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第5話 二人の選定者

空写が始まって三日目の昼。

夏の入道雲が描かれた空の下、ソラの飛行練習は首尾よく行われていた。


「ーーっやっふぅぅ!!!!!」


雲の隙間を突っ切って青空を駆け巡るソラ。

自由に飛び回るその姿は、昨日とはまるで比べものにならないレベルに飛行能力が上達していた。

それもそのはず、昨日は夕方まで空を飛び、家に帰って寝る支度までした後に、自室の窓からこっそり空へ飛び立ち、朝まで飛び回っていたのだから当然か。


つまるところ、今の彼方ソラは徹夜後の覚醒状態。怖いものなんて何も無い!のである。


故に、


「こーんにーちわーーっ!!!!!」


たまたま見つけた飛行機に並走して、窓から見える子供に手を振る。が、やはりフライハート発動中はソラの姿は認識されないようだった。


「アッハハハハハッ!!!」


鳥類顔負けの飛行能力は、まるで生まれた時から飛ぶことが決められていたが如くに遊美。


『フライハート』の発動には、これから先もソラが認知することが無い、発動までの手順が存在する。

琥珀の光により、心臓に刻まれたフライハート。ファーストステップは、その刻印から全身へ魔力を巡らせる。そこから飛行するためのイメージを脳内で描き持って、空へ飛び立つ。

この作業を経て、初めてフライハートの発動。単体の人間が制空権を手に入れるのだ。


そして、これから先、更にソラが知ることの無い真実が一つある。


それは、彼方ソラが選定者として、ずば抜けた才能の持ち主ということ。


本来、人間が魔力を扱い、まして空を飛ぶまでには、気が遠くなるほどの時間が必要だ。

だがソラは――知らないうちに全部できていた。

理屈ではなく、ただ「出来てしまう」。

そういう種類の天才だった。更には発動までのキレに無駄がなく、言えば歩き始めるのと同じレベルで自分のモノとしているのだ。


と、そんことは露知らず、そこから更に二時間ほど空を爆走。

昼時が迫った頃合いを見て、ソラは人気の無い街の裏路地に降り立った。


「ぁああぁ〜〜〜、たのしいいぃ!!!!」


むぐぐ、と両手で身体を抱き締めて、ソラは飛行の快感を再度思い返す。

風を切る音と、身体に降り掛かる風圧。それを押しのけて駆け巡る爽快感。

忘れるはずが無い新たな体験に身悶えするのは、これで何度目か。


「ぁ、ソラリンは大丈夫だった?私結構ぶっ飛ばしてた気がするけど」


そう言っていつの間にか特等席になった頭の上を見やると、白いもふもふのソラリンは、暴走機関車から降りて、まるで船酔いでもしたかのようにヘロヘロな様子。


ごめーん、と心のこもってない謝罪をして、お詫びにと胸の前でソラリンを抱き抱える。

かれこれ8時間以上の飛行は、さすがの体力オバケのソラでも疲れが見える。


「それにしても、やっぱり気持ちいいな〜空飛ぶって。クセになるなぁ」


ぐへへ、と顔が緩む。

きっと悪い顔をしていることは間違いない。だが、他の人もこの経験をすれば必ずこの結果に辿り着くに決まっている。

疲れなど感じさせない顔で、ソラは家に帰る為に裏路地を出る。


飛行の余韻をそのままに、ルンルン気分で商店街を抜け、気が付けばその足はいつもの公園で止まっていた。


空いているベンチに腰掛けて、ここに来るまでの自動販売機で買ったオレンジジュースで喉を潤す。夏の猛暑も然る事乍ら、ベンチは丁度木の影で涼しくなっているから、休憩場所としてちょうど良かった。


