第十話 見張り
異世界に来てから、初めてお昼ご飯を食べてしまった。これから金が手に入る予定があったので、安いものではあるが腹を満たした。やはり、一日三食のほうがいい。
魔石にも水魔法を書き込んでもらい、集合の時間になったのでギルドへ。
ギルド員に会いに行くと、もう一人男がいる。たぶん、一緒にダンジョンの見張りをする人で、中々顔が整っている。
動きやすそうな服に身を包み、胸のあたりにはバッジをつけている。鍛え抜かれた身体で、智也が蹴りを放ってもびくともしなそうだ。彼の武器は大剣のようで、大きな武器が背中に装備されている。
「こちらの方が、今日あなたと共にダンジョンの警備に当たる人です」
「オレはリートだ。よろしく頼む」
ごしごしと手の汗を服で拭ってから、リートさんはこちらに差し出す。その手の甲には、廃人族であることの証明である魔石がある。
廃人族はこの世界でもっとも危険な種族とされている。ステータス表記があてにならないほどの力を持っていて、特徴としては体のどこかに魔石が埋め込まれていることだ。
ためらいはあったが、差し出されたのだから握手するしかない。
「トモヤです、よろしくお願いします」
リートさんの手はごつごつとしている。毎日しっかり鍛えているのか、触れているだけで重圧に押しつぶされているような感覚だ。
昨日感じた死の恐怖とは別種の恐怖が包む。底の見えない敵への恐怖。
だらだらと冷や汗がもれ出てくる。
リートさんからは笑うのが苦手なのか、微妙に口元を緩めるだけで、何も喋らない。暇だったので、ステータスをのぞき見ると、智也の口があんぐりと開いてしまう。
(すごっ……)
Lv31 リート MP350 特殊技 馬鹿力
腕力104 体力73 魔力7 速さ81 才能9
スキル 能天気Lv5 大剣Lv4 直感Lv4
儀式スキル 魔力解放Lv4
腕力の高さが凄い。これなら大剣だって扱うのは楽だろう。
ステータスがわかっても、リートさんの持つ力がどれだけなのか、全然わからない。
「お、おい、あれって『天破騎士』のリートじゃねえか?」
その時、ギルドにいた一人の男が声をあげる。
(天破騎士……恥ずかしくないのか)
天破騎士は、この国でも最強と言われる騎士たちのことだったはずだ。智也はうろ覚えの記憶を頼りに思い出す。
「マジでか……あの真面目なアホだろ?」
「ああ、真面目なアホだぜ」
ギルドの中から馬鹿にするような発言が出て、リートさんが気に食わないとばかりに鼻を鳴らす。すると、ギルドは一気に静かになり、リートさんを見て何かを言う人間はいなくなる。ちらちらと窺うような視線は止まないが、リートさんもそれはあきらめているようだ。
「リートさんお久しぶりです。こちらが地図になります。時間は――」
ギルド員とリートさんが細かい話しを始める。智也もいくつか聞いていると、リートさんが真面目な人間なのだと分かる。
ダンジョンはこの街の東、そこに予定の時間までに向かうことになる。
「トモヤ、だったか。待たせてすまないな。これから向かうぞ」
「あ、はい。わかりました」
歩き出そうとすると、ギルド員が小声で「トモヤさん」と呼んでくるので振り返る。
「この人真面目なんですけど、ちょっとアホというか間抜けなんで気をつけてください」
「はぁ? わかりました」
いまいち意味がわからない。リートさんはこちらに気づいていないのか、地図を広げてさっさと歩いて行ってしまっている。
慌てて追いかけると、リートさんがこっちだと指を差す。
(あれ?)
