05. 『花山粧』
「久しぶり、来栖さん」
「久しぶりって言っても、たったの1週間だけですけど」
「俺としては今日この日が待ち遠しかったから、久しぶりに感じるんだよ」
「はぁ、そうなんですか」
「そういえば確か来栖さんは昨日ニューヨークから帰ってばかりなんだっけ」
ニューヨークから帰国した翌日のオフの日。
私は約束通り、『珈琲ろまん』のテーブル席で葉山さんと向かい合っていた。
葉山さんは今日も、カラーシャツの上にルーズなシルエットのカーディガン、下はスラックスというキレイめカジュアルな服装だった。
シンプルな装いなのに、その顔立ちの端正さとスタイルの良さのおかげか、一際オシャレで洗練された雰囲気を醸し出している。
そんな目の前のイケメンさんは、朗らかに微笑んでいて実に機嫌が良さそうだ。
私はというと、今更取り繕うのも面倒で、今日は作り込んだ愛され笑顔を封印し、初っ端から完全なる素で相対していた。
「それで、忙しそうだけど原稿は読んでくれた?」
「約束でしたからちゃんと読みましたよ。本気でボロクソ言いますけどいいんですね? 後から文句言わないでくださいね?」
ワクワクという言葉が聞こえてきそうな、期待を滲ませた瞳を向けられ、私は睨み付けるような眼差しで最終意思確認を行う。
これは念のためだ。
好き勝手言って後から面倒な事にならないよう、私なりの保身である。
「それはもちろん! それじゃあさっそく——」
——バサッ!
「はい、どうぞ!」
ハッキリと言質を取るやいなや、私は葉山さんの言葉を遮ってテーブルの上に感想を書き殴った紙を叩き付けた。
「ん? これって……?」
「拾ってくれたノートのように、紙に綴られた状態でボロクソ言われるのがお好みなのかなぁと思って、わざわざ書いてみました」
ここであえてニッコリ微笑んでみる。
葉山さんは私の行動が予想外だったのか、軽く目を見張っていた。
意表を突けたようで、してやったりである。
「まさか紙に書き出してくれるとは思わなかったな。やっぱり来栖さんに頼んで良かったよ。さっそくここで読ませてもらっていい?」
「どうぞ、どうぞ」
私が了承すると、葉山さんはテーブルの上の紙を手に取り、じっくりと目を通し始めた。
その様子を香り高いコーヒーを堪能しながら、私はゆったりとした心地で観察する。
本気で忖度なしに思ったままを書いたから、どんな反応をするのか楽しみでならない。
だけど最初に私の目に飛び込んできたのは、葉山さんの反応ではなく、原稿とは全く関係のない彼のある部分だった。
……うっわー。男のくせにまつ毛めっちゃ長い。手も綺麗。
文章を読むために視線を伏せたことで、長く黒いまつ毛が目元に影を落としていた。
紙を持つ手の、長くすらっと伸びた指や、筋張った手の甲からは男らしい色気が滲む。
……顔も、手も綺麗とかズルイよね。雰囲気もスマートでオシャレだし。
付け加えるならば、スタイルも抜群だ。
身長はたぶん180cmを超えてるだろうし、洋服をスタイリッシュに着こなせる引き締まった体をしている。
円香さんがうっとり頬を染めていたのも無理ないのかもしれない。
……でもそんな極上イケメンが描く恋愛小説はツッコミどころ満載なんだよねぇ。
そう、実は葉山さんの小説、ペンを握る私の手が止まらなくなるほど意見したくなる箇所が多かったのだ。
ニューヨークのホテルで夢中で書き殴った時のことを私が思い返していると、最後まで読み終えたのかその時葉山さんがふっと顔を上げた。
その顔には複雑な心情が見て取れる苦笑いが浮かんでいる。
「ちょっとボロクソすぎました?」
「……いや、すごく参考になった。ただ、まぁ容赦なさすぎて驚きはしたけど」
遠慮なくボロクソ言って欲しいと自らリクエストしていた葉山さんが「容赦ない」と評する私の読書感想文。
まぁ自分でも率直すぎるかなと思わなくはないが、どんな内容を書いたかと言うと……
——『この主人公の男の言動、意味分かんないだけど! えっ、これでイケメン&モテ男設定? いやいやいや、無理ありすぎ! こんな女心を察せない男を好きになるかっつーの!』
——『は? このヒロインの女はなんでこの主人公の行動で恋に落ちてるわけ!? まったく惹かれる要素なくない!? いや、むしろ普通はキモイと思って引くって!」
——『いやいやいや、なんでこんな簡単に結婚って展開になるの!? クリアになってない問題山積みだし! それに結婚に夢見すぎ! 20代ならまだしも、この2人は30代半ば設定なのに。物語にリアリティが全然なくてツッコミどころありすぎる!」
——『最後まで読んだけど……読後感が微妙。何が言いたかったの? それにそもそもこれって恋愛小説? 心が温まったり、胸が締め付けられたり、感動したり、共感したりしなかったんだけど。キャラに感情移入もできなかったし、心に響くものがまーったくない! 残念!」
……今思い返すと、『グチグチノート』の感覚で言いたい放題、なかなか辛辣なこと書き殴っちゃったなぁ。
チラリと葉山さんの顔色を窺うと、彼は肩を落とし「はぁぁ」と深い深〜いため息を零した。
同時に吹っ切れたようにグッと顔を上げて、決意を秘めた瞳とともに口を開く。
「来栖さん、期待通りの率直な感想をありがとう。おかげで分かった。俺には恋愛小説は無理だってことが。潔く撤退することにするよ」
「え、それでいいんですか!?」
まさか私の綴った感想がそんな大事な決断の材料になるとは思わず、私は目を丸くした。
だけど、葉山さんは何か吹っ切れたのか、その表情は晴れ晴れと明るい。
「もともと自分でも恋愛小説は向いてないだろうなぁって分かってたから。ただまぁ、ちょっとスランプだったのもあって、気分転換に全然違うジャンルに手を出してみようかなって思って。その結果がこのボロクソ具合なわけだけど」
はははと笑う葉山さんに悲壮感は見受けられない。
たぶん本当に言葉通り、自分の向き不向きを改めて冷静に認識した上での撤退宣言なのだろう。
……ていうか、この人、プロだって言ってたけど普段はどんな小説書いてるんだろ?
