天使の眼鏡
りょうくんは特に学校で目立つような生徒ではない。勉強も運動もそこそこだし容姿もふつうだ。
でもゆうは見てしまったのだ。りょうくんが子猫を助けるところを。
一昨日の放課後ゆうは道路沿いの道を歩いていた。どこかで猫の鳴き声がすると思って周りを見ると、向かいの公園からよちよちと子猫が歩いてくる。毛玉のような形で、まだ歩く姿も頼りない。道路に出ちゃ危ないと思うそばから子猫はよちよち歩いてくる。道の先を見ると黒い乗用車が角を曲がってこちらへ向かってくるところだった。危ないっ。ゆうは駈け出そうとして足を踏み出す、でもだめ間に合わないと思った瞬間、黒い人影がさっと子猫を拾い上げて公園へと駆け込んだ。クラクションを鳴らして目の前を黒い乗用車が通り過ぎた。
「よかった」ほっと息をついた。ああ心臓に悪い。歩き出すと膝が震えていた。公園に入ると同じ学校の制服を着た男の子が子猫を抱えて撫でているところだった。あれは同じクラスの子だ。そして男の子が子猫を見つめる瞳を見たときにゆうはそれまで出会った男の子とは違うものを感じた。懐かしさのような安心感のようなものだった。近づくゆうの気配にその男の子は気付いたようだった。見上げた男の子の目とゆうの目が合う。ゆうの瞳は高性能カメラが一点にフォーカスするように男の子の目を捉える。男の子がまばたきをして、ゆうは我にかえった。あわてて目をそらす。真っ黒の毛玉が心地よさそうに男の子のひざに抱かれている。
「かわいいね。子猫」視線を男の子にもどして話かける。
男の子は視線を子猫に戻すとそっとその背を撫でた。
ゆうは自分が撫でられているように感じてぞくりとした。
「この辺りに住んでいるのかしら」
「さぁ。親猫もいないみたいだし、捨て猫かも」
「どうするの」
男の子は猫を見たままいった。「一緒に帰ろうか。ちょうど家で猫を飼おうかって話していたところだしね。母さんもきっと喜ぶだろうな」そして子猫を抱いたまま立ち上がると、「じゃあ」立ち去て行った。
「いいな・・」なぜか子猫が無性にうらやましい。
去っていく男の子の姿を目で追う。大事そうに子猫を抱えていた。翌日は教室で思い切って話しかけてみた。
「あの、昨日の猫、元気してる」
「あぁフワ?元気だよ。よく寝てる」
「フワって名前つけたんだ。いい名前だね。寝る子は育つっていうからすぐに大きくなるかもね。あたしも小さい頃はよく寝る子だったって母さんがいってた。今でもよく寝るし、寝るのが大好きなんだ。毎朝起きるのが大変。朝ごはん食べたらすっきり目が覚めるんだけどね」口が勝手に動く。あれ。とりとめもなく自分のこと話してる。
「フワはどんな食べ物が好きなのかな」
「好きな食べ物?まだ一日しか飼ってないけど。昨日の夜は牛乳をあげたら喜んでたな。今朝足したときにぼしのかけらが皿に残っていたから母さんがあげたのかも。牛乳とにぼしは食べるみたいだよ」
「私も牛乳は好きだなぁ。毎朝欠かさず飲んでるし。母さんは、母さんみたいなナイスバディになりたければ、好き嫌い言わずにちゃんと何でも食べなさいっていうんだ。でも自分のことナイスバディなんていう母親って変じゃない。まぁ娘の私が見てもナイスなほうだとは思うんだけどね」また話し過ぎてるぞ。でもりょうくんが聞いてくれていると話すのがこんなに気持ちいい。りょうくん聞き上手なのかな。いや私が勝手に話しているだけだ。もしかしたら迷惑だと思っているかもしれない。
「起りーつ」係の声がした。
いつの間にか休み時間が終わって先生が入ってきたみたいだ。休み時間ってこんなに短かかったっけと思いつつ、あわててゆうは席に戻った。
そうやって教室で初めて話したのが昨日のこと。それからのゆうはずっとこんな調子だった。二限目の終わりを告げるベルが鳴り、ゆうは英語の教科書を机にしまう。目はりょうくんを探してしまう。いまは斜め前の机に突っ伏している姿を。観察を始めて分かったことがある。りょうくんはよく寝る。授業中は起きているがそれ以外の時間は全て睡眠にあてているようだった。昼休みも寝ていた。
