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第10話 裂け目の向こう側

その匂いは、澄み渡る青空の下に生命を宿す青草と大地の香り。嗅覚に気を取られて、次に視覚に眩い光が差し込まれる。それが太陽の光だと理解するのは、そう時間が掛かることでは無かった。

鳥の囀りと暖かな光に包まれて、ようやく少女ー黒羽ミオは目を覚ました。

「此処って」

起き上がって周囲を確認する。辺り一面草原が広がり、遥か向こうには海が見える。加えて自分が小高い丘の斜面に寝そべっていた事を知る。体に付いた草を払いながら立ち上がり、同時にミオの隣を吹き抜けた冷たい風を感じて、彼女の思考は一つの仮説を立てた。

「まさか、そんな…」

自分で考えておきながら、それを否定する矛盾。しかし直前の記憶から考えるとまず間違いない。

「…」

その時、ミオの頭部に柔らかいモノが降り立った。

「貴方、あの子の」

直前、穴に飲み込まれるソラリンを掴んで一緒に落ちてきたようだった。

「てことは、あの子は」

周囲にソラを探すが、彼女の姿は見当たらない。加えてそれ以外の生物の気配がなかった。

「此処、どこか分かる?」

ミオは頭の上に鎮座したソラリンへ初めての接触を試みた。しかし、ソラリンは何も発することなく、ふわふわとどこか嬉しそうで寂しそうな表情をミオへ見せた。

「そんな顔されても、私はあの子じゃないんだから、分かんないわよ」

そう言ってミオはソラリンを持ち上げて目の前に置いた。

「…」

この謎の生物は、十年前確かに姉と共に居た存在に間違いない。姉が失踪する当日、ミオは初めてその姿を認識し、その為詳細なことまでは分からない。だがミオの魂が目の前のふわふわが姉と共に居た存在だと叫んでいる。

「…」

だからと言って、この生物とコミュニケーションが成り立たないのは理解した。ならば?

「殺すってのは物騒よね」

復讐。そんな単語が脳裏を過ったが、良心がそれを許さない。

黒羽ミオはこれまで、失踪した姉の消息を掴むため、関係するであろう空写を待っていた。それは単に、姉との再会を夢見たわけではなく、真実を知りたいという好奇心からによるもの。しかしその中で、家族をバラバラにされた恨みもあれば、最期に見た姉と一緒に居たモノへの憎しみもある。

どれが正しい感情か。どれが本当の感情か。結局理解できないまま現在に至っている。

「だからって」

許せるはずがない。

あるはずだった未来。あるはずだった幸せを崩されて、どうしてまともに居られる?

「…」


『恨みや憎しみ、復讐は何も生まないよ』

保護施設で言われた言葉が過ぎる。


そんなことは分かっている。負の感情を抱いたまま幸せになれないことも理解している。だけどそれがなんだ!?恨んで何が悪い?憎んで何が悪い?復讐を目論んで何がいけないというのか。人間であれば付属として搭載された感情を抱いて何が悪い。

大好きで慕っていた姉を、優しくて頼りになる父を奪われて、どうして何も気にせず、笑顔で暮らさないといけないのか。

『恨みや憎しみ、復讐は何も生まないよ』そんなことを言えるのは、この世の中の不条理を知らない馬鹿だけだ。


“私は許さない。私は赦さない。私は必ず復讐を果たす。奪われた家族も全て取り戻して、お前達に地獄を。お前達に不条理を”


……………。

『もう終わりだから!――――』

ミオの脳裏にわんぱくな言葉を発する赤髪の少女が浮かぶ。なぜか彼女を見ていると、どこか姉を思い出す。恨みで体を染めて、手放したはずの美しい過去の宝石みたいな記憶が流れてくる。そのせいか、

「貴方の処分については保留にするわ。私が勝手に何かしたら、あの子怒るだろうし」

気づけばミオは、ソラを気にしてソラリンを頭の上に戻していた。

たった少しの接触だったにも関わらず、ソラという存在はミオの中で大きく刻まれていたのだ。それについてミオが理解することはなく、ただソラが気になるのはなぜか。という疑問も抱いたまま。

