ガラスの優等生
あたしの名前は上杉千尋。
誰からも好かれ、可愛い、優秀、順風満帆――
周囲はみんな、そんな“完璧な千尋”を信じて疑わなかった。
けれど実際のあたしは、強くなんかない。
人並みに悩むし、傷つくし、間違える。
それでもクラスメイトは、あたしを「優等生」という仮面をかぶったまま見続けた。
褒め言葉の裏に潜む小さな嫌悪。
教室の隅で聞こえる、刺すような声。
「いいよね、千尋は全部持ってて」
あたしは聞こえないふりをするしかなかった。
***
ある日、親友の彩が笑いながら言った。
「千尋って、何でもできるから羨ましいな」
だけど、その目はまったく笑っていなかった。
夜、自分のSNSを見ると、尾ひれのついた噂話が広まっている。
あたしの失敗や悪口が、親友のアカウントからリツイートされていた。
気づけば、陰の声が増えていた。
「千尋ってさ、大して可愛くなくない?」
「あんなのがテスト1位とかムカつく。ブスのくせに」
胸がしめつけられる。
でも、誰にも助けを求められなかった。
***
小さな攻撃は毎日続く。
女子はこっそりあたしの服を真似し、
「千尋のやつ、裏でとんでもないこと言ってるらしいよ」と噂を回す。
教師でさえ、表では褒めながら、
「クラスが荒れるのは千尋がリーダーシップを取らないから」と母に伝えていた。
家に帰れば、母はあたしの顔色だけを見て怒る。
「疲れた顔をするな。人に心配をかけるんじゃない」
暗い顔をしただけで平手打ち。
だから、あたしはいつも明るく振る舞うしかなかった。
完璧であることを、永遠に求められていた。
***
そんな時、二ノ宮悠真が近づいてきた。
最初の彼は優しかった。
困ったときには必ず声をかけ、誰よりも気遣ってくれた。
でも、距離を置こうとすると、
笑顔の裏に潜む冷たい気配に気づいてしまう。
ある日のこと。
教室であたしが小さなミスをしたとき、
二ノ宮は耳元で優しく囁いた。
「大丈夫。俺がいるから」
翌日には、クラス中にこう広まっていた。
「千尋が泣いて二ノ宮に頼ってたらしい」
事実じゃない。
でも誰も信じてくれない。
優しさを装いながら、
彼は確実にあたしを“孤立”させていた。
そしてあたしへのいじめは、密かに、しかし確実に激しさを増した。
助けを求めても「自分で対処しろ」。
人に話せば「優等生が何甘えてるの」と笑われる。
心は少しずつ摩耗していった。
***
いつしか、自傷が日常になった。
夜になると、SNSには悪質な書き込みが届く。
「優等生なんだからもっとしっかりしろよ」
「千尋は甘えすぎ」
そのたび、心が押しつぶされそうになる。
ブロックすると、翌日には学校で噂になった。
「あいつ、友達のアカウントブロックしたらしい」
「感じ悪いよな」
もう、どこにも逃げ場なんてなかった。
眠れない夜が続き、泣き続ける日々。
そんなある晩、SNSにこんなコメントが届いた。
「ブスで無能の千尋さん、調子に乗りすぎ。生きる価値ないよ。死ねば?」
正常な精神状態なら通報した。
でもこのときのあたしは、限界を越えていた。
だから思わず、こう返した。
「あたしより生きる価値ない人なんてたくさんいるでしょ。
嫉妬していじめてくる奴らとか。
あたしの悪口言ってる奴らとか。
クラスのために頑張っても叩かれる気持ち、分かる?」
その投稿は“問題発言”として即座に学校に伝わった。
***
翌日、あたしは全員の前で教師に怒鳴られた。
相手が先に中傷してきたことを説明しても、誰も信じない。
泣きじゃくるあたしを、クラス全員が嘲笑った。
その瞬間、胸の奥で何かが決定的に切れた。
――殺してやる。
いけないことだと分かっている。
でも、なぜあたしだけがこんな目に遭う?
その怒りが、全身を支配していた。
***
翌日、あたしはナイフを持って学校へ向かった。
いじめてきた数人を狙って襲った。
何人かに怪我を負わせたが、死人は出なかった。
すぐに駆けつけた警察に、あたしは現行犯逮捕された。
ニュースは翌日大きく報じられ、
あたしはただの“加害者”になった。
裁判で、懲役8年の判決が下った。
あたしは「やりました」以外、何も言わなかった。
謝っても無駄。
真実を話しても、誰も信じない。
人間なんて、そんなもの。
あたしは静かに耐えることしかできない。
まるで、獲物に襲われた動物が、
無抵抗のまま食べられていくように。
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