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06 古家具令嬢、DV婚約者を断罪する(前)

 ――彼は、わたしの心に花をくれた。



 それはまだ蕾で、名前もない。

 まるで、この花はキミが咲かせて名付けるんだよ、と言われているみたいだった。


 それからわたしは【ヒジ置き】として、ファルネロ様のお仕事に同行するようになる。

 行く先々での出来事はどれも未知の体験というか、おとぎ話のなかにいるかのようだった。


 なにを言っても怒られないなんて、それまでのわたしにとって絵空事だったから。

 おかげで日々はとても充実していたんだけど……。


 その一方で、実家のほうは大変なようだった。

 レイティストの有罪が確定し、没落寸前となっていたから。


 それからというもの、父から手紙が毎日のように届くようになった。


『かわいいかわいアンティークや、意地を張るのはもうやめて、そろそろ家に戻っておいで。もちろん、ファルネロ上院公爵様もいっしょに。離縁なんて嘘だろう? やさしいやさしいアンティークは、そんなことはしないはずだよ。今ならまだ間に合うから……』


 文面からは、ファルネロ様の力で家を立て直したい欲望がしとどにあふれている。

 離縁は嘘だろう? って、向こうから言ってきたのに……。


 そんなことよりわたしはついに、【初めてのおつかい】をすることになった。

 女が家事以外の用事でひとりで外出するなんて、この国ではありえないことだ。


 わたしはファルネロ様の言いつけで馬車に乗り、国境沿いにあるお屋敷を訪ねていた。

 すべての説明は現地でしてもらえることになっていたんだけど、着くなりわたしは控室のような小部屋に通される。


 そこでメイドさんたちの手によって、ドレスに着替えさせられた。

 ヘアスタイルはここぞという時だけのギブソンタックで、しかもティアラ付きのヴェールまで被せてもらった。


 こんなに豪華におめかしするのは生まれて2回目、結婚式のとき以来だ。

 それから控室には誰もいなくなり、わたしは姿見の前でソワソワしていた。


「も……もしかしてこれって……サプライズ結婚式……!?」


 孤児院での一件以来、わたしはいままで以上にファルネロ様を意識するようになってしまった。

 頭の中は彼のことでいっぱいで、夢にまで出てくる始末。


 そのたびに、あの腕に抱かれた時の感覚が蘇ってきて、思いだすだけで身体が熱くなる。

 しかし控室の扉が乱暴に開かれ、そこに立っていた人物にわたしの心は冷水を浴びせられた。


「で……デーブィー様っ!?」


 わたしが二度と会いたくない人物のツートップ、その一角がなんでこんな所に!?


 黒いタキシードでめかしこんだデーブィー様は、その姿に合わない嫌らしい笑みを浮かべていた。

 後ろ手で扉を閉める。カチャリとロックの音がした。


「だ……誰か……! 誰かぁーーーーっ!!」


「ぐふふ、いくら叫んでも無駄だ! お前はファルネロ様に捨てられたんだからな!」


「ええっ……!?」


 デーブィー様によると、わたしとの婚約はまだ破棄されていないらしい。


「婚約中の貴族令嬢が他の男とひとつ屋根の下で暮らすのは、明らかなる不貞だよなぁ!?」


 不貞は、このイースタリアでは重い罪に問われる。


「それをファルネロ様に言ったんだ! この俺が訴え出たら、あなた様の将来はどうなりますかねぇ……!? ってな!」


「そんな、脅迫するなんて……!」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ! 俺はチンピラじゃないぞ! だいいち、あっちがその気になりゃ、俺もタダじゃすまないからな! だから取引したんだ!」


 デーブィー様は、邪悪さにまみれた笑顔を浮かべた。


「ズタボロにしてやりたい……! お前という女を路地裏の娼婦以下にできりゃ、俺の溜飲はおさまる! 神廷口添人としての正義も保たれるでしょう、ってな!」


「えっ、まさか……!?」


「そう! 不貞の発覚を恐れて、ファルネロ様はお前を裏切ったんだ! お前を貶める手筈まで、ぜーんぶ用意してくださったよ! さすがは神廷口添人と言わざるをえない、最高の舞台をな!」


 デーブィー様は、ふところから何かを取り出す。

 それは、犬用の首輪とリードの鎖だった。


「お前はこれからオークションに掛けられる……! 捕まった犬みてぇに引きずられて、な……!」


 じりじりと迫ってくるデーブィ様。わたしは部屋の隅に逃げながら、必死で言い返した。


「ほっ……法の番人のファルネロ様が、そんなことをするわけがありません! だってイースタリアでは人身売買は禁じられて……!」


 最後まで言いかけて、ハッとなった。

 なぜお使い先が、こんな国境沿いにある辺境の地なのかを。


「ぐふふ、気づいたようだな……! そう! ここはウエットラン帝国なんだ!」


 ウエットラン帝国は、イースタリアの西にある多民族国家。

 奴隷売買が合法、というか特産品のひとつとされるほど盛んで、特に女性は人気商品らしい。


 ウエットランの貴族は結婚せず、奴隷の女をはべらせるらしい。

 奴隷だと飽きたら捨てられるし、財産を狙われることもないからだ。


「まぁ、お前みたいなちんちんくりんを欲しがる男なんていないだろうがな! しかし、それが目的だ! タダみたいな値段で売れた女は、痩せたロバと同じ……! ボロ雑巾になるまで、こき使われるんだ!」


 あ……あきれた……!

