第4話
何やら新たな敵が出現した様子。どうなるのか?
「な、何なんだ?」
静寂の中、砂煙の中にうっすらと人影が見えた。
その影がゆっくりと立ち上がった直後、砂煙がゆっくりと動き出す。
段々と中心の影に向かって回転し始めて、渦になっていく。
暫くして、その渦が球体状に集まると、一瞬時が止まったかのように感じた後、砂煙が一気に弾け飛んだ。
地面に片膝を着いたままその様子を見ていた俺は、冷や汗が頬をタラリと流れた。
「おい!テメェか?弁角やったんは。」
背丈は160cm強くらいの小柄で見た目は17〜8歳でジャニ顔、ソフトモヒカンのような角が生えたかのような髪型をしている。左耳には3つのピアス、首筋には”角”と言う文字が刻まれている。
「・・・・・。」
俺は突然の事に呆気にとられていた。
その横では、マルコが驚きの表情を隠せないでいた。
「あぁん、テメェら、何黙ってんだよ!黙ってねぇで何とか言えや!」
マルコが慌てて拈華微笑してくる。
(あやつは、お、恐らく鬼姥四天角が1人、角丸じゃと思う。角のような髪型と首筋の”角”と言う文字が特徴じゃ。山姥の側近の1人で、噂にはとんでもなく乱暴な戦い方するらしいんじゃが、それよりもその辺の山爺なんて比にならんくらいに強いとの事。わしゃも実物を見たのは初めてじゃ。)
マルコの話を聞いてから徐々に手元が震えてきた。
疲れも相まって、足が震えながらも何とかゆっくりと立ち上がった俺は、角丸の問いに応える。
「・・・あぁ、俺だよ、やったのは。それがどうした?」
少し無言の間があった後、
「テメェ、俺の部下になにやってくれてんだよ。アイツは母ちゃん思いでいい奴だったのによぅ。なにしてくれてんだよ、コルァァァ!」
気迫だけでも肌にビリビリくるのが分かる。
ただ、こんな事で引く訳にはいかないので、少しでも虚勢を張る事にした。
「うるせーよ!俺の婆ちゃんやっといて何言ってんだよ、ふざけんな!」
俺が言葉が発し終わる頃には、既に角丸が視界から消えていた。
次に大きな怨力を感じた方向に反応して目をやると、既に右拳を振りかぶった状態の角丸が、眼前まで迫っていた。
「テメェら家畜風情が何してくれてんだよ!」
(ヤバい、間に合わな・・・)
そう思った頃には角丸の右拳が繰り出されていた。
俺は、撃ち抜かれた後、十数メートル先まで飛ばされたが、何とか状態を起こしつつ、アスファルトに両足を滑らせながら減速させ、ようやく踏み止まった。
両腕を出してかろうじてガードした事で一命は取り留める事ができた。
しかし、両腕に力が入らない。
だらんとなってしまった。
俺は顔を上げ、角丸の方を見る。
すると右拳を振り抜いた状態のまま角丸はその場から動かない。
「テメェ、大したことねぇな、何で弁角がテメェなんかに負けたんだ?あぁ?」
角丸の問いに答えるつもりはなかった。
先程の角丸の一撃を受けた際は、アドレナリンが出ていた為痛みを感じなかったが、アドレナリンが切れた事で一気に痛みが押し寄せて来る。
(いってえぇぇぇ、ヤバいヤバいヤバい、たった1発で両腕がもう使い物にならない。)
(どうする?まずいぞ、現状奴にはわしゃらでは太刀打ちできん。)
(どうする?考えろ考えろ、でも痛い、どうしようもなく痛い。)
そんなことを炎とマルコが拈華微笑している間に角丸への意識が一瞬途切れた。
我に返り、ハッとして角丸の方を見たがさっきの場所にはいなかった。
上空から強力な怨力を感じたので見上げると、角丸が炎の頭上にまで迫っていた。
何とか両腕を上げてガードしようと試みるも、どうにも腕が上がりそうにない。
「雑魚に用はねぇ!もう死ね!オルァぁぁぁ!」
