第8話 逃走劇の終結
場面は変わり、ソラと分かれてすぐ、ミオは伝えられた作戦を脳内で反復していた。
(三匹は私が引き付けて、お互いに鼻ぶつけて倒すから、そっちはよろしくね!)
陽気なソラの言葉を終えて一言、
「何よこれ、作戦って言葉知ってるの!?」
飛びながらも悪態をつく。同時にスピードが上がったのは言うまでもない。
「もうっ!何なのよあの子。いつの間にか友達みたいに呼ぶし、ぁあ、もう!!」
そしてぐんぐんと伸びるスピード。気付けば、後ろに追っていた鮫が遥か向こうに見える。心境によって変化する飛行スピードは、ミオと鮫との距離を数百メートルも突き放したのだ。
「あれ、いつの間にやら」
距離を確認して、スピードを止める。「ふぅ」とミオは深呼吸して、与えられた猶予で再度現状把握を始めた。
「奴らは魔法の力を探知、鼻は硬くて叩いたりは……無理ね、なら次の一手はーーーー」
思い出されるのは、ソラが落ちた後の鮫の動き。
ミオ自身も体験した謎の行動は、やはり攻略のカギとなっている気がしてならない。
「どこかの境界を越えるとヤバいのかな……でも問題はどうやって越えさせるか」
顎に手を当てて考える。
ソラの言っていた、互いに鼻をぶつけて倒す。というのは名案だが、知能を持つ未知の敵であれば、仮にその方法でソラが倒した時、もしかするとミオを追って来る三匹に共有される恐れもある。
「同じ手には引っ掛からないかもね」
向こうに見えた鮫が段々と近付いてくる。
休憩は終わり。なれば、とミオは両手を大の字に広げてその場から地面に向かって落ちる。
「………………」
目を閉じて、重力に身を任せて落ちていく。
しかし意図的にフライハートは発動し続けたまま、鮫達にミオの存在を感知させる。
『シャアァァァ!!』
三匹は横に並んで、落下するミオの後を追いすがる。
だが、ミオは目を閉じたまま、動く素振りを見せない。
風のクッションを全身で感じながら、ミオは薄らと目を開ける。
「……まだ」
鮫達は獲物が完全に諦めたと確認し、さらにスピードを上げて接近。
その行動を、ミオは音で認知していた。
空を回遊する鮫のスピードの変化を感じ取り、ミオは身体に少しだけ力を込める。
「いま!!!」
弾かれたように、落下していたミオは身体を反転させ空の面を蹴り上げて上昇。その時鮫達が、まさに眼前まで迫っていた恐怖は、これからの人生体験することは無いだろう。
上昇する身体。視線を下に落としてミオは作戦の成功を確認した。
それはーーーーー
「やっぱり、よく分からないけど、何かしらの境界があったのね。それを超えないようにしてたけど、超えてしまうとそうなるのか」
ミオの視界には、三匹の鮫の身体がみるみるうちに黒く灰となり散っていく姿。
それはミオの予測通り、境界を超えたことによるペナルティ。繋がるはずのない世界を超えたことにより、鮫達は灰となり死んだのだ。
「意外とあっさり解決ね」
一時はどうなるかと不安だったが、終わってみればあっけない幕引き。ミオはそれ以上何か思うことはなく、ソラの結果を確認するため身体をさらに上空へと飛ばした。
※
その後、無事に交流を果たしたソラとミオは、互いの戦果報告を行った。
「私凄かったんだから、スーパーパンチが炸裂してねーー」
「何それ」
「ホントだよ!?鮫も凄い痛そうだったんだから」
「はいはい」
空中にジャブをかますソラの話を適当に流して、ミオはようやく終えた逃走劇の結末を整理した。
「とにかく、二人とも無事で良かったわ」
「そうだね。一時はどうなることかと思ったけど」
時間にして数十分程の逃走劇。手に入れた飛行能力と突然と現れた空を飛ぶ鮫。これら全てが普通では有り得ない事象だが、こうして終えたことにより少し現実味を感じてしまう違和感。
気付けばすっかりこれらに慣れてしまったソラは、上空に浮遊する自分達を再度認識して、そのおかしさに笑ってしまう。
「……」
「……」
そして訪れる静寂。
「……」
思えば目の前の黒髪美女との出会いは最悪だったと思い出した。ソラは鮫との逃走劇ですっかり忘れていたが、黒羽ミオはソラリンを狙う謎の人物。
「まだ、ソラリンを狙ってる?」
腕に抱き抱えたソラリンを強く抱きつけ、ミオの瞳を真っ直ぐ見つめて問い掛ける。
心境には、ソラを守るため一人犠牲となったミオの姿。それを思うと彼女が悪人だとは思えなかったのだ。
