~エンピオ~ 4
「浦君? 大丈夫?」
「え……あっ、だ、だいじょうぶです」
ふと目を向けると、雨沢先輩の目が、心配そうに俺を見つめていた。
こんな顔もできるんだ……ちょっと意外だ。
「さっきのあれ……鬼……よね?」
「そうですね」
「……なんでそんなに落ち着いているの?」
「なんででしょう?」
「――えいっ(ブスッ)」
「痛ってええええっ! なに自然な会話の流れの中で、俺の視力を奪おうとするんですか!」
「どうやら神経は通ってるみたいね。よかったわ」
無茶苦茶だ。この人。
目潰しって……。
「う…うぅ……ん」
「どうやら目を覚ましたみたいね」
「そ……そうですね」
ベットの上で横になっていた木下さんの体が僅かに動いたかと思うと、今度は頭だけを少し起こして、周りの様子を確認している。
「ひゃっ……って、あれ? 雨沢先輩と……浦君? どうして……ここに?」
可愛らしいピンクのパジャマを上下に身に着けた木下さんは、こちらに目を向けたかと思うと、想像通りの質問をしてきた。
「心配だったんですよ。昨日あんなに元気そうだったのに、学校に来なかったから……」
「というのは嘘で、本当は病気の女の子だったら簡単に襲えそうだと思ったから来た……とはとても言えないよな……」
「雨沢先輩! 僕の心の声を勝手に捏造しないでください! そんなこと僕は微塵も思ってませんから!」
「微塵も……」
「なぜそこで木下さんが悲しそうな顔をするんですか! 悪ノリをするのはやめてください!」
――別に悪ノリなんかじゃないのに……
木下さんの声が聞こえたかと思ったのだが、それとは別の、もう一つの声が俺の鼓膜を独占したせいでうまく聞き取ることが出来なかった。
(綾~、騒がしいようだけど、大丈夫~?)
木下さんの母親の声だ。
これだけ大きな声を出していたら、心配するのも無理はない。
「木下さん! 事情はあとで話すから、今はとりあえず誤魔化して!」
「えっ……わ……分かりました」
(綾~、大丈夫なの~?)
「うん。大丈夫~。心配な~い」
(そう。病気なんだから、安静にしてないとダメよ~)
「分かった~。ありがと~う」
「……」
階段の下で、ドアが閉まる音が聞こえた。
よかった。とりあえずバレずにすんだ。
「それで……私のこと、心配して、来てくれたの?」
「そうですよ。昨日のこともありましたし……」
あっ、この話は禁句だったかな……
木下さんは一瞬悲しそうな顔をしたあと、なにかを隠すように笑顔を取り繕って、再びこちらに顔を向き直す。
「本当にいろいろとすみませんでした。浦君、……雨沢先輩」
「だ、大丈夫だから。頭上げて、ね?」
同級生に……しかも女子に頭を下げられても、こっちが困る。
「本当に本当に、すみませんでした!」