俺の頭部目がけて蹴りが繰り出されていた。
「ほむらぁぁぁぁぁぁ!」
マルコの叫びが少し離れて聞こえる。
(あぁ、もう無理だな、俺、ここで終わるんだな。)
そう思って諦めた瞬間、死への恐怖から逃れるかの如く目を閉じてしまった。
その後、バチィィィィィ!という音が聞こえてきた。
(あれ?何ともないな・・・。ひょっとしてもう死んだのかな。)
そう思いながらゆっくりと片目を開けると、俺の目の前に誰か立っている様子だった。
残り半分の目を開け、状況を把握してみる。
俺の目の前にいる人物は、髪が肩に掛かるくらいの長さで、黒いパーカに緑のジャケットを着ており、背丈は160cm半ばくらいか。華奢そうな体つきの男性だった。
その男性は、俺が食らう予定だった角丸の蹴りを、左手でガッチリと受け止めていた。
「君さ、怪我は大丈夫?」
「・・・・・はい、何とか。」
「そっか、なら良かった。」
ニッコリとして問いかけてくれた。
「おい!テメェは何もんだ?俺の蹴りをよく受け止めたな・・・フッ」
角丸は嬉しそうに言った。
「何笑ってんだよ!キメェな。」
そう言いながら右足で素早い蹴りを角丸の顔面に放つが、角丸は躱して後方数m先までジャンプした。
「僕の名前は菖蒲姶良だ。既に君のことは知ってるが、そんなのは後にしよう。まずはアイツを追っ払ってからだ。君の命を最優先にさせてもらう。」
そう言った後、マルコの方を見て、
「火の精霊だね、よく守った、偉いぞ。後は任せて離れてろ。」
「分かりました、わしゃはいったん下がります、こやつをよろしくお願いします。」
「ああ、任せろ。」
マルコは渦を巻いてクルリンパッと消えた。
マルコが消えたのを確認して、姶良は角丸の方に向き直る。
「君強いね・・・鬼姥四天角の角丸だよね?」
「・・・ああ、そうだ。」
「君さー今日の所は許してやるからさ、早いとこ部下たち連れて帰ってくれない?」
「はぁ?何言ってんだくそが!そこの雑魚が俺の可愛い部下やっちゃってくれてんだよ。そいつぶっ殺してからじゃねぇと無理な相談だな。」
「・・・・・。」
「かかかかっ!俺のケツの穴舐めたら話ぐらい聞いてやっても良いかもな〜w」
「・・・もういいよ。全員消すから。」
姶良はそう言うと、すぐさま精霊術式の構えをとる。
それと同時に周辺の空気が変わり始める。
「炎くん、僕の側に居れば安心だよ。人には無害だし。」
「・・・はい。」
そう答えて姶良の後ろに付いた。
背後に炎が来たのを確認して、精霊術式を唱え始める姶良。
「闇が光を食らう、光もまた闇を喰らわん。全てのものに平等の光を与えん。闇拳隠式、闇光。」
そう言い放った後、一瞬時が止まったかのような静寂がコンマ数秒訪れた。
「テメェ、一体何を・・・。」角丸は警戒している。
その後、夜の闇が姶良の元に渦を巻きながら集まり始める。
それと同時に、昼光が姶良を中心に円状に輝き広がり始めると、一瞬で危険を察知する角丸。
途轍もない闇力が姶良から発しているのを感じとる。
動くのも重苦しい程凄まじい威圧感だ。
角丸はこれを振り解き、一筋の汗をタラリとさせた後、「やべぇ、何て奴だ。悪いがここまでだ。」と言い残して、その場から一瞬にして飛び去っていった。
「ああ、逃げられる!」
「大丈夫だ・・・直径5km、後半加速して必ず捕まえる。」
「?????」
姶良の言っている意味が分からなかったが、俺は術の行く末を見守るほか無かった。
角丸が姶良たちの元を離れてしばらく経過した頃
多摩川の陸橋が少し遠目に見える辺りまで逃げて来た角丸。
ふと立ち止まって、炎達のいる方角を振り返り、巨大な昼光がドーム状に拡大し続けているのを視認した。
その昼光の拡大速度が、どんどん加速していく。