「あのひとよく寝るよね」りょうくんの友達、確か紺野という名前だ、が通りかかったので聞いてみる。
「りょうは眠り病だからな」
「そんな病気があるの」
「ある。でもそのよく知られている病気じゃないよ。今いったのはそれくらいよく寝るって意味。小さい頃親に連れられてさんざん病院回ったっていってた。どこにも異常は見られなかったって。今じゃ個性だって本人はいってるけどさ。真木はこれまでクラス違ったから知らなかったんだな」
「わたしもよく寝るほうだけど、上には上がいるものね」
「俺には寝るやつの気持ちが知れないよ。第一もったいないし、眠いの我慢してそれでも音楽聞いたり地理の本読んだりアニメ観るのが面白いんじゃないか、あのもう限界って感じがたまらないんだよ」紺野は吹奏楽部と地理部をかけもちする名物男だ。好きなものがはっきりしているのはうらやましいとゆうは思う。興味の狭いオタクだというひともいるけれど、って音楽と地理とアニメは広いか。
「そこまで好きなものがあるっていいね。でもあたしもマイ枕とかよく眠れるアロマとかこだわってるよ」
「なんでそこで張り合うんだよ。真木って負けず嫌いなの」
「違うよ。そこまで好きなものがあるってうらやましいと思うの」
「いや。俺は心配だ。最近フィギュアにも手を出してしまった。これでゲームに手を出したらどうなるんだろうってさ。正直、好きなものがありすぎて心配しているヒマがないんだよ」
「わけがわからないよ」
「俺もだ」
三限目の始まりを告げるベルが鳴り紺野が席にもどっていく。りょうくんがむっくりと頭をあげた。
そしてゆうの周囲が静止し、モノクロになった。この展開は前にもあったな。メアリは今週の月曜から姿を見せていなかった。金曜の今日までは放っておいてくれると思っていたのに。少しふくれてメアリがあらわれるのを待つと「まずいわね」聞き覚えのある声が聞こえてきた。ふくれたままの顔を横に向けると天使が立っていた。いつもの白いドレスに下駄姿だ。みけんにしわを寄せてゆうを見ている。相変わらずきれいな顔でしかめっつらも絵になるわ。「今週は学校に行っていいって話だったでしょう」
「ゆう、止めといたほうがいいわよ」
「は」
メアリはにぎりこぶしを作り、親指を立てて背後のりょうくんの方を指した。
「な、何が」
「あの男の子よ」
顔が赤くなるのが分かる。
「何が」
「のんきにしていられるのは知らない者の特権ね。あの男の子が私たちの任務に関わりがあるのよ。余計な感情を挟まないほうがいい。あの子は死ぬのだから」
「そ、それは当たり前じゃない。人間の私たちは天使のあなたと違って、」
「明後日の日曜日よ。あの子が死ぬのは」
メアリの頬を思いきりひっぱたいてやりたい衝動に駆られた。なんとか我慢して椅子を乱暴にひくとゆうは教室の外へ駆けだした。
体育館の水飲み場近くまで走り、ゆうは立ち止まって横壁に手をついてしゃがみこむ。頭の中がざわめいていて整理して考えることができない。感じているのは怒りだった。まだ自分がりょうくんに対して感じていたものが何だったのか分からないうちに、突然打ち込まれた終止符。始まりもしないのに勝手に終わらせられる理不尽な成り行きにたいする怒りだった。衝動的に壁を思い切り叩いて、蹴る。手のひらや足先が痺れるまで続けると怒りが引いていくのが分かった。同時にこのままでは済まさないという気持ち。そんな簡単にはいそうですかって、いってたまるか。
「少しは冷静になった」メアリがそばに立っていた。
「うん。りょうくんが日曜日に死ぬといったのは運命の神様?」
「違う。寿命の神様よ」
「どうしてりょうくんが私たちの任務に関係するって分かったの」