「まずは情報収集ね」

現実に意識を戻して、ミオは歩き始めた。

「私の仮説だけど、此処って空に写る大地。で間違いない?」

「(ふわふわ)」

「ねぇ、ちょっとは反応したらどうよ。まるで独り言じゃない。まぁいいけど」

そう言って不貞腐れた顔をしながらミオは続けた。

「別に胸を張って推理するわけじゃないけど、あの空に空いた穴を通って、私達はこの場所に出てた。周辺の雰囲気から日本じゃなさそうだし、何より決定的なのは―」

顔を上に向けて美しい青空を見上げる。そこには

「この時期、いつも写ってるはずの空の大地が消えている。てことは、必然的に私達はそっち側に来てしまったってこと」

合ってる?とソラリンに問うも、当然反応はない。

「一緒にあの穴に落ちたのなら、あの子もどこかに居るんだろうけど……………この感じだと探すのは難しそうね」

数分歩き続け、丘の上に立ったミオは、自身の推理が正しいものだと確信した。


広大に広がる緑の大地。その果ては目視で確認することはできず、ただ広がる緑園の大地が彼方まで広がってた。

当然日本にこんな場所が無いことをミオは理解しているし、加えて言うならば、ミオから見て右側に大きな都市のような建造物がある。周囲を塀で囲まれ、中央に向かって建物が空へと伸びている姿は、どこか神威的な趣きを感じさせた。

「これ、家に帰れるのかな」

そういえばと、叔母の家に連絡していないことを思い出して携帯を取り出すが、画面には圏外マーク。当然か。と考えながらも、ミオは眼前に映る神秘的で美しく、どこか儚い異界の景色を胸に刻んだ。



「まずはあの街に行ってみようかしら」

丘の上から、向こう側に見える都市を目指そうとして道順を確認する。整備させた道路などは無いようで、しかし都市の目の前くらいまで行けばある程度綺麗な道があることが確認された。

「ということは、この世界に知識を持った生き物が居るってことね」

遠目からどのような生物が居るのかは把握できないが、あんな都市を建造できるだけの知識と技術を持った生物がいることは確実。

「……」

ファンタジーの世界だと、人型などが定番だが、実際そうとも限らないだろう。ミオは多少の不安と期待を胸に歩を進めた。

そこから数分ほど歩いて、丘を下りある程度平らな場所に来たミオは、休憩するために地面に腰掛けて空を見上げていた。ソラリンはミオの頭の上から動かず、優しく撫でる風を感じながら昼寝をしている。

「キレイ…」

思えば姉が失踪してから、空を見上げるのが怖くなりちゃんと見たことが無かった。空気が綺麗で、そのおかげか青空がこれまでよりも澄んで見える気がした。

その視界に、飛行物体が映った瞬間、ミオは反射的に立ち上がり、後ずさった。

「―――」

額に冷たい汗が流れる。

空からの来訪者といえば、直前の記憶で酷い目に遭った鮫の襲来がある。そのためミオの神経はこれまで以上に尖り、上空からゆっくりと降下して来る円盤に注意を向ける。と同時にすぐに逃げるために空を飛べるように準備を進める。

「―――」

そして、ミオから少し離れた場所に舞い降りた謎の円盤。その上に立つ黒スーツで薄緑の髪をした男がゆっくりと大地に降りた。

「人……」

男の人相は分からないが人型であることから、ファンタジーの世界は的を得ているのだと認識を改めた。そんな雑念を考えながらも、ミオの意識は男から離さない。いや、正確には離れない。長髪を後ろで結び、メガネと思わしき物を着けてその姿は国の役人のよう。しかしミオは彼を「取立て屋」と表現した。