一息吐いて先程まで飛びまくっていたであろう青空を見上げる。


「へへっ……」


妙な高揚感。

公園内には小さな子供から、その子らの親や、夏休みの学生など色々な人が集っている。

その群衆の中で、唯一空を飛ぶという体験をしているソラ。彼等とは全く別の、言わば生物としての特別感を抱いていた。


何せ、あの空を飛ぶ人なんて居ないだろう。


今この瞬間において、あそこに触れられるのは私だけ。


加えて、かつてソラが目撃した、空を飛ぶ人と同じになった自分に、不思議な感覚を感じていた。


そして、その目線の先には、空に画かれた異界の大地。


「………今なら、あの向こう側にも行ける、かな?」


視線の先は空に薄く写る大地へと向けられる。

これまで誰もが解明しようにも出来なかった空写。その現象の真実へ、今なら辿り着ける気がする。


空写とフライハート。そしてソラリン。

この三つの関係は間違いなく繋がっている。それがソラの出した答えである。


「……よし、行こう。いや、行ってみよう!」


思い立ったら吉日。

オレンジジュースをグビグビと早飲みして、缶をゴミ箱へ。

帰宅することを忘れたソラは立ち上がって、フライハート発動のために全身に力を込める。


全ての行程をクリアして、まさに飛び立つ、その時ーーー、


「ねぇ」


不意に、背中越しに誰かから呼ばれた。

驚いて体の力は大地へと消えていき、バッと後ろを振り向きソラの視線は、いつの間にか背後に立つ長い黒髪の少女へと定められた。


「……な、何でしょうか?」


謎の邂逅に怯えながらも、平静を装い応対。


少女は、先も言った黒いロングヘアーで、特徴的な髪留めを頭部右側に着けている。

この暑い日の中黒いフード付きの長袖を着て、その代わりなのかスボンは短パンで綺麗なスラッとした足が覗いている。歳はソラと同じくらいだろう。

やまとなでしこ。という言葉が似合う少女であった。


思わず見惚れてしまったソラは、ハッとして再び少女の視線と相対。

代わって謎の少女は、ただ真っ直ぐにソラを見つめて、


「貴女、空飛んでたわね?」


ソラの目を見据えて、飛行について問い掛けを投げた。


2


「…………ぇっ」


突然の追求にソラの思考が止まる。

(ウソ、見られてた?……でも、、どうして……)

否、飛び立つ瞬間から飛行中は誰にも認識されないことは昨日の実験で確認している。


「何の、ことでしょう?」


思わぬ言葉に戸惑いつつもソラは平然を装い対応。

だが、まるで確たる証拠を持っている少女はソラを捕らえて逃がさない。


「隠さなくてもいいわ。貴女が昨日この公園から空に向かって飛んでたわよね?私、この目で見てたから」

「………ぇ、、ぁ……」

「それに、別にだからと言って貴女を通報とか、ネットで晒すとか、そういうのじゃないから安心して」


もしそうならもうやってるし。と少女は話す。

基本嘘をつくことができないソラは、平静を脱ぎ捨てて、まるで悪事が見つかった子供のようにアタフタ。それを見て確信を得たであろう少女は、ソラの回答を待つこと無くさらに続けた。


「安心して。変なことするつもりはない。ただ、」

「ただ?」

「私の目的は一つだけ。その貴女の頭の上に乗ってるソイツを、渡してちょうだい」


そう言って少女は、銀色のブレスレットを着けた右手をポケットから出して、ソラの頭の上に鎮座するふわふわーソラリンを指差した。


「………もしかして、ソラリンのこと?」


下手な誤魔化しは、もう出来ないと判断したソラは、少女の言葉に反応した。

会話の流れから、空を飛ぶところが見えていたという事は、必然的にソラリンが見えていることに繋がる。更に少女はソラリンを指差しで指名しているのだから間違いない。


「ソラリン?あぁ、ソイツのこと?」


名前なんてどうでもいいわ。と少女は冷たく言い放つ。


「どっちでもいいから渡してくれない?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。ぇ、急に話し掛けられてソラリンを渡せって、意味分かんないよ。私あなたの事知らないんだし」

「…………はぁ……良いわ、それなら単刀直入に言うわね」


そう言って少女は、立っていた木の影から出て来て、暑い日差しの下に現れた。

日に照らされた顔は、白肌で美しく、光当った黒髪はそれでも漆黒の艶を靡かせる。


「私は……黒羽ミオ。十年前、ソイツに家族を奪われた」


少女ー黒羽ミオの声は少し震えていた。しかし真っ直ぐに髪よりも漆黒の綺麗な瞳をソラ、そしてソラリンへ向けた。


「………ぁ、もしかして」


そこでソラの直近の記憶が蘇る。


“十年前、行方不明になった女の子が居る”


