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02 古家具令嬢、暴君に拾われる

 ――天使と悪魔は実は同じもので、見る人によってその姿が変わる。



 その言葉も、いまなら信じられる気がした。

 だってわたしはその人を天使だと思って見ていたけど、デーブィー様は悪魔が現われたかのように青ざめていたから。


「あっ……あなた様は……! ふぁっ、ファルネロさまっ……!?」


 えっ……!? この人が、あの……!?


 【ファルネロ・サッド・クルーエル】様……!?


 イースタリアの上院公爵にして、【神廷口添人】。

 神廷口添人とは、わたしの前世でいうところの検事と裁判官が合わさったような役職のこと。


 それだけでもすごいのに、宮廷魔術師をしのぐほどの氷結魔術の使い手らしい。

 合理的で非情な性格から、社交界では裏で【暴君】【氷帝】なんて呼ばれて恐れられているそうだ。


 ウワサではよく耳にしていたけど、実際にお目にかかるのはこれが初めて。

 暴君なんて言われてるから厳つい方だと思っていたんだけど、とんでもない。


 流れるような金色の髪に切れ長の碧眼、整った顔立ちにスラリとした身体。

 背はめちゃくちゃ高くて、低身長のわたしと比べると、氷山とペンギン。


 サーコートに付いていた羽根飾りが舞い散り、まるで翼がそこにあったかのよう。

 天井のステンドグラスから陽が差し込んできて、虹色の光が後光のようにその御身を讃えていた。


 ま……まさしく、天使っ……!


 わたしはつい見とれてしまいポーッとなってしまう。

 レイティストに至ってはハートを奪われて抜け殻状態。


 しかしデーブィー様だけは、地獄の閻魔に裁かれる亡者のような表情になっていた。

 ナイフを持っていた腕を、ファルネロ様に捻りあげられていたからだ。


「ぐっ……ぎぎぎ……! はっ……離してくださいぃぃぃ!」


 とうとうデーブィー情けない声をあげ、ヒザから崩れ落ちてしまう。

 野良犬のようにハァハァと荒い気をして、ステージに這いつくばっていた。


 ファルネロ様はそんなデーブィ様にはもう一瞥もくれない。

 わたしのほうに近づいてきて……って、ええっ!?


「ひゃっ!?」


 思わずへんな声が出てしまった。だっていきなりお姫様抱っこをされたのだから。

 男の人に抱っこされたのは、前世も含めてこれが初めてのこと。


 包み込むようなたくましい腕と、厚い胸板の感触。

 そしてかすかに香るコロンに、わたしはすっかりパニックになっていた。


 えっ、ちょ、なんで!? なんでなんでなんで!?

 なんでぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?


 すると、頭の中で声が響いた。


『なにを、そんなに驚いている』


 澄んだ氷どうしを打ち鳴らしたような、素敵な声。

 ハッ!? と顔をあげると、ファルネロ様とガッツリ目が合った。


『新婦が飛び入り参加したんだ、なら新郎が飛び入り参加しても問題ないはずだ』


 なんだかとんでもないことを言われたような気がしたけど、いまのわたしは驚すぎてそれどころじゃなかった。


 こ……これってまさか、【心話術】……!?

 触れ合った相手と、心の中で会話ができるっていう……!?


 それ以上、ファルネロ様はなにもおっしゃってはくれなかった。

 まっすぐ前を向いて、ステージの階段を降りはじめる。


 眼下に広がる客席からは、ウットリした声が漏れていた。


「す……素敵……! なんて素敵な結婚式なんでしょう……!」


「まるで、おとぎ話の王子様とお姫様みたい……!」


「ああっ……! 私もあんな結婚式がしたい……!」


 顔が火照るあまり、わたしはもうなにも言えない。

 ただ彼の腕の中で、首根っこを掴まれた子猫のようにじっとするばかり。


 背後のステージからは、地団駄を踏むような音と「ギャハーッ!?」とヒステリックな悲鳴が。

 それはわたしたちが式場をあとにするまで、ずっと鳴り止まなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 結婚式場から略奪されたわたしは、ファルネロ様のお屋敷へと連れて行かれる。