「……」
無言のミオ。その表情は初めて出会った時よりも柔らかくなったようにソラは感じていた。
だからこそ、今このタイミングでソラは質問を投げ掛けた。
「……正直に言うと、よく分からない」
間を置いて、ミオは口を開いた。
「貴女を初めて見た時、あの時の姉の姿と重なった。最後に姉と会った時に一緒に居たソイツと、一緒に空を泳ぐ貴女。初めは心にはあの時の憎しみが渦巻いてた」
「……」
「頭の中に空を飛ぶイメージが湧いて、この空域に来て鮫と追いかけっこして、終わってみると何で貴女を追っていたのか分からなくなった」
命懸けの逃走劇。死と隣り合わせの空域で、誰かと共に飛ぶことによって、ミオの中にあった憎しみの炎は鎮火されていった。
だが、完全に消えたわけではない。一時の怒りと憎しみで燃え上がっただけで、いつかはまた業火を見せるかもしれない。
そして紡がれるミオの言葉を、一つずつソラは聞き逃さずに聞いた。
「姉さんもこの景色を見たんだって思えば、何だかそれだけで満たされる自分が居るの」
向こう側に見える太陽の輝きに、黒曜石の瞳を輝かせながらミオは語る。
そして、一通りを語り終えたミオを見て、次はソラが口を開いた。
「……私は、初め凄い嫌な人って思ってた。だから逃げたわけだし」
脳裏には公園での邂逅場面。
「だけど急に飛べなくなって、私を命懸けで守るために囮になってくれた時、あの時私はミオが悪い人って思えなかった」
「……」
「私からソラリンを奪って、そのまま逃げればいいのに。ミオは私を助けてくれた」
「それは、だって……」
「どんな理由でも、私は助けられたよ。だからね」
ソラは警戒を解き、ソラリンを頭の上に乗せる。ようやく定位置に着いて満足したのか、ソラリンは嬉しそうにふわふわしている。
そして、ゆっくりとミオへ近付き、彼女の白い手を優しく握った。
「私はミオを助けたい」
真っ直ぐ。嘘偽りない思いを目の前に居る、過去に囚われた少女へ贈った。
「……」
ミオは固まり、しかし少しずつ肩の力が抜けていった。
「ミオの心のモヤモヤとか、辛いを治すことは出来ないかもだけど、力になりたい。これは助けてくれたお礼とかじゃなくて、私がそうしたいから。私のワガママだから!」
「……ふふっ、ワガママって。それだと言われたこっち側は突き放すしかないわよ?」
「えっ!?そ、れは……ぅぅ」
困り顔のソラを見て、ミオは笑みを浮かべた。彼女に突き放すつもりはない。ただ、ソラの真っ直ぐな気持ちにイジワルをしただけ。
当然、分かっていないソラはアタフタしている。
「ありがとう」
そんなソラに、ミオもまた真っ直ぐな気持ちを伝えた。受け取ったソラは満面の笑みで、
「うん!」
と、かつてなく元気な返事を返したのだった。
※
何処まで飛んで来てしまったのか分からなくなった二人は、既に限界の体力を温存ながら、フラフラしながら空を飛んでいた。
「はぁ、、疲れたぁ」
豪快なため息と共に、ソラの姿勢が崩れるが直ぐに体勢を戻す。
「そう言えばさ、ミオのフライハートって誰から貰ったの?」
昼時を過ぎ、空腹と眠気に襲われながらも、ソラはずっと気になっていた質問をした。それは、ミオとの初対面で見せられた、ソラと同じ形をした琥珀。
「あれねーーー」
ミオもまた限界に近い体力の中、ソラの質問に答える。
「あれは昔、姉さんから貰った物よ」
「お姉さんって……」
「えぇ、十年前行方不明になった私の姉ー黒羽リオ。居なくなる前に直接貰ったのよ。これ」
そう言ってポケットから出された琥珀。ソラはそれを見て自身の琥珀も取り出した。
「やっぱり同じだ……」
「貴女も持ってたわね。それは何処で?」
「ソラリンから貰ったの。私が初めて空を飛べるようになった前日に」
ソラは、口からオエッと、を付け加えて説明。少し怪訝な顔をしたミオだが、直ぐにその顔は真剣なものに変わった。
「てことは、十年前の姉さんの件と、ソイツは関わりがあるのは間違いないわね」
「……うん、否定できない」
ジッと、二人の視線はソラの頭上に鎮座するソラリン
向けられる。しかし、ソラの記憶にあるようにソラリンとの意思疎通はできない。ただ、「こんなことを思っている」程度でしか理解できない。
「十年前にも、お姉さんと一緒にソラリンを見たんだよね?」
「えぇ、詳しくは覚えてないけど、確かにソイツだった」