「リートさん、そっちは西じゃないですか?」
「いや、そんなわけは……すまない。地図を反対にしていたようだ」
(アホ、間抜け、ね。なんとなくわかったな)
リートさんはそれから地図を持ち直して、案内をしてくれる。目的のダンジョンに向かうために東門を出る。二人の間には静かな空気が流れている。智也は何か話題を振ろうと思ったが、
「調査のスキルはいいな。オレはよく塩と砂糖を間違えるんだが、調査を持っていればそんなこともないだろう?」
(アホか)
とは言えない。リートさんが話題を振ってくれたので、話しに乗っておく。
「よく、ありますね」
相槌を打っておく。下手に歯向かって、生意気だと思われれば消し飛ばされてしまう。リートさんはピクリと眉を動かす。もしかしたら、あからさまに相手を持ち上げる態度がばれて、いらついたのかもしれない。
「いや、よくはない。週に三回程度だ。そのせいで、料理するのが禁止にされてしまったがな」
(それを人はよくあると言うんじゃないかなぁ?)
リートさんに話題の提供を任していると、ロクな方向に進まない気がする。
「リートさんってレベル、高いですよね」
「まあ、騎士学校に入学して、それからずっと鍛えているからな」
「騎士学校ですか……」
「お前は中々冒険者とは思えない口調だが、どこかで学んでいたのか?」
「少し家族に勉強を教えてもらっていただけですよ。専門的な知識はからっきしです」
「いい家族だな」
リートさんの口調はぶっきらぼうではあるが、会話を続けていると意外と親しみやすい。だから、少し確認のために聞きたいと思った。
「リートさんって廃人族ですよね?」
「そうだな。廃人族は苦手か?」
所詮は本でしった知識だけだった。自分の目で確かめた今は、それほど危険な種族でないのは分かった。昔の出来事に引っ張られるのも馬鹿げているかと智也は内心恐れていた自分を恥じた。
「直接見たことは今日が初めてでしたけど、それほど危険じゃないんですね」
本では人間を食べる悪魔とか書いてあるものもあった。
「……そう思ってくれるのは嬉しいが、危険なヤツは本当に危険だからな。あまり、関わらないほうがいいぞ」
「そう、ですか」
それでも初めから偏見の目を向けるのはよくない。
リートさんも何か思うことはあるようだが、ダンジョンに着いたのでこの会話は自然と終了した。二人の見張りとリートさんが交代について話をする。
「頑張れよ」などと簡単に挨拶をされて、智也は「おつかれさまです」とだけ返しておいた。
ダンジョンの入り口を挟むようにして、智也とリートさんが立っていると、嫌な人間を見つけてしまった。
(アッソだ……)
これだけ出会うなんて、恋愛ゲームなら好感度がばしばしあがるなと智也はため息を漏らす。まっすぐこちらに向かってきて、ダンジョンに用事があるのは明らかだ。
「おいおい、誰かと思ったら騎士のリート様じゃねえか。それに、こっちには初心者の男か」
アッソは智也のことを覚えていたようだ。変なヤツに覚えられてしまったと智也は密かに嘆く。
「何かあったのか?」
「ああ、そうさ。俺はこいつらの指導者だ。レベル制限も文句はないだろ?」
「ギルドで証明書は発行してあるか? トモヤ、全員のレベルを確認してくれ」
アッソとリートさんが会話をしている間に、三人のステータスを確認する。
二人の男は普通の才能だったが、一人の女性――アリスだけはたくさんのスキルを持っていた。どれも迷宮攻略に便利そうだったので、ぜひともパーティーにスカウトしたいと思わされる逸材だ。
顔も可愛らしく、肩の辺りで切りそろえられた短髪と頭の中央から生えた長いアホ毛が特徴の子だ。
リートさんに大丈夫ですと告げてから、三人の会話に耳を傾ける。
「アッソさんって、教えるのうまいですよね」
ぎょっとした。どうやら、アッソはあの三人には猫を被っているらしい。
見事に騙されている。
