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08 エピローグ(前)

 ――わたしの恋は冬の雨、いつも最後は冷たい雪に変わる。



 深い森を抜けた先には、地の底へと続く裂け目のような、断崖の狭間があった。

 わたしをここまで連れてきてくれた馬車の御者さんが、「よっこらしょ」と立ち上がる。


「アンティークお嬢様、休憩はこのくらいにして、そろそろ参りましょうか。あとはこの国境の断崖を抜ければ、ウエットラン帝国です。ここから先は道がとても狭いので、いちど入ったら引き返せません。……いいですね?」


「はい、お願いします」


 すでに抜け殻となったわたしは、返事もうわの空。

 馬車の後部座席に戻ったあとは、荷物のように揺れていた。


 絶壁の高さは陽光をさえぎり、室内に暗い影を落としていく。

 わたしの、心みたいに……。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 オークション事件のあと、わたしはファルネロ様のお屋敷へと戻った。

 この一件はすぐに新聞で取り上げられ、歴史に残る大事件へと発展していく。


 それも当然だ。紛争地域でウエットランの上院貴族たちが、イースタリアの憲兵局に捕まったのだから。

 これはただの汚職などではなく外交問題で、冷戦状態だった両国が一触即発の状態となった。


 その仕掛け人であるファルネロ様は連日多忙をきわめ、お屋敷に戻られない日々が続く。

 わたしはその間ひとりで過ごしていたんだけど、新聞の片隅でマルール家が爵位を豪商に売った記事を見かけた。


 爵位を売ることは本来はできないんだけど、国が戦費などを必要としている時などは特例として許されることがある。

 わたしのかつての実家は、庶民の家系になってしまった。


 それからしばらくして、朝一番にファルネロ様から書斎に呼び出される。

 朝ごはんも食べないうちに……? とちょっと気になりはした。


 でもひさびさにファルネロ様とお話ができると、ワクワクしながら行ったんだけど……。


 そこには、旅行用の大きなトランクがいくつも用意されていた。

 戸惑うわたしに、ファルネロ様はなんの前置きもせずに言う。


「キミはこれから、ウエットランで暮らすんだ」


「えっ、それはどういうことですか?」


「オークションの一件で、ウエットランの王子がキミのことを知ってね。大変気に入ったみたいで、ぜひ城に迎え入れたいそうだ」


「そんな……どうしてですか?」


「聡明なキミなら、この説明だけでわかってくれると思っていたんだか……」


 ファルネロ様は、別人のようによそよそしくなっていた。


「先日のオークションでは、多くの上院貴族をハニートラップに掛けることができたよ。釈放のために、彼らはなんでもしてくれるそうだ」


 彼は片笑む。


「キミは本当に、優秀な【蜜】だ……!」


「……!!」


「いまさら驚くこともないだろう。僕はキミのことを最初から、手柄を立てるための道具にしか思ってなかったのだから」


 わたしの視界がぐにゃりと歪み、暗くなっていく。

 立っていられなくなり、その場にへたりこんでしまう。


 遠くで、木枯らしのような声だけが鳴っていた。


「キミがもし、王子と婚約ということになったら……。いや、ぜひそうなってほしいものだが、ウエットランで僕の地位は不動のものとなる……。ナンバー2ですら、夢ではないだろうね……!



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 不意に馬車が大きく揺れ、ぼんやりしていたわたしの意識はハッキリする。