「……そっか」
腕を組んで考え込むソラ。
「何よ。何かあるの?」
「ううん。ただ、どうしてソラリンは、ミオのとこじゃなくて、私の所にずっと居るんだろうって」
「というと?」
「だって、昔少しでもあったことある人が居たら、そっちに行ってもおかしかないのに、ソラリンはずっと私の……というか、ミオを嫌がってるように感じる」
「……」
「ぁ、ごめん」
遠回しにミオを傷付ける言い方をしたと気付き、謝罪を入れる。「別にいいわよ」とミオは言うが、その顔はどこか考えている様子を窺えた。
「……とりあえず、帰ろうか。また鮫とか来たら嫌だし」
体力限界ということは、思考もままならない。そう思いソラは即時帰宅を促す。
ミオも賛成して、二人は再び帰路を進む。
その帰り道、ミオはソラの右手拳に血が付いている事に気が付いた。
「貴女それ……」
「あぁこれね。スーパーパンチ決めた時に」
えへへ、と笑って誤魔化す。だが、傷の深さと血の量から、ソラの空元気は直ぐにミオに見破られた。
「あのね……そういう怪我したら直ぐに伝えてよ。てか、あんなのに殴り掛かるとか、脳筋なの?」
「脳筋って!!私は幼気な女の子なんだよ!?」
「幼気な女の子が、あんな凶暴鮫三匹相手に素手で挑むわけないじゃない」
「それはーーーー」
と、そこまで言ってソラは止まった。言葉通り、動きも思考も止まった。それは決して、倒れそうとか、また飛べなくなりそうなどではなく。ミオと話をしていて違和感を覚えたからだ。
「……」
今の会話の中に違和感を感じた。紛れもなく、ソラ自身に関わる違和感。
「……三匹」
「ぇ?」
「三匹……そう、三匹居たんだよ!」
「何よ急に?」
「私……あぁ、ヤバい、三匹だよミオ。私が相手してたのは三匹の鮫だったんだよ!」
「分かってる!だからどうしたの?」
突然のソラの動揺にミオも釣られる。だがソレは、間違いなく致命的な違和感だった。
「私、倒したのは二匹だけ!だからーー」
その瞬間、二人の少し上空にあった雲が裂け、そこから再び星喰鮫が姿を現したのだ。
「うそ!?」
動転したミオは完全に隙をつかれて動けない。同じくソラも、もう一匹の存在に気付いてから、思考と身体が完全に固まってしまっていた。
つまり、絶体絶命のピンチーー!!
『シャァァァ!!!!』
星喰鮫の巨大な口が開かれる。
完全に意表を突いた登場は間違いなく、星喰鮫の勝利となる。
任務完了と、腹を満たすことへの期待感が思考を巡る中、視覚が無く魔力のみを完治する異界の怪物は、自身の周囲に感じた異変に気が付いた。
ソレに気付いたのは、星喰鮫とソラリン。そしてソラリンの方が早かった。
『ふわふわ!!!』
アレを見て!とソラの髪の毛を引っ張るソラリン。その動きに釣られて、ソラは指定された位置、つまり星喰鮫を見た。
「なに、あれ……」
「……っ」
ソレは唐突に発生した竜巻のような登場。登場というより、発生というべき事象。
刹那、黒い稲妻が星喰鮫を襲った。その雷撃の威力は音となってソラとミオに伝わり、鮫を一撃で屠した。
稲妻が走る最中、鮫を中心として、まるで海に発生た渦のように空間がねじ曲がり、折れ曲がり、中心となった鮫を侵食するかのように中心へ向かって、発生した黒い空間の萎縮が始まった。
「……」
「……」
当然二人はソレを目撃するのみ。動くことは、今度こそ死を意味すると直感で理解した。しかしその中で、ソラリンのみ、ふわふわとまるで喜びの舞を舞う。
『ふわふわ!!』
ソラに伝わることはなく。しかし彼はこう伝えた、
『扉が開く』と。
空間が膨張と収縮を繰り返す。広がり縮まりを繰り返し、いつの間にか黒い穴が青空に空いていた。まるでブラックホールのような。
「アレに近付いたらダメよ!」
「……わ、わかってる!けど……」
動けない。二人の動きは、正にブラックホールを模した黒い穴によって止められていた。
引き寄せも、遠ざけもしない。ただ空間を捻じ曲げたことにより、周囲の動きは固定されていた。
突然と現れたブラックホールを模した穴は、鼓動を見せた。否、正確にはその奥にあるモノが動いたのかもしれない。ソラは凝視しながらそう考えた。
すると、突然風がブラックホールに向かって吸い寄せられる。
「きゃぁぁぁ!!」
「……っ!!!!」
何も無い空の上。二人は抵抗虚しくブラックホールの中に吸われていく。
「あっ!ソラリン!!!」