(ヤベェな、あんなので何で速ぇんだ?・・・まぁ、考えても仕方ないか。他の雑魚どもに声かけている暇はねぇし、あの2人だけには言っとくか・・・・・、おい!一角、電角、今すぐそっから離れろ。そしてなるべく遠くまで逃げろや。あれに飲み込まれたらくたばるぞ。どこまで広がるかもわかんねぇから、俺は逃げれるとこまで逃げる。)と言い捨てると、走ってその場を去る。
多摩川上流のキャンプ場の奥まった所で人間達を喰らっていた一角。
キャンプ場から少し下流に降った住宅街の人間達を食らっていた電角。
角丸側近の2人が、昼光を遠目に視認すると、
「・・・・・はい。」
「・・・・・御意」
返事をして、食いかけの人間を放ってすぐさまその場を去った。
そして、姶良から放たれた闇光は拡大速度がもっと加速していく。
高速道路を走る自動車並みの速度くらいはあるだろう。
「くっ・・・・・。」
少し苦しそうな表情を浮かべる姶良。
能力発動にそれなりの代償があるんだろうな。
俺は眺めるしかできなかった。
(なんて暖かい灯りなんだ。母親の腕で抱かれているような・・・そんな感覚だな。)
速度が最高潮に達した頃、角丸をぐんぐん追いかけていく闇光。
「よし、雑魚どもはほぼ飲み込んだね。一部にはヤツは追いつけないか・・・後はあいつだけか。」
「グオーーーーー!」
血管剥き出しで全力で駆け抜けて行く角丸。
それを追う闇光。
絵も言わないような顔をしながら必死に逃げる角丸が陸橋内に突入した。
(もう捕まえられる!)
角丸が陸橋を渡り終える瞬間、捕らえた!!!
そう思った瞬間だった。
突然昼光の拡大が一瞬にしてストップした。
「・・・ここまでか。」
闇光の限界距離に到達したようだ。
(それはともかく、やったか?)
・・・・・!
角丸の怨力を感じる。
少し弱まってはいるが、かなりの怨力が残っている。
陸橋の先には角丸が立っていた。
闇光に飲み込まれるギリギリで躱したようだ。
陸橋を背にした状態でブルブルと体を震わせており、左足と右腕が無い状態で血をポタポタと垂らしていた。
(クソッ、間に合わなかったか。)
「テメェェェェェ、コルアァァァ・・・次会った時にゃあぜってぇぶっ殺してやるからなぁ。」
とんでもない怨がこもっていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁっ!」
響き渡るような唸り声と共に、無くなった左足と右腕を一気に再生させた。
「ハア、ハア、ハア・・・テメェだけは許さん、必ず殺してやるぞ!その顔、忘れねぇからなぁ!」
そう叫ぶと、凄まじい殺気を放ち、姶良達のいる方角を一睨みし、荒波のような呼吸をしながら走り去っていった。
・・・・・。
しばらく静寂が続いた後、姶良の術式がフッと切れる。
意識が薄れて少しふらつく姶良。
その様子を見ていた俺は、両腕の痛みを堪えながら肩を貸す。
「大丈夫ですか?」
「・・・ああ、すまない。」
・・・・・。
「君のお婆さん、守れなくてすまなかったね。」
「いえ・・・悪いのはあいつらです。」
「僕たちの対処がもっと早ければ、ここまで被害は拡大していなかった。」「・・・・・。」
「・・・・でも、あなたが来てくれなかったら、多分今頃俺はー。」
「そうかもしれないね。でも、今ここにいるよ。」
「助けて頂いて、ありがとうございました。」
「せめてもの恩返しみたいなもんだから。」と少し顔をポリポリかく姶良。
「えっ?・・・。」俺はその言葉に質問しようとすると、
「君さ、一瞬ですごく強くなったよね、あれは何だったの。」と言って姶良が話を被せてきた。
「えっ?見てたんすか?」