 悪路に入ったのだろう。対面の座席に置いていた小さなトランクが落ち、中身がこぼれた。


「ファルネロ様はたくさん荷物を持たせてくれたけど、中身はなんなんだろう……?」


 開いたついでにトランクの中を見てみたら、書類がギッシリ詰まっていた。


「これは……【発明証書】?」


 【発明証書】というのは前世でいうところの、特許登録証のようなもの。

 証書はどれも、わたしがこれまでに発明したものだった。


 記載されていた発明人の名を見て、わたしは目をパチクリさせてしまう。


「父やデーブィー様の名前が、わたしの名前に書きかえられてる……!? これは、いったい……!?」


 証書のすき間に、一通の手紙を見つける。

 開いてみると、ひと目でファルネロ様のものとわかる、美しい文字たちがあった。



 ――これを読むころには、キミはウエットランに着いている頃だろう。

 ゆっくりしているだろうから、最初から話そう。


 僕がキミを知るキッカケは、【ゆで卵製造機】だった。



 【ゆで卵製造機】というのはわたしの発明品のひとつ。

 前世であった、ゆで卵スチーマーをヒントにしたものだ。

 そういえば、ファルネロ様はゆで卵がお好きだったっけ。



 ――僕はゆで卵は半熟が好きなんだが、卵を鍋で作るにはコツが必要らしく、料理人ですら失敗することがあった。

 でも、これがあれば誰でも簡単に作れる。


 人間に求められていた技術を肩代わりしてくれる装置なんて、目からウロコだった。

 こんな独創的な発明をするのはどんな人物なんだろうと思い、すぐに調べたよ。


 発明者はデーブィーだったのだが、会ってみてすぐに、この男が発明したのではないとわかった。

 さらに調べてみたら、デーブィーの婚約者であるキミのことがわかったんだ。


 キミはこれまで多くの発明をして世界に貢献してきたけど、すべて父親や婚約者に手柄を横取りされていた。

 僕にとって、それは我慢ならぬことだ。

 正しく貢献した人間は、正しく評価されなくてはならない、そう思っているから。


 それから僕は、ウエットランの記者にキミの功績を伝えたんだ。

 こんなに優秀な女性は見たことがないと、記者たちはこぞって記事にした。

 花が季節を巡るように、キミの名は自然とウエットランに知れ渡ったよ。


 しかしこれは、足掛かりのひとつに過ぎない。


 聡明なキミならここまで読んだところで、すでにわかっていると思う。



 文字が激しくぶれる。手紙を持つわたしの手は、ひとりでに震えだしていた。


「ファルネロ様は、わたしの発明権を取り戻すために、あのオークションをやったんだ……!」


 あのオークションでデーブィ様は捕まった。

 イースタリアでは人身売買は重罪だから、本来なら大スキャンダルのはずだ。

 しかし彼の名が新聞を賑わすことはなかった。


「ファルネロ様は、発明権をわたしの名義にすることを条件にして、デーブィー様と裏取引をしていたんだ……!」



 ――その代償として、デーブィを野に解き放つことになってしまった。

 婚約破棄の手続きはさせたが、彼は性懲りもなくキミのことを貶めようとするかもしれない。


 デーブィ程度であれば、僕がその気になればたいしたことはないだろう。

 しかし僕はこれから、より険しい道に進む。


 僕は、身分や性別で個人の能力が正しく評価されないいまの世界は、間違っていると思う。

 キミに出会ってからその思いは、どんどん強くなっていった。


 だから僕は、新しい国を作ることにしたんだ。

 男女の身分差も、奴隷制度もない……キミのような立派な人間を埋もれさせず、報われる国を。


 その第一段階として、僕はいま持っている領土を自治区にすべく、両国の王室と交渉している。

 やがて小国として独立するつもりだが、多くの困難が待ち受けていることだろう。


 僕のそばにいたら、キミも巻き込んでしまう。

 デーブィがしたことなんて比べものにならない不幸が降りかかるのは間違いない。


 だからキミを、ウエットランに逃がすことにした。


 発明権による収入があるから、なに不自由なく暮らせるだろう。

 王都で手厚く保護してもらうように頼んであるから、女性ひとりでも安全なはずだ。


 でもまわりの男たちは、キミをほっておかないだろうね。

 今度こそ幸せな結婚ができることを祈っているよ。


 ありがとう、そしてさようなら。

 僕のことは、忘れて……。

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