渡辺さんが言っていた、行方不明者。そして目の前に現れた、ソラリンに家族を奪われたという少女。

唐突な出会いにソラの思考は加速し、複雑な思考の迷路は一直線に答えという駅に到着。


「貴女がどう知ってるのか知らないけど、仮にも同情する気があるなら今すぐソイツを渡しなさい」


ソラの表情から全てを読み取ったミオは、再びソラリンを指差して引き渡すように要求。


今度は言葉に強い力が込められ、その意思は強固な物であると分かる。

ミオの黒い瞳は嘘など語っておらず、まるで憎しみの化身。その圧倒的存在感は、土砂降りの雨の中に轟く雷鳴のようだった。


「…………」


その威圧に気圧されてソラは固まり、その数秒の思考のさなか、ソラが考えたのはーーーー


「ーーでもごめん!!」

「ぁーー待ちなさい!!」


逃走。ソラは流れるような動きであっという間に上空へと飛び立った。


本能的に危険を察知したソラ。当然待つつもりは無い。

まずは彼女が見えなくなる所まで逃げて、その後人気の無い所で降りればよい。


「あの子の話、本当だとしてもソラリンは渡せないよ……だって、凄く怖い感じしたし……」


心に複雑な思いを抱きながら、ソラはスピードを落とすことなく上昇していく。

作戦は完璧。結局のところ地上の他に逃走先に空があるだけで、この逃走劇はソラの勝利ーーーのはずだった。


「ーーっ!!!?」

「(ふわっ!!)」


上空へ逃げて、公園に見えるミオが小さくなる位までの距離を置いた時、まるで地上から足を引っ張られるような悪寒が全身を駆け巡った。


まるで黒いドロドロが突然に地上が噴出し、ヌルりとした深淵の闇が身体に纏わり着く。


それが気のせいでないことは、ソラと同じように反応したソラリンが物語っている。


悪寒の正体はすぐに予測がついた。


「………………」


目標物に逃げられ、公園に一人残されたミオは、ただじっと空の上へと逃げたソラに向かって鋭い眼光を送っていた。

そのミオ右手から黒いモヤが発生し、彼女の足元ー肩幅を円形に取り囲むように広がっている。


遠目から確認しただけで、ソラはそれが何かを理解した。


「あれって、前の光と同じ……?」


全く同じ、わけではないが、ソラリンから吐き出された琥珀の発光と似た何かを感じた。

しかしそれは、あまりにも冷たく、憎しみと怒り、憎悪のような邪悪な感情を纏っている。


「ソラリン…………」


腕に抱えたソラリンは毛を逆立てて、まるでミオに起こっている現象、起ころうとしている事象を恐れていた。


ミオの変貌に気付いたのはソラ達だけで、他に居る公園の人々はミオを視界に入れることなく通行していた。

即ち、


「フライハート!」


ミオもまた、ソラと同じくフライハートの持ち主であることを示している。

そして、


「っ!!」


ミオは一度地面を跳ねたかと思うと、そこから一気にソラの元へ急接近して来る。

目視では認識しきれないスピードは、まるで音速。


「っ!!ぁ!!」


まずいと思い直して、ソラはミオから距離を離すために更に急上昇。

風圧を肌で感じながら、しかし後ろを気にする余裕は無い。


空中での逃走は、よりどちらがスピードを持って飛べるかが鍵となる。


分厚い入道雲を抜けて、ソラは既に大地の見えない雲の上へ飛び出した。


だが、そこには既にミオが待ち構えていた。


「……そんな」


恐らくミオの飛行は今回が初めてのはず。なのに天才肌で練習を重ねてきたソラを追い抜くスピード。

初めてだろうに動きに無駄がなく、まるでずっと空に居たかのよう。

黒羽ミオは完全にフライハートをものにしていた。


「これ、初めて飛んだけど。結構簡単なのね。貴女でも出来た理由が分かった気がする」


ソラから三メートル程離れた位置に立つミオは、血相一つ変えずに、しかし空を飛ぶことすら嫌悪して、遅れて現れたソラに向かって冷たい言葉を浴びせる。


「あなたも、ソラリンからフライハートを貰ったってこと?」

「フライハート?あぁ、これのこと?」


そう言ってミオがポケットから出したのは、ソラが持つ琥珀ーーとは少し異なっており、表面に黒いモヤが掛かった琥珀。


「これ、ソイツから貰ったわけじゃないの。まあ経緯を話すつもりはない。もうどうでもいいからソイツ渡してよ」

「待ってよ。急に現れて、ソラリン渡せって何なの!?言い方だって凄い悪意あるし……そんな失礼な人の言うこと聞くわけないじゃん!」


言い放ってソラは、ミオとは反対方向へ身体を向けて飛んで行く。

とにかくソラリンを渡すわけにはいかない。その一心でソラはフライハートを発動し続け、その想いと絡まってか、スピードはこれまでの練習よりも上がり、ソラの集中力も研ぎ澄まされていた。


「ーーーッ!!!」


その横を音速で過ぎ去った黒を、ソラは再び目で追えなかった。

直近で最もポテンシャルが高いソラの眼前を、黒い影はまるで茶化すみたいに自由に飛び回り、しかもそのスピードは落ちることなく常にマックススピード。


「…………どう?」


やがてゆっくりとソラの目の前に降り立ったミオは、まるで馬鹿にする顔で眼前の小さな者へ問い掛ける。


「どうして……」

「どうして?知らないわよ。貴女より私の方が才能あるんじゃない?」

「違う!!」


圧倒的優位を見せ付けるミオに対して、ソラは思わず声を荒げる。


「この空は……私の……なのに、なんであなたも……」


心から漏れる言葉。

何年も夢見た空の世界。ようやく手に届いたはずの世界に自分以外の来客があった。さらにはその者の方が空を飛ぶ術が優れている。

その現実は、空を飛ぶことに優越感を抱いていたソラの心を真正面から打ち砕いた。


「何言ってんの?貴女にとって空飛ぶって、ただそれだけのことだったの?まぁいいや、とにかく今はソイツをーーー」


そこまで言って、急にミオの動きが止まった。ソラも同じく、何かを感じて動きが止まる。


青空と雲の間に立つ、二人の選定者。


孤立された世界の狭間。何の音も、声も無い世界には二人だけしか存在しないーーーーはずだった。


「っ!!」


その存在に、いち早く気付いたのはミオだった。

黒髪を靡かせて背後を見ると、そこには二人に向かって迫り来る六つの背鰭。


「さ、サメ!?」


映画でよく見た事のある背鰭がまさか雲の中を回遊して接近してくる。

脳裏にあの音楽が流れながら、そんな悠長にしている暇ないと、ソラとミオは空中で後退り。


『ーーーーー』


そして、白い雲海を超えてようやく姿を現したのは、六匹の鮫、もとい、『星喰鮫スターシャーク』と呼ばれるアルヴィスからの刺客であった。

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