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第6話 星喰鮫の襲来

突然の鮫の襲来にソラは激しく動揺した。

それは一緒に空を飛ぶミオも同じで、本来有り得ないはずの現象に二人は困惑。


「って、こうやって空飛んでること自体有り得ないことでしょ」


ミオはソラが飛び立つ姿を目撃してから、何度自分の目を疑ったか。

この世の理から逸脱した存在など、こうして自ら体験でもしないと、一生掛かっても信じることはない。


「いち、にい、さん……六匹」


目視で確認できる数は六匹。

最悪を考えると、雲の中にまだまだ数が居る可能性は捨てきれない。


「逃げないとっ!!」


手元に武器なんて無い。この力は空を飛ぶ以外の能力は開花させてくれなかったから、漲る力。なんてものは感じられない。

つまり今は、逃げあるのみ。



「ぁ、あぁ……」


踵を返したミオの視界に、迫り来る脅威に脅えて萎縮するソラが写った。


「ちょっと、なにやってんの!?早く逃げないと!」

「あ、、あ、」


立ち竦み迫り来る鮫を凝視して、ソラは恐怖に身体を支配されていた。


当然の反応だった。

海遊でも鮫と遭遇することは、命の危険に曝されたということになる。

何もしなければ害はないのかもしれないが、迫り来る脅威は間違いなくソラ達の命を狙っている。その緊迫感がより一層の恐怖を駆り立てる。


さらにここは、地上から離れた遥か上空。

警察なんて頼れないし、遮蔽物もなければ隠れる場所もない。


「……死ぬ、やばい……今日死ぬんだ」


ブツブツと死期を呪文のように唱えるソラ。


「考えてみれば、ここは上空。私って飛んでるんだよ……でも、普通は有り得なくて、このまま落ちたら死んじゃって……鮫も来てるし、私、私……」


思考が定まらない。

目の前の恐怖と、これまで感じることの無かった空を飛ぶ恐怖。飛行機に乗ってる安心感なんて無くて、足元もなければ屋根もない。

落ちたら死ぬ。

高所恐怖症とは無縁のはずだが、こうして空を飛んでいると身体の内から恐怖が湧き上がってくる。


そして空への恐れは、今のソラにとってーー否、選定者として最も致命的なことであり、


「っ!わぁあ!!!」


突然失われた身体の浮遊感。ソラはバランスを崩して落下を始める。


それはーーーー


「ちょっと!?」

「た、たすけてぇ!!!!」


それは、ソラの身体に刻まれたフライハートの強制解除を意味していた。



フライハートの強制解除。

それにより突如落下を始めたソラ。一つ救いは強制解除とは言っても、完全に絶たれたわけではないようで、ギリギリ空を飛ぶことは可能だったということ。


「わっ…………うぉぉ…………ぃいいい!!」


まるで綱渡り。

ギリギリのバランスを保って、身体の重心を整える。

ソラリンも危険を察知し、ソラの胸から離れて頭へ鎮座。

その少しの衝撃で落下……は無く、しかし少しでも意識を逸らせば急降下間違いない。


「貴女……どうしたのよ急に!」


突然のソラの異常に、ミオも困惑して近付く。

急いで右手を掴み、ミオの浮遊で持ち上げようとする。


「わ、分かんない!急に……どしよ……」

「どしよって、とにかく……ほら、私に掴まって」


緊急事態に地上でのやり取りは一時保留。今はソラが落ちることを防ぐのが優先だがーーーー


「あっ、やばい!来たよ!!」

「っ!!」


ミオの身体にしがみつくために、上を見上げるソラの視界。そこに忘れかけていた鮫の襲来が映る。


迫り来る六匹の背鰭。

すると、その一つが華麗な跳躍を見せ、分厚い白雲を切り裂いて、中からついに襲撃者の姿を視認させた。


白い肌に身体には無数の傷が刻まれ、彼等の凶暴性が窺える。目という機能は備わってなく、真っ白な肌が全身を覆っており、そしてその中で、黒く輝く鼻先は、まるで鉄鉱石のような硬質感を感じさせ、弱点部の鼻をしっかりガードしている。