 逆恨みしたうえに、ただ屈辱を与えたいがために、人身売買にまで手を出すなんて……!


 わたしは叫びまくって暴れる。でも男の人に力でかなうはずもなかった。


「最後まで手間かけさせやがって! 大人しくしないと叩きのめすぞ! お前はもう奴隷も同然なんだから、顔を殴らないなんて気づかいはしねぇからな!」


「や、やめて、ぶたないで! や……やだやだやだっ! 売られるなんてやだぁぁぁぁーーーーっ! 助けて! 助けてっ……! ファルネロさまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 この期に及んでも、ファルネロ様に助けを求める自分がなんだか情けなくなった。

 でも、どうしても信じられなかったんだ。彼が、こんなひどいことをするなんて……。


 わたしは両手を縛られ、首の縄で引かれて控室から連れ出される。

 廊下には仮面に白いタキシードの背の高い男の人がいた。


「それではオークション会場にご案内します。本日の商品はアンティーク嬢ひとりだけですので、ステージにあがっていただければ、すぐに競りが始まります」


「なんだよ、今日はコイツ一匹だけなのかよ。こんなクズ女を目当てにして来るヤツなんていないだろ。客はゼロなんじゃ……」


 そうあってくれとわたしも願ったのだが、とんでもなかった。

 幕が開いたステージ、眼下の客席は立ち見が出るほどに貴族たちでひしめきあっていたんだ。


 まさかの、満員御礼っ……!?


 わたしたちを案内してくれた、【白タキシード仮面】さんの司会進行で競りが始まったんだけど、のっけからすごかった。


「おおっ!? あれがウワサのアンティーク嬢か! ウワサで聞くよりずっとかわいいじゃないか! 


「しかもあんなに小さいのに聡明なんて! イースタリアでは商品開発だけでなく、行政や司法にも関わっていたそうだぞ!」


「美しいうえに多才なんて……! か……完璧だ! 完璧な女だ!」


「あんな女と暮らせたら楽しいだろうなぁ! なんとしてもモノにするぞ! 1億(エンダー)でどうだ!?」


「よーし、こっちは5億……いや、10億(エンダー)出すぞ!」


「安すぎだろ! 前の婚約者は、アンティーク嬢のおかげで2階級昇進したんだろ!? こっちは20億だっ!」


「それもそうだな! アンティーク嬢がいれば、家の繁栄は目に見えてる! なら30億(エンダー)でもお釣りがくるな!」


 競りが始まった瞬間から会場は沸騰。すさまじい熱気に包まれ、コールが鳴り止まない。


 しかも、わたしを見る男の人たちはみんな目がハートになっちゃってる。

 まるで、ファルネロ様を前にしたレイティストみたいだ。


 わたしの値段がどんどんつり上がっていき、とうとう50億を突破。

 デーブィ様は、目の前で悪夢が繰り広げられているかのような顔になっていた。


「こ……こんな鉄クズみたいな女、せいぜい1万(エンダー)がいいところだと思ってたのに……!?」


 (エンダー)というのはイースタリアとウエットランの共通の通貨で、価値は日本円と同じくらい。

 デーブィ様は、わたしにお年玉くらいの価値しかないと思っていたようだ。


「こんなの、ありえない! なにかの冗談だろっ!?」


「冗談ではありませんよ。アンティーク嬢は、黄金……いや、ダイヤモンドです」


 その声は、同じステージに立っていた白タキシード仮面さんだった。


「ルビー色の髪の毛、はちみつ色の瞳、それらはウエットランではゴージャスさの象徴とされています。そのふたつを合わせ持つ女性は、もっとも気高く美しいものとされているんですよ」


 ルビー色の髪の毛、はちみつ色の瞳……?

 そんなふうに言われたのは初めてだった。


 レイティストからは、経血みたいな髪の毛、ウ○コ色の瞳ってからかわれていたのに……。

 それは、思いがけないカルチャーショックだった。


「しかも小柄でくせっ毛は、ウエットランの男性の多くが魅力に感じるポイントなのですよ」


「そ……それって、イースタリアと真逆じゃないか!?」


「そうですね。でも、ところ変われば品変わる。美しさの基準というのは、国によって大きく変わるものなのですよ」


「う、うそだっ! そんなの、俺は信じないぞ! こんな女が評価される世界なんて、あるわけが……!」


 ついに100億のコールが起こり、デーブィ様はこの世の終わりに立ち会っているかのような表情になる。

 しかし白タキシード仮面さんは、まだまだといった様子で肩をすくめていた。


「イースタリアでは女性の活躍はいっさい報道されません。すべて、男性の手柄にされてしまいますからね。でもウエットランではアンティーク嬢は才女として知れ渡っています。まだまだ値段は上がるでしょうね」


 ギギギギ……! と軋む音が聞こえてきそうな動きで首を動かし、デーブィ様はわたしを見た。


「お……俺は、とんでもない間違いをしていたのか……!? いまコイツを手放したら、取り返しのつかないことになるんじゃ……!?」

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