強力な吸引力によって激しく揺られるソラの身体から、ソラリンが引き剥がされた。
「待って!」
一人穴へ向かって落ちていくソラリンをミオがギリギリでキャッチするが、ミオもまたソラリンと共に穴へ落ちていく。
「ミオ!!!」
飛行が上手く作動しない。正確には曲げられた空間によって、飛べていない。
ミオとソラリンの姿はもうない。ブラックホールに食われて、声も何も無く消えてしまった。
目尻に浮かぶ涙を押さえ、ソラは意を決して黒い大穴へ身体を向けた。
「助けるから!!!」
迷わず飛び込んだソラ。同時にーーー
ピシャッと、まるでソラが食われるのを待っていたかのように、穴が閉じられた。
その後、青空には何も残らず、ただ静かな“いつも”が継続していた。
◇
薄暗い部屋。
「……なんてことだ」
狩りに出したスターシャークに設置したカメラから、事の一部始終を見ていたユダラスは、椅子に座ると同時に長い息を吐いた。
アルヴィス王宮内の薄暗い管制室。モニターに映し出された映像が砂嵐となって、耳障りな音が室内に響く中、ユダラスを含む五名は、見ていた映像とその結果に対して言葉を失っていた。
「……ユダラス様、今のは」
その内の一人、モニター前で観測を行っていた隊員がゆっくりと振り返り、ユダラスに問い掛ける。
「スターシャークを人が討伐するなんて有り得ません。我々でさえ、捕らえて飼い慣らす程度です、なのに、」
「分かっている。あの機転の利く動き、洞察力と判断力。あちらの世界の住人は、平和ボケしていると聞いていたが、誤っていたのか」
眼鏡をかけ直し、ユダラスは静かに低評価に対して反省する。
「それよりも、映像は保存出来たか?」
「はい、こちらに」
そう言って、砂嵐だったモニターが切り替わり、先程までライブで見ていた映像が映し出された。
「何度見ても素晴らしい動きだな」
「そうですね、特に赤髪の子は常軌を逸した動きです」
「あの若さで………いや、そうじゃないな。問題はーーー」
隊員に指示をして、映像の終わり頃を再生させる。
そこに映ったのは、二人の少女が持つ異なる琥珀。
「フライハートが二つ…………」
ユダラスがポツリと零した言葉に、室内の全員が息を飲んだ。
「これまでの選定の儀式では、選定者は一人でした。これは…………」
「二人の選定者。ということか?しかし予言にそんなことは無かった筈だ」
「偽物というのは有り得ないですね。どちらもフライハートの効果による飛行をしています。それにスターシャークが二人に反応したのが、何よりの証拠です」
隊員の言葉を聞き腕を組む。
「では二人とも選定者ということで間違いはないな」
ユダラスの言葉に狭い管制室内にどよめきが生じる。
「“選定者は破滅を望み 選定者は継続を望む”か」
呟いたのは国王が遺した予言の一文。なぜ選定者が破滅と継続の両方を望むのか、ユダラスには理解できなかった。しかし、今目の前に二人の選定者を目撃したことで、ユダラスの抱いた謎が解明された。
「つまり予言は、この二人を示していたのか」
緑色の眼光がモニターを捉え、視線は映像に映った黒髪の少女へと。
そこでユダラスはあることに気が付いた。
「黒髪の子の手元を拡大してくれ」
はい、と隊員が指示に従いモニターを操作。慣れた手つきで操作をして黒髪少女の手元、詳しくは彼女の手に握られた少し黒ずんだ琥珀を映し出した。
「こちらが…何か?」
「………」
隊員の問いにユダラスは答えず、ただじっとモニターを凝視する。そうして数十秒の沈黙の後、踵を返してユダラスは出口に向かった。
「諸君。本日の勤務ご苦労だった。この室内での出来事は…無かったこととする」
「……ぇ」
出口扉に近付き、再度室内を向いたユダラスの口から放たれた言葉に、隊員達は意味が分からないと固まる。そんな室内の空気を気にすることなく、ユダラスが指を鳴らしたと同時に、扉が開き外から武装した三人が突入。
「な、なんだ!?」
「おい!やめろ!!!」
「ユダラス様!?これはどういう…」
その瞬間、室内で数名の隊員達の悲鳴が響き渡った。
事を終え、ユダラスは服に付いた埃を払いながら退出。外で待機していたもう一人の武装隊員に告げた。
「これより選定者様をお迎えに伺う。処理は任せたぞ」
「ハッ!」
そう言って薄暗い廊下を進むユダラスの顔には、不適な笑みが浮かべられていた。




