~エンピオ~ 3
――鬼がいるんだ?
《おい、小僧》
鋭い眼差しがこちらに向けられたかと思うと、まるで脳にそのまま言葉を埋め込まれたような、重く濁った声が聞こえてきた。
《ワシが見えているのか?》
口を動かしているようには見えないので、本当にテレパシーのようなもので伝えているのだろう。
《まあ聞くまでもなく、表情を見れば分かるがな……》
――お主、浦隼人だな?
鬼の姿をしたそれは、最後に付け加えるようにそう言った。
俺の名前を知っている? なぜ?
《そう驚くことでもなかろう。お主はワシと今日初めて出会ったと思っとるらしいが、それはお主目線で物事を見た場合だ。ワシはお主のことをずいぶん昔から知っておるぞ。関わりを持とうとは思わなかったがな》
俺の心を……こいつは読めるのか。
それなら話は早い。悩んでいても無駄だということか。
《迷いが消えたな》
――浦隼人、強くなったな……
さきほどとは打って変わった、心のこもった言葉が聞こえた。
なんだろう、この感じ。
ついさっきまでは恐怖や不安で押しつぶされそうになっていたのに、今感じているこの懐かしいような、不思議な感じは――
《昔のお前はそんな目をしていなかった。人を信じることを忘れたお前の目は腐っていた。それが今じゃこのありさまか。なにがあったかは知らないが、随分とつまらない人間になったものだな》
何を言っているんだこいつは。
いったい……お前は俺の――何なんだ?
《それは俺の正体を知りたいということか? それとも、なぜワシが再びお主の前に現れたのか、その理由が知りたいということか?」
どっちでもいい。いいから俺の質問に答えろ。
《なにをそんなに焦っておる? ワシのことが怖いのか? 恐怖がお主を支配しておるのか? ワシは恐怖を感じることが出来ぬから、お主の心境を完全に知ることは無理だ。じゃが――質問にはきちんと答えてやろう――しかし、それは今ではない。いずれ、話すときがくる。急ぐことはなかろう。それよりもお主はもっと他の物事に目を向けるべきだ》
一つ忠告してやろう――鬼はそう続ける。
《お前の周りにいる三人の人間。必ずしも真実とは限らないぞ》
その言葉が合図だったかのように、鬼の姿は背景と同色になったかと思うほど、静かに、ゆっくりと消えていった。
三人の人間……真実……。
いったいどういう意味だ?