「魂管理局よ。魂関連の事務仕事から各神様のサポート、天使と神様の間に入って連絡係になることもある。そこからあの子の魂が先祖帰りを繰り返しているようだ、という報告があったのよ」
「先祖帰りって何」
「普通の魂は生まれ変わるときに、過去の一切の記憶を忘れてスタートするのよ。けれどもごくまれに過去の記憶を消去せずに生まれてくる魂がある。そういった例外的な魂でもその次に生まれ変わるときには記憶は消去されている。過去生まではあり得ても、そのまた過去の記憶を持って生まれるのはあり得ないということよ」
「先祖帰りを繰り返している、という報告が間違っているかもしれないじゃない。りょうくんとは何度か話したことがあるけれど変なところなんてなかったよ」
「それをこれから私とあなたとで調べるのよ」
「どうやって」
「まずは、観察ね。ここ数日のあなたもやっているようだけれど、これからは眼鏡をかけていてね」
メアリにここ最近の行動を見られていたのは不思議ではないけれど覗かれていたような不快感がある。その逆に人間が天使を覗くことはできないのに。メアリに向かってそういう。
「気持ちは分かるわ。私たち天使だって同じことを魂管理局に感じているもの。ま、ここは痛み分けということで」
「なにそれ。おじさんくさいこといって」
「私たちだって板挟みでつらいのよ。何も分かってない魂管理局の連中にはうんざりさせられるし、神様に苦情をいっても次元が違うの一点張りだし。久しぶりに会えたんだからゆうにもちょっとは優しくしてほしかったな。じゃあこれからりょうくんの魂の過去記録を調べてくるから。早くしろってせっつかれているのよ」そういってメアリは姿を消し、学校の音と色彩がもどってきた。ゆうは教室に向かって歩き出した。トイレにでも行っていたことにしよう。
四限目が終わり、ゆうは購買へ行こうという友達の誘いも断り、教室の中でちらちらとりょうくんを見ていた。眼鏡もかけている。りょうくんは机の上で弁当を食べ終わると、ふたたび眠り始めた。頭が机にくっつきしばらくするとりょうくんの体から黒いものが飛び出していくのが見えた。
「今のは何だろう。気のせいかな」しかし昼休みが終わる頃に黒いものが今度はりょうくんの体の中に入っていくのが見えた。
「確かにいま何かが入っていった」
五限目が終わった後の休み時間も同様だった。
その日の夕方、部屋でゆうがあの黒い影は何だったのか考えているとメアリが帰ってきた。学校ではないのでわざわざ時間を止めることもしない。
「分かったわ。どこから記憶の持ち越しが始まっているのか」
「いつだったの」
「今を遡ること約1500年ってところね」
「嘘でしょう」
「大変だったわよ。記録を調べるの。その間に何度生まれ変わっていると思う」
「人生五十年、で30回」
「外れ。あの子は平均15歳で生まれ変わっている。この年齢も先祖帰りを繰り返していることなにか関係していると思うのよ」
「それじゃ100回も」
「ピンポン。早速これから実地に調べに行きましょう」
「どこに」
「決まってるじゃない。なぞを解くにはそのおおもとへ、よ」
そういうとメアリは手鏡を取り出しゆうのコピーを出現させるとゆうの手をとった。
あ。また体が浮くような感覚があって視界が暗くなる。最後に視界のはじに見えたのは机に座ったゆうが教科書を取り出す姿だった。やがて体にあたる風で、ゆうは自分が外にいるのだと分かった。目を開けると眩しい太陽が頭上高くにあり、草原のようなところに立っている。さらさらとした風が気持ちいい。
「ここは、どこ」
「今の九州と呼ばれるところよ」
草原を男の子と女の子が駆けている。二人とも歳は5、6歳だろうか。男の子は萌葱色の着物を着ていて、髪を後ろで束ねている。女の子は桜色の着物に肩まで髪を伸ばしている。じゃれあいながら走る姿はまるで2匹の子猫か子犬のようだった。鈴のような声の笑い声が響く。
「じゃあつぎは将がお馬になって南をおんぶして」