ゆっくりと歩を進め、ミオに近づく男。

「言葉が通じるか分からないけど、それ以上近づかないでもらえるかしら?」

「―――」

伝わるか分からないため、ミオは強めの口調を使い、雰囲気で伝わるようにと声を発した。それを聞いた男はピクリと肩を動かし、そして止まった。

「これはこれは申し訳ございません。不安にさせたのでしたら、謝罪をさせていただきます」

落ち着いた透き通るような声。男が発した言葉を聞いて、ミオは言語が理解できるということを認識。しかし、警戒は緩めない。

「言葉が通じるのは、アナタが持っておられる魔法石による効果です。とは言え、その石の所有者でなければ効果を発揮しないわけですが。とりあえずの疑問は払拭されましたか?」

「……一応ね。貴方は誰?私の前まで来たってことは、この世界の住人で、何か目的があるってことよね」

「フフッ…」

男はミオの言葉を聞いて笑った。

「その理解力の高さ。状況に対する的確な判断。まるで国王を見ているかのようだ」

「?」

「あぁいえ、こちらの話です。と言ってもアナタにも関係はありますが」

男の言葉を理解できずにいるミオを置いて、男は止めていた歩を進める。

「私の名はユダラス。このアルヴィスにおける四綠冠の補佐を務める者。そして、アナタ方選定者様の付き添いを務めさせていただく者です」

「…」

「私の話が信じられないという顔ですね」

「当然でしょ?此処が私の住んでいた場所とは違うことはわかってる。けど、だからと言って、現地で出会った初対面に気安く心を開くほど私の警戒心は緩くない」

再び距離を取ろうとミオは後ろへ下がる。男―ユダラスの異様は雰囲気に気圧され、脂汗は止まることなく、ミオの思考は逃げの一択を選ぼうとしていた。だが、逃走というミオの選択は、次のユダラスの言葉で選択肢から除外されることとなった。

「成程。流石、と評価するしかないですね。流石、現国王の妹様だ」

「―――は?」

ミオには、ユダラスが何を言ったのか理解できなかった。正確には理解できていた。だが言葉の意味、真意がまるで掴めなかった。

この男はなんと言った?“現国王の妹”言葉の意味は理解できる。しかしミオはアルヴィスと呼ばれるこの世界の生まれではない。もしかすると、自分の知らない生い立ちがあるのかもしれないが、そんなはずは絶対に無い。ということは、男の言う“現国王の妹”というのはつまり―――

「姉を…知っているの?」

「もちろん。と言いましょう」

「で、でも、どうして…いや、なん、で」

推測はできている。ユダラスの言葉を聞いて、ミオの思考はある一つの答えを導き出していた。だが、それを理解し、飲み込むことがどうしてもできない。

何故ならそれは、ミオにとってとても残酷で、悲痛なものだから。

それを察してか、ユダラスの口調はどこか意地の悪いものに変わった。

「恐らくアナタ様は既に『なぜ』の答えを導き出しておられる。ですが、理解していただく為に説明しましょう」

そう言って、ユダラスは着ている黒い背広の内ポケットから、一つの石を取り出した。

「こちらに見覚えは?」

「―――!!」

ある。という言葉は出ず、表情を見てユダラスは答えを得た。

「ありがとうございます。ご存知こちらはアナタ様のお姉様―黒羽リオ様の持ち物であった魔法石です。我々はこれをフライハートと呼んでいます」

「…」

「そして、これと同じ物をアナタ様は持っておられる。そうですね?」

ミオはポケットの中の石に触れる。そしてそれを取り出し手のひらの上で見つめる。ユダラスの取り出した魔法石と同じ形、同じ紋様。同一の物だと理解した。

「こちらはお姉様が持っておられ、そして置いて行かれた魔法石です。この石は十年に一度の選定の儀式で必要となり、選ばれし選定者がこのアルヴィスに届ける物。各儀式でそれぞれ一つずつ。どれも形も紋様も異なる魔法石です」