 その流れのまま、お屋敷に住まわせてもらえることになった。


 同じ使用人になるならこっちのほうがマシかと思い、いっしょうけんめい働こうとしたんだけど、


「そんな非効率なことはするな」


 とファルネロ様からストップを掛けられてしまった。


 この屋敷ではわたしはメイドではなく、令嬢らしい扱いを受ける。

 マルール家ではずっと働かされていたので、なんだか落ち着かない。


 お屋敷に来て1週間ほどが過ぎたころ、わたしはどうしても気になってしまったので朝食の場でファルネロ様に尋ねた。


「あの……ファルネロ様は、いつもゆで卵をふたつ召し上がられますよね。お好きなのですか?」


 水色のテーブルクロスの食卓には、標準の朝食セットのほかに白磁のエッグスタンドがふたつ。

 それらをナイフとフォークを使って優雅に口に運ぶその姿は、一枚の絵画のように絵になっている。


「ああ、好きだよ。存在としては慎ましい、でも僕にとっては太陽と同じ、なくてはならないものなんだ。たとえ今日世界が終わるとしても、朝はこのみっつ(・・・)の命とともに過ごすだろう」


 ファルネロ様の切れ長の瞳で見つめられるとゾクゾクする。

 それでいて急に情熱的な言い回しをしたりするので、世間話でもドキドキさせられちゃう。


「それに、卵は効率的に栄養が摂れるからな」


「そうですね。あとはブロッコリーやキウィフルーツと一緒に摂るといいですよ」


 たしかに卵は完全栄養食なんて言われてるけど、ビタミンCと食物繊維が無いから……。


 わたしは「しまった」と口を押さえる。

 また、余計なこと言っちゃった。


 相手がデーブィー様だったら、いまごろ皿が飛んできているところだ。

 暴君と呼ばれるお方だったら、怒りに任せてテーブルごとひっくり返すんじゃ……。


 戦々恐々としてたんだけど、ファルネロ様は眉ひとつ動かさなかった。


「そうなのか。じゃあ明日から、朝食のサラダにはブロッコリー、フルーツにはキウィを入れさせよう」


 たぶん怒ってない……よね?

 ホッとしたのもつかの間、「ところで」と言葉を紡ぐファルネロ様。


「本当に聞きたいのは、そんなことじゃないだろう?」


 あ、見透かされてる。

 さっきの質問は本命の質問をする前の、ご機嫌伺いだというのはお見通しのようだ。


 さすが、神廷口添人……!


 わたしは観念して白状した。


「あの……なんのために、わたしを助けてくださったんですか?」


「その答えは、食べ終わってからにしよう」


 朝食を終えると、ドレッサールームに案内された。


 ファルネロ様は扉を閉めると、おもむろにわたしに歩み寄ってきた。しかも、すごく近くまで。

 わたしの視界は胸板で覆われ、コロンの香りで頭がクラクラしそうになる。


 気づくとわたしの頭には、ヒジが置かれていた。


「僕は考え事をするときに頬杖をつくクセがあるんだ。ちょうど、持ち運べるヒジ置きを探していてね」


 へっ?


「高さはピッタリ、色味も悪くない」


 壁に設えられた姿見を見てみると、ファルネロ様とわたしの姿が親子みたいな身長差で映っていた。

 白いタキシードに赤毛が差し色みたいになっていて、すごくマッチしている。


 ファルネロ様のお役に立てたみたいで嬉しい気持ちになっちゃったけど、慌てて振り払った。


 あ……危ない危ない!

 ヒジ置きにされるなんて、これじゃほんとの家具じゃない!


「わ、わたし、帰らせて……!」


 廊下のほうから、どやどやと足音が近づいてくる音がした。


「失礼いたします、ファルネロ様! イースタリア憲兵局です! 孤児院で毒殺未遂事件が起こりました!」


「わかった、すぐ行く」


 ファルネロ様はわたしとの話を打ち切って部屋を出て行こうとしたけど、取って返すようにこちらを見た。


「さぁ、行こうか。キミのすべきことがある場所へ」

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