう事件を思い浮かべ、智也は見せつけるように疲労の詰まった息を吐き出した。




