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32-3・粉木と里夢の弁舌戦

-文架市の国道-


 根古佑芽が目を覚ますと、そこは車の助手席で、車は見慣れた国道を走っていた。


「お目覚めかしら?今日は、かなり霊力を消耗したんだから仕方無いわよね。」


 疲労で1時間ほど眠っていたようだ。運転席の里夢がチラ見をして微笑む。


「あ・・・あの・・・」


 佑芽は、意識を失う寸前に、里夢の唇を介して‘圧倒的な何か’に支配されたことを思い出すが、体調の変化は感じない。疲労困憊で、妙な錯覚をしたのだろうか?

 ただし、接吻をされたことは覚えており、自分の唇を軽く手で触れてから、警戒気味に里夢に視線を向けた。


「口付けのこと、ごめんなさいね。

 佑芽さんの努力を見ていたら、つい嬉しくなっちゃって。」

「だ、だからって・・・急に・・・。私、そんな気はありませんから。」

「ふふふ・・・私も『そんな気』は無いから安心して良いわよ。

 佑芽さんは、私が海外育ちって聞いているわよね?」

「はい・・・子供の頃に海外に行って、大魔会で学んだって聞きました。」

「私の住む海外の町では、ただの軽いスキンシップなんだけど、

 日本育ちの佑芽さんには強烈だったみたいね。

 以後は、日本式を心掛けるように気を付けるわね。」

「・・・スキンシップ・・・ですか?」


 言うまでもなく里夢の虚言だ。頬に口吻をする国はあるが、愛情表現以外に、唇同士を合わせるスキンシップなど存在しない。だが、世間知らずな小娘を騙して安心させることはできた。

 佑芽が里夢を疑って調べれば、嘘は簡単にバレるだろう。しかし、佑芽に契約の楔を打ち込んだ現状では、距離を空けられても「魂約の口吻」で縛り付ければ済むので何の問題も無い。


「ねぇ、佑芽さん。以前から疑問に思っていたんだけど・・・」

「なんですか?」

「佑芽さんは、文架支部のことは恨んでいないのかしら?」

「文架支部を?・・・なんで私が?」

「だって、無能な文架支部が、鬼を野放しにしてしまった所為で、

 お姉さん達が尻ぬぐいに派遣されて、命を落としてしまったのよね?

 文架支部が職務を全うしていれば、殉職せずに済んだんじゃないの?」

「そんな発想はありません。文架支部の粉木さんは優秀と聞いています。」

「少しも、発想をしなかったと言い切れる?

 文架支部は鬼退治の功績で評価を上げて、

 御曹司を守れなかったお姉さんは、組織内で無能呼ばわり・・・

 こんな不公平な評価は有り得ないわよね?

 文架支部が、サッサと鬼を倒していれば、お姉さんの悲劇は起こらなかった。

 文架支部は、自分達の評価を上げる為に、

 ワザと苦戦を演出して、援軍を要請したんじゃないの?

 『優秀な粉木支部長』だからこそ、そんな卑怯な手段を使った可能性もあるわよ。」

「・・・そ、そんなはずは。」


 文架支部を信じがたいが、言われてみれば、確かに違和感はある。最終的に、文架支部と狗塚家だけで鬼退治を成功させたのに、何故、援軍が必要だったのか?サイドガラスの外を眺める佑芽の目に、疑惑の色が宿る。


「あら、ごめんなさい。今のは忘れて。

 これは、私と喜田CEOの、内々だけに情報だったわ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 里夢は、意図的に佑芽の神経を逆撫でしていた。他人を疑うことを知らない純粋な佑芽は、僅かではあるが、文架支部に疑惑を持った。里夢のミスリードは、姉の終焉の地を見た直後の、感傷に浸っていた佑芽を焚き付ける着火剤となる。


「今日はお疲れ様。おそらく、次は、2~3日中に呼び出すことになると思うわ。

 それまではシッカリ休んで、消耗させた体力を回復させてね。」


 西地区のウィークリーマンション前で佑芽を降ろし、里夢は自分の宿泊先(駅前のビジネスホテル)に向かう。


「さて・・・準備は万端。あとは試すだけ。

 問題は、文架の退治屋からの呼び出し・・・。」


 墓地での霊の暴走を感知されたのはマズかった。紅葉のことは警戒をして、女子高生の行動範囲外で実験をしたのに、まさか、雅仁に気付かれるとは思わなかった。少なからず、何らかの疑念は持たれただろう。


「さて・・・何を、どう追及されるのかしらね?」


 これまで里夢が暗躍をした事案のうち、ブロンドの件は離反者に全ての罪を被せれば良い。アポロの件は「知らぬ存ぜぬ」で通すしかない。何もかもを「知らない」では通しにくいので、墓地の霊については関与を認めて、何らかの理由付けをするのが得策。