今になって俄かに気になってきた。
実は前回会った後に『葉山要』で一応ネット検索してみたのだがヒットしなかったのだ。
「ちなみに葉山さんって、普段はどんなジャンルの小説書いてるんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺の専門はミステリー小説なんだ」
「ミステリー?」
「そう。代表作は『真夏の陽炎』っていう小説なんだけど」
「『真夏の陽炎』……? えっ! それって前にドラマ化されてた!?」
タイトルに聞き馴染みがあり、私は目を見開いた。
数年前に大ヒットした、超人気俳優が主演のドラマだ。
それにそのドラマの元になった原作小説の作者といえば、数々のベストセラー小説を世に出している売れっ子小説家だったはず。
『真夏の陽炎』だけでなく、他の小説も映画化やドラマ化されていて、あまり小説を読まない私でも名前を知っている。
むしろ知らない人の方が少ないんじゃないだろうか。
「ちょっと待って! ウソでしょ!? 葉山さんがあの花山粧ってこと!?」
「あ、知ってくれてるんだ。そうそう、それが俺のペンネーム」
信じられないと愕然とする私に対し、葉山さんはしごくアッサリと肯定して頷いた。
あまりにも驚きすぎて何も言えない。
今頃になってこんな衝撃的な事実をサラリと明かさないで欲しい。
……葉山さんが花山粧ってことは……えっ、私、売れっ子小説家が書いた小説に対してあんなボロクソ言っちゃたの!?
事実を知った今、本人からそう頼まれたとはいえ、素人がかなり生意気なことを言ってしまったと冷や汗がどっと噴き出す。
でも1つ言い訳させて欲しい。
気づきようがなかったのだ。
花山粧は世間に顔が知られていないはずだし、名前も全然違うし。
「ごめん、驚かせた?」
「めちゃくちゃ驚きましたよ。心臓に悪すぎです! 売れっ子小説家にボロクソ言ってたとかバツが悪いんですけど!」
「隠してたわけじゃないんだけど、知らずに読んでもらった方が変な先入観なく率直な感想が貰えるかなと思ってね」
「いやいや、それって確信犯じゃないですか。ひどい!」
私が恨みがましい目を向けると、葉山さんは楽しそうに小さく笑った。
そして秘密を打ち明けるように声を潜めて告げる。
「でも『葉山要』っていう名前から気づくかもなって思って」
「どういう意味ですか?」
「『花山粧』って本名の『葉山要』のアナグラムだから。響きは似てるでしょ?」
「そんなの気づくはずないっつーの!」
思わず『グチグチノート』ばりに口汚くツッコミを入れてしまった。
接客業をしている妙齢の女性として、なおかつ普段は愛され女子を取り繕っている身として、さすがにこの言葉遣いは反省だ。
これが許されるのは、あくまでノートの中だけというのがマイルールである。
だけど葉山さんは気を悪くするでもなく、顔を顰めるでもなく、涼しい顔でただ朗らかに笑っている。
……葉山さんってやっぱりドMなんじゃないの? 罵られて笑ってるって、変な人。
私の中で葉山さんのドM疑惑がまたしても再燃したけど、依頼も完了したことだし、もう会うことはないだろうからどうでもいい。
ちょうど手元のコーヒーカップも空になり、席を立つには良い頃合いだ。
私は先程のツッコミなんてまるでなかったかのように無視して、意識を切り替えるとニコリと微笑んだ。
「では、これで依頼は完了ということで! 花山粧先生、これからも素晴らしい作品を一読者として期待していますね。ご活躍お祈り申し上げます! それでは私はそろそろ失礼させて頂きますのでごゆっくり」
CAとして仕事中お客様対応をする時に使う万人受けする笑顔全開で、葉山さんに向かってそう告げると、私はすぐに椅子から立ち上がった。
時刻はまだ午後4時くらいだし、これから何をして過ごそうかなと呑気に考えながら入口に向かって歩き出そうとする。
でも残念ながら私は一歩を踏み出すことができなかった。
葉山さんに腕を引かれ、行動を阻まれたからだ。
「……まだなにか?」
「あんなに遠慮なくボロクソ言ってくれる来栖さんを見込んで、もう1つお願いというか、相談があるんだ。もう少しだけ時間くれない?」
こうして私は、なぜか再びこのイケメン売れっ子小説家の話に付き合うことになったのだった。




