~エンピオ~ 5
木下さんの家からの帰り道。
雨沢先輩の家は木下さんの家から三百メートルくらい離れたところにあるらしく、すぐ近くだし送ろうと思っていたけど、雨沢先輩は、
「私の家の周りには毒沼があるの。トラマナを覚えていないHP四の隼人君じゃ耐えられないわ。だからついて来なくて結構よ」
俺って嫌われているのかな? 最近の悩みの一つに含まれている。
悩みといえば……さっきの鬼の正体と言葉。
――真実とは限らない。
てことは、誰かが嘘をついているということなのかな?
嘘を……ついてる……。
「……やめたやめた」
考えるのはよそう!
さっき会ったばかりの正体不明、性別不明、年齢不明のわけ分からない相手の言ったことなんて、鵜呑みにする必要はない。
それよりも……さっきは思いつかなかったけど、木下さんの病気の原因って、もしかしてあの鬼のせいじゃないのか?
そうえば、あの極悪非道、性格最悪のインコの姿があの部屋にはなかった。守護麗が主人の身を守っていないなんて、なにをやってるんだ。あの人間もどきインコは!
明日学校に来なかったら、もう一度木下さんの家に行こう。今度は親さんにも断りを入れて……そんなことを考えながら家へ向かう道を歩いていると――
「私、道、歩く」
前から見た目四十歳くらいの、真っ黒なスーツを身にまとった男が、なにかブツブツ独り言を呟きながら歩いてきた。
「私、ゴミ、見つける。私、ゴミ、捨てる。私、いい人」
……頭大丈夫かな? この人。
只単にすれ違うだけ、目を見ちゃいけない。そんなことを思いながら横を通り抜けようとした。しかし、俺の願いは叶うどころか、最悪の方向へ……
「私、君から、なにか、感じる」
「へ?」
すれ違う瞬間、おじさんはそんなことを呟いた。
「私、名、岩隈。君、は?」
「ぼ、ぼくですか? 僕は……浦隼人といいます」
「浦、隼人。やっぱ、り、君、違う」
「違うって……名前は浦であってますよ? 嘘なんてついてません」
「そう、じゃ、ない。君、エンピオ、知ってる?」
「エンピオ……」
エンピオ……そんな単語聞いたことがない。
なにかの……食べ物の名前かな?
「君、エンピオ、匂い、する。近くに、気配、感じる」
匂いって……やっぱり食べ物の名前なのかな? それとも、なにか別のものの名前をいい間違えてるとか。
そう考えると、俺が今朝から食べてきたものの中にそのエンピオがあるのかな? なんだろう、メロンパン? うまい棒? 春キャベツ? ……だめだ。エンピオとは似ても似つかない名前の食べ物ばかりだ。
「すいません……僕そのエンピオって食べ物、聞いたことがないんですけど……」
「エンピオ、食べ物、違う。エンピオ、見えない」
食べ物じゃないのか? じゃあいったいなんだ?
「――来た!」
「うぉ! ビックリした……」
突然声を荒げるおじさん。その目はどこか怒りに満ちているように見えた。
「来た、北、来たーーーー!」
そう叫んだかと思うとおじさんは、目にも留まらぬ速さで、北の方向へと走っていってしまった。
「いったい……なにが起こってるんだよ」
こう一日に何度も意味の分からない体験をしてしまうと、精神的にキツイものがある。それに……
「エンピオ……」
なぜだか知らないが、この言葉が強く印象に残ってしまった。