~エンピオ~ 1
「家、遠いのか?」
「あと二十分くらいね」
結局あのあと、夏目さんの一目惚れした相手が男ではなく女だったということしか情報を得ることができなかった。
しかしその情報のおかげで、朝のラブレター作戦の失敗理由が分かったため、明日の朝に今日と同じ作戦でいくということで話はついた。
もうとっくに下校時間は過ぎており、人気のない階段を下りながら、そういえば雨沢先輩に聞いておきたいことがあったことを思い出した。
もしかしたら聞かれたくないことなのかもしれないが、これから行く木下さんの家にはあの極悪インコもどき守護霊がいる
夏目さんが見えるんだから、見えるとは思うんだが、一応聞いておこう。
妙にそわそわ、周りの様子を気にしながら階段を降りていた小さな背中の持ち主に、今思いついた疑問をぶつけてみた。すると、
「なにあたりまえのこと聞いてるの? そんなもの見えるに決まってるじゃない」
と、疑問を持ったことが馬鹿馬鹿しく思えるほどの口調で、はっきりと言い放った。
「こっちよ」
「ちょ、ちょっとまてよ。なんでそっちに行くんだよ」
人の家の敷地内に入って、玄関に向かわず裏口に向かう人間を、俺は泥棒と酒屋のサブちゃん以外聞いたことがねえよ。
「私、あの子の親、嫌いなの」
「……」
いや、そんな反応のしにくい答えを出されても……。
裏口のドアは鍵が掛かっておらず、簡単に開けることができた。でもやっぱり不法侵入というのは気が進まないな……しかも同級生の女の子の家に。
そんなことを考えていたら、オーラを感じ取ったのか、雨沢先輩が、まるで泣いている幼稚園児を慰めるような、優しい口調で語りかけてきた。
「安心して。綾ちゃんにはすでに連絡してあるから――あ、ちゃんと靴は持って入ってきてね。あと扉を閉めるときは細心の注意を払って……」
「確実にバレちゃいけねぇ空気丸出しじゃねえか! 大体――」
「静かにしてよ! 見つかったらどうするの!」
まさかの怒り返し!
ここで言葉の意味と大きさの矛盾点を突っ込んだら、人間として大切なものを失いそうな気がするので、黙って雨沢先輩の言うことを聞くことにする。
なんなんだよ、まったく。