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デコトラ王妃と風の王  作者: 小田マキ
第一章 茜町三丁目の妖精モドキ
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 三島家実家のある茜町は、日本海に面した素朴な田舎町だ。これといって特産物も観光名所もなかったが、空気が澄んでいて光害も少ないために夜空がとても美しい。天体観測マニアの間ではそこそこ有名な天文台もあり、流星群や月食の時期になると全国から星の王子様達が訪れていた。


 二十年前のとある夏の日、そんな何の変哲もない町で女子高生失踪事件が起こる。午後七時半頃のこと、学校から帰宅途中だった彼女は、通学路である町名通り茜色に染まった河川敷で、鬼のような形相をしてママチャリを立ち漕ぎしていたらしい。目撃したのは、幼い頃から彼女をよく知る隣家の主婦で、見間違いはあり得なかった。「門限がーーー!」と、叫びながらものすごいスピードで家に向かっていたという話だが、そのまま彼女は忽然と姿を消したのだ。


 失踪した女子高生は、幼い頃に両親を交通事故で亡くして祖母と二人暮らしながら、明るく元気な少女だった。学校でも友人が多く、失踪当日も何ら生活態度に変化はなかったため、家出の可能性も限りなく低かった。もちろん、彼女の祖母は警察に捜索願を提出し、テレビのローカルニュースでもトップで取り上げられ、高校のクラスメイト達も駅で手作りのビラを配って懸命に情報提供を呼びかけた。


 そんな皆の努力の甲斐もなく、何の手がかりも掴めずに三ヶ月が過ぎた頃……少女は何の前触れもなく、茜町に戻ってきた。失踪した当時のママチャリに乗り、何一つ変わらぬセーラー服姿で戻ってきた彼女は、どこで何をしていたのか、一体何があったのか語ろうとしなかった。その後、ほどなくして少女はみずからの意思で高校を中退、一年後には一人娘の凪を出産した。


 曾祖母から伝え聞いていた話は、たったそれだけだった。ひ孫である凪をとても可愛がってくれた彼女も、十六年前に他界している。楓が凪や祖母にさえ告げることを頑なに拒んだ父親らしき人物が今、目の前にいたのだが……



「いきなりお父様とは呼びにくいだろう、ロミーと呼んでくれたまえ」



 能天気な口調でそう抜かしたときは、人の好さに定評のある凪でも、さすがにイラッとした。


 コスプレ男(大)はみずからをロミュアルドと名乗り、隣のコスプレ男(小)をレヴァインと紹介した。それも正確には本名ではないらしい……本当の名前は日本人には発音が難しいらしく、近い響きにちょっとずつ譲歩していった結果、それぞれに行きついたという。遅ればせながら、彼らを家に上げてしまったことを深く後悔し始めていた。彼らの発する言葉の信頼度は、底なしの急降下を続けている。


 薄緑色の滑らかそうな肌に、毛先一センチくらいだけ赤く染められた銀色の髪は蛍光灯の下でもキラキラと輝いていて、浮かべられた微笑みとともにとても眩しい。特に目を引かれるのは、話す度にピクピクと動く右のエルフ耳だった。そこには大きな絆創膏が貼ってあり、その下には小さな歯型がはっきりと刻まれている。さきほどの母を抱き上げたり羽交い締めにしたりと格闘していた最中に、窮鼠猫を噛むとばかりにガブリとやられたのだ。


 長距離運転の眠気飛ばしにせんべいやスルメなど噛み応えのある菓子類を噛み続けてきた彼女の咬合力は素晴らしく、彼は叫び声こそ噛み殺していたが、緑の反転黒目はしっかり涙目になっていた……そんなこんなで、何だか可哀想になってきた人の好い凪は、興奮する母を説得して二人を家に上げ、みずから絆創膏を貼ってやったのだ。


 傷口から滲んだ血は紫色で、ふざけたエルフ耳には疑似血液まで仕込んでいるらしい。そのときすでに絆創膏は紙を剥がした後だったので一応貼ってやったが、本当に怪我をしているのかも疑わしくなった。至近距離で見ても繋ぎ目がわからないつけ耳、瞬きをしても一切ぶれることのない瞳孔の模様から何もかもとてもリアルな白目部分が緑のコンタクトレンズと、その凝りようには怒りを通り越して感心する。


 反転黒目やエルフ耳に派手な色彩を除けば、このコスプレ男(大)は母である楓以上に凪に似通った容姿をしている……けれど、それもすべてよくできた特殊メイクの賜物としか思えない。


 古い日本家屋の畳の間で、何とも申し訳なさそうに母と自分とを見つめる彼は、大きな身体を精一杯小さく畳むようにして、座布団の上に正座している。その隣には同じように、黒髪反転黒目のコスプレ男(小)がピンと背筋を伸ばしていた。腰には大振りの剣を帯びたまま……何とも和洋折衷な光景だ。それに、彼はなぜか先ほどから楓の顔をブラックホールのような真っ黒な目で一心に見つめていた。その視線は、なぜか尋常ではない熱を孕んでいるようで異様に怖い。