 里夢は運転をしながら、疑惑を最小限に抑える為の思案を張り巡らせる。




-翌日(土曜日)・YOUKAIミュージアム-


 朝から、使い魔が見張っており、バイトに来た紅葉が、早速気付く。


「燕真、今日ゎいるよ~。」

「なにが?」

「ナマコに決まってるぢゃん。」

「主語を付けて喋れ!」

「それくらい、直ぐ解ってよ!」

「そうか、使い魔がおるんか。まぁ、ええ、いつも通りに過ごすんや。」

「リョーカイ!」


 粉木からの指示を受けた紅葉は、「いつも通り」を演出する為に、早速、窓を開け、使い魔に向かって中指を立て・・・直後に燕真から頭を引っ叩かれた。


「いってぇ~!何すんの、燕真!」

「アホ!ジジイの言う『いつも通り』ってのは、意識をするなって意味だ!

 いつもと同じように喧嘩を売れって意味じゃないっ!」

「言ってくれなきゃワカンナイよぉ~。」

「それくらい、言われなくても解れ!」


 紅葉には、「いつも通りにしろ」ではなく、「何もするな」と指示を出すべきだった。




-2日後(月曜日)-


 里夢が「時間が作れる」と面会のタイミングに指定をしたのは、「妙に勘の良い紅葉」と「面識のある麻由」が店内にはいない時間帯だった。レンタカーをYOUKAIミュージアムの駐車場に入れて、車から降りる前に優麗高に放った使い魔の視覚を通して確認をする。


「ふふっ・・・小娘達(紅葉&麻由)は間違いなく学校に行っているわね。」


 燕真と粉木が、茶店内の窓越しに、里夢の姿を確認する。


「燕真、お嬢に確認を頼む。」

「おう。」


 紅葉は「学校を休んで一緒に話をする」と主張したが、もちろん却下をした。きっと今頃は、学校でイライラしているだろう。

 紅葉と麻由に「使い魔は来ているか?」とLINEメッセージを送ったら、紅葉から「いる」、麻由から「多分、来ています」と返信が来た。・・・と言うか、燕真が質問メッセージを入れる前から、「ナマコ ウザい」「ナマコ ムカ付く」「ずっとこっち見ててキモい」等と、7回くらい紅葉のLINEメッセージが入っている。


「ナマコがウゼーってさ。」

「そうか、学校に使い魔はおるんやな。」


 今の一連で把握できたのは、数キロ程度の範囲なら、里夢は使い魔を放っておけること。里夢が店に入ってきたので、燕真と粉木は平静を装う。


「おはようございます。」

「おう、おはよう。」 「おはようっす。」


 里夢がカウンター席に座り、粉木が軽食の準備をする。燕真は、入口の札を「close」に掛け替えてからカウンター内に戻り、コーヒーの準備を始めた。里夢は、柔やかな表情をしているが、部外者をシャットアウトする為の燕真の一連の行動を見逃さない。


「忙しそうやな、里夢。」

「はい、離反者の事後処理に忙殺されています。

 繊細な問題なので、アプローチをミスすると、

 私達(大魔会)と粉木さん達(退治屋)の全面衝突になりかねませんからね。」

「それは避けねばならんな。

 信虎の復活(ブロント事件)みたいなのは勘弁してほしいのう。」


 準備した軽食とコーヒーを里夢に提供しつつ、早速、粉木が一歩踏み込んだ。


「その節は、申し訳ありませんでした。

 離反者達が、残留思念から死者を蘇らせるなんて、思ってもいませんでした。」


 里夢は、謝罪の表情を作りつつ、「自分は無関係」とアピールをする。


「大魔会の技術では、死者の復活が可能なのか?」

「生前の形を作ることは可能ですが、魂を込める技術はありません。」


 粉木の問いに対して、里夢は素直に回答をする。生前の形を利用するスキルはバレている。誤魔化して疑われるより、認めた方が賢明だ。


「彼等(離反者)が何をしたのか、現在調査中です。」

「信虎(ブロント事件)のあとにも、似たような事件が起きたで。」


 粉木が、聴取の核心に踏み込んだ。燕真は、余計なことを喋らないようにして、粉木の老獪な言葉を聞いている。


「似たような事件・・・ですか?」

「50年前に死んだ、ワシの友人が蘇ったんや。」

「それは存じませんでした。」

「信虎の事件と、50年前のワシの友人の事件・・・大魔会の観点から、どう見る?