(いや、教えるのは、うまいのかもな)
ただあの性格は好きになれない。リートさんも確認がすんだようで、全員に激励を送っている。冒険者たちもリートさんのことは知っているのか、緊張した様子でそれでも嬉しそうにダンジョンの中へ入っていった。
初仕事から疲労の溜まる相手だった。
「トモヤも最近、冒険者になったのか?」
「は、はい」
「なら、いつかはこのダンジョンに入るのか」
「まあ、機会があれば」
「そうか。パーティーは組んでいないのか?」
「そうですね」
質問ばかりしてもらっても悪い。
「ちょっと聞きたいんですけど、騎士って犯罪者の確保――治安維持が目的ですよね? 迷宮とかに入ったりもするんですか?」
騎士は警察に近い職業だと智也は把握している。
「そうだな。基本的に仕事は今トモヤが言ったものだな。それ以外では騎士は冒険者に似ているな。違いは安定した給料があるくらいか。まあ、塔迷宮に入るのは、素材の貯蓄がなくなったときが主だな。素材を売る行為は禁止もされている」
「それって、実力があるなら冒険者のほうが儲かるんじゃないですか?」
「どっちも似たようなものだな。命の危機なら、冒険者のほうが圧倒的に大きい。逆に騎士は全く命が危険に曝されない日のほうが多い。騎士になるには、専門の学校に通う必要もあるからまあ、冒険者のほうがなるのはラクだな」
智也はほぉと間抜けな声で納得の声をあげると、リートさんはダンジョンの山に寄りかかる。妙に様になっている。
「騎士になりたいのか?」
嬉しそうに目の奥を輝かせている。
「いえ、特には……」
しゅんと、目の奥にあった光が消えてしまう。
「そうか。そこそこセンスはありそうなものだがな」
呟くリートさんは顔を動かして、ユグリーマンが三体こちらに向かってきているのを見つける。このダンジョンに入る冒険者でも狙いに来たのだろうか。
魔物がそんなにかしこくないかと智也は警戒態勢になる。
「敵か。どうする? お前がやるか?」
(え……?)
思ってもいなかった。
正直に言えば、断りたい。今日はあまり戦う気分ではない。だが、この世界の普通の冒険者ならどうだろうか。
嬉々として受けるか、断るか。
(レベルをあげようと思っているなら、戦うだろうか。またはリートさんに実力を見せたい人間なら、受けるよな)
レベルはあげたいがリートさんには目をつけられたくない。
戦うとなれば武具精製のスキルはばれてしまう。誰かの前でスキルを使うのは、あまりしたくない。
「あの、お願いできますか? 午前戦いすぎて疲れてしまってて」
「そうか。なら、そこで見ていてくれ」
大剣を片手で持ち迫るユグリーマンに突撃。
(まずは敵の武器を警戒しながら棒の攻撃範囲まで近づき、攻撃する。周りの二体は棒で吹き飛ばし、先に一体を倒すだろ。一体一体確実に潰していく。……よし、スピードなしでも倒せそうだ。)
もしも今後ユグリーマンと対決する場合が出たときに備えて、シミュレーションする。ユグリーマン自体はそれほど速い動きはしない。
足を引きずるような遅さと、僅かな連携だけがある雑魚だ。
(リートさんはどう戦うのだろうか)
お手並み拝見だ。そんなこといえる身分ではないけど。
「はぁっ!」
破壊がすべてと言わんばかりだった。
振るわれた一撃は細かい技術なんてすべて吹き飛ばしてしまいそうな、強力な一撃だ。だが、どこか見とれてしまうような綺麗な剣筋でもある。
一振りだけで、力の差を見せ付けられた。
ユグリーマンは慌てるように腕でガードするが、簡単に粉砕して体を真っ二つにした。
仲間がやられた隙をつくように武器を振り下ろしてくるが、リートさんは大剣を横に動かすだけで吹き飛ばす。
剣を戻して、最後の一体を両断する。
(馬鹿力……)
まさにスキルどおり、力任せの連続攻撃。単純ではあるが、リートさんを敵に回して、勝てる自信はない。
悪いことはしないでおこう。