「うん。じゃあ俺が春風だ。春風は速いぞ」後ろに飛びついた女の子をおんぶして男の子が走りだす。
「あはははは。もっと速く!もっと速く」
男の子が川のほとりまで走り、女の子が男の子の首筋を撫でながら降りる。「えらいね。春風はやっぱり風のように速い」
二人して川から水を飲む。
「ねぇ。将、大きくなったら南を将の妻にしてくれる」
男の子は赤くなる。
「それまで憶えていたらな」
女の子がにっこりと笑う。「春風が子供を産んだのよ。見に行かない」
「疾風だろう。競べ馬でも優勝したことのある春風の子供だ。きっと速い馬になると父がいっていた。今頃は西の囲いにいるはずだ」
二人が走りだしたのを見届けるとゆうとメアリは時間を移動した。
「魂の記録を調べて特に深い印象が残っているところを見つけておいたのよ。これからは姿を消して移動するわよ」メアリはいった。
次に目を開くとゆうとメアリは薄暗い家の中にいた。田舎のおじいちゃんの家に似ている。畳敷きの間に薄暗い光が灯っている。がっしりした身体つきの男が行燈の光のわきであぐらを組んで座っている。
「お呼びですか」隣の部屋から声がかかる。
「入りなさい」がっしりした男が答える。
入ってきたのは、さっき草原で見た男の子によく似た少年だった。あ、さっきの男の子の成長した姿なんだ。
「将」がっしりとした男は呼びかけた。「お前も気付いているかもしれないが、近いうちに戦が始まるだろう。私たちの家はもとよりこの国を守ってきた。大王は強大な軍を送ってくるだろうが命を賭してでもこの国を守るのだ。将、お前にもその覚悟があるかい」
「はい」落ち着いた声で少年は答えた。
「それではお前は南を守りなさい」
「え」意外そうに少年が答える。
「お前も、南もまだ若い。この国にもしものことがあったとしても、お前たちが生きている限り希望はある。何があっても、生き延びるのだよ」
「はい」少年ははっきりと答えた。
ゆうとメアリは再び時間を移動した。
そこは最初訪れた草原のような場所であたりは真っ暗だった。いや、空の一部が赤く染まっている。風に乗って木の焼ける匂いがする。
「行きましょう」メアリがいいゆうの手をにぎる。そっとふたりは空にのぼった。かすかに人の騒ぐ声が聞こえる。空を滑って声が大きくなる方向へ赤い空の方向へと近づいていった。
近づいて目にした光景はあまりにも残酷だった。
焦げ臭い匂いが立ちこめていた。城のような大きな建物が燃えている。火は周りの家にも広がり黒く、巣を壊された蟻のように動き回る人影を照らしている。逃げる者と追う者がいて、これまでゆうが聞いたことのない狂ったような叫び声や悲鳴が飛び交っている。地獄のような光景だ。熱風とともに血生臭い匂いが空に押し寄せゆうは吐き気がする。
一頭の馬が駆けている。燃え上がる家々の炎が暗闇の中でその馬の背筋を照らし、紅く映し出された馬の姿が黒く輝く。その背には一組の男女が乗っている。国の外に逃げようとしているようだ。ゆうの目にその男女の顔がくっきりと見えた。少女は南という子供が大きくなった子のようだ。額には布を巻き黒く長い髪の毛がかからないようにしている。色白の肌のところどころにすすがついている。そして少年は将だ。りょうくんの1500年過去の姿。だがその雰囲気はゆうが知っているものとは全く違う。少女を後ろから抱え手綱を握る姿は逃げる者とは思えぬほど堂々として頼もしかった。
しかし追手の数が多い。この二人を周到に追いかけている。
「逃げ切れるかしら」
「追手の数が多いわね」
「メアリ助けられないの」
「残念ながら、それはできないわね。過去に干渉すると、あなたの知っているりょうくんも消えてしまうかもしれない」
将は巧みに馬を操り、燃えさかる家や追手を避けながら走っていたが、横手から現れた追手が馬の前足を長い剣で払った。馬が倒れ、二人が投げ出される。後ろから追手が矢を射る。将が女をかばって伏せる。
