表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【同じ空の下で生きている】

英雄たちはまだ立っている

作者: 小雨川蛙

 

 この場所に初めて訪れたのは今から四年前のことだ。

 私はまだ幼い少女で子供も作れるかも怪しい年齢だった。

 だからこそだろう。

 私は男のお気に入りだった。


「ここに人を入れるのは初めてだ」


 申し訳程度に羽織ったシルクのローブ。

 その下にある素肌がびくりと震える。


「見事なコレクションだろう?」


 満足気に笑う男の言葉に私は薄笑みを浮かべて頷いた。


「人間を飼っていらっしゃるのですね」


 数え切れないほどの鳥籠や虫籠のような檻。

 その中に一人一人丁寧にしまわれた人々。

 種族は様々だったがその多くが人型で、人間や獣人に竜人……中にはエルフまでいる。


「以前はドラゴンも飼っていたんだ」

「ドラゴンも?」

「あぁ。だが、餌の確保が面倒でな――そもそもどれだけ肉を出そうとも食おうとしなかった。死んだ肉は勿論、生きた肉もな」


 当然だろうと私は思った。

 ドラゴンはあまりにも気高い存在だ。

 人間からの肉を渡されるなど決して受け入れたりはしない。


「さて。君は先ほど『人間を飼っている』と言ったが、ここに居る輩はそんな貧相なものではない」

「違うのですか?」

「あぁ」


 言うが早く男は不意に私の首を魔力の刃で傷つけた。

 いつも心のどこかで覚悟していたことだ。

 喉に溢れた血に溺れながら目を強く閉じて倒れ込む。

 どうせ、すぐに終わる。

 あとは耐えるだけで良い。

 ――そんな理解を嘲笑うように刃は何度も私の身体を斬りつける。

 痛みに震えながら私は必死に耐える。


 悲鳴が聞こえた。

 同時に身体の痛みが和らぐ。


「見てみろ」


 頭上から声が響き、私は恐る恐る目を開く。


「馬鹿丸出しだろう」


 醜悪に笑う男の周囲を白い魔力が漂い私の身体に優しく降り注ぐ。

 ――何が起きているの?

 疑問の答えを求めて辺りを見回すと檻の中に居た人々が必死に魔力を振り絞って回復魔法を唱えていた。

 ある者は涙を流し、ある者は悲鳴をあげ。

 回復魔法を使えないらしい者は必死に私を言葉で勇気づけている。


「私が飼っているのはただの人間ではない。英雄だ。それも正義の味方としか言いようのないほどに気高い者達ばかりなんだ」


 心底愉快だと言わんばかりの笑い声。


「協力をすればこの状況で私を殺すことだって出来るかもしれない。だが、こいつらはそれをしない。何故か分かるか?」

「……分かりません」

「改心すると思っているのだよ。この私が」


 男はそう言うと再び魔力の刃を作り私の頬を斬り裂く。

 悲鳴。

 泣き叫ぶ声。

 慈悲を請う声。

 いずれもが私のものではない。


「悪を殺すのではなく、目の前の命を必死に救おうとしている。滑稽だ。悪さえも殺すのを躊躇う。馬鹿丸出しだ。そう思わないか?」


 痛みは続いた。

 彼らの魔力が尽きるまで。


「さて。起きたまえ」

「……はい」


 男の腕を借りて私はどうにか立ち上がる。


「よく痛みに耐えたな。ご褒美をやろう」


 喉の奥でせりあがるのは痛みか吐き気か――あるいは憎悪か。

 けれど、今は隠すしかない。


「はい。ありがとうございます」


 私は男と共に救い難い者達が囚われた場所を後にした。



 ***



 そして四年が経ち。

 私は今、再びこの場所に居る。


「お願い。助けて」


 腕にはまだ幼い赤子が寝息を立てている。

 先ほど、戯れに殺されそうになった私の生まれたばかりの子供だ。


 愚か者たちが私に問う。

 当たり前の問いを。


「殺したよ。あの男は。だって。この子を殺そうとしたんだ。自分の子供だっていうのに――私に食べさせるためだけに」


 愚か者たちはどよめく。

 仮にも父親がそんなことを?

 信じられない。

 だけど、彼女が嘘をついているようには――。


「分かんないの!? この状況にあって! 何年も改心をするのを待って! 目の前で何人も苦しめられているのに!」


 目から涙が零れ落ちる。

 裂けてしまった喉に針で刺されたような痛みが走る。


「悪はいるんだよ! どれだけあんた達が願っても! 信じても! 悪はいるんだよ!」


 どうしてそれが分からないのさ。

 なんで自分達がそんな状況になっても理解できないのさ。


「だからお願い。助けて――もうすぐあいつの部下達がここに来るの」


 思い切り我が子を抱きしめながら震える私の背後から怒声が聞こえた。


 悲鳴をあげる。

 もうダメだ。

 その直後。


「鍵を貸してください」


 彼らの内の一人が言った。


「守ってあげます」


 正義の味方達は口々にそう言った。


「何があっても」



 ***



 あの夜。

 死んだのはあの男だけだった。


 私も我が子も正義の味方も誰一人死ななかった。

 ――あいつの追っ手だって。


「見て! お母さん! セリュアさん達が難病の治療薬を作ったんだって! 流石エルフだね!」


 街の掲示板を見てはしゃぐ男の子——あいつの面影を残す我が子を思い切り抱きしめる。

 この子は父親の事を何も知らないし、私も教えるつもりもない。


 正義とはなんなのだろうか。

 今でも私はそんなことを考える。

 答えは出ない。


 ただ、あの日、解放された彼らの息吹は。


「ほら! こっちではグレザァンが川を塞き止めていた大岩を破壊したんだって! やっぱり、竜人の力はすごいや!」


 愚かな程に正義を盲信する彼らは今日も世界のどこかで人々を救っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