種類で言うと、ホオジロザメ。体長三メートルはある巨大な凶暴鮫。

それが、六匹も迫っていたのだ。


「ーーーー」

「やばい……ほんとに今日死ぬ」


ミオは開いた口が塞がらず、ソラは今度こそ死を覚悟。

思考は完全停止。

だが、ミオの生存本能は反射的に身体を動かした。


「ーっ!!!」


急いでソラを抱え、迫る星喰鮫を背に逃亡を始める。


「なんなの、なんなのアレ!!そもそも鮫が空飛んでること自体有り得ないし!」


受け入れたはずの現実だが、姿を確認して再度混乱する思考回路。

一匹ならともかく、六匹も来れば間違いなく死が待っている。


ミオのスピードはその心を表すみたく上昇していく。

だが、人を一人抱えた状態での飛行は、今日から初心者であるミオにとって慣れない作業。

はじめの音速に近いスピードまでは到達しない。


それでも時速は八十キロは出ているであろう。ミオは振り切れたかと背後を確認して絶句。


「ーーーーうそでしょ」


星喰鮫は先程までと殆ど距離を変えずに追跡を行っていたのだ。


「っ………………」


ミオの脳裏に死が予感される。

遮蔽物も隠れる場所も無い。完全な無防備状態で獲物として狙われている。サバンナだと即死。海でも即死。

そして、空でも…………


「考えてる間は無い……逃げるっ!!」


気を抜けば喰われる。

直感が身体を支配し、ソラを抱えてもスピードが上がり始める。

だが、


「ぅっ!!」


目の前の視界がボヤけ始め、周囲が回って見える。目眩だ。


「……ぁ!」

「きゃぁぁ!!!」


一瞬のバランス崩壊により、身体にしがみついていたソラが振り落とされる。


ミオは咄嗟にソラの腕を掴もうと手を伸ばすが、空中に縛られるミオとは異なり、完全にフライハートを解除したソラの落下速度には対抗できない。


「わぁぁぁぁ!!!!」


地面を奪われた途端、反転する世界。

耳元で鳴る轟音と、身体の自由を奪う風圧は間違いなく危険。

そして何より、落下するソラ、それを追い掛けようとするミオ。二人を食い散らかさんとする鮫が、二手に分かれて追跡を開始した。


「……っ、くそ!」


ソラを救助しようとするミオだが、鮫の行動を見て断念。仮に今ソラを追い掛けると、その間に居る鮫三匹も追い掛ける事になる。そうなれば最悪挟み撃ち。

今は一度距離を離すしかなかった。


幸いなのか、ここの高度はかなり高くすぐの落下死なんて無い。それにいざとなればソラも飛ぶことは出来る。


ソラを抱えていた時、彼女は小刻みに震えていた。

死への恐怖もあるだろうが、彼女は空に対しても恐怖を抱いていたに違いない。

それに、


「あんな辛そうな顔見せられて、放っておけないでしょ!!!」


ソラが気掛かりなミオは、荷を降ろし身軽となった身体に力を込めてスピードを上げる。後ろを追ってくる三匹と距離を離し、再びソラを追い掛ける。



「わぁぁぁぁ…………っくぅ……!!!」


急降下する身体に力を込めて、今一度空を飛ぼうとするソラ。そのおかげか、多少なり落下速度が落ちたように感じるが、やはりまだ完全にフライハートは発動しない。

だがそれは逆に功を奏しており、追跡者との距離を延ばしてくれていた。、


「うぉぉぁああ!!」


迫る三匹の鮫。その内の一匹が速度を上げてソラを喰おうと、口を開け鋭利な歯を幾つも見せ付ける。

実際、鮫は速度を上げてはいなかった。

ソラの中途半端なフライハート発動による浮遊によって、速度が落ちたのだ。


落下の恐怖と、獲物として喰われる恐怖。


(そういえば、お父さんと話できなかったな……)