だがゆうの目には一本の矢が少女の首に刺ささるのが、スローモーションのようにはっきりと見えた。そして将もすぐに異変に気付く。何かを叫んでいる。少女の名前だ。雄叫びが響く。
矢は次々と射られるが将には当たらない。矢がひとりでに避けているようだ。少女の息が切れるまで看取ると少年は立ちあがり周りを見渡す。目が真っ赤だ。あれは血の色?雄叫びが響く。近づいてきた追手が槍で一撃を加えようとする。
将は避けようともしない。槍が振り下ろされるよりも速く、すでに追手の懐に飛び込んでいた。ゆうが驚いたことに、少年の素手の一撃で相手の顔がつぶれ、首がぐにゃりと曲がった。獣じみた雄叫びが響く。弓矢を持った追手が一瞬ひるむが再び矢を構える。将の腰に吊っていた短剣が射手の首に吸い込まれるようにめり込む。将は流れるような動きで追手が落とした槍をつかむと投げる。槍もまた吸い込まれるようにして別の追手の胸に入っていく。そしてそのあとも将の、たったひとりの少年による大勢への虐殺が続いた。
全ての追手を屠ると、将は倒れた馬のもとへと行った。まだ息があるが前足を失い立てずにいる。「疾風」将は馬の首筋をそっと撫でた。あの黒猫を撫でる姿とそっくりだった。そして槍を馬の胸へと突き立てた。馬はすべてが終わるまで一度も暴れなかった。最後に馬の脈が切れたことを確かめると将は座り込み、魂の抜けた少女の体から矢を引き抜く。しばらくうつむいたのちに少年は亡骸に目を向けて言った。
「南、一緒に行こう」そういって自分の胸に矢を突き立てた。
「いやあああっ」えみこの口から悲鳴がこぼれた。「どうして死ななければならないの」
メアリがゆうの体に手を伸ばす。「これで、あの男の子が何を探しているかが分かった」
ふたりは次の瞬間、家の中にいた。さっき将と父親がいたような家だ。目の前で赤ちゃんが母親に抱かれている。
「この子はひょっとして」
「そう。将の生まれ変わりだよ。たぶんこの頃から夢の中を移動しているはずだ」
しばらく待つと赤子はすやすやと眠りはじめた。体から黒い影が飛び出していく。メアリがゆうの手をひき、ゆうは周りの景色が流れていくのを見た。だがメアリはすぐに黒い影を見失ったようだった。ふたりは宙に浮かび藁葺き屋根の立ち並ぶ村を眺めた。
「どこに行ったのかしら。あの黒い影が将の魂ということ」
「見当もつかないわ。きっと手当たり次第に探しているのね」
「あの黒い影が魂だとすると、今あの赤ちゃんの中には魂はないのかしら」
「確かめてみましょう」ゆうとメアリは赤ちゃんの夢の中へと移動した。そこは小さい頃の将と南が遊んでいたような草原で、そこには将の姿があった。さっぱりとした白い麻の着物を着ている。
将はふたりには気付かないようだ。真剣な表情で歩いている。
「どこに向かっているの」
「さぁ。本人もまだ魂の一部を切り離すことに慣れていないんじゃないかな。心を静めて集中しているようだ」
しばらくすると、黒い影が草原から現れた。近づいてきたのは黒い馬だった。将が馬の鼻面を撫でると馬の姿が消えた。
そして将はメアリとゆうのほうをじっと見た。
「どこから来たか知らないが私にはおまえらに関わっている暇はないぞ」
強い風に吹かれたような感覚がして、メアリとゆうはふたたび村の上に浮いていた。
「追い出されてしまった。いやぁ、さすがにふたりも夢に入ったらばれるか」
「真剣な顔だったね。近づくのが怖かった。りょうくんとは全然似てないよ」
「まぁ一度転生すれば普通は別人なんだけどね。よし決めた。りょうくんに会いにいこう」
「会ってどうするの」
「一緒に南を探しましょう。それにしても諦めが悪すぎる男ね。1500年探して見つからなかったら無理だと思わないのかしら。けれどゆうはそれで大丈夫なの」メアリがゆうの目をのぞき込む。