「まあ、少しだけね」
「ならもっと早く助けて下さいよー。死ぬかと思ったんすよぉ、マルコの奴何もしてくれないしっ」
「まー助かったんだからいいじゃん、どっちでも〜w」
そこで登場くるりんぱっ!マルコ登場
「わしゃに何か言いましたか?」
「お前、俺の事助けないで逃げてただろうが〜」
「わしゃの力でもあれには敵わんっ!ぷんぷん!」
ははははは〜
3人で笑った後、少し静寂が通り過ぎた。
・・・・・。
「本当におばあさんはすまなかった。」
姶良のその言葉を聞いて、少しうつむいてうっすら涙を浮かべる炎。
「低山桜さんは僕の命の恩人だったんだ。」
夜空を見上げて姶良が話を続ける。
あれは20年ほど前ー
僕がまだ小さい頃、愛知県の徳山記念館でとある行事が行われていたんだ。
とても重要な行事だったんで、たくさんの御偉いさん達が出席していたよ。
警察やSPにかなり厳重に警備されていたのをまだ覚えてるよ。
そこに僕ら一家も招かれていたんだ。
一応由緒正しき精霊家系とでも言っておこうか。
僕はまだ小さかったから、堅苦しい行事が退屈だった。
特に参加する必要もないと親に言われていたので、ずっと待合室で待ってたんだよ。
堅苦しい行事に参列するよりもこっちのがまだいいと思ってたんだけど、あまりにも退屈だったから僕は何とか外に出て遊びたいと思ってたんだ。
でも、警備が厳重だったので、なかなか外出するのは困難だった。
どうしようか暫く考えた結果、ちょっとした術式を使って警備の目をごまかして脱出しようって決めたんだよ。
目眩し程度の術式ならその頃から使えたんだ。
なんせ悪戯でよく使っていたからね。
そして僕は、どうにか徳山記念館の門まで出ることに成功した。
「よし!少しその辺をちょっと散策してみよう!」と言って記念館から少し離れてしまったんだ。
門の内側までしかライフカーテンが敷かれていない事を知らない僕は、門の外も安全だと信じ切っていたんだ。
まあ、というよりも何も考えてなかったって方が正しいかな。
「よし!蝉でも捕まえに行くか。」
真夏の暑い日差しの中、ちょっとした林が見える方へ走って行く事にした。
林に近づくと物陰から変な音がしたから何気なく林の奥の方を覗き込んだんだ。
すると、地面の中から僕より少し大きいくらいの山爺がズコッといきなり現れてさ。
それがあまりに唐突すぎて、ビックリして腰抜かしちゃったんだよw
今でこそ笑い話になるんだけど、当時はまだ小さかったし、とても怖くてね。
何とか助けを呼ぼうとしても何故か全く声が出なくなっちゃって・・・今思い出すだけでもゾッとするよ。
すごく大きな口を開けて食べられそうになったんだ。
(もうだめだー!)なんてそう思った瞬間、僕の目の前に救世主が現れたんだよ。
それが君のお婆さんでね。
当時は45歳くらいじゃないかな。
警備員の1人だったみたいで。
「何やってるんですか?こんなとこにいちゃ危ないでしょう!」なんて超冷静に怒られたんだよ。
その後何とか桜さんが山爺を倒してくれて・・・。
「かっこよかったな〜、あの時の桜さん。」
まー、後で知ったんだけど、その山爺はそんなに強くなかったらしいんだけどね〜。
でも、食べられちゃったらおしまいだったからー。
でまあ、その時助けてくれた命の恩人が君のお婆さんって訳____。
「だから、君にも改めて感謝を言いたい。」
「・・・・・。」
「命の恩人、桜さんの孫の炎くん、よく無事でいてくれた。ありがとう!」
姶良から何やら雫らしき物が滴っているのに気付いた炎は、真っ直ぐ夜空を見上げた。
なぜか夜空に輝く星達がいつもより輝いて見えた。
炎は悲しみを背負い、山爺と山姥を倒すことを心に誓ったのだった。