 退治屋のワシから見たら、どちらも想定外過ぎる出来事や。

 今日、来てもろうたんは、オマンの意見と知恵を借りたいからや。」


 粉木は、全面的に疑う姿勢で里夢を警戒させるのではなく、協力を頼む姿勢で、何らかの情報を引き出そうとする。


「申し訳ありませんが、私には解りません。

 死者を生前と同じ状態で動かすなんて、大魔会の技術では不可能です。」


 里夢は、ハナから疑われていることを前提にしているので、余計なことを喋るつもりは無い。


「実は、数日前、可能かどうかを実験したのですが、

 制御ができずに暴走をさせてしまいました。」


 その上で、聞かれる前に‘墓地での霊の暴走’を告白して、粉木の疑念を晴らそうとする。全てを嘘で塗り固めるのではなく、要点のみを誤魔化すことで、「信頼に値する」とミスリードを発生させるつもりだ。


「そうか・・・墓地の件は、オマンの仕業やったんやな。」

「はい、余計な心配を掛けてしまって申し訳ありません。」

「なぁ・・・里夢。」

「・・・?」

「退治屋には、死者の念と会話をする技術がある。

 退治屋と大魔会は不可侵やけど、もし仮に手ぇ組んだら、

 死者の肉体を作るスキルを持つ大魔会の技術で、

 死者を生前と同じように動かすことは可能になるか?」

「さぁ・・・試したことが無いので解りません。」

「・・・そうか。」

「可能かどうか、私と粉木さんで試してみますか?」


 答えは「YES」だが、里夢は正解を言うつもりは無い。粉木が提案を飲んで共同で死者の復活を試したとしても、里夢が無能を装ってワザと失敗をすれば良い。


「いや・・・試す必要なんぞあれへん。今の質問は、オマンを試しただけや。

 誰が、本条を蘇らしたか・・・予想はついてるさかいな。」


 カウンターから出た粉木が、事務室のドアノブに手を掛け、里夢に内側が見えるようにして開けた。ソファーに根古佑芽と監視役の雅仁が座っている。驚いた佑芽が立ち上がった。


「佑芽さん!」


 退治屋には、死者の念と会話をする技術がある。「ブロンド事件~アポロ事件~墓地での霊の暴走」の一連を「誰が仕組んだか?」と考えた粉木は、真っ先に、陰陽道スキルを持つ者を疑った。

 退治屋の同僚とは考えたくなかったが、念には念を入れて、全ての妖幻システムを統括している本部(砂影滋子経由)に、文架市で反応をする妖幻システムのGPSのチェックを依頼した。文架市での反応は、燕真と雅仁のYウォッチだけのはず。しかし、想定外の反応がもう一つあった。それが、亡くなった根古礼奈の所持をしていたYウォッチ。燕真&雅仁&粉木は、里夢が来る前に動き、西地区のウィークリーマンションで、姉の遺品を所持していた佑芽と接触をして連れ出したのだ。


「根古佑芽。陰陽の就学生。霊に干渉する才能が高いらしいのう。

 就学生では、妖幻システムのGPSをOFFにできること知らんで当然や。」


 佑芽は、名前は名乗ったが、「文架市で何をしていたのか?」の質問に黙秘を通しているので、何も情報は得られていない。粉木は、「予想は付いている」と煽ってはいるが、2人を面会させただけで、「佑芽を疑っている」とも「里夢を疑っている」とも言っていない。里夢と佑芽が無関係ならば、里夢は「見知らぬ少女にアポロを蘇らせた嫌疑が掛かっている」と感じるだろう。だが、面識があれば、「佑芽は何を喋った?」と疑心暗鬼にかかるはず。


「同僚が、ワシ等の知らんところで動き回ってるとは思わんかったけどな。」


 粉木は、最初から里夢を疑っている。疑惑を持ったのは、3日前の使い魔がいなくなった一件。監視が消えたのは何故か?里夢が監視をできない状態になったと仮定をした。今日は、学校に使い魔がいるってことは、里夢は数キロ程度離れた使い魔ならば管理できる=3日前は文架市から離れて何かをしていたと判断できる。そして、佑芽の持つYウォッチのGPSは、3日前には文架市から離れていた。「一緒に動いている」と考えて間違いなさそうだ。

 且つ、監視の対象が麻由と知った時点で、「里夢はアポロ事件と無関係ではない」「無関係だったとしてもアポロ事件を知らないはずがない」と想定できた。だが里夢は「アポロ事件を知らない」と言ったのだ。


「知った娘のようやな。」


 粉木は、佑芽と対面をした里夢の、最初の反応を注視する。一方の里夢は小さく舌打ちをした。



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