04 古家具令嬢、妹を断罪する(前)
ファルネロ様は誰の味方をするわけでもない様子で言った。
「どうやらそのケーキに毒は入っていないようだな。アンティークの立証が正しいとみて間違いないだろう。容疑者の拘束を解くんだ」
事件の現場検証において、神廷口添人の発言はなによりも重いとされている。
ということは、これで一件落着……。
かと思いきや、その海神の槍のような矛先が、まさかの方向に向けられた。
「あとは、被害者であるレイティスト嬢の自作自演の線を検証する必要があるな」
「へっ!?」と脇腹を突かれたような声をあげるレイティスト。
「そ……そんなこと、するわけないです! そんなことをして、なんの意味が……!?」
「意味は大いにある。毒殺をでっちあげれば、孤児院を立ち退かせることができるからね。跡地に聖堂を建てれば、聖女という肩書きまで手に入る」
宗教国家であるイースタリアにとって、聖女というのは女が就ける唯一の尊敬される職業である。
社交界で上を目指すなら、聖女という肩書きは必須といってもいい。
ちなみに孤児院の管理者も聖女と呼ばれるんだけど、こちらは【準聖女】といってメイド長と同じくらいの地位しかない。
正式な聖女になるには狭き門をくぐる必要があるんだけど、聖堂を持つことができたら、簡単な審査だけで聖女として認められる。
レイティストは、幼い頃からずっと聖女になりたがっていた。
でもいくらなんでも強欲の化身みたいな妹でも、さすがに地上げなんて……平気でやりそう。
「ひ……ひどいです、ファルネロ様! あなた様とレイちゃんは、シルクの赤い糸で結ばれているのに! それなのに疑うなんて……!」
レイティストは「わあーっ!」とウソ泣きのドサクサでファルネロ様に抱きつこうとしていたけど、あっさりかわされる。
勢いあまってつんのめり、よりにもよってぬかるみにべしゃっと突っ込んでいた。
当然のようにまわりにいた兵士さんたちから取り押さえられていたんだけど、レイティストはなんでそんな扱いを受けるのか理解しておらず、ギャーギャー喚きはじめる。
「なによ!? レイちゃんは貴族よ!? 貴族にこんな目に遭わせていいと思ってるの!? 離せ! でないと後悔するわよ!?」
そして恫喝が通じないとわかるや、使えない使用人を見るような、懐かしい視線をこっちに向けてきた。
「ちょっと! なにグズグズしてんの、このグズ! レイちゃんを助けなさいよ!」
実家にいた頃は言われた通りにしないと両親からぶたれたので従っていたけど、もうその義理はない。
なにも言わずにいたら、面白いほどにうろたえだした。
「えっ……ちょ……ねぇ、聞いてるの!? このままじゃレイちゃん、捕まっちゃうよ!? それでもいいの!? ねぇ、お願い! 助けてアンお姉様っ!」
はぁ……なんて都合のいい……。
でもしょうがない、今回だけは助けてやるか……。
そう思ったのは、別に彼女に憐れみを感じたからじゃない。
真実を知っているのに、隠すなんてことをしたくないからだ。
わたしはその場にいるみんなに聞こえるように、キッパリと宣言する。
「レイティストは自作自演なんてしてません! もちろん、証拠もあります!」
真っ先に反応したのはゲイブさんだった。
「ほう……女……いや、アンティーク殿……。その、証拠というのは……?」
どうやら、わたしのことを少しは見直してくれたみたい。
わたしは自身たっぷりに振り上げた指を、レイティストめがけて振り下ろした。
「彼女は、そこまで賢くありませんっ!」
「ええっ!?」
「レイティストは本どころか新聞も読まない子です! ハトに有害な成分がチョコレートに含まれているなんて、知る由もないでしょう! 無学さを裏付ける行動を、先ほど彼女はしていたではありませんか!」
「そ……それはっ!?」
「事件現場で尋問されている最中だというのに、神廷口添人に飛びかかるなんてマネは、少しでも脳みそがあればするはずがありませんっ!」
「な……なるほどぉ……!」
ファルネロ様とレイティスト以外の全員が、これでもかと納得。
そしておもむろに、クスクス笑い出す。
「ふふふ、たしかにそうだよなぁ、神廷口添人に飛びかかるなんて、マトモな頭があればするはずないよなぁ」
「こら、笑うなよ、相手は貴族令嬢だぞ。いくらバカだからって……くくく……」
レイティストは真っ赤になってプルプル震え、わたしを睨んでいる。
心の底から溢れたような涙を、目にいっぱい溜めながら。
ハトによる毒殺容疑を受け入れるか、公の場でバカであることをバラされた屈辱を受け入れるか、悩んでいるようだった。
しかしそんな顔をされると、わたしとしてはなんだか複雑な気分。
だって……。
ふと頭に、心地よい重みが生まれた。
『まだなにか、引っかかっていることがあるんだね?』
『あっ、わかりますか……? はい、レイティストはたぶん、なんらかの罪を聖女さんに着せようとしてたんじゃないかって……』
そう感じたのは、子供たちの証言があったから。
『しかもハトが死んだら大喜びして、すぐに衛兵を呼んだんだ! 僕らが毒を盛ったって……!』
毒殺されそうになって喜ぶ人間はいない。
『もしかしたらこの一件は、レイティストにとって渡りに船だったんじゃないかって……』
『なるほど、用意してあった濡れ衣を使う必要がなくなった、ということか。それは何だと思う?』
『わかりません。でもおそらくそれは、レイティストのガーターベルトの中にあるかもしれません』
『ガーターベルト?』
『はい、レイティストはガーターベルトに大切なものとかを隠すんです。子供の頃からそうでした。でも、確証は……』
わたしは迷っていたけど、彼は迷わなかった。
「ゲイブ憲兵支部長、いますぐ容疑者の身体検査をするんだ」
「えっ? レイティスト様の容疑は晴れたのでは? それに相手は、貴族令嬢ですよ?」
「それがどうした。もし何も出てこなかったら、責任はぜんぶ僕が取る」
えっ、そんな……!?
ファルネロ様は、神廷口添人を辞するのもやむなしの覚悟でいる。
さすがに、そこまでしなくても……!
『真実のためなら相手が王であっても裸にする。それが僕だ』
彼は、確固たる意志を持っていた。
どうしよう……!? わたしのせいで……!
しかしそれは杞憂に終わる。
あばれザルのように抵抗するレイティストのドレスの下から、小さな邪神像が出てきたのだ。
邪神像の作成と所持は、宗教国家のイースタリアでは重い罪となる。
わたしの前世で例えるなら、10キログラムの麻薬を隠し持っていたようなもの。
そこからは、ファルネロ様の尋問であっという間だった。
「信仰目的での邪神像の所持は、無期の強制労働となる」
「そ、そんな! レイちゃんは邪神信仰なんて……!」
「身に付けていたとなると、そう思われて当然だ。それが嫌なら白状するんだ、この邪神像の用途を」
彼は本気になると、瞳の中がブリザードみたいに吹き荒れる。
隣でやりとりを見ていたわたしですら震えが止まらなくなり、身体が凍りつくのを感じた。
全身が透明の氷になって、心の奥底まで見透かされているんじゃないかって錯覚してしまうほど。
媚びやウソ泣きを駆使する【ごまかしの天才】レイティストですら、ひとたまりもなかった。
「ギャッハァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!?!?」
我が妹は頭を抱えて絶叫、悶絶する。
バッとあげた形相は、邪神の呼び声を聞いたかのように恐ろしかった。