「私はシルフェストレという国の王でね、君の母上とは二十年前にそこで出逢ったんだよ。私はカエデに一目で恋に落ちてしまって、死に物狂いで口説き落とした結果、君という娘を授かったわけなんだが……当時の我が国は戦争の真っ最中で、戦況も不利でねぇ。仕方なく、カエデには日本に一旦戻ってもらったんだ。シルフェストレに平和が戻ったら、必ず迎えにいくと約束してね」


「ちょっと待ってっ、シルフェストレなんて名前の国なんか聞いたことないよ! 大体、ママはパスポートなんて持ってないでしょっ?」


 冗談の塊のような外見で、どんどん荒唐無稽な話を続けるロミュアルド(仮)に、凪は盛大に顔を引きつらせて隣の母を見遣った。


 相変わらずのピンク豹柄ジャージで円座の上に胡坐をかいた楓は、目の前の二人に険のある視線を注いでいる。それでも、娘に間に入られて多少落ち着いたらしく、さきほどのように暴れ出さずに話を聞いていた。


 女だてら長距離トラックドライバーをしている楓は、巻き舌も見事に使いこなす、お世辞にも上品とはいえない気の強い人だったが、だからといって喧嘩っ早いわけでも単細胞というわけでもない。あのごつくも可愛らしいデコトラを徹夜で運転し、帰ってきたばかりの母の目は、怒りのせいだけでなく真っ赤に充血している。そんな疲れ切っているところに、二十年間何の音沙汰もなかった父(を騙る変質者二名)が突然現れたものだから、神経はこれでもかと昂ぶってしまっただけだったのだろう。


 彼女は疲労と寝不足からやや充血した目を凪に移し、ロミュアルドのはなはだ胡散臭い話を否定するかと思いきや……


「あーパスポートあっても意味ない、この地球上にはない国だから。三島川の河川敷を全速力でチャリンコ漕いでたら、突然夕日とは違うオレンジ色の光に包まれて……気が付いたときには、目の前にいた緑の巻き髭のオッサン轢いてたんだよね」


 キャバ嬢時代の名残である赤い巻き髪のポニーテールをフルフルと左右に揺らして、さらにショッキングな言葉を口にした。


「えっ……!」


「本当に恐ろしいくらいのスピードだったねぇ。避ける間もなく跳ね飛ばされたマグナスは三ヶ月も意識不明のまま目覚めなかったんだよ……顔面に刻まれたタイヤの跡で、戦場ではいい笑い者だった」


「どう考えてもあの変態野郎の自業自得だろ……大体、てめぇはそのお陰で助かったんだろーがよ」


 当時のことを思い出すように相槌を打ったロミュアルドを横目で睨みつけながら、楓は得意の巻き舌で悪態をつく。


「非難してるわけじゃないよ、その颯爽とした姿に胸を撃ち抜かれたんだから。お陰で私を始めとした捕虜達は奴の隙をついて城から逃げ出すことができたし、ガイザードの将軍は長期戦線離脱することになり、彼の不在の間に戦況を我が軍に有利に進めることもできた。カエデ、君はシルフェストレにとってまさしく幸運の女神だよ」


「サブイボ立つようなこと言ってんじゃねーよ」


 こんな状況でなければ、素直に見惚れられただろう魅力的な微笑みで愛を語る彼を、母は一言で切って捨てる。ただ、清々しいくらいにぶれない彼女に安堵を覚える余裕が、今の凪にはなかった。


「……ママまで、からかってるの?」


 やっと吐き出した娘の言葉に、ふたたびロミュアルドから視線を戻した楓は、黙っていれば可愛らしい顔に、どこか哀れむような表情を刻む。


「こんな胡散臭い話、ホイホイ信じるような馬鹿娘にならないように育てたのもアタシだけどね、凪……残念ながら今までの話は全部ホント。アンタの父親は、このコスプレ男よ」


「嘘よっ! だって、計算が合わないじゃないっ……この人、どう見ても三十過ぎには見えないじゃない!」


 ファンタジー世界から抜け出してきたような彼は、どんなに高く見積もっても三十歳になるかならないかだ。自分はあと一ヶ月で二十歳になる……計算が合わない。いくらよくできた特殊メイクでも、全身の肌の質感まで偽るのは無理なはずだ。


「落ち着いてください、ナギ様。我々の星フェノールトとここ地球では、時の流れが十倍ほど違うのです」


 やや取り乱して叫んだ凪に、非難の声を上げたのは、それまでずっと押し黙っていたレヴァイン(仮)であった。


「……そーいや、誰だてめぇ?」


 楓が言い、つられて凪もそちらを見遣ると、青年は座布団の上で片膝を立て、腰に帯びた大振りの剣に手をかけていた。右手でグリップを握り締め、柄頭に左手を添えて、鞘に入ったままの剣をこちらに向けてくるその体勢は、攻撃態勢というよりも、どこか儀礼的な何とも芝居がかった姿勢に見える。


「アンドロメダ銀河を統べる星フェノールト……その四大陸の一つを統括する空の王国シルフェストレのロミュアルド国王陛下が臣下、近衛隊長レヴァインと申します」


 彼らのまとったファンタジーな世界観は、唐突に胡散臭いSFへと変貌した。

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