走馬灯。色々な思い出され、やはりまだ死にたくないと身体は叫んでいる。


眼前に迫る死の刃はもうすぐソラを引き裂かんとする。

もう逃げ場の無い空の中、残り少ない命の炎を感じながら、ソラは目を閉じた。


「………………」


……………………

………………

…………

……


しかし、いつまで経っても来ない痛みと、死の足音。

ゆっくりと目を開けた時、ソラはまだ落下をしていた。


「…………あれ?」


見ると迫っていたはずの三匹の鮫は、落下するソラを捉えてはいるものの、五メートルほど向こうで回遊している。


危険が去った?そう判断するには早いだろうが、その安心感から気付けばソラはフライハートを発動させ、同じ様に飛行可能となっていた。


「…………どういうこと?」


その状況はソラを追っていたミオの目にも止まっていた。先程までの切迫の状態と異なり、空を優雅に回遊する三匹は、まるで獲物が来るのを待っているよう。


だが、ミオはその前の状況を目撃していた。

それは、ソラが諦めて目を閉じたすぐのできごとーーー


あと数センチでソラは鮫の口の中、のはずだったが、何かに気付いた鮫は急に速度を止めて今のように回遊を始めたのだ。


ソラは何かをした素振りはない。ソラリンも何かを見せたわけではない。

鮫が何かを察知して行動したのだ。


「……うわぁ!」


目下の状況に思考が止まっていたが、ミオはまだ追われる身。

後ろからの風を裂く音に気付き、ソラから距離を取る。

その間際に、


「ねぇ!!!私が鮫を引き付けるから、貴女は逃げなさい!!また飛べなくなったとかなら、今度こそ相手できないから!!!」


そう言い残して、その場で切り返し上空へ飛び立つ。


「ちょっ…………」


取り残されたソラは放心状態のまま、ミオの言葉を思い返して彼女が自分を助ける為に囮になったと理解した。

現にソラを追っていた三匹も踵を返してミオを追って行ったのだ。


「………………」


独り。静かになった空と雲の境界で、その遥か上に写る異界の大地を見つめた。



六匹の鮫を引き連れて、再び空を駆けるミオ。

常に死と隣り合わせの緊張感。耐力の限界に近いミオは飛んでいるだけで精一杯。


「…………っ!」


ソラに逃げろと伝えたが、作戦もない無謀な行動だったと反省。

何がミオをそうさせたのか。自身も分からない心境の変化に正直驚きを隠せない。


彼女の空を飛ぶ姿はとても自由で楽しんで見えた。

何の恐れも、驚きもなく、ただ楽しむことのできる彼女は、まるで姉を思い出させーーーー


「そんな暇ないでしょ!!」


邪念を振り払い、ミオの思考は現実へ。


「くそっ、速い!!」


六匹同時相手は自殺行為。

迫る鮫達は更にスピードを上げ、時速六十キロに近いミオに近付きつつある。


「……っ、考えろ、考えろ」


闇雲に逃げているだけでは何も解決しない。

考えるは、どうやって鮫達を対峙するか、だ。


「そもそもアイツら、目は無いのよね……どうやって私達を?」


姿を確認した時、鮫の身体に目と思われる機能は無かった。それは六匹全てに一致していて、そうであればどうやってミオ達を認知しているのか。


「加えて、何であの時あの子を喰わなかった……?」


最も不可思議は、ソラを喰わなかった三匹の行動。

だがそれについてミオは、ある仮説を立てていた。


「……ふっ!!!」


ミオは勢い良く身体を降下させた。

飛ぶスピードと落下速度を合わせれば、そこまで体力を必要とはしない。


「ーーーーっ!!」


六匹の鮫も後を追尾。


尚も降下し続けるミオ。

重たい風圧を浴びながら薄い雲を抜けた先、眼前に地上の街が広がった。


そろそろか。そう判断してミオは急停止。

反動で脳が揺れたが、特に問題は無い。問題は後ろに迫っているはずの鮫にある。が、


「やっぱりね」


ミオから五メートル程離れた上空で、鮫達はまたしてもその場で回遊している。


「見えないけど、境界みたいなのがあるのね」


目視では確認できない、恐らく鮫達にとって越えられない線があるのだろう。

でなければ、鮫は既にミオを食しているはずだ。


「ってことは、このまま家に帰れば…………」


安全。なのだろうが、何が起こるか分からない今、無用心に帰宅は考えられない。

かと言って対抗手段は無い。


「せめて弱点とかないの?」


体長三メートルを超える鮫相手に、素手で闘うのはあまりに馬鹿。


「アイツらも酸素を必要としてるなら、大気圏とかまで昇れば死ぬ……かな?」


その発想は、我ながら自殺行為だが現状試してみる価値はある。何より、自分独りで闘うのであれば尚更。


「はぁぁあっ!!!」


再び力を込めて、飛び上がる。

少し休憩出来たおかげで、先程よりもスピードは上がった。


回遊する鮫達の横をフルスピードで突き上がり、風圧なんて何のその。

上昇し続けるミオの身体は、風を靡かせる旗のよう。


「ーーーーーー」


上がって上がって。上がった先で、ミオの視界が薄暗くなる。


「ぅ」


小さな嗚咽と共に、身体が止まる。胃に溜まった吐瀉物を吐き出して、ミオは自身の体調管理能力の無さを痛感した。


限界をとっくに超えて、ましてここは上空何百メートル地点。気温が低くなり、ようやく意識すると左手が小刻みに震えている。


「…やば」


そう思ったのは、雲から飛び出た六つ死神が、追い詰めたミオに対して今度こそ死を与えんとしているからだ。


鮫達は警戒していた。

この間のやり取りの間、ミオは鮫達の思考を凌ぐ動きを見せ続けた。

それゆえ、彼等は無闇に貪り食うことを止め、獲物の体力が無くなる瞬間を待ち続けた。


「罠に、嵌ったのは私ね……」


直ぐに襲って来ない鮫を見て察したミオは、肩を落として生を手放そうとする。


「まあ、あの子が逃げる時間くらい稼いだでしょ」


心残りは、姉の真相に辿り着けなかったこと。だが、死んでしまえばそんな事考えなくて済むんだから、その方が楽か。

なんて、後向きな姿勢を見せて、ミオは目を閉じた。


「やぁぁあああ!!!!」


視界が暗くなった刹那を、甲高い女性の声がかき消した。


「……!?」


ハッと目を開け、周囲を見渡すが声の主は見つからない。

しかし鮫達は、その姿を既に認識している様子で、彼等の真下を気にしていた。


「…………とうっ!!!!」


ボンッ、と雲を突き抜け、一人の影がミオの眼前で停止した。


「あ、貴女!逃げてないの!?」

「そりゃもちでしょ!!仲間を置いて逃げるなんて、出来ないんだから!!」


現れた彼方ソラは、優然と髪を靡かせ、目の前六匹の鮫達に向かって指さす。


「もう終わりだから!私、あなた達を倒す方法わかったか

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