「平気。メアリが学校に忠告にきた意味が分かったよ。そりゃ、りょうくんに私のことをもっと知ってほしいな、とか見てほしいと思ったことはあるけれど。ここまでりょうくんのことを知った以上、放っておいては私の女が廃るわ。りょうくんが日曜日に死ぬっていうのは、また転生してあの少女の魂を探すためなんでしょう」
「15歳くらいまでが魂の一部を切り離し、自由に動きやすい年齢なのよ」
「そんなのはもう止めにしなくちゃ。本当にバカだ」涙が一筋ゆうのほほを伝って落ちた。
「生きるってそれだけじゃないはずなのに。いろんな楽しいこともあるのに。そんなに長い間・・・」
「そうだね」メアリがやさしくゆうの頭を引きよせた。ゆうの顔がすっぽりメアリのあごと胸の間に入る格好になる。
「人間って本当に面白いよ。私たち永遠の存在とは全く違った視点でものごとを見ることができるからね。あなたはこれまで何万回も生きてきた。彼もそう。それなのにゆうはあの男の子にあと数十年生きてほしいと思う。あなたにとってはきっとその意味や価値があるのでしょう。あなたたちは何度生きても、そのたびに様々な意味や価値を見出す。そして生きていく。そういうのって面白いわ」
「・・・メアリがいうことって現実離れし過ぎていてよく分からないわ。今のは励ましてくれたの。メアリは面白いっていうけれど私はそんな風には思えないよ」
「ゆうも天使になったらきっと分かるわよ」
「ならないって。それよりメアリ話がだいぶ逸れたわよ。日曜日までにあの南っていう子の魂をどうやって見つけるの」ゆうは顔をメアリの胸元から引き抜くといった。
「天使の力を使うのよ」
メアリはそういうとゆうの手をつかむ。周りの景色が遠ざかり暗くなっていく。気が付くと薄暗い明かりの中でゆうはベッドの脇に立っていた。目を上げるとりょうくんの寝顔が飛び込んできた。
「ちょっとメアリいきなり過ぎるっ」
「いいじゃない。今ならキスくらいしても気付かないわよ」
「からかわないでよ。さっき応援するって決めたんだから」
「だったらいきなり、なんてあせることないじゃない」
「だから心の準備がいるのよ」
「はいはい」とメアリは適当な返事をしながらりょうくんの頭上に手をさしのべる。りょうくんの頭上に光の輪が浮かび上がる。
「全く人間にしては突飛なことをしたものだけれど、あと一歩知恵が足りないわね。自分だけの力で探そうと思っている限り見つからないのよ。南だってずっと見つけてほしいと思っていたんだよ」
りょうくんの頭上から光の輪を通して極彩色の光が伸びていく。
先に声がした。「見つけたよ」りょうくんの声だ。
「良かったね」ゆうが呟いたときゆうの頭上からも極彩色の光が伸びていった。
ゆうの目の前で自分の胸からあの南という少女が飛び出した。薄紅の単衣の着物を着て、長い黒髪を後ろで二つにしている。りょうくんの中から将という少年も出てくる。夢の中で会ったときと同じ白無地の麻の着物姿だ。
着物姿のふたりはそのまま見つめ合っている。南という少女の目からも、ゆうの目からも涙がこぼれ落ちる。
「バカだね」南の声がする。
「約束守れなくってごめん」将の声だ。
「遅くなってごめん、でしょ」
そしてふたりの姿は極彩色の光に包まれて空へのぼり消えてしまった。
「今の、なに」ゆうは目をまばたいた。
「人間って本当に面白いわよね。あ、ちなみにゆうの記憶は消させてもらうから。眼鏡を拾ったあたりからね。仕方ないのよ。これも魂管理局の指示事項でね。一緒に過ごした時間、本当に楽しかったわよ」メアリがゆうを抱きしめて、頬にキスをおとす。「それからりょうくんの寿命も延びたみたいよ。いろんな楽しいことをしてちょうだい」
月曜日の朝、ゆうは学校に向かい歩いていた。
「ふぁあ」あくびが出る。今日も憂鬱だ。中間テストは間近だし、進路相談もあるし、あー。中3なんてなるもんじゃないなぁ。いつまでも中2でいたいのに。ま、でもいいか。このクラスになったからりょうくんに会えたんだし。
完