「なら、」

「そう。これと同じ形、紋様の石は存在するはずが無い。しかし、この度アナタ様はソレを持ってこのアルヴィスにお越しになった。わかりますか?」

ユダラスは続ける。

「調べたところ、私の持っているこの魔法石―フライハートは、殻だけ似せた偽物。そしてアナタ様の持っておられるそのフライハートこそ、本物であります」

「……待って、つまり何が言いたいの?」

「つまり、現国王は偽物。アナタ様こそ、このアルヴィスを治める国王の資格があるのです!」



ここまでのユダラスの説明を聞いて、ミオの中にあった姉への不信感が形を成そうとしていた。そしてそれを理解して、自分が恐ろしく感じた。

これまで過去の記憶の中で慕っていた姉の肖像が音を立てて崩れていく。いつも優しく、笑顔で向き合ってくれた姉。勉強もできてスポーツもできる完璧超人。そんな憧れの姉。これまで一度も不信なんて―――

「……」

「矢継ぎ早に話をしてしまい申し訳ございません。先ほどの星喰鮫との戦闘で、アナタ様のフライハートを確認させていただき、確信を得ました」

「なるほど、あの鮫は貴方の仕業ってわけね」

「申し訳ございません。選定者様の力量を計る為、危険な真似をしてしまいました」

さらっと明かされた鮫の襲撃に関する黒幕。だが、それよりもミオの思考は姉について、で止まったまま。

「姉さんは、どこに?」

「リオ様は二年前より行方不明となっております。このアルヴィスの大地に居られることは分かっていますが、未だ消息が掴めていません」

十年前にミオの前から姿を消した姉。今度はこの世界でも行方不明となっていることを知り、ミオはただ、「そう」と言っただけ。

「私を、どうするの?」

「これより新たな国王として王都へ招待させていただきます。その手筈は既に済んでおりますのでご安心を」

「……」

ユダラスはミオの回答を待たず、乗ってきた円盤に向けて手をかざす。すると円盤の直径が広がり、二人は乗れるであろう大きさとなった。ミオはただその光景をじっと見つめる。

「そうだ。そちらの使徒様は私が預からせていただきます」

「使徒?あぁ、コイツのことね」

ミオは頭に鎮座していたソラリンを持って、近寄って来たユダラスに渡した。ソラリンは特に抵抗することはなく、ユダラスの肩に乗せられて大人しくしている。

「さあ、行きましょう。詳しい話は王都について説明させていただきます」

「……」

ミオの思考はなかった。ただ促されるがままに円盤に乗り、ユダラスが乗ったと同時に浮かび上がって移動を始めた。円盤は地上を離れて上昇し、雲が手に届きそうな位置で停止。

「ここからですとかなり景色が良いかと思います。こちらが、アルヴィスの大地でございます」

そう言ってユダラスが両手を広げて見せた景色は、普段絶対に見ることのできない自然のみの世界。山は無く、ただ緑の大地が彼方まで続き、誰かの生活を伺えるのはミオが目指していた都市のみ。これがユダラスの言う王都であると理解。

ただ、それだけ。

「―――」

景色に対して何も感情が湧くことはなく、ただ漠然とした無気力が体に漂う。

「―――あぁ」

ユダラスの言葉をどこまで信じるか、という問題はあるがそれでも彼の言葉には説得力があり、ミオ自身もそれを納得してしまった。

「―――あぁ、そうか」

だからだろうか。これまで全ての理不尽を初めて受け入れた気がした。


“姉さんは、私を捨てたんだ”


私を捨てて、この訳のわからない世界の国王なんかになった。

そのせいでお父さんは自殺して、私は独りぼっちに。

………そっか、お父さんだって姉さんだけが居て欲しかったんだ。だってそうじゃないと、私を置いて死んだりしないよね。

…………………………………………………なんで

…………………………………………なんで、私は捨てられたんだろう。


先ほどまで綺麗だと思って見上げていた空が、汚いものに感じた。


“憎い”


人がこんなに早く心変わりするなんて知らなかった。


“疎ましい”


ただ真実を知りたかっただけ。しかし、その真実の断片はミオの心を―――


「ユダラス、だっけ?」

「はい」

「いいわ。私は国王とやらになりましょう」

「それは、ありがとうございます」

「だから―――」

砕けた心は何も思わない。そう。ただあの時と同じように、憎しみで石を染め上げたように。

「貴方達は私に報いなさい」

真っ黒に、深い深淵に落ちていく。

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